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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
第二章 準備
24/76

桜の話

 最近は決まって火曜日と木曜日に電話がかかってくる。

今日は木曜日だ。

固定電話が鳴った。


「こんばんは! お元気ですか?」

桜の声が聞こえてくる。


「元気だよ。そっちは?」

「元気ですね~。みなぎってます」

「そりゃ良かった」

適当に近況報告的なことを済ませた後、桜が言った。


「あ、来週の月曜は祝日で学校休みなんですけど、今週末そっちに遊びに行っていいですか?」

「大丈夫だと思う」


「では土曜日にお邪魔させていただきます」

「気を付けておいでよ」

「はーい」



 土曜日の夕方頃、桜が僕たちの家の最寄り駅に到着した。

みんなで迎えに行った。


桜は僕たちの姿を認めると、キャリーバッグを転がしてニコニコしながら近寄ってきた。


「皆さんお久しぶりです。いや~やっぱり遠いですね~」

「お疲れ~。いぇーい」

天姉は桜とハイタッチした。


「ここからじゃすごく遠いですけど、三人とも通学はどうするつもりなんですか?」


「三人で近くに引っ越す」

僕の答えを聞いて、桜は意外そうだった。


「おーそうなんですか。それは桜澄さんたちからしたら心配じゃないですか?」


「この三人に限って俺たちから離れて生活できないなんてことはないだろう」

先生から褒められてちょっと嬉しかった。


「信頼してるんですねー。まぁ私も大丈夫だと思いますけど。そういえば日向ちゃんは小学校どこに通うんですか?」


「この近くの学校や。私は試験とか受けんでも入れるし、もうそろそろ小学生デビューできるな」


「そうなんですか。んーでも日向ちゃんが小学生ですかー。周りの子と価値観が合わないかもしれないですね。精神年齢が離れてるでしょうし」

「そこも含めて楽しみたいと思ってる」


「なるほど。じゃあ思う存分楽しんでください!」

桜が日向に向かって親指を立てる。


「うん!」

日向は子供らしい元気な笑顔をみせた。



 家に着くと桜は

「いや~ついこの間までいたのに少し懐かしいです。やっぱりこの家落ち着きますねー。木造なのも味があります」

と言って深呼吸した。


「そう言ってくれると地獄にいるわしのじじいも喜ぶ」

満足そうに頷きながらげんじーが答える。


「地獄に落ちた前提なんですね……。そんなに酷い方だったんですか?」


「じじいは島崎道場を作った結構強い奴だったんじゃが、わしが幼い頃から容赦なくボコボコにしてきやがっての。しかもじじいはわしの親代わりだったんじゃよ。あの野郎のせいでわしは強くなっちまったんじゃ」


