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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
9/39

尋ね人

「んっ? んんっ? あれ? どこだここ……」

 俺は草むらに転がされていた。

 首をかくとアリが落ちた。


 まっしろでクリアな空に、太陽が光を散らしている。

 少し湿気があるが、清々しい空気。


 振り返ると高い木の壁があり、せり出したふたつのベンチにはキュウ坊と茨が寝ていた。

 ここがどこなのか、なぜここで寝ていたのか、まったく記憶にない。


 いや、記憶は……あるかもしれない。

 俺たちは西の「おいでやす帝国」の首都を目指している。

 その途中、街へ寄った。

 屋台でビールを飲んで……。そうだ。女からもらった金を使ったのだ。その後は……なんでこうなったんだっけ?


 身を起し、俺は軽い運動を始めた。

 いつもより深く寝た感じがあるが、体がカタい気もする。


「もー、なに? 村長さん、急に変な動きして……」

 キュウ坊が目をこすりながら身を起こした。

「寝癖ついてるぞ、わりと盛大に」

「見ないで!」

「ところで、なんで俺たちこんなところで寝てるんだ?」

 そう尋ねると、キュウ坊は「はぁー」と溜め息をついて肩を起こした。


 彼女の話によるとこうだ。

 この街は、治安維持のため、夜になるとゲートを閉じるのだという。

 しかもエリア内での野宿は禁止されているから、金がないなら街の外に出なければならない。

 なので酔っ払って寝ていた俺は、警備員に引きずられて外に放り出されたというわけだ。


「おいおい、つめてぇじゃねぇか」

「つめたくないよ。ボクたちがお金ないって言ったら、タダでパンの耳くれたんだよ? 『お父さんのお世話するの大変だろうけど頑張ってね』だってさ」

「お父さんではない」

「うん。だからお兄ちゃんだって訂正したの。そしたら茨さんが『そんなのお兄ちゃんじゃない』って怒ってややこしくなったけど」

「そ、そうか……」

 俺がみんなに迷惑をかけたことはよく分かった。


 すると茨も、血圧の低そうな顔でこちらを見つめてきた。

「反省しなさいよ」

「します」

「違う。次にお酒を飲むときは、あたしも誘うこと。いい?」

「はい……えっ?」

 酔っ払いがふたりに増えたら、キュウ坊の苦労も二倍になってしまう。

 大人として、それでいいのか。


 *


 朝の支度を終え、俺たちはまた西を目指した。

 自動車とは言わないが、せめて馬車か牛車でもあればいいのだが……。


「ねえ、村長さん……」

 後ろからキュウ坊が近づいてきた。

「どうした?」

「古代遺跡に行きたいの」

「おお、いいぜ。あそこなら好きなだけ野宿できるからな」

「そうじゃなくて、帽子が欲しいなぁって」

「帽子? そうか。じゃあ探してみよう。どこかにあるといいな」

「うん」

 ファッションを楽しみたい、といった前向きな様子ではない。

 なにやら不安を抱えているような顔だ。


 *


 少し歩くと、都合よく古代遺跡が見つかった。

 遠目には鬱蒼とした森といった感じだが、木々を支えているのはコンクリートのビルだ。


「おい、ここならありそうだぞ。たぶん服屋だ」

「うん」

 千年前の服屋。

 なのに服は朽ちていない。

 ここだけ時間の流れが遅いのか、それとも別の力が働いているのか……。


 茨も店に入ってきた。

「ねえ、ここにあるもの持ってくつもり? あんまりたくさん持ってると、みんなから不審に思われそうだけど……」

「いや、キュウ坊が帽子欲しいんだと」

「ふーん」

 とはいえ、この時代の服は、街の人たちもわりと着ている。

 誰かが古代遺跡から持ち出して、街で売りサバいているはずだ。

 あるいは、このデザインを模倣して、新しく作っているだけかもしれないが。


 キュウ坊は白のベースボールキャップをかぶっていた。

「どう、村長さん。男の子に見える?」

「ああ、いつもよりはな。どうせなら新しいジャケットも見つけたらどうだ? で、いま着てるヤツを俺に返すと」

「えーっ」

 なぜそこで拒否するんだ。

 キュウ坊は帽子を深くかぶり、表情を隠した。

「これはボクがもらったんだもん」

「貸しただけだ」

「ケチ」

 ケチじゃない。

 寒そうだったから貸しただけなのに、一回も返してくれない。


 すると茨が、星型メガネと猫耳カチューシャで登場した。

「ふたりとも、はしゃいでるわね」

「そんな格好のヤツに言われたくねーな……」

「かわいい猫ちゃんよ。どう?」

「まあまあだな」

 俺がそう応じると、なぜか舌打ちが返ってきた。

 どいつもこいつも俺に厳しすぎる。

 まあ俺も、他人の金をビール代にしたわけだから、あんまり偉そうなことは言えないが。


 茨がアゴでそっち見ろとばかりのジェスチャーをしてきたので、俺は素直に視線を動かした。

 顔を赤くしたキュウ坊が、猫耳をつけていた。

「ど、どう? ボクも見つけたから、つけてみたけど……。あ、ウソウソ。ただの冗談だから。あはは……」

 すぐに取り外して、またベースボールキャップをかぶってしまった。

 せっかく似合ってたのに。

 とはいえ、じっさい猫耳なんかで歩いていたら、あきらかに不審に思われるだろう。外したほうがいい。


 *


