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血のない家族  作者: 夜桜紅葉
第一章 七人家族
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いたずら大作戦2

 しかし、作戦会議はかなり難航した。中々いい案が出てこず、グダグダと時間だけが過ぎていく。そんな時、けいが二つ目の作戦を紙に書いて見せてきた。一つ目の作戦は「謎の力が先生を襲う」とか訳の分からないことが書いてあったため、却下されたのだ。

 僕は紙に書かれた二つ目の作戦を読んで、けいに質問した。

「……この『不思議な力で先生を攻撃する』って何?」

「奇跡を信じる」

「そんな奇跡起こるわけないだろ! っていうかさっきの『謎の力』と一緒じゃん」

「一緒じゃない。さっきのは謎の力。今回は不思議な力。今回の方が現実的」

 けいが意味不明な論理を展開したところで、

「もう食べられないよ~」

 と、ベタな寝言が聞こえてきた。


「天姉は何寝てるんだよ。さっきまでノリノリだったじゃんか」

「それは残像だ。ムニャムニャ……」

「食べてすぐ寝たら牛になるよ」

「牛にはならない。私は羊になるんだよ~」

 天姉はソファに寝転んで、目を閉じたまま寝言のように答えている。

「もう駄目だ。天姉は諦めよう。えーっと、今のところ日向の案が一番かな」

 僕がそう言うと、

「もういたずらでも何でもないけどな。ただの暴力だし」

 と、けいは納得していない様子を見せた。


「いたずらや。暴力要素を含んでるだけで」

 堂々と言い訳する日向が提案したのは、家中の電気を一斉に消して、暗闇に紛れて奇襲を仕掛け、先生をボコボコにするという案だった。

「でも仮に僕とけい、あと天姉の三人がかりで襲撃して勝てると思うか?」

「やっぱり正面突破は厳しいだろうな」

「グアア!」

 けいが四字熟語を口にして、天姉にクリティカルダメージが入った。

「あ、ごめん天姉」

 微塵も申し訳なさの滲まない口調でけいが謝る。天姉は苦しそうに顔を歪めながら体を起こした。

「ふー。目覚めの一撃をもらっちまった。……んー。寝ながら話聞いてたんだけどね? やっぱり暴力はいたずらじゃないし、そもそも勝てる気がしないからやめとこう。ホラー系いたずらにしよう」

「お? ハゲ散らかすぞ?」

 けいがそう言って眉をひそめると、天姉は挑戦的な笑みを浮かべた。


「あ、そっかー。けいはビビリだったね。ごめんごめん、配慮が足りなかった。いそぎんちゃくのけいにはホラー系のいたずらなんて厳しいよねー?」

「……いそぎんちゃくだと?」

 けいは眉間の皺を深くして、天姉を睨む。

「怒るとこ、そこなんや」

 日向のツッコミを無視して、

「全然大大夫だし。ドンとこいや!」

 必要以上に大声で返事したけいは、明らかに虚勢を張っていた。天姉はそれを聞いて頷くと、

「よし。じゃあ作戦内容はグアア!」

 また自爆した。

「自分で言って自分でダメージ受けるなよ! 四字の熟語嫌い過ぎるだろ!」

 いい加減注意すると、

「いやぁ、うっかりうっかり」

 と、天姉は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「そもそも冷静に考えて四字の熟語が弱点って訳分からんけどな。四字の熟語はダメで二字とか三字ならいいってのもよく分からんし」

