⑪巨大砂嵐
灼熱の砂漠を行くケン。頭にある二つの尖った白い犬耳の間には、ルビー色の綺麗なトカゲ。もちろんサラだ。
上下白の着物の上からフード付きの茶色いローブを纏っているケン。他にも草履を履き、背中には大きな登山用のカーキ色のリュックを背負っている。ジャンカ王国を発つ前に、セバスタンたちが旅をするなら必要だ、と買ってくれたものだ。中身は食料や水といった必需品。あとクロードからの贈り物であるワンピース……なんだかんだ言って受け取ってしまったケン。思い出して苦々しい顔をする。まあどのみちクロードたちにお世話になったことは確かなので、
「つぎ会った時にちゃんと受けた恩は返さないとな!」
そう決意するケン。それにサラも声を上げる。
「キュキュイ!」
「なになに? ……飯がめっちゃ美味しかった!いつかお礼したい……だって? そうだよなー! いままで食ったことないほど美味かったよな!」
「キューキュキュイ!」
「ケンも火であぶるだけじゃなくてもっと料理を覚えた方がいいって? うーん……まあ頑張ってみるわ! ……けど料理できる人を探して一緒に旅してもらった方がいい気がするけどね?」
最近サラと意思疎通できるようになったケン。そんな他愛のない会話? をサラとしていると、遥か向こうに巨大な黒い影が見えてくる。その正体は、
「おー! あれが話に聞いてたワンガ巨大砂嵐か!」
そう、砂嵐。ただし普通の砂嵐ではない。高さ5キロ、半径30キロメートルという異様な巨大さもさることながら、何よりも驚くべきはその巨大砂嵐が不動ということだ。多少広がったり縮んだりはするものの、大きくその場から動くことはないという。その原理は一切解明されていない。
そんな、巻き込まれればタダでは済まないであろう不思議巨大砂嵐。その内部には強風が吹き荒れ、強力な魔物がウヨウヨいると言われている。危険地域指定されており、実際、半端な気持ちで砂嵐に突っ込んでいった者の9割以上が帰ってこないとか。
そんな、普通ならだれも近づかないだろう巨大砂嵐。だがケンは、その巨大砂嵐へとずんずん突き進んでいく。何を隠そう、その巨大砂嵐がケンの今回の目的地なのだ。
なぜならその砂嵐の中に魔女が住んでいると言われているから。
そんなこんなでさらに歩くこと半日。ついに砂嵐の目の前までやって来た。立ち止まるケン。
近くで見るとやはりその砂嵐の異様さがハッキリと分かる。ケンが立っている方は大した風もないただの砂漠。しかしその一方で、すぐ目の前では轟々と風の吹き荒れる、一寸先も見えないような砂嵐が吹き荒れる。まるで見えない壁でもあるかのように砂漠と砂嵐の境界がハッキリと別れているのだ。
その自然現象ではありえないような光景を目にし、さしものケンも一瞬躊躇する。
しかし次の瞬間には目に固い決意を宿し、砂嵐のなかへと足を踏み入れた。
砂嵐の中は予想通り1メートル先も見えないようなありさまだった。だがそこで、予想外のことが起こる。ケンにとってはありがたいことなのだが、なんと砂嵐に踏み込んだ瞬間から、ケンの周りに虹色のシールドが展開されたのだ。風はもちろん、砂の一粒も通さない。強風に煽られ、ビシビシと砂粒がぶつかってくると想像していたケンは拍子抜けし、ポカンとした表情を浮かべる。
しかしいつまでもボーっとしているわけにもいかない。轟々と唸りを上げる風の音の中から、獣の唸りが聞こえてきたからだ。そして次の瞬間、
「「「ガウガウガアァァァァ!!!」」」
目の前から三匹の、砂と同じ色の毛皮を持ったオオカミのような魔物が襲い掛かってきた。
