2.勇者は決意を聞く
どうも、齋藤です。
では、どうぞ。
青年が目を覚ますまで、ネイサンたちは食堂で時間を潰す事にした。
青年が眠り始めてどれ程経っただろうか。ネイサンが食堂内に立て掛けてある時計を見てみると、針は8時20分を指していた。おおよそ二時間は眠っている。思わずネイサンは溜め息を吐いた。
「なかなか起きませんね」
場の空気を変えようと、民夫が何気なく口を開いてみた。どうやらこの空気に耐えられなかった様である。
「仕方ないんじゃない?彼、相当疲労困憊だったんだもの。さすがにまだ起きないと思うわ」
テーブルに両手で頬杖を突きながら便が答える。その目はジトっとしながら、何処か宙を見ていた。
そして巨内はというと、椅子に座りながら身じろぎもぜず、ただ目を瞑って静かに待っていた。
只管に、そして徒らに時間が過ぎてゆく。一体、いつまで寝ているつもりなのだろうか。ネイサンがもう一度だけ溜め息を吐いた瞬間。
「う……うぅん……」
青年がか細く唸った。その声を聞くや否や、ネイサン達は勢いよく椅子から立ち上がり、青年を驚かせない様に気を付けながら素早く近づいた。さながら忍者の様な動きであった。
青年は頭がまだ痛い様なのか、少し顰めっ面をしながら起き上がる。そして、少し辺りを見回す。
「……わっ!」
青年は驚愕した。それもそのはず。青年を驚かせない様に気を配っていたネイサン達の顔は、目がガンぎまっており、鼻息も少々荒くなっていたのだ。
青年は怯えてしまい、顔を腕で伏せてしまった。
「おぬしら、何をやっとるんじゃ…」
ネイサン達の後方から育代が呆れながら歩いて来た。その手には水の入ったコップが握られている。
育代は青年の隣に座り、肩を二回だけ叩いた。青年が顔を上げると、育代は「はい」と言いながらコップを渡す。青年は少し躊躇ったが、相当喉が渇いていたのか、受け取って直ぐに水を飲み干した。
「少し落ち着いたか?」
「は、はい。ありがとうございます」
「体調の方はどうじゃ?何処か痛かったりするかい?」
「いえ、特に問題ありません」
「うむ、よろしい」
落ち着いた口調で育代が青年に伺った。青年の体調に問題が無いと分かり、ネイサン達はホッと胸を撫で下ろした。その姿に青年は首を傾げた。
「さて、身体に問題が無いなら、少し質問をしたいのじゃが──」
「あ、あの!その前に一つだけ訊いても良いですか!?」
少し無理をしながら青年は叫んだ。育代の言葉を遮ってまで、青年はどうしても一つ聞きたかったのだ。その顔は真剣であるが、何処か不安もある形相であった。
面食らった育代であったが、青年のあまりの熱い眼差しを見て聞いてあげる事にした。
「……分かった。じゃが、一つだけじゃぞ」
「はい、大丈夫です」
「よろしい。それで何を訊きたいのじゃ?」
育代がそう訊くと、青年はどうしてか緊張し始めた。右手で心臓を押え、左手は膝の上でフルフルと震えていた。一度、大きく深呼吸をすると緊張が和らいだらしく、身体の強張りが無くなった。青年は育代の眼を見て質問をした。
「あ、あの……ここは小説荘、ですか?」
青年の言葉はその鋭い眼差しとは裏腹に、不安が勝ってしまい震えていた。言い終えた後、身体が硬直しており、育代の返答を固唾を呑みながら待っていた。
育代は少し間を空けてから口を開いた。
「……あぁ、そうじゃよ。ここは小説家じゃ」
「──!?」
青年は声にならない叫びを上げながら、ソファから勢い良く立ち上がった。そして、何度も何度もガッツポーズを取った。
そのあまりの様子にネイサン達は一瞬だけ驚いたが、直ぐに微笑ましく思えた。
その温かい目線に気付いた青年は「あっ」という言葉を洩らし、耳まで紅潮にさせた。そして、身体を収縮させながら、静かにソファに座り直した。
「す、すみません……はしゃいじゃって」
「いいや、大丈夫じゃ。余程、ここに来たかったんじゃの」
「は、はい!どうしてもここに──」
青年の言葉を育代は片手で素早く静止させた。それから一呼吸を入れてから口を開いた。
「その理由を聞く前に、わしからも質問をさせてくれ。良いな?」
育代が訊くと、青年は口を開いたまま首を縦に振った。青年の顔をよく見ると、額から汗が一筋流れていた。どうやら育代の深く黒い瞳に少々恐れ慄いている様である。
育代が咳払いをした。
「ゴホン……それじゃ、まずは名前から聞こうかの」
育代が質問をすると、青年は一瞬だけ間を置いてから答えた。
「……あ、えっと、僕の名前は『小作井 説家』と言います」
「説家、か。おぬしの年齢は?」
「16歳で高2です」
「16歳っ!?」
説家の年齢を聞いて絶叫したのは便であった。そのあまりの若さに、我を忘れて驚愕したのだ。
育代が再び咳払いをし、鋭い眼光で便を睨む。冷たい視線を感じた便は身震いし、無表情のまま何事も無かったかの様に振る舞った。その目はおそらく半分死んでいる。
育代が更に説家に続ける。
「おぬし、何処から来たのじゃ?」
「鹿児島県○○市──」
「鹿児島県っ!?」
