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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
余談 げんじーの昔話
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不法侵入

 連れていかれたのは大きな屋敷だった。

白い塀に瓦が乗っかっている、いかにも『和』って感じの門塀に囲まれている。


彼女は正面の門の前で立ち止まった。

これまた立派な門だ。

固く閉ざされているが。


ここに来るまでの道中、彼女は酔っているせいか足取りがフラフラしていたが、右手はわしの手をしっかり掴んでいた。

華奢な割になかなか力が強い。


煙管は浴衣の帯に差し込んで、酒の入った瓢箪は変わらず左手に持っている。


公園を出て少しした時に、

「その酒、美味いのか?」

と瓢箪を見ながら訊いたら

「飲んでみな」

と言って差し出してきたから、一口飲んでみた。

冷えた甘い酒だった。


わしは屋敷を見上げながら言った。

「こ、ここか? 随分と金持ちなんじゃの。すげー。……というか手、いい加減離してくれんかの?」


「たまたま金持ちの家に生まれてしまったというだけさ」

彼女は屋敷を冷ややかな目で見ていた。


「そうか。いや、手ぇ離せってゆうとるじゃろがこの酔っ払い」


「ん? ああすまない。いやいや、離したら逃げられそうな気がしてね」


彼女は微笑みながらゆっくりと手の力を緩めた。

ずっと手を握っていたせいで片手だけ無駄に温かくて、もう片方の手が余計に寒く感じた。


「で、入れんみたいじゃが?」

わしはまったく隙のない門を指差した。


「ああ。ここからは入らないよ。そもそも君は部外者なのだから、仮に開いていたとしても正面から招き入れるわけにはいかないんだ。事情を説明するのも面倒だし」

「じゃあどうするんじゃ?」


「私は外に出る時、こっそり抜け出した。中に入るのも同じようにすればいい」


「いや別にこっそりするとか堂々とするとかそんな話は訊いてないんじゃが。方法を訊いとるんじゃ。これじゃから酔っ払いは」


「まあまあ落ち着きたまえよ。急いては事を仕損じる。とりあえずついてきたまえ」


彼女が再びわしの手を取ろうとしたから、わしは素早く手を引っ込めた。


彼女はそれが気に入らなかったらしく、頬を膨らませながらジッと睨んできた。

わしは肩をすくめてみせた。


「……まぁいいが。こっちだ」

彼女は屋敷を囲む塀に沿って少し歩いた。


そして適当なところで立ち止まると、わしの方を振り返って言った。


「君は動けるタイプの人間か?」

「なんじゃその質問……。まぁ結構動けると思うぞ」

「それは良かった。じゃあ私の真似をしてくれ」


彼女は瓢箪の真ん中に巻き付けてある紐を口に咥えると、深く屈み込んで、大きく飛び跳ねた。

そして瓦を掴んでよじ登ると、塀に跨った。


瓢箪を左手に持ち直してふーっと息を吐いた彼女は、こちらを見下ろしてニッコリと笑った。


「こんな感じだ。頑張って登ってくれ」


……まったく。

とんだおてんば娘だ。

わしは呆れてため息をついた。


「どうした。自信がないのか? ほれ、私の手を取れ」

彼女は手を差し出してきた。


「いらん」


わしは軽く足を曲げ、跳んだ。

音を立てないようにそっと瓦に着地する。


「お、おぉ。凄まじいジャンプ力だな。さすが、旅をしているだけはある」

「へへ。すごいじゃろ」

わしは彼女にピースサインをしてみせた。



 それからわしたちは敷地内に静かに降り立った。

デカい日本庭園が目の前に広がる。


庭に詳しいわけではないが、それでもこまめに手入れされていることがよく分かった。


池には赤い鯉がゆったり泳いでいた。

小粋な鹿威しもある。


そしてひと際目を引くのが、鮮やかな枝垂(しだ)れ桜だ。


穏やかな夜風に揺られ、スポットライトのような月明りに照らされて堂々とした存在感を放っていた。


すげー。

こいつの実家本当に金持ちなんだなと思って隣に目をやると、彼女はしゃがみ込んでいて、わしに対しても屈むようにジェスチャーしていた。


素直に従うと彼女は身を寄せてきて耳元で囁いた。

酒臭い。


「いいか。今の君は不法侵入者だ。だから家の者に見つかるわけにはいかない。私の部屋へはこっそりと向かうぞ」


「は? あんたの部屋に行くのか? 流石にさっき会ったばっかりの年頃の嬢ちゃんの部屋にいきなり押しかけるほど節操なしじゃないぞ」


「年頃の嬢ちゃんとはなんだ。バカにしているのか。君はいくつだ?」


彼女は口を尖らせながら訊いてきた。

わしは右手の指を二本立てた後、中指だけ下げた。


「それなら一個下じゃないか。年下に嬢ちゃんなどと呼ばれるのは気に入らないな」

「そうかい。そりゃすまんかったの」


「まぁ安心するといい。寝室には招かないよ。私の部屋でお話ししよう」

「あ? どういうことじゃ?」


「私の部屋は二つあるんだ。普通に過ごす部屋と寝室の二つ」


「……そうか。もうなんかどうでも良くなってきた。さっさと案内してくれ」


「その前に。君にはシャワーを浴びてもらおう。そんな汚れた服で部屋に入られるのは困る」


「そいつはありがたいの。わしも久々に温かい水を浴びたい」

「では、まずは風呂場を目指すぞ」


そうしてわしらは庭の立派な松の元に移動した。

彼女の視線の方向から嫌な予感がした。


「……おい。まさかとは思うが、二階から侵入するとか言わんよな」

「二階から入る」

「ハァ。なんでそうなるんじゃ」


「一階はどこも雨戸が閉じてるからな。開けたら音でバレる。それにほら、見えるだろう。あそこの窓」

彼女は二階の窓を指差した。


「あの通り閉まってはいるが、私が外に出た時のまま鍵は開いているはずだ」

「あの場所までは……」


「当然この松に登って飛び移るのさ。音を立てないように気をつけてくれよ」


彼女はニッコリと微笑んで慈しむように松を撫でると、さっきと同じように瓢箪の紐を咥えた。


そして振り返ってわしの顔を見てから一度頷くと、勢いよく登り始めた。

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