尋ね人
「んっ? んんっ? あれ? どこだここ……」
俺は草むらに転がされていた。
首をかくとアリが落ちた。
まっしろでクリアな空に、太陽が光を散らしている。
少し湿気があるが、清々しい空気。
振り返ると高い木の壁があり、せり出したふたつのベンチにはキュウ坊と茨が寝ていた。
ここがどこなのか、なぜここで寝ていたのか、まったく記憶にない。
いや、記憶は……あるかもしれない。
俺たちは西の「おいでやす帝国」の首都を目指している。
その途中、街へ寄った。
屋台でビールを飲んで……。そうだ。女からもらった金を使ったのだ。その後は……なんでこうなったんだっけ?
身を起し、俺は軽い運動を始めた。
いつもより深く寝た感じがあるが、体がカタい気もする。
「もー、なに? 村長さん、急に変な動きして……」
キュウ坊が目をこすりながら身を起こした。
「寝癖ついてるぞ、わりと盛大に」
「見ないで!」
「ところで、なんで俺たちこんなところで寝てるんだ?」
そう尋ねると、キュウ坊は「はぁー」と溜め息をついて肩を起こした。
彼女の話によるとこうだ。
この街は、治安維持のため、夜になるとゲートを閉じるのだという。
しかもエリア内での野宿は禁止されているから、金がないなら街の外に出なければならない。
なので酔っ払って寝ていた俺は、警備員に引きずられて外に放り出されたというわけだ。
「おいおい、つめてぇじゃねぇか」
「つめたくないよ。ボクたちがお金ないって言ったら、タダでパンの耳くれたんだよ? 『お父さんのお世話するの大変だろうけど頑張ってね』だってさ」
「お父さんではない」
「うん。だからお兄ちゃんだって訂正したの。そしたら茨さんが『そんなのお兄ちゃんじゃない』って怒ってややこしくなったけど」
「そ、そうか……」
俺がみんなに迷惑をかけたことはよく分かった。
すると茨も、血圧の低そうな顔でこちらを見つめてきた。
「反省しなさいよ」
「します」
「違う。次にお酒を飲むときは、あたしも誘うこと。いい?」
「はい……えっ?」
酔っ払いがふたりに増えたら、キュウ坊の苦労も二倍になってしまう。
大人として、それでいいのか。
*
朝の支度を終え、俺たちはまた西を目指した。
自動車とは言わないが、せめて馬車か牛車でもあればいいのだが……。
「ねえ、村長さん……」
後ろからキュウ坊が近づいてきた。
「どうした?」
「古代遺跡に行きたいの」
「おお、いいぜ。あそこなら好きなだけ野宿できるからな」
「そうじゃなくて、帽子が欲しいなぁって」
「帽子? そうか。じゃあ探してみよう。どこかにあるといいな」
「うん」
ファッションを楽しみたい、といった前向きな様子ではない。
なにやら不安を抱えているような顔だ。
*
少し歩くと、都合よく古代遺跡が見つかった。
遠目には鬱蒼とした森といった感じだが、木々を支えているのはコンクリートのビルだ。
「おい、ここならありそうだぞ。たぶん服屋だ」
「うん」
千年前の服屋。
なのに服は朽ちていない。
ここだけ時間の流れが遅いのか、それとも別の力が働いているのか……。
茨も店に入ってきた。
「ねえ、ここにあるもの持ってくつもり? あんまりたくさん持ってると、みんなから不審に思われそうだけど……」
「いや、キュウ坊が帽子欲しいんだと」
「ふーん」
とはいえ、この時代の服は、街の人たちもわりと着ている。
誰かが古代遺跡から持ち出して、街で売りサバいているはずだ。
あるいは、このデザインを模倣して、新しく作っているだけかもしれないが。
キュウ坊は白のベースボールキャップをかぶっていた。
「どう、村長さん。男の子に見える?」
「ああ、いつもよりはな。どうせなら新しいジャケットも見つけたらどうだ? で、いま着てるヤツを俺に返すと」
「えーっ」
なぜそこで拒否するんだ。
キュウ坊は帽子を深くかぶり、表情を隠した。
「これはボクがもらったんだもん」
「貸しただけだ」
「ケチ」
ケチじゃない。
寒そうだったから貸しただけなのに、一回も返してくれない。
すると茨が、星型メガネと猫耳カチューシャで登場した。
「ふたりとも、はしゃいでるわね」
「そんな格好のヤツに言われたくねーな……」
「かわいい猫ちゃんよ。どう?」
「まあまあだな」
俺がそう応じると、なぜか舌打ちが返ってきた。
どいつもこいつも俺に厳しすぎる。
まあ俺も、他人の金をビール代にしたわけだから、あんまり偉そうなことは言えないが。
茨がアゴでそっち見ろとばかりのジェスチャーをしてきたので、俺は素直に視線を動かした。
顔を赤くしたキュウ坊が、猫耳をつけていた。
「ど、どう? ボクも見つけたから、つけてみたけど……。あ、ウソウソ。ただの冗談だから。あはは……」
すぐに取り外して、またベースボールキャップをかぶってしまった。
せっかく似合ってたのに。
とはいえ、じっさい猫耳なんかで歩いていたら、あきらかに不審に思われるだろう。外したほうがいい。
*
その後、雑貨屋で調理器具だけ拝借し、俺たちは夜明けとともに旅を再開した。
