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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
8/39

水の低きに就くが如し

 西を目指せば帝都につくらしい。

 むかしの地理で言えば、スマイル・タウンは東京だか山梨だかに位置する。例の「おいでやす帝国」の首都は、おそらく京都。かなり遠い。

 誰かが自動車を発明してくれれば、歩いて移動する必要もないのだが。

 凡人である俺は、千年生きても、自動車さえ発明できないのだ。きっとあと千年あってもムリだ。


 いや、自分で作らずとも、才能のある人材に任せればいいのは分かる。

 実際、腕のいい鍛冶屋はいた。しかし職人気質だけあって、こちらがうるさく言うとすぐにヘソを曲げてしまう。「そんなトンチキなモン作れねぇよ」となる。

 俺の説明がマズかったのかもしれないが。

 彼にとっては見たこともない、バカげたしろものだ。自動で走る車を作れなんて言われて、簡単に作れるなら誰だって苦労はしない。


「もー! 疲れた! 休む!」

 茨が地べたに座り込んだ。

 まったくなにもない平原のドまんなかだというのに。


 青空の頂点には太陽がひとつ。

 初夏だとは思うが、風は涼しかった。


 キュウ坊はジト目になった。

「こんなところで座る?」

「座るの! 疲れたから!」

 茨はてこでも動かないといった様子。

 この疲れやすい女性は、いったいどこから、どうやってスマイル・タウンまで来たのだろうか。本当に兄とやらは京都にいるのか?


 俺はしかし彼女を責めなかった。

 歩けば疲れるのは事実だ。


「少し休憩しよう」

 俺はそう提案した。

 誰かに狙われている気配はない。

 その代わり、食えそうな動物さえ見当たらないが。

 ともあれ俺たちしかいないのだから、座ろうが横になろうが自由ということだ。


「キュウ坊、君は目がよかったよな? この先に街はあるか?」

「えっ? でもなんか、いろいろ邪魔で見えないよ」

 キュウ坊は荷物をおろし、ぴょんぴょん跳ねながらそんなことを言う。

 背が低いのが災いしたか。


 俺は身をかがめた。

「肩車してやる」

「村長さん、ボクのことバカにしてる?」

「そうじゃない。お前の目だけが頼りなんだ。協力してくれ」

「うん……」

 日本は山がちだが、かつて整備された道は完全にムダになったわけではない。

 大きな道に沿っている限り、意外と前方の視界は確保できた。


 キュウ坊がまたがってきたので、俺は力を込めて背を伸ばした。

 じつに軽い。

「わあ、高い」

「なにか見えるか?」

「うーん」

 身を乗り出して重心が前に移動したので、俺は背筋に力を込める。

 神の眷属がぎっくり腰になるわけにはいかない。


「あー、たぶん街だよ! 煙が見えるもん」

「ああ、見えるな」

「え、見えるの? 肩車の意味ないじゃん!」

「そう言うなよ」

 よくよく目をこらすと、うっすら煙の立ち上っているのが見えた。

 これなら肩車の必要はなかったな。

「あ、待って。もう少し見たい」

「俺は無料の展望台じゃないぞ」

「お金とるの?」

「有料の展望台でもない」

「もうちょっとだけ」

「……」

 人のジャケットは返さないし、気を抜くとワガママを言ってくる。

 だが、子犬みたいで本当にかわいい。


 小さいころ、野良犬に優しくしたら、家の近くまでついてきたことがあった。

 あのときは中途半端な優しさで接してしまったために、飼えもしないのに、犬に妙な期待をさせてしまった。

 きっと捨て犬だったのだろう。

 あのときの犬の寂しそうな姿を、いまでもときおり思い出す。


「村長さん、もういいよ」

「ああ」

 床におろすと、キュウ坊はぐっと背伸びした。

「うーん、楽しかったぁ」

「よかったな」

「うん。村長さん、大好き」

「……」

 あのときの野良犬の姿と重なってしまう。

 俺は人を助けるような器じゃないが、もう二度と裏切りたくないという気持ちがある。


 *


 街は活気があった。

「ああ、旅の人かい? 全員の名前と、どういう理由で、どこから来たのかだけ教えてくれ。いや、形式的なものだから、そう警戒しなくていい。偽名でも構わないよ。ただ、この名前で呼び出すこともあるから、ちゃんと分かる名前でね」

 門番はじつに気さくだった。

 行商人などと積極的に受け入れているらしい。


 ま、街に入ったところで、金なんて持ってないし、交換できるようなモノもないのだが。

 そもそも、なにが貨幣として機能しているのかさえ把握していない。

 まさか日本円ってことはないと思うが。


 偽名は使わなかった。

 まあキュウ坊は偽名かもしれないが。柴三郎、キュウ太、茨で記帳した。どうせ確認しようがないんだから、偽名でよかったかもしれないが。


「なあ、茨さんよ、金ってのはどんなのが流通してるんだ?」

 歩きながら尋ねると、茨はやれやれと肩をすくめ、ふところの巾着袋から小銭を見せてくれた。

「こういうのだよ」

 銀色の、四角い小さな金属板。

 江戸時代の一分銀みたいだ。

「そういや、無一文って言ってなかったか?」

「あのときは信用してなかったから」

 なら、いまは金を見せられるくらいには信用してるってことか。

 ありがたい話だ。


「なあ、悪いんだけど、あとで返すから、キュウ坊になにかおやつでも買ってやってくれないか?」

「遠慮しないでぜんぶ持ってったら? たいした額じゃないし」

「俺は別に……んんっ!?」

 カッコつけてるところなんだが、見てはいけないものが視界に入ってしまった。

 いや見間違いであって欲しかったが。


 ビールだ!

