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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
第三章 一月、最初の一週間
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眠隊

 月曜に白石が転入してきて、早いことに今日はもう金曜だ。


俺はあまり白石に話しかけられずにいた。

昔の冷めた感じと打って変わって、今の白石はハチャメチャに元気だ。


そのことに対して未だに混乱しているというのもある。


しかし俺が白石に近づけない一番の理由は、やはり去年の夏の出来事を意識しているからだ。


あの時の俺は、白石に好きだとはっきり伝えた。

別にそのことを後悔しているわけではないのだが、こうして再会した今、白石があのことをどう思っているのか気にならないはずがない。


この一週間、俺たちは特別に約束したわけでもないが、あのことについては触れないようにしていた。


白石の態度は至って普通に見える。

いや、昔の白石を知っている俺からすれば違和感があるのだが。


でも、少なくとも不自然な振る舞いをしているようには見えない。


白石にしてみれば俺からの告白なんてどうでもいいことだったのだろうか。


そんなことを考えて勝手に凹みながら、俺は放課後の教室で机に突っ伏して寝ている白石をどうにかして起こそうと試行錯誤していた。


どうしてこんなことになったのか、事の発端は昼休みの会話にあった。



 昼休み。

俺は友達二人と飯を食っていた。

そこに白石がやってきたのだ。


「松本君、ちょっといいかい?」

「お、おう。どうしたの?」


俺は突然後ろから話しかけられたことで驚いて、肩をビクッと震わせながら振り返った。


「放課後空いてる?」

白石は笑顔でそう訊ねてきた。


特に用事もなかったので

「空いてるよ」

と即答した。

多分予定があっても同じように答えてしまっていたと思うけど。


「そっか! 良かった。じゃあちょっと付き合ってもらいたいんだけど、いいかい?」

「もちろん」


俺はできるだけ愛想がよく見えるように笑顔を作って答えた。


一緒に飯を食っていた友達二人は訝しげに俺のことを見てきたが、それには気づかないふりをした。


俺の答えを聞いて満足そうに頷いた白石は

「じゃあ放課後ね」

と言って自分の席に戻って行ってしまった。



 そして放課後になったわけだが、帰りのホームルームが終わってから俺はすぐにトイレに行った。

緊張していたのかもしれない。


それから教室に帰ってくると、白石が机に突っ伏して寝ていたというわけだ。


ちょっと付き合ってと言われただけで、具体的に何をするのかも聞いていない俺は白石を起こすしかないわけだが、白石は全然起きない。


軽く体を揺さぶってみても、声を掛けてみても効果がない。

それでどうしたものかと途方に暮れているのだ。


……。

少し考えてみて、一つ方法を思いついた。


白石の弟さんたち、佐々木君と小野寺君に相談するのだ。


善は急げということで、俺はさっそく電話してみることにした。


まずは小野寺君にかけたのだが、なぜか繋がらなかったので佐々木君にかけた。


「もしもし?」

スマホから佐々木君の声が聞こえてくる。


「もしもし。松本です。今大丈夫だった?」

「あぁ松本さん。大丈夫ですよ。どうされました?」


「えーっとね。今、教室にいるんだけど白石が爆睡してて全然起きないんだ。どうすれば起きるかな?」

「あー……迷惑かけてほんとすみません」

佐々木君は心底呆れたような声色で謝った。


「いやいや、別に迷惑とかってわけじゃないんだけど、声かけても肩を叩いてみても起きないからさ」


佐々木君は少し間を空けてから言った。

「んー。セクハラでもすれば起きるんじゃないですか?」

「え? えぇ!?」


「冗談ですよ。ほんとにしたらぶっ飛ばしますからね」

「……はい。肝に銘じておきます」

電話越しでも佐々木君の目が笑っていないのが分かる。


佐々木君は軽く咳払いをした。

「真面目に答えると、今の天姉の状態次第で対応が変わりますね。天姉は今アイマスクつけてます?」

「うん。羊のアイマスクをつけてるね」


「あー、じゃあマジで眠いってことだと思うので、ちょっとやそっとじゃ起きないでしょうね。んー。じゃあ今から僕がそこに行きます。えーっと、クラスは二年二組で合ってましたっけ?」