 日向の純粋な疑問には誰も答えず、

「わしも手伝おうか?」

 僕たちの話し合いの行く末を黙って見守っていたげんじーが協力を申し出てきた。

「そうだね。じゃあげんじーにも協力してもらうとして、あー、あとゆずにも協力してもらわないと」

 天姉の言葉を聞いて、けいは、

「一対六か。多勢に無勢ってやつだな」

 と、一人で頷きながら呟いた。意地の悪そうな笑みを浮かべている。

「まぁ暴力じゃないしオッケイ」

 天姉が笑顔で親指を立てた。

「ワクワクするの〜」

「テンション高いね、げんじー」

 僕が少し引き気味に言うと、げんじーは、

「あいつの慌てた様子はレアじゃからの。ま、あいつがホラー苦手かは知らんし、作戦が上手くいったとて、あいつが無表情を崩すかは分からんが」

 と答えた。


 それから僕たちは天姉に作戦の内容を説明された。

「なるほど。シンプルだな。……でもこれ、効果あるかな?」

 脳内でシミュレーションしているのか、天井を見上げるようにしているけいに向かって天姉は、

「このくらいのいたずらがちょうどいいんじゃない? 桜澄さんに怪我させることが目的ってわけでもないんだから」

 と言った。

「せやな。あんまりやりすぎても後が怖い」

 日向も賛成のようだ。あとはゆずを仲間に引き入れるだけ。

「じゃあ二人が帰ってきたらゆずには私から説明しておくよ」

 天姉がそう締め括って、作戦会議は終了した。



 その後、十七時頃になって先生とゆずが帰ってきた。ちゃんと天姉が説明できるのか不安だった僕は、一緒に玄関で先生たちを待ち構えていた。

「ただいま」

 先生が玄関のドアを開けて中に入ってくる。先生は確か三十代の前半か後半のどっちかくらいだったと思う。ゆずと同い年のはずだ。この人の放つ雰囲気にはもうすっかり慣れてしまったが、表情があまり変わらないことや、ゴリラのようにガタイがいいことや、節々に現れる洗練された所作がなんだか全部ちぐはぐに見えて、初めて会った時は少し怖いと感じた。


「ただいま帰りました」

 先生に続くようにゆずも入ってくる。ゆずと先生の関係はよく分からない。あまり二人とも自分たちのことを話したがるようなタイプでもないのだ。しかし、互いを信頼し合っているのは見ていれば伝わってくる。先生がゴリゴリしているせいで、隣にいるゆずは小柄に見えるが、これは錯覚であり、別にゆずが小さいわけではない。

「おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」

「謎だ」

 天姉の質問に、先生は表情を変えることなくそう答えた。どこに行っていたのかという質問に対して謎と答える人が世の中に一体どれだけいるだろうか。

「ん? え? ……あー、はい。答えたくないんですね。了解です」

 天姉は戸惑いながらも頷いた。


「しかし、恭介はともかく、天音が日曜のこの時間に起きているのは珍しいな。いつも夕食まで寝てるだろう? どうしたんだ?」

 先生の質問に、天姉は言葉を詰まらせた。不審がられる前に僕が答える。

「ゆずに話があるんですよ」

「私に話ですか?」

 ゆずは小首を傾げた。天姉が取り繕うような笑顔を浮かべて頷く。

「うん。後で私の部屋に来てくれる?」

「いいですよ」

 ゆずは不思議そうにしつつも、軽く顎を引いて承諾した。先生は脱いだ草履を揃えながら、

「じゃあ、俺は師匠と将棋でも打ってくる」

 と言って二階に上がっていった。


「は~い。あ、そうだ。ゆず、聞いてよ! 今日私メイクに挑戦したんだよ!」

 天姉がニコニコしながらゆずに向かって顔をグイッと寄せる。

「メイクですか? ……しているようには見えませんけど」

「もう落としちゃった。メイクしたまま枕に顔を埋めることが躊躇われてね」

「賢明な判断だと思います。……それでは、私は荷物を置いてから部屋に伺います」

「承知。恭介、後は私が説明しとくからいいよ」

「了解」

 僕は説明を天姉に任せて自分の部屋に戻った。



 それから二時間ほど経ち、夕食になった。うちでは僕が料理を作ることが多い。僕は料理が好きなのだ。ゆずや天姉が作ることもあるが、基本的には僕が作る。いつも通り七人分の料理を食卓に並べると、各々が箸を動かし始めた。ちなみに、みんな好物が全然違う。僕はお茶漬け、けいはラーメン、げんじーは煎餅、先生はきゅうりの漬物、ゆずは羊羹、天姉は餅、日向は桃だ。