次に叫んだのは民夫であった。民夫はガタッと椅子を倒しながら立ち上がり、その瞳はキラキラと輝いていた。これは今にも説家に飛びつこうとしていた。まるで餌を見つけた大型犬である。
ネイサンは片手で民夫の腕を掴み、なんとか抑制させた。そして、この場にいる全員に疑問を呈した。
「なんだ、その『カゴシマケン』って?」
食堂内がシンっと静まり返った。ネイサンは辺りをチラチラと小刻みに見回してみる。皆、ネイサンの方を向きながら固まっていた。
「お、おい…俺、そんな変なこと言ったのか?」
ネイサンが戸惑っていると、民夫が首をブンブンと振って我に返った。
「そ、そう言えば、勇さんは日本の地理に関してはからっきしでしたね」
そう言うと民夫はポケットからスマホを取り出し、Qooqleマップを立ち上げた。そしてネイサンに画面を見せながら説明を始めた。
「良いですか?勇さん、僕らが住んでいる東京の六本木は大体この辺です」
「あぁ」
「で、ここからずっと西の方に進みます」
「……え、結構進むじゃないか!?」
民夫が容赦なく画面を右にスワイプしていく。そのあまりの容赦の無さに、ネイサンは驚きを隠せながった。
スワイプ、まだスワイプ、更にスワイプしていく。
ようやくその指は止まり、そしてソッと画面を指差した。
「鹿児島県はここですね」
「……民夫、距離にしてどれくらいだ?」
「ちょっと待ってください……。そうですね、大まかにですが900キロメートル程かと」
「900……!?」
ネイサンはその数字に目を剥いて再び驚愕した。そして、錆び付いた金属を回すかの様に首をギギギっと説家に向けた。
「……い、一体、どうやってここまで来たんだ?」
声を震わせながら、ネイサンは単純な疑問をぶつけた。すると、説家は頭をワシワシと掻き、少し遠慮がちに照れながら答えた。
「あー、えーっと…歩いて、来ました」
「「「「歩いてっ!?」」」」
ネイサン、育代、民夫、便の四人が同時に叫んだ。さすがの巨内も驚いたのか、テーブルに足をぶつけていた。説家の答えは五人の想像を優に超えていた。
そんな五人の驚き様に、説家は両手を前にブンブンと振りながら急いで訂正をした。
「あ、待ってください!勿論ずっと歩きじゃなくて、途中フェリーとか使いましたから!」
「「「「そんなもん、どうでも良い!」」」」
説家の少しズレた訂正に、同タイミングで再び四人が身体を前のめりにしながら、絶叫という名のツッコミをした。四人の顔には驚愕という二文字が書かれており、どのタイプか分からない汗を掻いていた。
小作井説家、とてつもなく天然で恐ろしい子なのであった。
「説家さん、体力と精神の化け物ですね」
「これはまた、とんでもない子が来てしまったわね。しかも16歳だし……」
民夫は頭に右手を乗せ、便は両手を折り合わせなが額に当てていた。二人とも、目の前の青年に対して畏怖の念に駆られていたのだ。
そんな二人を他所に、育代が「ゴホン」と一つ咳払いをする。話を続けるつもりだ。
「…説家よ、おぬしが何処から来たかの分かった。ついでに化け物であることもじゃ」
「あ、ありがとうございます……?」
説家の頭には疑問符が浮かんでいた。それもそのはず。本人は鹿児島から歩いて来た事の凄さがこれっぽっちも分かっていなかったのである。説家はなんとなく頭を傾げながら感謝した。
「それじゃ、ここから本題に入る──」
育代の言葉が場の空気を一瞬にして変化させた。それは重く、深く、緊張感が走った。あまりの重圧に説家は唾を飲み込み、両手を爪が深く食い込む程に強く握り込んだ。
育代は次の言葉を繋げる前に、徐に両目をしっかりと瞑る。その行動が余計に場の空気を重くさせたが、育代はそんな事を全く気にしていなかった。
たっぷりと間が置かれ、育代が急にカッと目を見開いた。その眼光は鋭く、迫力があり、そして何よりも酷く冷たかった。
その眼光に気圧され、説家の背筋はピンッと伸び上がった。
育代の口が開いた。
「──おぬしは、どうしてここに来た?」
あまりに単純明快であった。寧ろ、それ以外の質問があったであろうか。いや、無いであろう。何故なら、この質問が来る事はネイサンでも予想していたからである。
今度は説家がしっかりと目を瞑る。そして、頭の中である固い決意を反芻させる。
説家の次の言葉を待っている間、ネイサンたちは息を呑んでいた。やけに冷静な心臓の鼓動音が聞こえてくる。
たっぷり十秒使った説家は、ゆっくりとその目を開いた。その目は育代にも勝る程の力強さがあり、キラキラと輝くその瞳は純朴であった。確信する、この子に嘘、混じりっ気が無い事を。
説家は大きく息を吸ってから自らの決意、そして己の超えなくてはならない壁を大きく声高らかに叫んだ。
「僕、小説家になりたいんですっ!」
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
実はもうストックが無いので、ここからまた不定期になります。ごめんなさい。
早く次を掲載出来るように頑張ります。