「そうだよ。え、わざわざ来てくれるの? ありがたいけど、なんだか申し訳ないな」

「いいですよ別に。まだ校内にいるので」


「あれ? そうなんだ。もうとっくに下校してるのかと思ってたよ」

「天文部に入ることにしたんです」


「なるほどね。……じゃあ部活中だったってこと? なおさら大丈夫なの?」

「天艶部長が大丈夫って言ってるので大丈夫です」


「そっか。じゃあ、お願いします」

「はい。すぐ向かいます」



 それから五分くらいして佐々木君はやってきた。

佐々木君を待つ間、俺は自分の席に座ってそわそわしていた。


俺の席は教室の真ん中に位置するため、前を向いていれば一番後ろの席である白石の姿は見えないのだが、俺たち二人の他に誰もいない教室で、白石の寝息だけが聞こえているのはなんとなく背徳感というか、悪いことでもしているような気分になって落ち着かなかった。


佐々木君は一年の天艶さんと一緒に来た。

「こんにちは松本先輩」

「初めまして松本先輩」

佐々木君に続くように天艶さんも挨拶してきた。


「こんにちは佐々木君。それと天艶さん? で合ってるよね?」


「はい。天艶ほたると申します。すみません。呼ばれてもいないのに来てしまって。クノイチさ……白石先輩と一度お会いしてみたくて佐々木君についてきてしまいました」


「謝ることないよ。松本結翔です。よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

俺と天艶さんは互いに軽くお辞儀した。


「それで……ああ。がっつり寝てやがりますね」

佐々木君は白石の方を見てため息をついた。


そして白石の席に歩み寄ると、寝息を立てている白石のほっぺたを人差し指でツンツンと突いた。


「天姉~起きろ~」

「ぬ……ん~。……」

白石は少し身をよじっただけで起きる気配はない。


佐々木君は黙々とほっぺたを突き続ける。

「諦めないことが肝心なんですよ」

そう言って手を止めない。


白石は次第に呻き声のような唸り声のような声を上げ始めた。


飼い犬が家の前を歩いている通行人を威嚇するアレに似ているかもしれない。


そしてついに我慢が限界を迎えたというように

「ガウゥ!」

と言って佐々木君の人差し指に噛みついた。


しかし佐々木君はとんでもない速度で指を引っ込めたので、白石はカチリと音を立てて空を噛んだ。


「どうやら相当眠いようですね。仕方ないな。アレでいきましょう」

「どうするんですか?」

天艶さんが興味深そうに質問した。


「えーっとね、簡単に言えば怒らせるんだよ」

そう言って佐々木君は白石の額に触れた。


その瞬間、白石はガバッと体を起こしてアイマスクを取ると、目を大きく見開いて睨むように佐々木君を見た。


「前髪に触るんじゃないよ!」

「やっと起きたか」


佐々木君は俺たちの方を振り返って

「えーっとですね。前髪は天姉の逆鱗なんですよ。触ったらハチャメチャにブチギレます」

と、冷静に解説した。


「うがーっ!」


白石は佐々木君に覆いかぶさるように襲い掛かった。


しかし佐々木君は後ろに目がついているかのように、完璧なタイミングで避けて、くるりと体を一回転させながら白石の背後を取った。


佐々木君がいなくなったことで、白石は勢いのまま地面に突っ込んでいったが、地面と激突する前に佐々木君が白石を抱えるようにして衝突を防いだ。


抱っこされた猫のような格好になった白石は叫びながら暴れ回った。


「にーっ!」

「うわ。危ないな」


白石がいくら暴れても余裕な様子で抱えたままの佐々木君は、神の怒りを鎮めるように厳かな口調で鋭く言い放った。


「今日の晩飯の後、ぜんざいを出す。それに餅を二つ入れよう。だからどうか鎮まりたまえ」


白石はそれを聞いた瞬間にピタッと動きを止め、

「……三個」

小さくボソッとそう呟いた。


「じゃあ三個でいいよ」

「……やったぜ。それなら許そうじゃないか」

白石はニヤリと笑った。


「許すから離して恭介。こしょばい」

「はーい」

佐々木君は白石を解放した。


白石は大きく伸びをすると、俺を見て

「あ! そうだった! 今日は眠隊を見学しようと思ってたんだった。いや~同行してもらうように頼んでおいて爆睡かまして申し訳ない」

両手を合わせて謝ってきた。


「全然大丈夫だよ。っていうか眠隊の見学に行くつもりだったんだ」


「あ、そういえば何も詳しいこと話さずに誘っちゃったんだったね。あはは。私って奴は本当に。ははは」

白石は楽しそうに笑った。

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