厄日に起こった良いこと
「…っ」
「アイナ、大丈夫?」
突然顔を顰めたアイナに、カシュアが心配そうに尋ねた。
放課後、馬車まで一緒に歩いていたアイナとカシュアの二人。
あの後、レインが担任に話を通してくれていたおかげで、騒ぎのことでアイナが事情を聞かれることは無かった。
兄のケルストには、彼の担任から厳重注意がなされたそうだ。
「ううん、大丈夫だよ。」
アイナは赤くなっている手首を隠すように、コートのポケットに仕舞い込んだ。
「お兄さんと、その……仲良くないの?」
「仲は…悪くはないと思うんだけどね…」
元々互いに干渉しない兄妹であったが、それは、ケルストが一定の距離を置いていたためだ。
彼は、エリーゼと同じ思考で保守的なところがあり、なるべく目立たず穏便に生きることを良しとしている。そのため、平民に戻る話が出た時も反対はしなかった。
そして、妹であるアイナにも刷り込みをしていた。
自分達は貴族の末端であり、決して他の貴族には逆らってはいけないと。アイナに、勉強で目立たないように仕向けたのも彼だ。
アイナのこの性格は、
兄様の影響も大きいんだろうなぁ…
「明日から休みに入っちゃうけど、何かあったらすぐ連絡してね。その…私じゃ頼りないかもしれないけど…」
俯くアイナに気を遣ったカシュアは、兄の話題を終わらせた。彼女の気遣いに、アイナも笑顔で応える。
「ううん、ありがとう。カシュアも連絡ちょうだいね。」
馬車に向かうカシュアと別れ、アイナは歩いて正門へと向かった。
リリアの心配をよそに、アイナはこの学期中徒歩での通学を完遂させたのだ。
ー コツンッ
「…いたっ!!」
正門を潜り抜けようとした瞬間、何か硬いものが後頭部に当たった。アイナの頭にぶつかったそれは、軽い音を立てて地面に落ち、コロコロと転がって行った。
「何これ………今日の私はどんだけ厄日なの………」
アイナは足元に転がった石みたいな固い物体を拾い上げた。手のひらに乗せると、西日を受けて綺麗に輝いている。
よく見ると、石だけだと思っていたそれには細く繊細なヒモのようなものがくっついていた。
「ちゃんと受け取れよ、馬鹿。」
「………うわ。」
もうかなり聞き慣れた尖った声音に、アイナは相変わらず嫌そうな声を出した。
今日の恩人だというのに、一番に感謝の言葉が出てこない。
「それ、身につけとけ。」
レインは、アイナの手のひらで輝く石を指差した。
「ええと…これは…?」
「貸せ。」
アイナの手から奪い取るようにして石を手にすると、彼女の手首を掴んだ。
「…っ」
痛そうな顔をしたアイナを見ると、レインはすぐに手首に手を翳して治癒魔法を施した。
赤く跡の付いていた手首がみるみる内に元の肌色に戻っていく。完全に赤みが引いた。
「う、そ………ぜんぜん痛くない…」
初めて受けた治癒魔法に感動するアイナ。
手を握っては開いて、痛みがないことを喜んでいる。
その隙に、レインはしれっと彼女の手首に先ほどの石を巻き付けた。ブレスレットのような見た目になっている。
「治癒魔法使えるのすごいね!ありがとう!痛くなくなった!」
「声うるさい。」
元気よくお礼を言うアイナに、レインは耳を抑えて鬱陶しそうな顔をしている。
彼は文句を言うとそのまま踵を返し、自分の馬車へと向かった。
「兄様のこともありがとうっ!!」
去っていくレインの後ろ姿に、一際大きな声でお礼を言ったアイナ。
彼はまたもや軽く耳を押さえながらも、後ろを向いたまま軽く片手を上げて応えてくれた。
「え、手首になんか付いてる……………」
邸へと帰る道の途中、ようやく気付いたアイナは、手首を掲げて光り輝くダイヤモンドのように綺麗な石の粒を眺めていた。