鍋なんかは、街での物々交換に使えるだろう。
いくらか金ができたら、きちんとした宿にも泊まれる。あまったらビールも飲める。いいことづくめだ。
あとは商品の出所を不審に思われなければいいが。
*
この時代の街は、たいていどこも柵で囲まれている。
外部からの襲撃を警戒しているのだ。
暴徒の襲撃があるだけでなく、野生動物が入り込んでくることもある。特に野犬は、集団で家畜を食い荒らすから厄介だ。
次に見えた街は、まあ外からではたいしてなにも分からないのだが、特におかしな様子はなかった。
「はいじゃあここに名前、目的、出身地を書いてね。出身地は最後に住んでた場所ね。書き終わったらそこのチラシ一枚持ってってね」
入口では、おばちゃんが事務的にそう告げた。
チラシ――。
尋ね人だそうだ。
ロングヘアで姫カットの、少女の似顔絵が描かれている。目がくりくりとしていて、すまし顔。ややあどけないお姫さまといった印象。
「なあ、これちょっとキュウ坊に似てないか?」
「やめてよ」
「領主のご夫人だって。へえ、こんな若いのに。行方不明ってことは、誘拐でもされたのかな」
「知らない」
まるで興味がなさそうだな。
まあ俺もひなびた辺境から出てきたばかりで、世俗のことには詳しくない。領主のご夫人など見かける機会もないだろう。
茨が「見せて」というので、俺はチラシを渡してやった。
*
その後、俺たちは小さな雑貨店に入り、持ち込んだ鍋なんかを査定してもらった。
「へえ、こいつは古代遺跡の? 未使用品かい? よく見つけてきたね」
「運よく拾えたんだ」
「ふんふん。悪くない。まとめて1000ポイントでどうだい? いや、1100。うーん、1200。これ以上はちょっと出せないね」
金の単位が「ポイント」というのは、ありし日のオンライン決済の影響だろうか。
ともあれ、なんだか気前よく値上げしてくれたかのような言いぐさだが、もしかするともっと価値があるのかもしれない。
しかし残念ながら、こちらも情報戦を仕掛けられるほど経済に詳しくない。
「じゃあ1200で」
「まいど。古代の金属は純度が高いからね。そのまま使っても、つぶしても、どっちでもイケるんだ」
店主が金の準備をし始めたので、俺は世間話のついでにこう尋ねた。
「ところで、帝都ってのはここから遠いのかな?」
「へえ、都に行くのかい? 古い遺跡をいくつか迂回する必要があるけど……。まあ西へ向かって行けば、二週間もかからないと思うね」
遺跡を回避しなくていいなら、もっと時間を節約できそうだ。
*
店を出て、俺たちは宿に入った。
時代劇に出てくるような立派な旅籠ではなく、民家を改造しただけのような、古びた二階建ての宿屋だ。そこしか泊めてくれなかった。
「そんじゃあたしゃ下にいるからね、なんかあったら呼んでくださいよ。ごゆっくりどうぞ」
小柄な老婆は目をしばたたかせながらそうまくしたてると、ギシギシうるさい階段をえっちらおっちらおりていった。
畳さえない板敷。
建てつけの悪いガラス窓。
まあ布団もある。
野宿よりはマシといったところだ。
計300ポイント。
安すぎる。
「はー、ひさびさのおうちだぁー」
キュウ坊はごろんと床に転がった。
古代遺跡と大差ない気もするが、まあこの子が喜んでるならそれでいい。旅行してる気分にもなるしな。
俺がやっとのことであけた窓を、なぜか茨はすぐに閉めてしまった。
かと思うと、ふところからチラシを取り出し、声をひそめてこう切り出した。
「この子、キュウちゃんでしょ?」
「……」
いや、それはさ……。
俺も少しは思ったけど、さすがに違うんじゃないかと……。
キュウ坊は急に神妙な顔になったかと思うと、いちど立ち上がってドアの外を確認し、また戻ってきた。
「お願いだから秘密にして」
「……」
本人なのか。
茨はかすかに溜め息をついた。
「帝国の第九皇女ココノエ。十五で政略結婚に出され、その後、消息不明となる。ちまたでは、嫁ぎ先で謀殺されたとか、身代金目的で誘拐されたとか、いろんな憶測が飛び交ってるわね。ま、事情は聞かないわ。言いたくないだろうし」
「じゃ、じゃあ見逃してくれる?」
キュウ坊の体はかすかに震えていた。
懸賞金がかけられていた。
発見者、または有力な情報を提供したものには1000万ポイント。今日売った鍋の約一万倍だ。
茨はゆっくりとうなずいた。
「もちろん見逃す。その代わり、あとでサインちょうだい。お兄ちゃんがあなたのファンなのよ」
「えっ?」
「あのキモオタ、いつも部屋で『ココノエたんちゅっちゅ』とか言ってたわ。どう考えても叶うわけない恋なのに。まあそういうところもお兄ちゃんらしいけど。そういうわけだから、あとでサインね。約束よ」
「う、うん……」
なにか深刻な話かと思ったら、クソどうでもいい要求が出てきた。
まあ問題を起さないならそれでいい。
しかしまいったな。
もしキュウ坊を連れて都に入ったら、バレる確率が跳ね上がるだろう。
安全のため、どこかで留守番させておいたほうがいいかもしれない。
(続く)