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第三話 赤い糸

ボチボチ頑張ります。


あと、三話。

題『 赤い糸』


商店街の一角にあるゲームセンターの廃屋に、ホームレスが住み着くようになっているという話が入ってきた。


親たちは、このホームレスの話には神経質になっていた。



私は、まだ高校生であった。


親は、なぜかゲームセンターの様子を見に行くように、私に言った。


それは、親が冷やかしで言ったまでの言葉で、本心ではないことは、はっきりしていた。


ゲームセンターは、店を閉めてずいぶんの時が過ぎていた。ゲームセンターのシャッターは、閉店以来閉ざされていた。


ゲームセンターが閉店しても、ゲームセンターの空き店舗に新しい入居者が入ることなく、ずっと、シャッターを降ろしきりで、空き家のままだった。空き家と言っても、まだ、ゲームセンターの中身は、閉店時のままの状態でゲーム機の機材も放置されているという話だった。


私も、あるとき偶然にゲームセンターの前を通りかかった折に、シャッターが開けられているところに遭遇した。


それは、ゲームセンターが閉店してすでに数年が過ぎていたのだが、開けられたシャッターからのぞき見たところのゲームセンターの中身は、降り積もった埃やちり以外は、まだ、営業を行っていた頃と様子は変わってはいないように思えた。


侵入者が、残していった痕跡。その痕跡は、ゲーム機やクレーンゲームなどの筐体に降り積もったほこり)には、なにも刻まれていなかった。


そのとき、私は、少しシャッターの中の様子をのぞき見ただけでその場を立ち去った。


      *      *


いつの間にか噂が噂を呼んでしまっていた。


友達との会話の中で、頻繁に、ゲームセンターのホームレスが話題になった。


私は、ゲームセンターのある商店街の中に、両親が店を出していたので、話題のゲームセンターや話題のホームレスについてよく意見を求められた。


「厳重な戸締まりをしてあるし、どこの誰が管理しているかはわからない。よそ者はゲームセンターに入れるはずはないよ。そのホームレスが魔法でも使わない限りは......」


      *      *


それからまもなく、ホームレスが誰かに襲撃を受けて病院に運び込まれたというニュースを聞いた。


閉店したゲームセンターにいたホームレスというはなしだ。


私は不安な気持ちになった。


(もしやと思った)私には心当たりがあったからだ。 


ホームレスと言えば、私はそれを思い浮かべた。


万が一、私が思い浮かべたホームレスがその被害者だとしたら大変なことだ。


私は、私の胸騒ぎが間違っていることを祈った。


私は事件の現場に駆けつけた。つまりは、その閉店したゲームセンターである。現場のゲームセンターは、私の家からそばであった。


私は、ホームレス襲撃の現場であるゲームセンターに到着した。


すでに、現場には人はいなかった。


しかし、ゲームセンターのシャッターは、開けっ放しになっていた。


ゲームセンターには、あかりが付きっぱなしだった。


廃業したゲームセンターの入り口の開けっ放しのシャッターから、私はゲームセンターにはいった。


ゲームセンターの中の私は、クレーンゲームが置かれている場所に行った。


クレーンゲームのこのそばで、もみ合いらしきもののあとがあった。


そこには、わたしが思っていたとおり、クレーンゲームの下の狭い空間にぬいぐるみが落ちていた。


そして、私は、このぬいぐるみから、やはり襲撃を受けたのは、考えていたとおりのホームレスと確信した。


不吉な予感は、やはり事実であったのだ。


俺は、そのぬいぐるみを拾い上げた。


ぬいぐるみは、ひどく汚れていた。このぬいぐるみをホームレスが持っていたものとは、誰も思いもしなかっただろう。襲撃事件とは無関係なものと思われて、この場に放置されたままになっていたのだ。


いや、ぬいぐるみは、警官たちの死角に身を隠し、私が来るのを待っていたのだろうか。



      *      *


それは、『ゴールドベルク変奏曲』という曲で、大作曲家が作曲したものだった。


私は、クラシックなるものを聴き始めた頃で、その曲は、最初に馴染になった曲で、その音楽をよく知っていた。


この『ゴールドベルク変奏曲』を駅ピアノで、流暢りゅうちょうに演奏するこのホームレスに偶然遭遇したのだ。


      *      *


ぬいぐるみを手に入れた私は、駅に向かった。駅のピアノの置いてある場所に向かった。


ホームレスは、『ゴールドベルグ変奏曲』を弾き出そうとしていた。


私は、この駅ピアノ以外の場所には、このホームレスはいないと確信していた。


私が、駅ピアノで、このホームレスを見つけたのだが、このホームレスは、襲撃にもかかわらずひどいけがもなく、無事そうに見えた。


ホームレスのけがは、あったとしてもそれほどひどくはないように見えた。


ホームレスは、私が来たことに気づいた。ホームレスに、このぬいぐるみを渡した。


ホームレスは、無関心な、無表情で、そのぬいぐるみを受け取った。


ホームレスは、私のために弾き出し損ねていた『ゴールドベルグ変奏曲』を弾き出した。


やはり、ホームレスは、無表情であったのだが、その演奏は人を引き込む力があった。


      *      *


運命の人と人とを結んでいた「赤い糸」、その「赤い糸」が不幸にして切れてしまうことは別に珍しいことではない。


だから、用心してみてみると世の中には、この「赤い糸」がそちらこちらで見つけられるのだ。


その「赤い糸」を、あつめるとこの世界のあちらこちらに潜み住む妖精たちは「赤い糸」で縫ったぬいぐるみをつくる。この「赤い糸」で縫われたぬいぐるみの中に入れる詰め物は、もちろん「赤い糸」。


妖精たちは、クレーンゲームの中に、そのぬいぐるみを入れ、どんな人間がその「赤い糸」のぬいぐるみを手に入れることになるのかようすをいるのがたまらなく好きなのだ。


だから、ゲームセンターには、あちこちから妖精たちが持ち込んだ「赤い糸」のぬいぐるみたちが、そこここにかくして置かれているのだ。


だれも遊ばなくなったゲームセンター。廃業して、シャッターが閉められたままのゲームセンターに届けられていた「赤い糸」のぬいぐるみを回収するという仕事を、考えついた人間が出てきた。


これは、結構なもうけを生む仕事となった。


しかし、この仕事は、誰にも出来る仕事というわけではなかった。


特別な能力が、この仕事には必要であった。


このピアニストには、その能力があるのだろうけど。


襲撃など、彼の人生ではありふれたエピソード。彼は、襲撃など慣れっこのようであった。


「赤い糸」のぬいぐるみの回収とは、孤独なそんなタイプの仕事だった。


      *      *


彼は、ピアノの演奏によって、「赤い糸」のぬいぐるみに込められた情念を、ピアノの歌によって表現することが出来た。「赤い糸」の回収者、彼は、そんなピアニストでもあった。




fin




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