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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
第二章 準備
21/76

温泉旅館

 時間はあっという間に過ぎ去り、オープンスクールの前日。


僕、けい、天姉の三人で例の温泉旅館に泊まりに来ていた。

受付には水野さんと元気な様子の桜がいる。


「三人ともお久しぶりです!」


そう言って桜は両手を上に伸ばした。

レッサーパンダの威嚇みたいだ。

天姉も真似している。


この二人の奇行にいちいちツッコんでいたら身が持たない。

スルーしよう。


「ご無沙汰してます水野さん。またお世話になります」

僕は水野さんにお辞儀した。


「はい。ゆっくりしていってください」


水野さんは微笑みかけてきた。

水野さんに対しては言いたいことがないでもない。

結局小野寺家側だったみたいだし。


でもこの人のおかげで先生は小野寺家と折り合いをつけることができたようだし、そのことについては何も言わないことにした。


「学校に通うことにしたんですね?」

水野さんが訊いてきた。


「はい。色々問題が片付いたので通えるようになりました」

天姉がにこやかに答える。


「私にこんなことを言う資格があるのかは分かりませんけど、あなたたちが普通の幸せを手に入れられることを願っています」

水野さんは遠慮がちに微笑みながらそう言った。


「ありがとうございます」


普通の幸せというのが一体何を指すのかは分からないが、なんだか心が温かくなった。


この人はどこかゆずに似ている。

というよりゆずがこの人に似ているのだろう。

きっとゆずにとって憧れの先輩だったんだろうなと思った。


先輩といえば、

「そういえば最近電話で話す時に僕のこと佐々木先輩って言ってるけど、別に先輩とか言わなくていいよ?」


桜は僕のことを佐々木先輩と呼ぶようになったのだ。


「いえいえ滅相もない。私ごときが佐々木、と呼び捨てるなど」

「今まで通り普通に恭介さんでいいのに」


「いや、学校で先輩のことをそんな風に呼んでたら不自然でしょう。カップルと思われますよ。ねー白石先輩に小野寺先輩?」


「なんかむずがゆいけど、確かにちょっと変に思われるかもしれんから先輩呼びが無難かもしれんでゴザルな」


「ご、ござる?」

桜がけいの語尾に反応した。


「俺の口調は気にしなくていいでゴザル」

「一人称も変わってる……気になるけど、とりあえずスルーします。いや~それにしてもいよいよ明日ですね」


「そうだねー。場所はここから割と近いよね」

僕がそう言うと、桜は首を縦に振った。

「そうですね。それも決め手の一つですから。でもやっぱり一番の理由は面白そうだからですね」

「え、そんな理由なの?」


「まぁ明日行ってみれば多分わかりますよ。っていうかあんまりラッコーのこと調べてないんですか? 結構個性的だし、多分入学希望の人のほとんどは面白そうだから選んだって答えると思いますけど。パンフレットにアンケート結果が載ってましたけどそんな感じでしたよ?」

「そうなんでゴザルか」


「ラッコーって豪落高校の愛称?」

天姉が訊いた。


「はい。なんか可愛いですよねー。イメージキャラクターもラッコなんですよ」

「そんなのがあるのか。へぇー」


知らなかった。

愛称なんてあったのか。


「……もしかして私が誘ってしまったから興味ないけど来てくれた感じですか? だとしたらほんと申し訳ないです。私のことは全然気にしなくていいですよ」

桜は苦笑いを浮かべた。


天姉がすぐに悪戯っぽい口調で言った。

「いやそれがね? 困ったことに恭介がどうしても桜ちゃんと同じ学校に通いたいってうるさくてさー」

一瞬桜はきょとんとしたが、すぐにニヤニヤし始めた。


「え~そうだったんですか~へぇ~」

「断じてそんなこと言っていない。ニヤニヤするな。やめろ天姉。つついてくるな」


「必死だったでゴザルよ」

けいも余計な嘘をつきやがった。


「そうなんですか~?」

桜は困ったように笑っている。


「おい。数の暴力をやめろ。事実を捻じ曲げるな」

僕が苦い顔をしていると

「あ、私温泉行きたい! 桜も一緒に入ろうよ」

天姉がそう言いだして、桜と天姉は二人で温泉に向かった。



 この旅館の温泉には露天風呂がある。

夏の暑さも落ち着きを見せ始め、少し涼しくなってきたこの時期に夜風に当たりながら入る温泉は格別だ。


「おー! 結構星見えるんだねー」

私は空を見上げながら言った。


「そうですねー。でも星だったら皆さんが住んでる家からの方がよく見えるでしょう?」


「まぁそうだけどさ~。波の音を聞きながら星を眺めるようなことはできないからね。羨ましいよー」


「そうですか。……あの、さっきはありがとうございました」

桜は突然そう言って私に頭を下げてきた。


「んー?」

「本当は気を遣って来てくれたんですよね? それでさっき私が女々しいこと言った時にフォローしてくれたんでしょう? ……変なこと言ってごめんなさい。三人がラッコーに興味があるように見えなかったので」


「……そうねー。まったく見当違いってわけじゃない。正直豪落高校に興味があるかと聞かれたら、ないって答える」

「ですよね……」

桜は俯いた。


「んーでもそっかー。つまり私たちが桜のことをどうでもいい人間として認識している、って桜は思ってるんだね? 私たちはどうでもいい奴が誘ってきたから、気乗りしないけどお情けで仕方なく来たと」

煽るように私はそう言った。


「……そうでないと嬉しいですけど、まぁそんな感じです。三人が気を遣ってくれてるんじゃないかって」

私は桜の額にデコピンした。


「あいたぁ! なんですか!?」

桜は額を押さえて不満げに私を見た。


「ふん。桜がアホなこと言うからだよ。あのね、少なくとも私にとって桜はもう三人目の妹みたいなものなの。私が桜と同じ学校に通ってみたいなって思ったから来た。気を遣って来たとか絶対ありえないから。次ふざけたこと言ったら桜の眉毛全部剃るからね。そんでまろ眉描いて平安の女にしてやる」

「……ごめんなさい」


「恭介もけいもそうでしょー?」

私は男湯と女湯の露天風呂を隔てる竹製の仕切りに向かって言った。


仕切りの向こうから二人の声が聞こえてくる。

「気づかれてたんだ」

「お姉ちゃん舐めんな」

「すごいでゴザルな。流石でゴザル」


桜は一瞬目を見開いた後、俯きながら呟くように言った。

「……聞かれてたんですね」

「うん。聞いてた。……桜。僕はこの夏、桜がいたから楽しかった。僕にとっても桜は結構大切な存在になってるよ」

「俺も楽しかったでゴザル」


しばらく沈黙が続いた後、桜はポツリポツリと話し始めた。


「……私、ずっと不安だったんです。あなたたち家族はすごく仲が良くて、私が入り込む余地なんてないから。私は邪魔でしかないんじゃないかって。でも、私はあなたたちの輪に入りたくて、仲間に入れてほしくて、それで……」


「そんな寂しいこと言わないでよ。桜はとっくに僕たちの一員になってる。天姉の言った通り、桜に誘われたからじゃなくて僕たち自身が桜と同じ学校に通いたいと思ったんだよ」


短い沈黙の後

「ありがとう、ございます」

桜は鼻声で嬉しそうにそう言った。

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