南極人、解凍せよ
-ニューヨーク 国連本部 総会ホール-
「私たちは、私たちのこれ以上の発展を望みません」
全世界を代表する1000名を超える聴衆の眼差し、そしてカメラを通してその映像に食い入る世界中の視線。
その全てを一身に背負い、身長が185を超える美形の男は直立不動で話し続けた。
人間離れした白髪と青目。そして重心の位置に至るまで、何もかもが美し過ぎるその男の佇まいは、宇宙望遠鏡で観測した神秘的な光景の星雲のように、理解の範疇を超えたものであった。
「発展とは収奪であり、収奪は肥大化を生みます。肥大化を避けることは、美意識を持つ現生人類の皆様にとっても、忌避すべきことであると伺っております。私たちの望みもまた、それと同じなのです」
ホール内のどこかで、互いを見ながらひそひそと話す者たちがいる。白い男の純粋で理知的過ぎる皮肉を聞いて笑う者、聞き流すことをやめて真剣に聞き出す者、メモ帳に記した内容を書き直す者。
白い男の発した音声と文字情報は、データ容量にすれば数メガバイトにも満たない、すぐに埋もれる情報群に過ぎない。だが、そのデータへのアクセス数、そしてダウンロード数を含めれば、データ容量は何テラバイトあっても足りやしない。
ましてや_____数万年の眠りから目覚めた超古代文明の残響ともなれば、そのデータには計り知れない価値が生まれるといえる。『情報』という概念を理解した人類だからこそできる、熱力学の法則をも否定しかねない情報の流動が今、世界中で起きているのだ。
「故に、私たちは眠りにつきました。私たちの美意識を守るため、私たちが美しく尊い生命で在らんことを欲したために、閉ざされた大地の奥底で眠りにつく選択肢を選んだのです」
『南極文明 全権委任大使 ズィグリー』
白い男が話す壇上には、こう書かれた名札がついている。
「……私たちが、現生人類の皆様に対して伝えるべきこと。それは_____」
南極文明。
平均気温が零下となる、生命が発展する余地のない極寒の地。
そこに突如として現れた、現生人類を遥かに凌駕する超先進的文明。
自分たちの文明の至高性を疑わなかった人類にとって、その存在は神の恵みか、それとも災厄の前哨か。
その答えは_____もはや、決まり切っている。
始めまして、■■■■(よます)です。
本当は北極人にする予定でした。
よろしくお願いいたします。