②船上にて
ドラゴンスレイヤー……またの名を龍殺しの英雄
それは人々のあいだでまことしやかに囁かれる伝説。曰く、一夜で国を亡ぼすと言われる世界最強の古龍。山のように巨大な龍種の王。それを一人で討ち取ったものには古龍の力が受け継がれるという。山をも動かす龍の筋力、無限にも等しい膨大な魔力。そしてすべての魔法を弾く魔法障壁や永遠とも思える長い寿命、あらゆる毒物に対する耐性など。
そんな人の身に余る絶大な力を得ようと、数多くの人が古龍に挑み、そして散っていった。
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天頂付近まで登った太陽の光が燦々と降り注ぐ中、大海原を走る大きな船。その広々とした甲板を1人の少年が駆け回っていた。
「いけ! サラ!」
「キュイ!」
ケンの掛け声とともにサラが口から小さな火を吐く。その火はフラフラと飛んでいったかと思うと、赤い着物の女性にぶつかった。女性がびくりと飛び上がる。
「あぁぁぁ! わ、妾の自慢の金髪がぁ!?」
そう悲鳴を上げたのはマロ眉、タレ目が特徴的な美しいキツネの獣人女性。金色の尻尾と三角のキツネ耳が慌ただしく揺れる。
そうして毛先のちょっと焦げた金髪をフーフーしながら、女性はこれをやった犯人を睨みつける。
「これ、ケン坊! 危ないではないか!」
「べろべろばーだ! タマモが香水臭いのが悪いんだよーだ!」
「な、なんじゃと!? べつに臭くないわ!」
そんな言い合いをしながらタマモがケンを追いかけ回していると、甲板に二つの影が差した。その影に気が付いたケンとタマモが振り返る。
「父さん! それにコルト!」
「あら、セン殿。それにコルト殿も」
「よう、ケン。それにタマモも。今日は鬼ごっこか?」
ケラケラと笑いながら甲板に姿を現したセン。その横には困ったような笑みを浮かべる青い髪の青年、コルトの姿も。
タマモが首を傾げながら二人に尋ねる。
「船長と副船長が揃って何用でありんすか?」
「そら騒ぎが起きれば様子も見るって。おれはこの船の船長だしな」
「あら、驚きましたわ。船長の自覚がありんしたのね」
「そらあるだろ。おれをなんだと思ってんだ」
「うつけか、バカか、愚か者かと」
「タマモさん。それ全部同じ意味ですよ」
そうタマモの言葉にツッコミを入れるコルト。タマモがクスクスと笑う。
「そうでありんすね」
「おいタマモ。おれのことバカだと思ってんのか?」
そんなタマモとセンのやり取りを横目に、しゃがんでケンと目の高さを合わせるコルト。目を合わせながら優しくケンに質問する。
「ケン君。この船は木でできているよね?」
「うん」
「もしサラちゃんの火が船の帆に燃え移ったりしたらどうなっちゃうと思う?」
「火事になる?」
「そう。ケン君は賢いね。火事になっちゃう。だから船で火遊びはしちゃだめだよ」
「うん! わかった!」
優しく諭され、ケンは笑顔と共に頷く。そんな彼の様子にコルトもニッコリ。
そんな二人の様子を見ていたタマモとセンが拍手を送る。
「コルトは相変わらずのしっかりものでありんすね」
「さすがはおれの右腕! この聞かん坊を簡単に納得させちまうとは!」
「ちょっと2人とも。茶化さないでくださいよ!」
そう言ってポリポリと頰をかくコルト。
そんなやり取りを尻目に、反省したケンはサラと共に甲板を駆けていく。そんなケンの背を見つめながらタマモに謝罪するセン。
「おれの息子がすまんな。あとできっちり言い聞かせておく」
「べつにいいでありんすよ。子供のやることですし、妾は気にしてないでありんす」
「子供っつってももう14歳だが……まあそう言ってもらえると助かるよ」
笑い合うセンとタマモ。そんなやり取りをしていると上空、物見の者がセンたちに向かって声を張り上げる。
「船長! 10時の方角! 島があります!」
「島? コルト、この辺に島なんかあったか?」
「地図にはなかったと思いますよ」
「ふむ、未開の島か……」
「もしかしたら例のものについての手掛かりがあるかもですね」
しばらく考え込んだと、そのコルトの言葉に大きく頷くセン。大声で船員たちに指示を飛ばす。
「よし! その島に向かう! おまえら全速前進だ!」
それから数十分後。島の海岸に船を停泊させて上陸していく船員たち。もちろんセンやコルトたちもだ。
その背を追いかけようとするケン。しかしセンに止められてしまう。
「ケンは船で大人しくしてろ」
「なんでだよ!?」
その声にコルトが振り返る。
「センさん、どうしたんですか? もしかして危険な魔物を感知したり……」
「ん? いや、コルトが心配するようなことはねぇよ。ウルティマに魔物はある程度は引っかかるけど、そんなに強いのはいねぇし。ただ未開の島だから念のためだ」
「なるほど」とコルトが頷く。一方、「プクー」と頬を膨らませるケン。そんなケンを振り返ったセンはニッと笑ってみせる。
「ある程度の安全が確保できたらおまえも連れてってやるよ」
「むー。約束だからな!」
「おう、任せとけ」
そうしてセンたちは島の奥地へと向かった。