①獣人の少年
「返してよ!」
真昼の港。波が海岸に打ち付ける音に混じって、一人の少年の声が響いた。
緑色の目に涙を溜める少年。その目の前には酔っぱらっているのだろう。赤ら顔の不良たちがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら少年を見下ろしている。
そしてその不良の中の一人。彼の手にはルビー色の小さなトカゲが握られている。どうやら少年はそのトカゲを取り返そうとしている様子。しかし不良はその手を高々と上げており、どう頑張っても少年の手は届かない。
「ほれほれ、頑張れ頑張れ」
「獣人は身体能力が高いんだろ~? それを見せてくれよ~」
「早くしないとトカゲちゃんが潰れちゃうぜ? ぎゃははは!」
トカゲが「キュウゥッ」と苦しそうな悲鳴を上げる。それを見た少年が涙を流しながら不良たちに懇願する。
「やめて! お願いだからサラをいじめないで!」
しかし不良たちはトカゲ……改めサラを解放する様子はない。むしろそんな少年の様子を面白いものでも見るように笑い声を上げる。
一人の不良が、少年の短く切り揃えられた白髪から覗く『犬耳』を引っ張った。
「しっかし獣人って面白いよな。頭の上に耳があって、腰には尻尾って」
「けどこいつは尻尾がないぜ? 獣人は魔力を持たない。人間になれなかった半端者らしいけど、こいつはその獣人の中でも半端者だな!」
「痛い! 耳を引っ張るな! あとおれは人間と獣人のハーフだから尻尾がないんだよ! だから半端者じゃない!」
今にも噛みつきそうな勢いで言い返す少年。次の瞬間、その少年の腹部を衝撃が襲った。
「ガフッ!?」
呻き声を上げる少年。不良が振り上げた足を下ろし、地面に倒れている少年を睨みつける。
「ウソつくんじゃねぇ! 薄汚い獣人と人間様がくっつくわけがねぇだろ! この犬っころが!」
「ウソじゃ……ねぇ……」
痛みに呻きながらも、少年は気丈に不良を睨み返す。その目が気に入らなかったのだろう。舌打ちをした不良はルビー色のトカゲ……サラを握った手を思いっきり振り被る。
「やめて!!!」
少年の悲痛な悲鳴が港に響く。その次の瞬間だった。
ドカッ! ズドッ! バキッ!
突如として現れた白髪の男が、瞬く間に不良たちをぶちのめした。
長い白髪を後ろで束ね、頭には犬耳。目元にはズレ落ちそうな丸眼鏡が輝き、顎に無精ひげを生やした男。バカンス中? と聞きたくなるアロハシャツと白のズボンを身に纏い、背中側の腰から生えた真白な尻尾が揺れている。
その姿を見た少年が表情をぱあっと明るくする。
「父さん!」
「よう、ケン! また手酷くやられたな! ほら受け取れ!」
少年……改めケンを振り返った男が「ガハハ!」と豪快に笑って、トカゲを投げて寄こす。宙を舞ったサラをキャッチし、手に乗った小さなトカゲを心配そうに見つめるケン。
「サラ、大丈夫だったか?」
「キュイ!」
サラが元気一杯に返事をする。その様子を見てほっと胸を撫でおろすケン。
そんな彼らの前で、ケンの父は不良たちを振り返る。
目の前で仁王立ちした白髪の獣人を見上げ、不良たちは女々しく身を寄せ合う。そのうちの一人が声を震わせながら悪態を吐いた。
「な、なんだよ!? 獣人をいじめるくらい、べつにいいだろ!」
「おうおう。確かにおれら獣人は魔法が使えないから、人間の劣等種と蔑まれて低い立場にいる」
「そ、そうだ! 人間様に手出しして無事でいられると思うなよ! この獣風情が!」
不良の言葉にケンの父は深く頷く。しかし次の瞬間、調子に乗って言い返してきた不良たちを一喝するケンの父。
「うるせぇ! そんなもんは寄ってたかって子供一人をイジメていい理由にはならねぇ! 教会の教えだから? 神がそう説いたから? んなもん知ったこっちゃない! おまえらの中に確固とした自分はねぇのか!? 揺るぎない信念はないのか!? 一時の愉悦に身を委ねるだけ。そんな人生でいいのか!?」
そんなケンの父の言葉に不良たちは呆然と、信念に溢れた男の目を見つめる。その場でしゃがみ、そんな不良たちと目線の高さを合わせるケンの父。一転して静かな声で語りかける。
「もしおれの言葉に少しでも思うところがあるなら……どうだ? おれたちの船に乗って、一緒に世界を巡ってみないか?」
そう言って不良たちに手を差し伸べる。目の前に差し出された男の手。不良たちはそちらに手を伸ばして……
パシンッ
思い切り叩いた。そのまま「だれがおまえらの船なんか乗るか!」という捨てゼリフを残して走り去っていく不良たち。その背を見つめたあと、ケンは父の背に視線を移す。
「また断られてやんの」
「かぁ~! 結構いいこと言ったと思ったんだがなぁ~! なにか足りなかったかね? どう思う、ケン?」
「いや知るか」
ケンの父……センは旅人だ。仲間たちと共に船で世界中を巡っている。そして事あるごとに仲間を募っているのだが……
いつも通り勧誘を断られ、豪快に笑う父にケンは呆れた視線を向ける。そんなケンの頭にポンと手をのせるセン。
「おまえはあんな腐ったやつになるんじゃねぇぞ。なにがあっても曲がらず、真っ直ぐに生きろ」
そう言ってケンの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜる。そんな父の大きくて温かい、そして優しい手がケンは大好きだった。
だからケンは嬉しそうに頬を緩めると、父の言葉に小さく頷くのだった。
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今日はあと2話ほど投稿予定です。
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