唸り声で我に返っていたケンは、足を振り上げて顔に向かってきた一匹目オオカミの顎を粉砕し、続けてその振り上げた足を下ろすとともに右から迫ってきたオオカミ魔物の脳天に踵落としを食らわせる。悲鳴も上げられずに絶命する二匹の魔物。しかしケンはそちらには目もくれず、クルリとターンすると、その回転の勢いを利用して今度は左から迫ってきていた魔物の首に水平チョップを食らわせる。
「ギャン!!!」
「ゴキャッ」と鳴ってはいけない音を首から鳴らしながら悲鳴を上げて地に倒れ込む魔物。そのまま動かなくなる。
続けて地を蹴って10メートルほど飛び上がるケン。こぶしを握り締め、落下の勢いそのままに足元にあった砂を殴りつける。爆発したように弾け飛ぶ砂。そしてその弾け飛んだ砂の中には4匹目のオオカミの魔物の姿。砂の中に潜っていたのだろう。クルクルと宙を飛びながら悲鳴を上げている。その魔物めがけて再び飛び上がるケン。そして空中で居合抜きを放つ。キラリと光る一筋の閃光。一瞬ケンと魔物の影が重なる。そしてそのまま地に降り立つケン。
背後では、空中の魔物の胴体が、いままで斬られたことを忘れていたかのように今になってようやく真っ二つになり、砂オオカミが断末魔の悲鳴を上げて絶命する。
一匹目の魔物を倒してからここまでたったの5秒ほど。恐るべき早業だ。しかし周囲からはこの騒動に気づいた魔物が多数こちらへ向かってきている気配。それを察知したケンは、真っ二つになった魔物の体が砂の上に落ちるのには目もくれず猛然と駆け出す。まだまだ先は長い。避けられる戦いは避けるのがベストだ。
だが駆け出して百メートルもしないうちに、
「!?」
「ボンッ」という音と共に足元の砂が凹み、半径50メートルほどの穴になる。咄嗟に逃げようとするケンだが、流砂のように流れだす足場のために上手く踏ん張れない。そして砂と共に穴の中心へと流されていく。まるで、
「まるで蟻地獄じゃねえか!!!」
「キュイキュイイ!!!!」
「早く逃げろって!? 分かってるよそんなこと!!! ……て……あれなんかやばくない?」
いつのまにかケンの懐に隠れていたサラがひょっこり顔を出して叫ぶ。それに言い返すケン。そして、ふと視線を穴の中心へと向けるとそう呟く。ケンが見たもの、それは、
「ガチン!ガチン!」
穴の中心に突き出た、巨大なハサミを持つ魔物の頭。開いたり閉じたりと忙しなくハサミを動かしている。まんま蟻地獄そのものだ。ただし大きさが尋常ではない上に、蟻地獄魔物の固有魔法なのだろう、その頭に触れた巨大岩が一瞬で砂になるオマケつき。
おそらくAランク……いやもしかしたらSランク級の魔物かもしれない。少なくとも先ほどのオオカミ魔物とは一線を画す魔物であろうことは明らかだ。
それを見て、なんとか穴から脱出しようともがくケン。しかし抵抗虚しく、砂に流されそのままどんどん真ん中に吸い寄せられていく。魔物との距離はもう十メートルもない。
「だーもう! クソが!!!」
「キュイ~~~!?」
脱出することを諦め、もがくのを止めるケン。魔物をしっかりとその視界に納める。そんなケンを「え?まじで?」と言いたげな様子で見上げるサラ。
そして次の瞬間、
「よっと!」
腕の力を使って立ち上がったケンは、龍想牙を抜いてそのまま穴の中心へ向かって走り出す。「いやああああああぁぁぁぁぁ!?!?」といった様子で悲鳴を上げるサラのことは完璧スルーだ。
ケンに気づいた魔物がこちらを睥睨する。そして、
「キシャ―!!!!」
ハサミをガチガチと鳴らしながら威嚇をしてくる。
しかしそれを見てもケンは一切足を緩めることなく魔物の目の前まで来ると、切り裂こうと向かってきたハサミをサラリと躱すと、すれ違いざまに龍想牙をハサミに思いっきり叩きつける。「ガキンッ」と鈍い音を立てて弾かれる龍想牙。想定内なのでそのまま蟻地獄の頭を蹴って穴の外へ飛ぶ。