 食事中、ふと視線を向けると、天姉の顔の一部が赤くなっていることに気がついた。

「あれ、天姉ほっぺたとおでこが赤いね。どうしたの?」

 すると天姉はいじけるように唇を尖らせ、

「水筒のことを言ったら、ゆずにほっぺたつねられた。おでこのは桜澄さんにデコピンされたやつ」

 と答えた。


「ほっぺたはともかく、おでこ大大夫? めっちゃ赤くなってるけど。先生のデコピン痛いからなぁ」

 けいがご飯を頬張りながら心配する。

「元はと言えば恭介に失礼なこと言われたのが原因なんだから、ちょっと納得いかないとこもあるけどね。ま、受け入れよう。これも年上であるお姉ちゃんの役目さ。宿命オブお姉ちゃん」

 そう言って天姉は肩をすくめた。

「ありがとトゥお姉ちゃん」

 僕も軽い調子でお礼を言ったところで、

「すまん天音。強くしすぎたかもしれん」

 先生が申し訳なさそうに顔を伏せた。

「いいですよ。許します」

 天姉は適当にそう答えると、それからは黙々と箸を進めていた。

 食後、先生が風呂に行ったところで僕たちは目を見合わせ頷き合った。



 後から聞いたところによると、先生は湯船に浸りながらこんなことを考えていたらしい。げんじーの言う通り、先生にだって悩むことがあったようだ。


 ……最近は師匠に恭介とけいの教育を任せることが増えてしまっている。忙しいことも理由の一つだが、やはり人に何かを教える機会が今までにあまりなかったこともあり、教育方針について悩んでいることが一番の原因だろう。自分が育てられてきたのと同じように育てても良いものなのか。

 時代は変わり、俺たちが受けてきたような教育は、あの子たちには合わないものになっているのではないだろうか。ここのところ、悩んでばかりで、あいつらとの距離感の掴み方が分からなくなってきている。もっとフレンドリーに接した方が良いのだろうか?

 ……教育する立場にある人間がこんなことではいけない。本当に正しいのか自信がなくても、あいつらの前で不安そうにしている姿を見せるわけにはいかないのだ。もっとちゃんとあいつらと向き合ってみよう。

 そう決意して、俺は風呂場を後にした。


 風呂場を出て、すぐに違和感を覚えた。家のどこにも電気がついていない。そして誰の気配も感じない。家を一通り見てみたが誰もいない。おかしい。

 いつもならリビングで談笑してるか、それぞれ自分の部屋にいるかだ。

「誰かいないか?」

 返事はない。外からはひぐらしの声が聞こえてくる。夏になり、昼間は不必要なくらい暑くなったが、やはり夜は冷えるなとぼんやり考えていると、ふと床に絵が落ちていることに気がついた。その絵は、カボチャと大根が融合したような不気味なものだった。


「な、なんだこれは……」

 ガタッ。背後で音がした。振り返ったが、何もいない。急に首に寒いものを感じ、辺りを見渡す。特に不審なものは見当たらない。

 ふいに、電気が消えた。それと同時に、気配が背後に現れた。ニメートルほど離れたところにいる。何かいる。その気配はゆっくりとこちらに近づいてきた。こちらの様子を窺うようにゆっくりと。気配は俺の目の前くらいの位置で止まった。カチッと音がして、途端に目が眩む。