「そうだったのか。知らなかった」

少し驚いているように見える。

どうやら先生も知らなかったことらしい。


「あのじじいは絶対地獄に落ちとるはずじゃ。はっはっは!」

豪快に笑うげんじー……。


すごく不謹慎だ。

心なしかいつもより生き生きしてる。


でも本気で恨んでるようには見えない。

こんなことを言っているが、実は仲が良かったのかもしれない。


桜が言った。

「この家なんかお香の匂いがしますよね」

「お香焚いてるからね」

天姉が自慢するように答えた。


「やっぱりですか。んー落ち着きますねー」

「じゃあ僕は晩飯作ってくるから」

僕が台所へと向かおうとすると、桜もついてきた。


「手伝いますよ」

「いらない。客は黙ってもてなされてろ」

「えーでも」


渋る桜にけいが諭すように言った。

「まあまあ。恭介がそう言うのだから任せとくでゴザル」


「……あの。いい加減その口調がなんのつもりなのか教えてくれませんか?」

「当ててみるでゴザル」


「んー……。分からんでゴザル。教えてほしいでゴザル」

「秘密でゴザル」



 夕食になった。

今日は和食が多くなった。

この家では洋食よりも和食を食べることの方が多いのだ。


僕は豆腐を食べようと思い、桜に醤油を取ってもらおうとした。


「桜ー。しょ」

「はいどうぞ」

僕の言葉を遮るように桜が醤油を差し出してきた。


「……まだ何も言ってないのによく分かったね」

「フフフ。今佐々木先輩の考えていることが手に取るように分かります。桜はなんて気が利く素敵な女性なんだ! と思っているでしょう?」


「思ってない。普通に怖いと思ってる」

「またまた。照れちゃって」

「ソノトオリサ。アーハズカシ」


「どこ向いて話してるんですか。私はこっちですよ。お~い」

桜は僕に向かって手を振った。


「桜ちゃんは恭介のことよー分かるな。私は恭介の考えてること分からんことの方が多いわ」

日向が桜を褒めた。


「恭介は自分のこと抑えてるからねー。昔はあんなに感情的だったのに。今は嘘ついたり誤魔化したりするのが上手になっちゃってもう」

天姉は昔を思い出すように遠い目をした。


そして

「桜が良ければ今後も恭介のよき理解者であってね」

と付け加えた。


「はい。それはもちろん」

微笑みながら頷く桜。


そんな桜にけいが質問した。

「そもそもでゴザルが、なんでそんなに恭介に構うのでゴザル?」


天姉が共感を示した。

「確かに。出会った時に傷の手当てしてくれたってことだったけど、それだけでここまで好意を寄せるのは不思議かも」


それを聞いた桜は

「う~ん」

と唸って少し考え始めた。


桜がなんと答えるのか僕は少し興味があった。

以前同じようなことを僕が聞いたとき桜は好きだから、と答えた。


そして僕と同じく人のことを信用できないとも言っていた。


僕はその時、似た者同士だから自分に親近感を抱いているということだろうと思った。


僕も桜に対して少し親近感が湧いていたから納得できた。


しかし同時に疑問が生じる。

僕は自分が捻くれた人間であるということをよく分かっている。


それは幼少期にあまり良くない生活をしていたせいで性格が歪んだからだと理解している。


だとするなら桜の幼少期はどんなものだったのだろうか。


自分と同じような過去があるから自分と同じような考え方をしているのだろうか。


そして何より、同じような考え方をしていて親近感を覚えているからといって、普通ここまで構うものだろうか。


桜はなぜこんなに僕に絡んでくる?


そういった疑問が湧いてくるわけだ。

しかし人の過去を不躾に聞くほど僕はデリカシーに欠けていない。


僕は答えに悩んでいる桜を見て、前回自分が聞いたときよりも具体的なことが聞けることを期待した。


その期待に応えるように桜が話し始める。

「実はですね、私の家族は詐欺に遭ってバラバラになったんです。元々私たちはお母さんとお父さんと私と弟の四人家族だったんですよ。でもお父さんが詐欺に遭って借金ができちゃって、お父さんは私たちに迷惑をかけないためにお母さんと離婚して私たちと縁を切ったんです。お父さんが今どこにいるのかも分かりません」


「そうだったんだ」

僕は少し納得した。


「悪いこと訊いたね」

天姉が申し訳なさそうに謝る。


「いえいえ。でもそんなことがあったものですから、なんていうか人間不信になっちゃったんですよ。笑顔で話しかけてくる人を見たら、この人は私を騙そうとしてるのかもしれないって思ったりして」

「なるほどね」


その気持ちはよく分かる。

僕も相手が自分を騙そうとしていることを前提として接することがあるからだ。


「佐々木先輩に構うのは私に興味が無さそうだからっていうのと、私と同じように人のことを信じるのが苦手そうなので勝手に親近感を覚えているからです。なんか安心するんですよ。仲間って感じがして」


