爆弾委託ガール! 8989
しいな ここみ様主催の『リライト企画』に元作品(8989)として参加させていただいた作品です。
日曜日、昼下がりの街中。何分か前に、コンビニで午後3時を知らせる時報を聞いていたと思う。
その時は、予約していた美容室の帰りだった。コンビニでカフェラテを買ってから外に出ると、ポケットに入れていたスマホが震えだした。
『璃子、今忙しいのかな? 見てたらすぐ返信ちょうだい!』
画面からLINEの通知が飛び込んでくる。慌ててスマホのロックを解除してLINEを起動すると、新着の数が2桁になっていた。
やばっ。髪切ってる時にめっちゃ来てたんだ。
わたしは歩道から人気のない路地裏に移動して、LINEの返信に集中する。
文化祭用の備品がどこにあったか忘れたとのことだったので、少し拍子抜けしつつも、返信を終えたわたしは路地裏から出ようとした。
その時、真四角のダンボールを抱えた男の人が、路地裏に入ってきた。
「あっ、君、ちょっと待ってくれないか」
何が待って、なのかわかんなかったけど、その男の人からは、見るからに普通じゃない雰囲気が漂っていた。
深くかぶった帽子に、丈が膝下まである飾りっ気のないトレンチコート、何より周りの様子をうかがう目つきが、獣のように鋭い。
彼はこんなことを口にした。
「この荷物、少しの間預かってくれないか」
「えっ、わたしが、ですか?」
「そうだ、君のような子に頼むのは気が引けるが……」
「何が入ってるんですか、それ」
「爆弾だ」
「ばく」
脳みそのブレーカーが、一瞬落ちてしまった。
わたしの驚きを予想していたのか、彼は必死になって頼み込んできた。
「頼む! これは我々にとって非常に重要なものなんだ。別にこれをどうこうしろと言うわけじゃない、僕が帰ってくるまで持っていて欲しい」
「そ、そ、そんなこと言われても」
「大丈夫、ちょっとの衝撃ではビクとも……まずい、奴らが来た。では失礼! すぐに戻ってくるから、他の人に言っちゃだめだよ!」
拒否する間もなく、わたしの胸に四角いダンボールが押し付けられた。
「ええっ、ちょっ、ちょっとぉ!」
そして彼はハリウッドスターのような格好付けたダッシュで、路地裏を勢いよく飛び出していった。
後には、置いてけぼりになったわたしだけがいる。
ば、爆弾、これが?
眼の前で抱えている物体は、本当に真四角のダンボール箱としか言えないものだった。重さはそこそこ、天面に布のガムテープが横一線に貼られていて、あとは何の装飾も文字も無い。
バラエティ番組か、底辺YouTuberのイタズラか何かじゃないの? はー、なんでこんな事に……。
美容室に行った後なのにテンションが下がる。とはいえ他にやりようもないので、彼の言葉通り建物の壁に寄りかかって待つことにした。
来週の予定を脳内で整理しながら待ってみたものの、なかなか戻ってこない。ダンボールはそれほど重くないけど、何時間も持ち続けていられるような筋力も根性も、わたしにはないだろう。
ホントに爆弾入ってるの? これ。
ダンボールに耳を当ててみる。
チッ。チッ。チッ。
思わずダンボールから顔を引き離した。
時計の秒針みたいな音、何か機械が入っている。わたしの肘から先が震えだした。ダンボールの重さもぐんと増したように思える。
なにこれ、本当に爆弾? 時限爆弾ってやつ? これ爆発しちゃったら、わたしは、わたしは、もしかして、死ぬの?
震えがとうとう頭にまでやってきて、ものすごい危険信号が脳から溢れ出してきた。
ヤバいヤバい! なんとかしなきゃ、でも、どうやって? 彼はまだ帰ってこないし。そうだ、警察に――
他の人に言っちゃだめだよ。
名案が浮かびかけたところで、彼の言葉が頭に割り込んできた。
言っちゃだめって? なに言ってんの、わたし死にたくないの。アンタの約束なんて――
チッ。チッ。チッ。
ダンボールからまた音が聞こえてくる。
ああ、ダメだ。もしかすると、爆弾から盗聴されているかもしれない。他人に助けを求めた瞬間に、ドカン、って……。
パニックに陥っていたわたしの頭からは、笑えるぐらいの悪い想像しか出てこなかった。
結局その場で数十分は金縛りの状態が続いた。
だけど、まだ彼は帰ってこない。
い、いったい何してんのあいつ。もう一……いや二時間ぐらい経ってるんじゃないの!?
日も少し陰ってきた。ダンボールの重量のせいで、わたしの体は徐々に前かがみになっている。
もう限界だ! あいつを探しに行こう!
とうとうわたしは、待つように言われた路地裏を飛び出した。
明かりの付き始めた街中の様子は、とても賑わっていて、歩道も人で溢れかえっている。そんな中でわたしはダンボールを抱えて、無言で、目をギョロつかせ、人にぶつからないよう注意しながら、彼を探していた。
だが、見つからない。別の路地裏も一つ一つ覗いてみたけれど、手がかりさえもなかった。
ひっ、ひっ、も、もうだめ。持ってられない。あ、あたし、バラバラ、ハジけトンじゃうぅ、ふひひっ。
心も体も限界だった。脂ぎった汗が体中に流れて気持ち悪い。そんなわたしを見越していたかのように、視界に小さな公園が現れた。
吸い寄せられるように公園に入り、ベンチに腰を下ろす。その瞬間、全身にドッと疲れが押し寄せてきた。眠気もすごい。
このままベンチに置いて帰っちゃおうかな。でもダメだわ。これ、多分GPS機能も付いてるし。わたしが離れたらその瞬間にドカンだもんね、うふふ。
すでにわたしの理性は爆弾によって彼方に吹っ飛ばされている。
もう無理、寝よ。
ついに、わたしはダンボールを抱えたまま、頭を乗っけて眠ってしまった。
チッ。チッ。チッ。
ああ、秒針の音が心地いい――
********
「痛たたた……」
「璃子、大丈夫? そのベニヤ板持とうか」
「ご、ごめん。お願いしていいかな」
翌日、わたしは学校で文化祭の準備をしていた。
結局あの後、わたしは夜風の冷たさで目が覚めた。その時は、なぜかベンチで横になっていた。慌てて周りを確認してみても、抱えていたはずの爆弾は、影も形もなかった。
訳の解らないまま、わたしは急いで自宅に帰った。とりあえず、これでわたしの危機は去ったのだ。だけど、あの爆弾はイヤな置き土産を残していった。
「いったいどうしたの、筋肉痛?」
「うう、昨日、重たいものをずっと持ち続けていたからだと思う……」
「重たいものって?」
「いや、それはちょっと言えない」
何時間も機械仕掛けの爆弾を抱え続けていたら、腕や肩や腰がカチカチに固まってしまうのも当然だ。
「どうしたんだよ璃子、まるでお婆ちゃんじゃねぇか」
「誰がお婆ちゃんよ、勝司」
その様子を見ていた幼なじみで野球部員の勝司が、わたしにちょっかいをだしてきた。
「痛そうだな。シップか、コールドスプレーでも貸そうか」
「いいよ、そこまでじゃ……痛っ」
「肩も上がんねーのか、辛ぇなあ」
「もう、こんなの明日になったら治ってるって」
「相変わらず意地っ張りだな。しかしその様子、まるで肩に爆弾を抱えた投手だな」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。