砂の上に着地するケン。背後では、頭を踏み台替わりにされた蟻地獄魔物の「ガアアアア!!!」という怒りの声が聞こえる。
面倒そうに穴の方を振り返るケン。無事に流砂から抜け出せたのだからもう蟻地獄魔物の相手をする必要はないと思っていた。しかしその直後、目に映った光景に驚き硬直する。その光景とは……穴の中心から這い出た蟻地獄魔物が、6本の足をワシャワシャと動かしながら自分に向かって穴を駆け上がってくる光景だった。体長7メートルくらい。首から下は黒い体毛に覆われ、膨らんだ腹をゆっさゆっさと揺らしながら迫りくる蟻地獄もどき。猛烈に気持ち悪い。思わずスッと視線を逸らして現実逃避してしまいそうだ。
「キュイキュイ!!!」
「あーうん。分かってる分かってる」
「帰ってこーい」と言わんばかりにケンの顔をペチペチと叩くサラ。すぐに懐へと帰っていく。
一方サラによって現実に引き戻されたケンはというと……もう一度魔物の方をちらりと見て……再びスッと視線を逸らす。だってなんか冒涜的なほど気持ち悪い姿なんだもん!
そして左手を魔物の方へかざすケン。
「まあここでなら大丈夫だろ……たぶん」
そう言って炎のイメージを思い描く。そして、
ボ――――――――ン!!!!
暴発させた。
いつぞやの日のごとく、轟音と共に百メートルほどの巨大な火柱が立ち、魔物を飲み込む。飲み込まれた魔物は悲鳴を上げる間もなく……頭についてたハサミだけを残して灰になった。
強風に吹かれて瞬く間に飛ばされていく灰。なんとなくそちらへ歩み寄ったケンは、何となく魔物が残したギザギザのついた2メートルくらいのハサミを拾うと、やはり何となく荷物の中に放り込むのだった。
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砂嵐の中を歩くケン。頭にはサラが乗っているがどちらもくたびれた表情をしている。体力的には問題ないのだが、一切、日の明かりのささない砂嵐の中、ひたすら魔物に追い回されるのは、やはり精神的に来るものがあった。
特に蟻地獄を倒した後など酷かった。蟻地獄を倒せたはいいが、盛大に魔法をぶっ放してしまったため数え切れないほどの魔物を呼び寄せてしまったのだった。例の砂オオカミをはじめ、トラウマ物のサンドワームやなんかよくわからない魔物まで、それはもうたくさんの魔物に囲まれたケンたち。それらを振り切るまで一時間くらい走り回ったのだった。
そのあとも魔物と遭遇するたびに、蟻地獄の時ほどではないにせよ、それなりの数の魔物に追われることを繰り返すこと十一回。もはや魔物と遭遇しないことを誰にともなく祈るようになっているケンとサラだったりする。
なら魔物と遭遇しても戦わずに逃げたら?と思わないでもないが、実際のところそれはほぼ不可能である。なぜか?それはこの砂嵐に住む魔物の習性が理由である。
ここに生息する魔物たちは基本的に罠を設置し、それに獲物がかかるのを待つ魔物が多い。最初のオオカミ魔物など、積極的に狩りに動く魔物が少数派なのである。まあようするに、一度その罠に巻き込まれたら逃げることは困難で、黙って食われるかそれとも魔物と戦うかの二択しかないというわけである。もちろん罠にかからないよう最大限警戒してはいるが、それもほとんど意味をなしていなかったりする。
まあそんなこんなで何度も罠にかかっては戦い、倒したと思ったら追いかけられて再び罠にかかるというなんとも学習能力の低い……というかむしろ無いとも言えるようなことを繰り返した結果、精神的にかなり参っているケンたちであった。
「どっか休憩できるところとかないのかねぇ……」
「キュイ~……」
ポツリとそう呟くケン。その声には覇気が全く感じられない。それに返事をするサラの声にもいつもの元気一杯な様子は微塵もない。やはり相当参っているようだ。
