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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
7/39

お使い

 世界には、千年前の道がまだ残っている。

 アスファルトは割れ、上から土がかぶさり、すでに草原の一部と化してはいるのだが、それでもあきらかに他の平地とは異なり、「道」の機能を果たしていた。

 あるいはそこを誰かが歩いているから、草が踏まれているだけかもしれないが。


 シンジケートなどと大層な名前がついていたから、それなりのオフィスでも構えているのかと思ったが……。

 そこは砦だった。

 ちょっとした役所くらいの大きさ。中央部に木造の小屋が密集しており、周囲に石を積み上げて壁としている。

 見張りの姿はない。

 あまりひとけのない場所ではあるし、ここを襲撃するものもいないのだろう。


「ホントについてくるのか?」

 まだ距離がある段階で、俺は同行者たちに尋ねた。

 仕事が増えるから、できれば残って欲しいのだが。


「行くよ! だって村長さんに任せっぱなしはイヤだもん!」

 キュウ坊はぎゅっと握りこぶしを作ってやる気十分。

 茨も「私の力が必要になるわよ?」などとニヤニヤしている。


 いや、正直、留守番してくれたほうが嬉しいのだが……。

「分かった。行こう。ただし、余計なことはしないでくれ。俺がこの千年鍛えた交渉能力で、穏便かつ完璧に解決するからな」

「……」

 おい、せめてどっちかは返事をしろ。


 *


 砦に近づくと、ちょうど戸が開いて中から誰か出てきたところだった。

 いや、「誰か」というには怪しすぎる。

 なにせそいつは、血まみれだったからだ。


「はっ? えっ?」

 小柄な男だ。

 俺たちを見て困惑している。


 俺もどう返事したらいいか思い浮かばず、妙なことを口走ってしまった。

「えーと、もしかして取り込み中とか……」

「お前、誰だ? シンジケートの仲間か?」

「いや、ちょっと話をしに……」

 見たところ、この男は血まみれではあったが、怪我をしている様子はなかった。

 つまり自分の血ではなく、他人の返り血ということだ。両手に鉄の爪を装備している。こいつも忍者なのだろうか。神の眷属といった様子はないが……。


 男は溜め息をついた。

「なんの話だ? ちゃんと説明しろ。お前はシンジケートか? それとも中野の使いか? まさかどっちでもないなんて言うなよ。そんなウソ、通用しないからな」

「スマイル・タウンから来たんだ。中野が失脚したから、担当者の変更を伝えに」

「おい、待てよ。あいつが失脚? なにやらかしたんだ?」

 かなり事情に詳しいようだ。

 あきらかに中野のことも知っている。

「えーと、まあ、住民感情をいちじるしく害したせいで、結果として牢にぶち込まれた感じかな」

「それを本気で言ってるのか? あいつが牢に? どうやって?」

「遠距離から脅して、牢に誘導した」

「お前、ホントのこと言えよ。遠距離から脅したくらいで、あいつが牢に入るのか?」


 神の眷属は、普通の武器では死なない。

 だから普通の弓矢や、普通の銃では、脅しになりにくい。もちろん撃たれたら痛いし、体も動けなくなるから、無意味ではないのだが。


 俺は話題を変えた。

「あのー、さっきから質問ばかりだけど、こっちだってあんたの正体を疑問に思ってるんですがね。事実を伝えていいものかどうか」

 すると彼は露骨に顔をしかめ、すっと覆面で顔を隠した。

「俺の正体は言えない」

「じゃあ、信用に値しない。こっちも素直に喋るわけにはいかないな」

「喋らんと死ぬぞ」

「事実を確認したいなら、スマイル・タウンに行けばいい。俺の口から真偽不明の情報を伝えてもしょうがないだろ」

「いちいちムカつく野郎だ。だが、まあ、確かにそうだ」

 そういうこいつもムカつくヤツだが、いちおう話は通じそうだ。


「中がどうなってるか教えてもらっても?」

「みんな死んだよ」

「あんたがヤったのか?」

「そうだ。だが詮索するな。お前たちも殺さなきゃならなくなる」

「なら聞かない」

 戦えば勝てるとは思うが、もしキュウ坊や茨を狙われたら厄介だ。

 見たところ、こいつは誰かに雇われた暗殺者で、たったいまシンジケートを始末したといった様子だ。殺しは慣れているのだろう。きっと躊躇しないはずだ。


 男は舌打ちした。

「本当なら、目撃者は始末するところだが……。スマイル・タウンの使いなら、まあ生かしておいて大丈夫だろう。俺はもう行くが、あとをツケようなどと考えるなよ。それに、今後どこかで見かけても話しかけるな。すべて記憶から消せ。互いのためにな」

