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第12話 小鳥は光を遮った

傾いた太陽が、校庭をオレンジ色に染める。


リレーの後は多少の蟠りを残したまま、しかしながら何事も起きず、流れるように閉会式が終わった。一瞬だった。




僕は現在、相沢先輩に後片付けを頼まれたので手伝っている。

体育祭の後片付けは運動部が総出でやるようなのだが、人手はあるにこしたことはないらしい。

その証拠に、塩瀬さんと委員長、そして山本までもが手伝いを行なっていた。



……山本に関しては、他の目的があるようだ。


「塩瀬さんっ! この綱、一緒に片付けないっ!?」


「えっと……。その……」


グイグイ行く山本と、それに狼狽える塩瀬さん。

見た目は完全にナンパである。


すると、山本に被さるように大きな影が姿を現す。


「──その綱の保管場所は、少し特殊なんだ」


「あっ、先輩……」


「俺が教えるから、ついてきてくれ」


「……うす」


山本、ナンパ失敗。

相沢先輩にどこかへ連行されてしまった。

トボトボと先輩についていく様は、さながら逮捕された犯人。


その間に塩瀬さん、僕の方にちょこちょこと歩み寄る。

カラーコーンを両手で抱えていた、笑顔で。


「これ、まだ向こうにあるから一緒に運ぼう?」


塩瀬さんが指差した方向には、カラーコーンが行儀良く並んでいる。

僕らに片付けられるのを、待ち望んでいるみたいだ。


「……うん」


正直、肉体労働は管轄外だが、塩瀬さんとならやぶさかではない。

もしかしなくても、塩瀬さんだって同じ気持ちで──


「あー! そのカラーコーンはこっち! ありがとねーっ!」


「えっ!? あぁ! はいっ!」


そう言って突如現れた、女子陸上部の主将さん。

カラーコーンを持った塩瀬さんをどこかに連行する。


おのれ陸上部……


「──みなさん、大変そうですね」


いつの間にか委員長は、僕の隣に立っていた。


「そうだね。……僕らも、頑張らないと」


「じゃあこれ、一緒に運びましょう?」


委員長はそう言って、ドンッと重そうな音を発するダンボール箱を置いた。

中には何が入っているのか、見当もつかない。

中身の分からない箱が、こんなにも恐ろしいなんて知らなかった。


「これを……どこに……?」


僕の声は震えていた。

それに対して、委員長はにっこりと笑って答える。


「第二体育倉庫です」


「なん……だと……」



第一体育倉庫は校庭の、校舎に面したところにある。

塩瀬さんと山本はそこに連行されていた。



──しかし、それは第一体育倉庫の話。



第二体育倉庫。

それは校庭の果てにある。


整備の行き届いていない建物、ボロくて開閉もままならない扉。

山本曰く、運動部のヤツは第二体育倉庫のある一帯を『学校に見捨てられた場所』と呼んでいるらしい。嘘か誠かは定かでないが。


「私1人では重いので……。忠洋くんは、手伝ってくれますよね?」


「……はい」


委員長の質問の仕方はずるい。

僕にはうなづく以外の選択肢など、存在しなかった。




──ギィィィィ


委員長が扉を開けてくれた。

第二体育倉庫の扉は噂どおり重々しく、マンドラゴラの鳴き声のような音を発する。

まぁ、そんな音、聞いたことなんてないですが。多分こんな音。


それと、思っていたよりも倉庫内は広い。

ゴタゴタと物が置いてある部分は壁に沿っており、人が通るスペースが、しっかりと確保されている。


「予想以上に古いですね……。おばあちゃん家の物置みたい」


そう言って中に入る委員長。

「けほっ」と小さな咳をして、振り返り、僕を手招いた。

委員長の後、僕も倉庫に足を踏み入れた。


「これ、どこに置けばいい?」


「えっと、コレはたしか……」


倉庫内を散策する委員長。

サッカーボールの入っているカゴを少しずらして、さらに奥へと入っていく。


「あっ、ここですね。ちょうどいいスペースがあります」


「けっこう奥だな……」


「足元に気をつけて、ゆっくり来てください」


委員長が手招いている場所までは、2、3メートル。

普通に歩けば大したことないが、ダンボールを持ったまま、さらに入り組んだ倉庫内という、2つの条件がある中では難しい。

委員長の言った通り、僕はゆっくりと足元に注意して進んだ。




「──あっ、そこ、気をつけてください」


「えっ?」


委員長まであと一歩の距離。

あと少しだったから、僕は気が緩んでいたのかもしれない。


──ゴッ!


委員長が指さしたのは、地面に転がって置いてある陸上部のハードル。

それに気づかず足を踏み出した僕は、見事に引っ掛かった。


「──ごめっ」


咄嗟に、ダンボールを手から離す。

この行動のおかげで、ダンボール内の物はぶち撒けずに済んだ。

しかしながら、委員長は目の前にいる。

「避けよう」と考えることはできても、物理的に時間が足りない。


あっ、これ、ぶつかる──




──ドサッ!




「だから言ったのに」


委員長は両手を広げ、僕を受け止めていた。


「……ごめん」


委員長の上に乗ってしまっている。

僕の体重が男子高校生の平均とはいえ、重いことには変わりない。

早く退かないと。そう、思っているのに。


「委員長?」


「──いいから。続けて」


そう言って、顔を赤らめる委員長。

僕を包み込むように、彼女の両手は僕の背中に回ってきた。


おいおいおいおい……ジョークにしては火力が高すぎるって。


「いやいやっ、まずいって。そういうのは冗談じゃ済まなくなるからっ」


「いいんですよ、冗談じゃ済まなくて……」


まずいっ。

健全な男子高校生が許容できる『女子成分』を優に超えている。

長時間女の子と密着するという行為、童貞には刺激が強すぎるのだ。


委員長の吐息、香り、そして柔らかい体。

このままでは本当に、間違いを起こしてしまう。


だれかっ、誰でもいいっ、助けっ──







「──予想が当たって嬉しいっていう気持ちと、そういう事を忠洋くんがしていたっていう嫌な気持ち。やっぱギリギリ、後者の不快感が勝つよね」


倉庫の扉から差し込む光を、一つの影が遮る。

背後にいる人間の、声しか聞こえない。

だけど、声だけで十分、それが誰なのかは判別できた。


「……っ!? 相沢っ!?」


「こんにちはっ。……それとも、ごきげんよう?」


委員長の拘束が緩み、僕は立ち上がって振り返る。

彼女の特徴は、スレンダーな体つきと丸メガネ。


──やはり『相沢 小鳥』が腕を組んで、扉に寄りかかっていた。

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