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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
第三章 一月、最初の一週間
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催眠術

 サングラス男は踊りながら公園を出て行った。


「なんか、どっか行っちゃいましたね……」

「そうだね」


それを見送った後、僕は隣に座っている猫をひと撫でした。

猫はじっと動かない。


「今更なんですけど」

桜が口を開いた。


「恭介さんたちって和服しか持ってないんですよね?」

「うん。あとは制服だね」


「それなら今度みんなで洋服買いに行きません? 私も買いたいですし」


「あぁいいね。ちょうどこの前服買いに行かないとねって話してたとこなんだよ」

「だったら隣町のデパートですかね」

「デパートか」


「はい。色々売ってるんですよ。何か欲しいものとかあったら一緒に買うといいと思います。まだ引っ越してきたばかりですし、色々あるんじゃないですか?」


「んー。今のところ困ってることはないけど、天姉とかはあるかもね」


「あるでしょうね~。あなたは何か欲しいものないんですか?」

「欲しいものかぁ」


「えー。パッと思いつかない感じですか。普通なんかありません? 私なんてあれもこれも欲しいって思っちゃいますけど」


「あぁ待って。どっかに欲しいものリストみたいなのをどっかにメモしてたかも」


僕はスマホを取り出して、『高校生 男 欲しいもの』で検索してみた。

文房具、スポーツ用品……なるほど。


「今、高校生男子欲しいものって検索してるでしょう?」

「げっ。なんでバレたの?」


「私はなんでもお見通しなんです」

桜はドヤ顔をみせてきた。


「なんでわざわざメモしてたなんて嘘をついてそんなことするんですか?」

「その理由は分からないんだ?」

「……意地悪なこと言わないで教えてくださいよ」


「んー。自分でもよく分からないんだけど、多分普通の感覚を持ってないっていうのが恥ずかしいのかな。さっき桜は欲しいものがあるのは普通だって言ったでしょ。だからだと思う」


「あぁ。なんとなく分かったかもです。みんなが当たり前に持っているものが自分にはないっていうのは辛いですよね。別にそれは決して劣ってるってわけではないと思いますけど」


「そっか」

「そうですよ」

桜は僕に微笑みかけてきた。


今気づいたが、桜の目の下には若干クマがある。

寝れていないというのは本当のことだったようだ。


「桜ってさ、毎日何時くらいに寝てるの?」

「え? あーどのくらいですかね。ベッドに入るのは十二時くらいですけど、実際寝るまでに結構時間かかるんですよね。寝つきが悪いんですよ。最近は特にそうですね」


「なるほど。僕だったら強制的に意識を落とせるけど、一回やってみる?」


「え、それってぶん殴られて意識を失うとかってことじゃないですよね?」


「当たり前でしょ。そんなことしないよ。まぁ催眠術みたいなもんかな」


「へぇ~催眠術ですか。ちょっと興味あるかも。是非体験してみたいです」


「じゃあちょっと目瞑って」

「はい」


桜は正面を向いて目を閉じた。

僕は左に座る桜に対して右手で目を覆うようにして、左手を桜の左側に回して左耳を塞ぐようにした。


「え、なになに!?」

桜が驚きの声を上げる。


「ゆっくり体を左右に揺らして」

僕は無視して桜の右耳に囁きかけた。


「え……あ、はい」

桜は指示に従って体を揺らし始めた。


それから僕は桜に頭の中でどんなことを考えればいいかなどいくつかのことを伝えた。


その度に桜の右耳はどんどん赤くなっていったが、体の揺れが小さくなっていくにつれて色は元に戻っていった。


桜が寝息を立て始めたところで僕は手を引っ込めて元の体勢に戻ると、猫を撫でた。


こんなところで長時間寝てると風邪を引くので、二分くらい経過したところで

「桜、起きて」

と、声を掛けながら眉間の辺りを軽く指で突いた。


「……ん」

桜がゆっくりと目を開けて起きた。


「あ、え。……私今寝てましたね。おぉ! 寝てましたね!」

嬉しそうに声を上げてから訊いてきた。


「どのくらい寝てました?」

「二分とかそんくらい」


「なんかいたずらとかしました?」

「してないよ」

「へぇ」

桜は悪戯っぽく口角を上げてみせた。


「はっ! 唇になにかされたような感覚が微かに」

「残ってるわけないよね。で、どうだった?」


「すごいですね。ほんとに意識失っちゃいましたよ。……心臓に悪いことさえ無ければ完璧なんですけど。あの体勢はちょっとマイハートに負担がかかりすぎます」


「眉間をちょっと突くだけで意識を絶つってのもあるけどね」

「え、そうなんですか?」


「うん。慣れてないとちょっとびっくりするかなって思ったから今のをやってみたけど」


「そうなんですか。ってかこんな技術どうやって身につけたんですか?」

「けいに習った」


「へぇ。じゃああの人はどこで習得したんですかね」


「元々は天姉が悪夢ばっか見て寝れないとか言ってた時期があって、それをなんとかしてあげるためにけいが勉強し始めたんだよね。先生に本を買ってきてもらってそれをひたすら読んで、僕を実験体にして練習して習得したんだよ。それで僕も後からけいに習った」

「それはなんというか……愛ですね」


「昔の天姉はほっといたら死にそうな気配があったからね。けいは無理やりにでも元気づけようと頑張ってた。僕は喧嘩してばっかりでなんもしてなかったけど」


「そういえば昔のあなたはやさぐれてたんでしたね」

桜はニマニマしながら僕の顔を見てきた。


「それにしてもさっきのは凄かったですね。すぐ寝ちゃいましたよ。毎晩あれで寝かしつけてほしいくらいです」


「桜が嫌じゃなければ入試の日まで寝かしつけに行ってもいいけど」


「え、マジですか。それは願ったり叶ったりですけど。いいんですか?」


「別にいいよ。水野さん、桜のお母さんに許されるならだけど」


「それは大丈夫ですよ。何が何でも許可をもぎ取るので。え、マジで来てくれます?」


「寝不足で試験を受けるのも大変だろうし、寝れないのは僕のせいでもあるんでしょ? 一応そのお詫びのつもりなんだけど」

「んーもう大好き。是非お願いします」


「分かった。じゃあまた連絡して。何時に行けばいいとか分かんないし」

「了解です」


それから僕たちは一度解散した。

そして僕は夜になったらまた例の旅館に行くことになったのだった。

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