 ビールが、屋台で売られている!

 ドンと樽が置かれ、親父が柄杓ですくって提供している!


 クソが……。

 俺だってビールの醸造には何度もチャレンジした。

 だがことごとく失敗し、しまいには村人から「麦がもったいないからやめて欲しい」と怒られる始末。


 車は作れない、ビールも作れない、村もまともに運営できない……。

 バカみたいな衝撃波がなかったら、俺という人間の存在価値はいったいどれほどなのだろうか。


「え、なに? 泣いてんの?」

「泣いてない」

「いいよ。なにも聞かない。お金、持ってっていいからさ。キュウちゃんにおやつ買ってあげなよ」

「悪いな、恩に着る……」

 だが、おやつの前にビールだ。

 ここで飲まないと、この先いつ飲めるか分からない。

 震えるぜ。

 千年ぶりのビールだ。


 *


 気が付くと、すべての金がビールに消えていた。

「クソ、日の高いうちから飲むビールは最高だ……」

 まだ飲み足りない気もするが、腹がガボガボにあるほど飲んだ。

 いまはベンチで横になっている。


 あちこち見て回っていたキュウ坊が、血相変えて近づいてきた。

「どうしたの村長さん? 体調悪いの?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ、ちょっとビールを飲み過ぎてな……」

「えっ?」

「あ、ええと……」

「ビール? お金はどうしたの?」

「……」


 茨から借りて、それをすべて使ってしまった。

 その事実を、素直に伝えるべきだろうか。

 いや、なんでもかんでも話せばいいというものではない。ときにはウソが必要なときもある。


「ちょっとおしっこしてくる」

「うん……」

 なにかいいアイデアが浮かぶといいのだが。

 どこかに都合よく金でも落ちてないかな。


 *


 トイレから戻ると、ベンチには茨もいた。

「あのさぁ、あたしが渡したお金、まさか全部ビールに消えたわけじゃないよね?」

「はぁ?」

 なんだこいつ、証拠もナシにいきなり決めつけて。

 確かに事実ではあるけど。

「キュウちゃんにおやつ買うんじゃなかったの?」

「か、買おうと思ったよ? 思ったけど……その前になくなっちゃったから」

「なくなっちゃった? なにその言い方。まるで勝手に消えたみたいな……」

 勝手に消えたのだ。

 そう断言しても過言ではあるまい。


 茨は大袈裟に天を仰いだ。

「人には薬やるなって言っておいて、自分はアルコールに全額つぎ込んで」

「いや、違うだろ。これは薬物じゃなくて……食事! そう、食事だ! グルメ旅!」

「頭おかしくなる以外になにかメリットあるわけ?」

「た、楽しくなるだろ……」

「ふぅん……」

 いや待て。

 違法行為でもないのに、なぜ俺はこんなに責められている?

 他人の金を全部ビールにつぎ込んだからか?

 まあそれは怒るだろうけど……。


 キュウ坊は「いいよ」とこちらを見つめてきた。

「村長さん、ずっと頑張ってたもんね。村長さんがいいならいいんだ。だってボク、なにも恩返しできてないし。だから茨さんも、村長さんを責めないで? ね?」

 しかし涙目だ。

 近くを通りがかったカップルが「うわぁ、子供泣かしてんぞ」「やば」などと言いながら通り過ぎていった。

 これじゃまるで、アルコール依存症のダメ男が、娘を泣かせてるみたいじゃないか。


「いや、あの、あと少し金に余裕があれば、おやつも買えたんだ」

 すると茨が溜め息をついた。

「ごめんね、あたしの稼ぎが悪いばっかりにさ」

「いやいや、そういう意味じゃ……」

 全人類の視線が痛い。


 だが待て。

 本当に俺だけが悪いのか?

 水みたいに薄いビールをなんべんも売りつけてきた店の親父にも責任があるのでは?

 あれがもっとちゃんとしたビールなら、二杯くらいで満足できたかもしれないのに。そしたらおやつも買えた。


 世界は未熟だ。

 神による大破壊から、まだ回復しきれていない。

 人々の意識も、秩序も、文明も、まだまだ発展途上なのだ。


「悪かった。ふたりとも、俺が悪かった」

 俺がそう告げると、ふたりはまっすぐにこちらを見つめてきた。

 真剣な話だ。

 ちゃんと聞いて欲しい。

「俺はたしかに、神に選ばれた人間だ。それは否定しようがない。もっと真剣に、この世界を修正すべきだったのだ。それなのに……。俺はただ漫然と、千年という時間を浪費してしまった。己の怠惰が憎いよ。素直に認める。これは、俺自身が招いたことだ。ふたりとも、すまない」

 すると茨が「え、なんなの?」と顔をしかめ、キュウ坊も「お水持ってこようか?」などと心配そうな顔をしている。


 いや、いい。

 理解は難しいだろう。

 なぜなら彼女たちは、あの光景を見ていないのだ。

 そう。

 あのまばゆい塔の頂上の……。

 いや、それは関係ないか。

 じゃあ擬人化した狐が……。

 あ、これはダメなやつだ。

 えーと、そもそもなんの話だったっけ……。


(続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] キュウ坊のお菓子代がビール代に代わるのは笑いました。 キュウ坊が幸せになって欲しいですね。 [気になる点] 白衣の女と擬人化した狐も後々出てくるのか、呆気なく死んでるのか楽しみです。 [一…
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