「バア」

 懐中電灯に照らされたその顔は、化物のようだった。目の下は寝不足を極めたように黒く、対照的に肌は病的に白く、そして眉は赤く染まっていた。

「あ、あ……」

 あまりの衝撃に言葉を発せずにいると、背後から攻撃の気配を感じた。条件反射的にカウンターを繰り出す。

「ドッキリ大成ボェッ! グハァ!」

 床に叩きつけられたけいが苦しそうな声を出す。理解不能な状況に困惑していると、

「えーっと……。ドッキリでしたー」

 外から恭介の声が聞こえてきた。窓の方を見てみると、恭介とゆずと日向が苦笑いを浮かべながら手を振っているのが見えた。


 その後、リビングに集まって改めてネタバラシをされた。

「そういうことだったのか……」

「びっくりしました?」

 けいが自分の背中を擦りながら訊いてくる。

「あぁ、驚いた」

「やったぁ」

 天音は嬉しそうに右手でピースサインを作る。

「最後のけいの攻撃もドッキリなのか?」

「あれはサプライズ攻撃です」

「それは……サプライズなのか?」

 けいは不貞腐れたように、ぶっきらぼうな口調で、

「いいじゃないですか当たんなかったんだし。まぁどうせ当たらないんだろうとは思ってましたけど」

「攻撃されたせいで条件反射的に反撃してしまったじゃないか」

「カウンターも一応想定してたんですけどね。反応できなかったなぁ」

「逆に、反撃を警戒し過ぎていたんだ。俺が振り返ったら、一瞬動きを止めただろう。本当はあそこで二発目を入れるべきだったんだ。攻撃は最大の防御と言うだろう」

「いや、威圧感凄すぎて無理でしたって」

 つい説教になってしまったが、けいはおどけるように肩をすくめるばかりで気にした様子もない。


「相手を怯ませるのも技術の一つだ」

「いいなぁ。僕もその能力欲しい」

「訓練次第で身につくものだ。けいにもいつかできるようになるかもしれん」

 俺がそう言うと、突然天音が苦しみだした。

「アバババ」

「どうしたの天姉? ……いや、いつものあれか。四字の熟語だ」

 恭介が呆れたように言った。

「そういえば、天音の顔は凄かったな。追力があった。あんな化物のメイク、いつ練習したんだ?」

 俺の質問により、明らかに天音のテンションが下がった。

「褒められてるんですかねぇ……。今日ですよ。それも真面目にやってあれなんです」

「鏡を見ないでやったらあんなふうになるみたいです」

 恭介が補足した。


「よく分からんが、そうなのか。あぁ、それと不気味な絵が落ちていたが、あれは?」

「私の絵や。上手かったやろ?」

 日向が顔を覗き込んでくる。

「まぁ……ソウダナ」

「カタコトやん。思ってないやろ〜」

 人差し指で俺の横腹を突きながら、日向はニヤニヤと笑っている。

「それはさておき、すまないな。みんなありがとう」

「ん? 何がですか?」

 けいが首を傾げる。


「いや、俺と仲良くなろうとしてくれて、こんなこと考えてくれたんだろう? 俺が取っつきにくい性格をしているから、気を遣ってくれたんじゃないのか?」

「……単純に一泡吹かせてやろうと思っていただけなんだけど、言わなきゃバレねぇか」

「声に出てるよ?」

 小声で呟いたけいに向かって恭介がツッコミを入れる。

 ……こいつらはなんだかんだ言って、俺に親しみを感じてくれているのかもしれない。それが健全なことであるのかはともかくとして、そう思うと今まで悩んでいたことが嘘のように心が晴れた。

「ハハハ。でも、本当にありがとう」

「お、先生が笑顔を見せるとは珍しい」

 恭介の言葉に同意するようにけいが、

「なんか得した気分だな」

 と言った。


「あれ? そういえばげんじーは?」

 ふと、天音が辺りを見渡して師匠がいないことに気がついた。確かに、さっきから師匠の姿が見えない。一体どこに……

「バアァ!!」

「うわぁ!」

「へっへっへー。ドッキリ大成功じゃ」

 天井から師匠が急に登場し、俺たちは同時に腰を抜かして地面にへたり込んだ。そして互いに顔を見合わせ、大笑いした。

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