 その後、雑貨屋で調理器具だけ拝借し、俺たちは夜明けとともに旅を再開した。

 鍋なんかは、街での物々交換に使えるだろう。

 いくらか金ができたら、きちんとした宿にも泊まれる。あまったらビールも飲める。いいことづくめだ。

 あとは商品の出所を不審に思われなければいいが。


 *


 この時代の街は、たいていどこも柵で囲まれている。

 外部からの襲撃を警戒しているのだ。

 暴徒の襲撃があるだけでなく、野生動物が入り込んでくることもある。特に野犬は、集団で家畜を食い荒らすから厄介だ。


 次に見えた街は、まあ外からではたいしてなにも分からないのだが、特におかしな様子はなかった。

「はいじゃあここに名前、目的、出身地を書いてね。出身地は最後に住んでた場所ね。書き終わったらそこのチラシ一枚持ってってね」

 入口では、おばちゃんが事務的にそう告げた。


 チラシ――。

 尋ね人だそうだ。

 ロングヘアで姫カットの、少女の似顔絵が描かれている。目がくりくりとしていて、すまし顔。ややあどけないお姫さまといった印象。


「なあ、これちょっとキュウ坊に似てないか?」

「やめてよ」

「領主のご夫人だって。へえ、こんな若いのに。行方不明ってことは、誘拐でもされたのかな」

「知らない」

 まるで興味がなさそうだな。

 まあ俺もひなびた辺境から出てきたばかりで、世俗のことには詳しくない。領主のご夫人など見かける機会もないだろう。

 茨が「見せて」というので、俺はチラシを渡してやった。


 *


 その後、俺たちは小さな雑貨店に入り、持ち込んだ鍋なんかを査定してもらった。

「へえ、こいつは古代遺跡の? 未使用品かい? よく見つけてきたね」

「運よく拾えたんだ」

「ふんふん。悪くない。まとめて1000ポイントでどうだい? いや、1100。うーん、1200。これ以上はちょっと出せないね」

 金の単位が「ポイント」というのは、ありし日のオンライン決済の影響だろうか。

 ともあれ、なんだか気前よく値上げしてくれたかのような言いぐさだが、もしかするともっと価値があるのかもしれない。

 しかし残念ながら、こちらも情報戦を仕掛けられるほど経済に詳しくない。

「じゃあ1200で」

「まいど。古代の金属は純度が高いからね。そのまま使っても、つぶしても、どっちでもイケるんだ」

 店主が金の準備をし始めたので、俺は世間話のついでにこう尋ねた。

「ところで、帝都ってのはここから遠いのかな?」

「へえ、都に行くのかい? 古い遺跡をいくつか迂回する必要があるけど……。まあ西へ向かって行けば、二週間もかからないと思うね」

 遺跡を回避しなくていいなら、もっと時間を節約できそうだ。


 *


 店を出て、俺たちは宿に入った。

 時代劇に出てくるような立派な旅籠ではなく、民家を改造しただけのような、古びた二階建ての宿屋だ。そこしか泊めてくれなかった。

「そんじゃあたしゃ下にいるからね、なんかあったら呼んでくださいよ。ごゆっくりどうぞ」

 小柄な老婆は目をしばたたかせながらそうまくしたてると、ギシギシうるさい階段をえっちらおっちらおりていった。


 畳さえない板敷。

 建てつけの悪いガラス窓。


 まあ布団もある。

 野宿よりはマシといったところだ。

 計300ポイント。

 安すぎる。


「はー、ひさびさのおうちだぁー」

 キュウ坊はごろんと床に転がった。

 古代遺跡と大差ない気もするが、まあこの子が喜んでるならそれでいい。旅行してる気分にもなるしな。


 俺がやっとのことであけた窓を、なぜか茨はすぐに閉めてしまった。

 かと思うと、ふところからチラシを取り出し、声をひそめてこう切り出した。

「この子、キュウちゃんでしょ?」

「……」


 いや、それはさ……。

 俺も少しは思ったけど、さすがに違うんじゃないかと……。


 キュウ坊は急に神妙な顔になったかと思うと、いちど立ち上がってドアの外を確認し、また戻ってきた。

「お願いだから秘密にして」

「……」

 本人なのか。


 茨はかすかに溜め息をついた。

「帝国の第九皇女ココノエ。十五で政略結婚に出され、その後、消息不明となる。ちまたでは、嫁ぎ先で謀殺されたとか、身代金目的で誘拐されたとか、いろんな憶測が飛び交ってるわね。ま、事情は聞かないわ。言いたくないだろうし」

「じゃ、じゃあ見逃してくれる?」

 キュウ坊の体はかすかに震えていた。


 懸賞金がかけられていた。

 発見者、または有力な情報を提供したものには1000万ポイント。今日売った鍋の約一万倍だ。


 茨はゆっくりとうなずいた。

「もちろん見逃す。その代わり、あとでサインちょうだい。お兄ちゃんがあなたのファンなのよ」

「えっ?」

「あのキモオタ、いつも部屋で『ココノエたんちゅっちゅ』とか言ってたわ。どう考えても叶うわけない恋なのに。まあそういうところもお兄ちゃんらしいけど。そういうわけだから、あとでサインね。約束よ」

「う、うん……」


 なにか深刻な話かと思ったら、クソどうでもいい要求が出てきた。

 まあ問題を起さないならそれでいい。


 しかしまいったな。

 もしキュウ坊を連れて都に入ったら、バレる確率が跳ね上がるだろう。

 安全のため、どこかで留守番させておいたほうがいいかもしれない。


(続く)

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