とそこで再び魔物の気配を察知するケン。直後、左側からもう何度目か数えるのも面倒くさい砂オオカミが襲い掛かってきた。察知した時点で逃げることを決心していたケンは颯爽と90度回れ右!するとそのまま全力で駆け出す。背後では砂オオカミが「ガウガウ!」と吠えるのが聞こえるが見向きもしない。
逃げた先に、より厄介な魔物が待ち構えているかもしれない、と思うケンだったがとりあえず目先の難を逃れることを優先する。そしてどうやらそれは正解だったらしい。
走っていたケンの、砂嵐ばかりだった視界が突然開ける。砂嵐を抜けたのか!?と思うケンだったが、周りを見回してどうやら違うらしいということに気が付く。
そこは砂嵐の中に存在するオアシスだった。不思議なことに砂嵐はオアシスの中には入ってこず、半球形の安全地帯が広がっているのだ。また、ケンを追いかけてきた砂オオカミたちも何故かオアシスの中には入ってこようとせず、砂嵐の中を暫くウロウロした後、諦めたように去っていったのだった。
それを確認した後、改めてオアシスの方へ目を向けるケン。かなり大きい。半径200メートルほどだろうか?ジャンカ王国にあるオアシスと同等かそれ以上だろう。ヤシの木やシダが青々と生い茂り、鳥や獣の姿も見える。とても砂嵐の中にあるとは思えないほど平和な雰囲気だ。それに日の光など届かないはずにも関わらず、何故か明るい。とにかくいろいろと不思議なオアシスだ。
そんな明らかに怪しいオアシスに、しかしケンは普通に足を踏み入れる。
ずんずんと植物の中を通り抜けていくと、視界が開け、綺麗な湖が目に映る。オアシス全体の面積の半分は占めていそうなほど広大な泉だ。それに、とても水が澄んでいて美しい。しばし疲れを忘れて見惚れていたケン。ようやく泉から視線を外すと、荷物を背から降ろし、すぐ傍にあるヤシの木の根元に座り込む。そしてそのまま幹に背を預けてもたれかかると、バッグから水筒を取り出して水を飲み、ようやく一息つく。
さらに菓子パンも取り出してサラと分けつつ食べるケン。ボーっと湖を眺める。
そうしてしばらくゆっくりとした時間を過ごし、疲れを癒していたケンたち。菓子パンを食べ終わり、二つ目の菓子パンをバッグから取り出そうとした時だった。突然、背後から話しかけられる。
「やあ! 旅の疲れを癒し中かな? よかったらこれでも飲まないかい? とても美味しいよ」
とてもハツラツとした、まるでピクニックにでも来たみたいな陽気な声だ。
慌てて振り返ったケン。そこにいたのはサラサラの金髪、慧眼色白の美青年だった。身長180センチくらいで細身。年のころは18か19くらいだろうか? とても笑顔がまぶしく、口元から覗いた白い歯がキラリと光る。そしてストローを差したヤシの実をケンに差し出してきている。
しかしケンの視線はそのヤシの実を通り越して目の前の青年へと注がれている。
「あ、突然話しかけられて困惑してる? ごめんごめん、自己紹介がまだだったね! ぼくはイアンっていうんだ! 冒険者をやっている者だよ!」
ケンが自分のことまじまじと見ているのは、自分を警戒しているからだと勘違いした青年改めイアン。これまた陽気に自己紹介をしてくる。しかしケンはそれもスルー。
ならケンは一体なにに気を奪われているのか? それは彼の……イアンの格好である。
ケンの前でニコニコと笑いながらヤシの実を差し出してくるイアン。その格好はなんとフンドシ一丁と、ほぼ裸同然。
爽やかな笑顔と透き通るように白い肌。しかしそれに対して纏うのはフンドシ一丁。そして周りは青々と生い茂るオアシス。そこにはとても言葉では言い表せないような、何とも言えないシュールな光景が広がっていたのだった。