出来ることをしよう
「ちょっと頭痛いんで今日は帰りますっ!!」
ベッタベタの仮病で逃げるように教室を去っていったアイナ。
その後ろ姿を白けた目で見ているクラスメイト達。
「誰が今日の掃除やるのよ。」
「本当に、自分の役割もこなせないだなんて困ったものですわ。」
金髪の長い髪を耳にかけながら、ジュリアンヌは金色の目を吊り上げている。
そんな彼女に同調するように、茶色髪のマイカが尖った声を出した。
***
「お嬢様!?やはりお身体の調子が悪いのでしようか!??」
蜻蛉返りしてきたことを知ったリリアが庭先からアイナの私室に飛んできた。
彼女の制服の着替えを手伝いながら心配そうな瞳で様子を窺ってくる。
「ええと、大丈夫なんだけどね。何というかちょっと一旦リセットしたくて…って、は!!?」
鏡の中に自身の姿を見たアイナは、大声を出して驚愕と絶望の表情で固まっている。
「ごめん、ちょっと一人にして…」
今にも消えてしまいそうなほど気落ちした声を出したアイナ。
主人の命に逆らうことは出来ず、リリアは不安そうな顔のまま部屋を出て行った。
「なんなのよ、これはっ!!!!」
誰もいなくなった自室で、思い切り地団駄を踏むアイナ。古びた床がぎしぎしと音を鳴らし、壁に造り付けの棚が揺れて埃が舞う。
「ぽっちゃりというか完全にデブじゃない!」
アイナは鏡に映った自分に、膝から崩れ落ちた。
前世の記憶を取り戻す前も自身の容姿を知っていたはずなのだが、平均よりも太っているということはたった今認識をした。
前のアイナは周囲にも自分にも無頓着で、自分の容姿のことを客観的に評価したことが無かったのだ。
「身分も低くて太ってて見た目も悪くて挨拶もしなくて根暗で現状を変えようとしない、そんなヤツ誰が仲良くなりたいって思うのよ…」
しばらく床の上に膝をついて打ちひしがれたアイナだったが、覚悟を決めたようにゆっくりと立ち上がった。
「こうなったらまずは見た目から徹底して変えてやる。痩せてオシャレに気を遣って笑顔も練習して、変えられない身分以外は何もかも凌駕してみせる。となったら、まずは……」
思い立ったアイナがすぐに行動に移そうとした時、焦った様子の父親のケントンがノックもせずに部屋の中へと入ってきた。
「アイナ?大丈夫か!?学園から戻ってきたと聞いて心配で心配で……」
「心配をかけてごめんなさい。私なら大丈夫。ちょっとその…疲れちゃっただけ。」
不審に思われないように笑って見せたアイナだったが、ケントンには娘の強がりにしか見えなかった。
「やはり、平民に戻った方がお前のためになるか。無理して貴族でいなくとも……」
「大丈夫っ!私は大丈夫だから、このまま学園に通わせてほしいの。ね?お願い…」
せっかく決意したのに平民に戻られては元も子もないと思ったアイナは、胸の前で両手を組み、上目遣いで必死に懇願した。
「でも、友達がいないと嘆いていたじゃないか…だから学園になんて行きたくないってあれほど…」
「大丈夫よ!」
「まさか…ついに友達が出来たのか!?」
「ええと…これから出来る予定だから。予定というか確定した未来って感じ?だから安心して。」
「何なんだそれは……」
リリアから朝の事故の報告を受けていたケントンは、やっぱり娘はちょっとおかしくなったのかもしれない…と眩暈のする目元に手を当てた。
「でも一つだけお願いがあるんだけど…少しだけ学園を休んでもいいかな…?二ヶ月とか…?」
「二ヶ月…そんなに休んでどうするつもりだ…?」
「ちょっと、授業じゃ学べないことで調べたいことがあるの。ほら私…卒業後は魔法と関係のない仕事をするでしょう?自由に学べるのは今だけ、だから…」
悲しそうに目を伏せるアイナ。
もちろん、フリだ。
生まれ持った身分という絶対に変えられない足枷を盾に父親にお願いをする娘。それをケントンが断れるはずなど無かった。
「…分かった。学園には私から連絡を入れておくから、好きになさい。」
「ありがとうっ!!」
学園に入ってからというものの、暗い表情しか見せなかったアイナが見せた心からの笑顔に、ケントンは思わず頬が緩んだ。
この子の自由にさせよう。
せめて今くらいは…
そんな思いでアイナのことを見守ることにした。