「約束する。俺たちも余計な面倒は抱えたくない」

「賢明だ」

 彼はそれでもやや不審そうであったが、こちらに背を向けて行ってしまった。


 さて、もう中を覗くまでもなく、どうなったかは分かってしまったわけだけど。

 振り返ると、キュウ坊が怯えた顔で身をちぢこめていた。

「な、中に……入るの?」

「いや、その必要はないだろう。つまり俺たちのお使いは終わりだ。また森で一泊して、スマイル・タウンに戻ろう」


 *


 街へ戻ると、またしても住民たちは笑顔のまま消沈していた。

 バカげた笑顔の義務などもう廃止してしまえばいいのに。


「ああ、よくご無事で」

 警備隊長が表情筋のみで笑顔を作りながら、近づいてきた。

 帰りを歓迎してくれるのはいいが、どうだったか聞こうともしない。


 俺は妙な雰囲気を察知し、まずはカマをかけることにした。

「なにか変わったことは?」

「いえ、あのぅ……」

 間違いなくなにかあったが、言いづらいといった様子。

 この男の演技がヘタクソで助かる。

 こうなったら、ひとつひとつ、否定できないような聞き方で確認してやろう。

「俺たちが留守の間、来客があったのでは?」

「ええ、まあ……」

「そいつはなんと言ったんだ?」

「じ、じつは、皆さんに、帝都へ出頭するようにと……」


 シンジケート本部で会った男は、間違いなくなんらかの関係者だ。中野が失脚したという事実を確認するため、本人か、あるいは代わりの人間が立ち寄るのは間違いない。

 そして彼らは必ず、なぜ失脚したのかを知りたがる。

 すると警備隊長は素直にすべてを説明する。

 で、俺たちがやったとバレる。

 ここまでは聞かなくても分かる。


 それにしても、帝都とはな。

 ちょうど行こうと思っていたところではあるが。


「中野氏はいまどうしてる?」

「彼らに連行されました」

「連行? 警備隊長どのは、抵抗もせず、彼らに協力したと?」

「て、帝国の命令には逆らえません……」

 まあここまで来たら明白だろう。

 連れ去ったのも、シンジケートを襲撃したのも、帝国の人間というわけだ。少し前まで仲良く取引していた相手のはずだが。まあ商売上のトラブルで機嫌を損ねたのかもしれないな。


 俺はうなずいた。

「分かった。その様子だと、シンジケートが壊滅したこともとっくに知ってるんだろうな。いくらか保存食を用意してくれ。そしたら素直にここを出ていく。あんたらとしても、それで問題ないだろ?」

 すると、ボロボロの服を着た別の住民が近づいてきた。

「けど、もう俺たちの育てた草は誰も買っちゃくれねぇんだろ? これからどうすれば……」

「食える野菜を育てるといい。街のすぐ外に、農業に詳しい兄弟がいる。そいつらに頭を下げて教えてもらうんだ」

 円満に行くかどうかは分からないが、少なくとも薬物を生成しているよりはマシだろう。

 野菜を育てるぶんには、誰も不幸にならないのだ。


 すると別の老人が、かなり崩れた笑顔ですがりついてきた。

「薬にハマってるうちの女房はどうなる?」

「いやそこは頑張って更生してくれよ……」

「女房だけじゃない、息子も娘もみんなハマってるんだ。もちろん俺もな! ハマってるっていうかキマってるっていうか」

「みんなで力を合わせて乗り越えてくれ」

 老人は「幸福になりてぇよぉ」と崩れ落ちてしまった。

 なんだか弱者を追い詰めている強者みたいな構図になっているが、俺にはどうしようもない。そもそも使うなとしか言いようがない。


 *


「あれってさぁ、吸ったら幸福になれるってホントなのかな? だったらあたしも少しもらってくればよかった」


 帝都を目指す道すがら、茨はそんなことを言い出した。

 空気を読めないだけでなく、風紀を乱すことさえ平気で言う。


「ダメだダメだ。あの爺さんの様子を見ただろ? もし薬に手を出せば、すぐああなるんだぞ」

「ただの冗談よ。そんなに怒んないで。もしかして溜まってるの?」

「ああ、残念ながらストレスは溜まってるかもな」

 すると後ろからキュウ坊が服を引っ張ってきた。

「ケンカはやめよ? ストレス溜まってるなら、ボクが肩たたきしてあげるから。ね?」

「悪いな、キュウ坊。大人げなかった」

 彼女のけなげな態度を見ていると、いくらか怒りもやわらいでくる。

 千年も生きているのだから、もっと余裕をもって対処せねば。


 茨は舌打ちだ。

「まぁーたイチャイチャしてる。いったいいつになったらあたしの魅力に気づくんだか」

 まずはその性格をなんとかしろ。


 ともあれ、帝国だ。

 首都はだいぶ先らしいから、長い旅になるだろう。

 天気がいいせいか富士山が見える。

 富士山以外の、本来なら見えるはずのない山も。


(続く)

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