華麗なる学園デビュー(予定)
アイナは、リリアの必死の説得を赤子をあやすかの如くあしらい徒歩で学園へと向かった。
その顔は希望に満ち溢れ、足取りは風のように軽やかであった。
学園に近づくにつれてすれ違うことが増えてきた貴族の家紋の入った馬車。その大半がアイナと同じ学園に通う者の馬車であった。
皆、見慣れた風景の中に一人歩くアイナを見つけてはぎょっとした表情をしている。だが、一心不乱に歩き続ける彼女が彼らの視線に気付くことはない。
「今まで目立ちたくないからって無理やりあんな馬車に乗ってたけど、歩いても全然平気じゃない。他に人なんていないし、歩くことは健康的だし、何より馬車がを売れる。ふふふ、浮いたお金で新たな美容グッズを……」
ひとりニヤけながら歩くアイナの姿は、学園中の者が目にしており、彼女が教室に着く頃には本日の学内トップニュースとなっていたのだった。
教室の前に着いたアイナは軽く深呼吸をした。既視感あふれる光景に飛び出しそうになる心臓を気合いでグッと堪える。
ー いざ、出陣じゃっ!!!
心の中の威勢の良い掛け声とともに教室のドアに手をかける。
「あれ、トルシュテさん?」
ドアを開けた瞬間、後ろから声を掛けられた。
反応して振り向くと、そこには真っ白な長い髪とダイヤモンドのように輝くシルバーの瞳の顔立ちの綺麗な男子生徒が立っていた。
「え…」
なにこの真っ白な人………魔力量がめちゃくちゃ多いってことだよね……えなにそれこわっ………なるべく関わりたくないけど、この人誰だっけ……
これまでのクラスメイトとの関係が希薄過ぎて、アイナの中の記憶を辿っても彼のことが分からない……いやでもこの見た目、かなりの有名人なはずなんだけど…声も聞いたことあるような……
「あれ?僕のこと忘れちゃった?レイン・アルフォードだよ。」
「レイン・アルフォード………」
アルフォード……どこかで聞いたことあるような……アルフォード、アルフォード、アルフォード……へ、もしかしてアルフォード公爵家!!?うわ、絶対関わりたくないっ!!!
話しかけてきた本人そっちのけで一人思考に走っているアイナに、レインは一瞬だけ面白くなさそうな顔をした後、彼女の正面に回り込んだ。
「もしかして、僕に見惚れちゃった?」
「は、そんなわけ…」
いや待て私。
落ち着け私。
恐らく彼はこの見た目と地位からしてクラスの中心人物、ここで無碍に扱うのはまずい。
揶揄われてるって分かってるけど、言い返してやりたいけど、ここは菩薩の如く堪えて、とりあえず相手の手のひらで踊る方が得策。
我慢我慢我慢我慢我慢………
よしっ!!!!
「そうかもしれない、はははは」
こういう嘘は苦手だったアイナ。
適当な嘘は息をするようにつけるというのに、自分の感情には嘘をつけないタイプであった。目は笑っていないし、口元が引き攣っている。ちょっとしたホラー映像だ。
「…チッ」
え、今なんか舌打ちに似たような音が聞こえた…?気のせい……??
「そろそろ授業が始まるね。」
レインはにこにこと微笑みながら教室の中へと入っていった。
「一体なんなんだ、あの人……ってそんなことより、早く私の華麗なる学園デビューを!」
ー カーンカーンカーン
意気込むアイナのことを嘲笑うかのように、授業の開始を告げる鐘が鳴った。
「レイン・アルフォードめ……許すまじ……」
アイナは怒りで肩を震わせながら仕方なく自分の席へと向かう。
そして、彼女のことを追うようにいくつもの瞳が動く。
「あんな子いたかしら…?」
「転校生かな?横顔しか見えなかったけど、中々の美人と見た。」
「本当に一体誰だろう…?」
コソコソ話すクラスメイト達のことなど気にせず、真っ直ぐに自席に向かい座ったアイナ。
この遅れはどこで取り戻してやろうかと頭の中で必死に考えている。
『え…………………………………』
アイナが席に座った瞬間、他のクラスメイト達の時が止まった。
地味で太っていて目立たなくてオシャレに無頓着なアイナ・トルシュテと同一人物だと知り、皆驚き過ぎて息を吸うことすら忘れている。
そんな周囲の反応など意に介さず、アイナはクラスメイトに絡みに行くイメージトレーニングを繰り返し行っていた。