衝撃の事実
朝、馬車に揺られて学園へと向かうアイナ。
彼女の実家であるトルシュテ家は、平民に近い男爵家であり、これまで馬車を持つ金銭的余裕がなく一台も所有したことがなかった。
この春から学園に通う娘のため、父親のケントンが片っ端から知り合いに声を掛け、なんとか中古品の馬車を安く譲ってもらったのだ。
前の持ち主の家紋を塗料で塗りつぶし、その上に手書きでトルシュテ家の文字が書かれている。なんとも不恰好で貧相な見た目だ。
だが、徒歩で学園に通う者などひとりもおらず、こんな見た目の馬車でもアイナは使わざるを得なかった。
「歩いた方がお金も掛からないのに…こんなことをしてまで学園に通わないといけないだなんて…」
アイナは窓の外をぼんやりと眺めながら呟いた。
ー ヒヒィーーーーーンッ!!!
ー ドドドドドドドンッ
その時、暴れる馬の声と音が鳴り響いた。
「きゃあああああっ!!」
急停止した馬車の中、窓の方を向いていたアイナは窓ガラスに思い切り頭をぶつけていた。
「いった……………」
涙目になって強くぶつけた場所を両手で押さえる。
「え、ここ……どこ……?私はなにを…」
頭部への強い衝撃と共に、アイナの中に夢が現実か分からない光景が一気に流れ込んできた。
混乱する頭でその情報の一つ一つを精査しようとするが、思考が追いつかない。それなのに、これが前の自分の人生の記憶だということだけが鮮明に頭の中に刻み込まれていく。
「嘘………こんなことってある……??」
誰もいない車内で呆然とするアイナ。
自分の前の人生のこと、そしてこれまでのアイナとしての日々、それがゆっくりと交差して交わる。
「え、私前世の記憶持ちってこと…?もしかして、生まれ変わったの…?」
「お嬢様っ!ご無事でしょうか!」
馬車の外からドアを開け、御者の役割を担っていた侍女のリリアが飛び込んできた。
アイナに外傷がないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。
「私の不注意で大変申し訳ありません。急に飛び出してきた野うさぎに馬が興奮してしまい、それを制御することが出来ませんでした。」
青ざめていたリリアだったが、目を丸くしてキラキラとした眼差しを向けているアイナに怪訝そうな目を向けた。
「お嬢様?」
「いや、野うさぎが出てくるなんてファンタジーみたいだなと思ってね。」
「はい?」
「ごめんなさい!なんでもないわ!」
アイナは大袈裟に両手を振ると、慌てて口をつぐんだ。
「やはり打ちどころが悪かったのでしょうか…本日は学園をお休みになりますか?」
「学園……」
そうだった、この国では貴族は学園に通うのが決まりで、弱小貴族の私も通わないといけないんだった。
正直、このまま回れ右をしてしまいたいけど…
でもそんなことをしたら、明日からも絶対行けなくなる。この世界で不登校とか、下手したら王命違反で投獄されるかも……
無理無理無理無理無理無理。
でも、前世の記憶もなんとなく思い出して来たし、前は外回りの営業だったし、それなりに人とのコミュニケーションは得意だった、はず。
…学生生活では目立たないグループだったけど。
社会人になって都会に出て垢抜けてからは、かなりちやほやされた気がする。自分で言うのもアレだけど、割とモテたんだよね。そうだよ、学生時代にパッとしなかったのは田舎にいたせいだ。今は王都にいる、しかも男爵とはいえ貴族様!華やかじゃないはずがない!
肝心の最初の挨拶だけにっこり愛想よくやれば、クラスでもそこそこの地位にはいけるはず!
社会人の前世を持つ私ってもしかしたら最強なんじゃない…?
よし、せっかくの二度目の学生生活、
前世の記憶を大いに活用してチヤホヤされよう。
それくらい良い、よね?
「ううん、大丈夫よ。」
アイナは昨日までの自分を思い出しながら、意識して控えめな笑顔を返した。
無事に教室の前まで辿り着くと、アイナは大きく深呼吸をした。
大丈夫、まずは笑顔その次に挨拶。
笑顔で挨拶されて嫌な気持ちになる人なんていない。
クラスメイトは皆年下って思えば何も怖くない。
さぁ、いざ!
「おはよう!」
「「「「・・・・」」」
元気なにこにこ笑顔の挨拶に返ってきたのは、静寂と無数の冷え切った瞳だった。ドア越しに賑やかな声が聞こえていたはずのに、今は静まり返っている。
「え…」
ちょっと待って…おかしいおかしいおかしいおかしい…なんで?なにが起こってる…???挨拶しただけだよ?え、ひどくない??
「トルシュテさん、今日はどうしたの?」
しんと静まり返る中、真っ白な髪の青年が微笑みながら尋ねてきた。
「あ」
あああああああああああああ!!!思い出したあああああ!!!この学園始まってもう半年経ってたわあああああああああ!!!
その間、一度も挨拶なんてしたこともされたこともなかったあああああああああ!!!