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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
第三章 一月、最初の一週間
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再会

 俺は去年の夏、俺の人生に最も影響を与えたであろう初恋相手に偶然再会した。


彼女とは小学生の時に出会った。

かなりの捻くれ者で周囲の人間から反感を買い、クラスでは敵を多く作っていた彼女は、それでも自分を貫いてふてぶてしい態度を取り続けた。


そんな彼女は当時、おそらく虐待を受けていた。

少なくとも俺はそう確信している。


当時の俺は虐待という言葉を知っていたわけでも、彼女がどういう仕打ちを受けているのか詳しく知っていたわけでもなかった。


でも、何不自由なく呑気に生きている自分にはきっと想像もつかないような酷い境遇に彼女はいて、それにもかかわらず学校の人間にはそれを悟られないように気丈に振る舞っている。


そんな風に思っていた。

実際ほとんど当たってると今でも思う。


彼女と接するうちにそれを感じ取った俺は、せめて俺だけでも彼女の味方でいてあげたいと思った。


しかし俺が彼女の味方になる前に、彼女はいなくなった。



 俺の周りの人間は、いなくなった彼女のことを瞬く間に忘れていった。


彼女がいなくなった直後には、取り繕うように彼女を心配する人間がたくさんいたが、次第に彼女のことを口にする人間は減っていった。


友達も先生も、いつしか誰一人として最初から彼女が存在したことを知らなかったとでもいうかのように。


それを目の当たりにし続けた俺は、誰が忘れても自分だけは絶対に彼女のことを忘れないと誓った。


多分初めは罪悪感からだった。


味方になりたいと思い、しかし力になれず、彼女を救えなかった自分が許せなかった。


だから罪滅ぼしのつもりだったのだと思う。


それから俺の人生において、最大の関心は彼女であり続けた。

突然行方不明になった彼女のことを想い続けた。


最初は彼女のことを考えるのが辛かった。


同時に当時の自分がいかに無力で愚かだったかを思い知らされるからだ。


歳を重ね大人に近づいていくごとにもっと上手くやれたはずだと、そうすれば彼女にあんな顔をさせることはなかったのだということに気づかされていった。


その度に俺は言い訳しようとした。


当時は子供だったんだ。

自分はよくやった方だ。

俺はあの時できる最善の行動を取ったはずだ。


そうやって心の中に言い訳を並べ立てる。

そしてすぐに気がつくのだ。


いくら言い訳したって俺は彼女を救えなかった。

それが事実だ。


そうして俺は当時のことを考え続けた。



 ある時俺は、もし彼女に再会したらどうするのかについて考え始めた。


彼女の立場に立って考えてみた。


もしも俺が彼女の立場だったら、どうだろうか。


いなくなった後に自分のことを考えて苦しんでほしいだろうか。


いや、そんなはずがない。


でも俺は彼女のことを考えては、言いようのない無力感に苛まれている。


もし再会できたとしても、こんなことを知れば彼女はきっと自分を責めてしまう。


自分がしてほしくないことを相手にしないなんて当たり前のことだ。


だから俺は、彼女のことを考えてうじうじ悩むのをやめることにした。


そして色々考え抜いた結果、俺がもし彼女に再会できたらどうするのかという問いに対して最終的に出した答えは、想いを伝えるということだった。


あの頃お前は孤独じゃなかったんだと、お前の周りにいたのは敵だけじゃなかったんだということを伝えたかった。



 そして現在、二年生の三学期。

俗に三年生のゼロ学期とか言われるやつだ。


想いを伝え、長かった初恋を終えることができた俺は、夏のあの日から今この瞬間までボーっと日々を過ごしていた。



 長年の想い人に気持ちを伝えることができたあの瞬間俺は、達成感のような解放感のような、なんとも名状しがたい感覚を味わっていた。


そして彼女が去っていった後、境内のベンチに座り、ただ一点を見つめ続けた。


一時間くらいそうしていたと思う。

腰がベンチに溶けてしまったかのように、どうしても立ち上がることができなかった。


ふと我に返り、ベンチから腰を引きはがしてなんとか家に帰ったが、あの時心をあの場所に置いてきてしまったみたいだ。


あの日から俺は燃え尽きたように無気力になってしまった。


彼女が去っていった時は、やっと解放されたんだと思った。


彼女のことを考えて苦しんだり、自分を責めたりしてきた今までの俺がようやく報われたんだ、と。


しかしそれと同時に淋しさを感じた。


もう俺は彼女のことを考えることも無くなる。

そう思うとたまらなく淋しかった。


俺の関心はどんな時でも彼女にあった。


俺はこれから何を考えて生きていけばいいんだろう。



 始業式の朝。

冬休み明けで若干けだるさが残った体を機械的に動かし、教室の自分の席に着いて担任の先生が来るのを待った。


ほどなくして先生が教室に入ってきたかと思うと開口一番


「喜べお前ら。転校生だ」

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