「そっか」

僕も大体同じようなことを思っていた。


似たもの同士であることを再確認したことで僕の頬は自然と緩んだ。


「僕も桜のこと同じように思ってるよ。僕に興味無さそうだから安心するし、僕と同じように人間不信なんだろうなーって勝手に仲間意識持ってた」


「……ん? 私佐々木先輩に興味無さそうにしてました?」


「少なくとも恋愛感情とかがあるようには見えなかったけど」


「えぇ……。結構アピールしてたつもりだったんですけど。まあでも……はい。その通りです。あなたに恋心を抱いているってことはないです」


「そうなんでゴザルか」

「愛情じゃなくて友情を感じてるってこと?」

天姉が訊いた。


「友情とも少し違うかもです。んー。強いて言うならやっぱり仲間意識ですかね」

「右に同じ」

僕は深く頷いた。


「っていうか私、あなたに好意を持っている女の子として接してたつもりだったんですけど。なんでバレたんですか?」


「なんか嘘くさかったから。観察すればするほど本心からの発言じゃないんだろうなーって」


それを聞いて桜は僕のことを引き気味に見始めた。

「なんか怖いです……あなたに嘘はつけませんね」


けいが訊いた。

「桜はなんでそんな風に接してたんでゴザル?」


「せっかく見つけた仲間ですし仲良くしたいじゃないですか」

当然だと言うように桜が答える。


「人間不信の人相手じゃ逆効果だと思うでゴザルが」


「その辺を含めて上手に振る舞ってたつもりだったんですけど」


「化かし合いじゃ僕には勝てないよ。僕は狐に好かれてるからね」


僕は少しニヤっとすると、頭の上に両手を掲げて、うさみみポーズをした。



 夕食後。

子供組で天姉の部屋に集まった。


五人ともさっきの会話があったにも関わらず、いつも通りにしている。

誰も気にした様子はない。


僕たちにはサバサバしてるとかそんな言葉が似合っているのかもしれない。


桜が思い出したように言った。

「そういえば小野寺先輩が書いてる話はどうなりました?」

「まだ終わってないでゴザル」


「書いてるとこまででいいので見せてくれませんか?」

「いいでゴザルよー」

けいが桜に原稿用紙の束を渡した。


「結構あるねー」

それを見て天姉が感心したように言った。



 読み終えた桜が口を開いた。

「私は結構大和さん好きかもです」

「そうでゴザルか。でも大和は諸事情で主人公にするわけにはいかないのでゴザル」


「そうなんですか」

「大和はあくまで主人公たちのライバルでゴザル。主人公にはなれないのでゴザル」

「可哀想ですね……」


その後は少しトランプとかをして遊んだがすぐ解散にして、それぞれ部屋に戻って寝た。


桜が長距離の移動で疲れただろうから早く休ませてあげようという一応の配慮だ。

桜は前の時と同じように天姉の部屋で寝た。



 日曜の朝は穏やかだ。

先生とげんじーは縁側で将棋を打っている。

ゆずは掃除をしていて、天姉は寝息を立てている。


けいは筋トレしていて、日向はお絵描きしている。

僕と桜はリビングでお茶を飲みながらまったりしていた。


「この前訓練をしてるって言ってたじゃないですか。桜澄さんに木刀で殴りかかってたやつ」

「うん」


「桜澄さんに物を投げられてそれを避けるとか、桜澄さんに追い掛け回されるとかも言ってましたけど、その他にはどんなことしてるんですか?」


「この前は弓道みたいなことしたね」


「へぇー! 私実は佐々木先輩たちが運動してるのあんまりちゃんと見たことないんですよねー。この前早乙女さんって方が来た時も屋根裏に隠れてましたし」

「あーそうだっけ」


「その早乙女さんになんか勧誘とかされてましたけど、あなた方ってそんなに強いんですか?」


「まぁ強いんだろうね。先生が僕たちのことを同年代の人間に比べて明らかに能力が高いって言ってたし。先生が言うなら多分そうなんだと思う」


「桜澄さんに対する信用度がすごいですね。記録を取ったりはしてないんですか?」


「うん。今までそんなの必要なかったし。学校では記録取るんでしょ?」


「はい。私はあんまり運動得意じゃないので好きじゃないですけど、体力測定というのがあります」


「そっか。いい感じになるように頑張ろ」

「頑張ってください」


そんなことを話しているところにけいが来た。


「いや~やっと終わったでゴザル~」

なんだか疲れた様子だ。

シャワー上がりらしい。

タオルで髪を拭きながら冷蔵庫から麦茶を取り出した。


「筋トレしてたんだよね? いつもよりきついメニューをやったの?」


けいは普段筋トレした直後でもケロッとしてる。

疲れた様子を見せるのは珍しい。


「筋トレというか罰でゴザルな。左利きの練習で箸を折りまくった罰で腕立て千回を先生に命じられたんでゴザルよ。朝っぱらから千回はきつかったでゴザル」

「あー。それはお疲れ」


「さらっと言ってますけど、腕立て伏せを千回ですか。私はできませんね」


「そっか。天姉は金曜日は腕立ての日だとか言って毎週金曜に腕立て千回やってるらしいけどね」

「す、すごいですね」

「努力家でゴザルよなー」


桜が思いついたようにこんなことを訊いてきた。


「そういえば、佐々木先輩と小野寺先輩はどちらの方が強いんですか?」


「そりゃ恭介でゴザルよ」

「どうかな~」

即答したけいに対し、僕は少し考えた。


格闘技術は僕が上回るが、筋力はけいの方が上だ。

条件次第で勝敗は変わり得る。


「あんまり大きな実力差はないでゴザルが、恭介の方が少し上でゴザル」

「そうかな。最近力比べしてないからねー」


「この際はっきりさせてみませんか? 腕相撲とかで」

「腕相撲か」


「それだったら少し俺に分があるかもしれんでゴザルな」


「別にいいけどまた後でね。今やったら腕立てのせいでけいが疲れてる分、僕が有利だから不公平になる」


「あ、そうでしたね。じゃあ夜に腕相撲大会を開きましょう! 今宵はみんなで力比べです!」


「おっけーでゴザル」

「どう考えても先生が優勝するでしょ。まぁいいけど」


そんなわけでこの日の夜、腕相撲大会を開催することになった。

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