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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
6/39

古代遺跡

「ちょっと待って。倒れそうなんだけど」

 勝手についてきた女が、いきなり座り込んでしまった。

 せっかく命を救ったのに、このまま置き去りにしたら死んでしまうかもしれない。


「少し休もう」

 俺も腰をおろした。

 なにもない平地だ。

 農地にさえなっていない。

 しかし草が伸びていないところを見ると、あまり栄養のある土地ではないのだろう。あるいは野生動物が常に走り回っているか。


 キュウ坊が近づいていった。

「お水飲む?」

「あなた可愛いわね」

「さ、触らないで……」

「なんなの、かわいこぶっちゃって。ちょっと手をなでただけでしょ」

「やだもぅ……」

 プリプリしながら戻ってきた。

 せっかく水を与えたのに災難だったな。


「村長さんも飲む?」

「いや、俺はいい。それより君も我慢しないで飲んだらどうだ」

「うん」

 神の眷属になってからというもの、餓えや渇きで死ぬことはなくなった。ただし、不足すれば苦痛は感じる。力も弱くなる。生きたまま土に埋められたら、死ぬこともできず永遠に苦しむことになる。それを除けばじつに便利な能力だ。


 水筒の水を飲み干した女が、口をぬぐいながら戻ってきた。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったわね。あたし、いばら。苗字とかないけど、いいよね? 目的はお兄ちゃんを探すこと。お兄ちゃんの特徴は、目が悪くて、引きこもりで、力が弱くて、いつもなにかに怒ってて……。そういう人。見たことある?」

 自己紹介というより、ほぼ兄の紹介だな。

「残念ながら、その条件をすべてそろえた人間には、ここ千年は会ってない。千年前ならどこにでもいたんだが」

「お兄ちゃんはそんな年寄りじゃない」

「きっとどこかで会えるよ」

「まあね。ところで二人の関係は? もうえっちはしたの?」

「……」

 この女は、空気というものを読む気がないのだろうか。

 いや、口を滑らせて磔にあっていたくらいだ。そんなことを期待するだけムダなのだろう。


「いいか。キュウ坊は男だ。少なくとも設定上はな」

「は? 性同一性なんとかってヤツ?」

「いや、そういうんじゃなくて、たぶん流れで……」

「男のフリして身を守ってたつもり? でも、これだけ可愛かったら男でも関係ないでしょ?」

「そう言うなよ」

 かわいそうに、キュウ坊は怯えて身をちぢこめている。


 茨はぐっと背伸びした。

「で? 今日はどこで寝るつもり? あたし、下がカタいところでするのイヤだから」

「なにをする気だよ」

「ナニって、あたしを助けたんだから、体を求めてくるに決まってるでしょ? こんなに美人なんだし」

 謎のセクシーポーズ。

 おかげで魂が抜けそうなほど巨大な溜め息が出た。

「そこらの類人猿と一緒にするな。だいたい、ついて来てくれなんて頼んでないぞ」

「あたしは別にいいの。初めてじゃないし。男があたしを求めるのは自然の摂理だし。重力みたいなものよ。あ、重力って知ってる?」

 また謎のセクシーポーズだ。

 だが、もうそんなのに返事をする気にもなれない。

「少し先に森があるだろ? 今日はそこで寝る」

「森? まさか、古代遺跡じゃないわよね?」

「なにが問題なんだ? まさか悪霊がどうとかいうつもりじゃないだろうな?」

 俺が尋ねると、彼女は大袈裟に天を仰いだ。

「信じらんない。悪霊にとりつかれると死ぬのよ?」

「なら俺は何千回も死んでなきゃおかしいな」

「平気なの? ホントに?」

 この千年のうち、何度もビル街で過ごしたが、その悪霊とやらを見たことがない。


 するとキュウ坊が、俺の後ろからちょこっと顔を出して応じた。

「悪霊はいるよ。でも村長さんがいると近づいて来ないんだ」

 これに俺が「ほう」と感心していると、茨は不審そうに顔をしかめた。

「なにが『ほう』なのよ……。なんでほかに人がいないのか疑問に思わなかったの?」

「うるさいな。ずっと疑問だったんだよ。でもなんでか分からなくてな」

「うわー、なんか『自分は選ばれた人間だ』みたいな態度ね。ちょっとムカつくわ」

「……」

 人が気にしていることを。


 *


 遺跡に入ったが、特に何者かに行く手を阻まれるといったこともなかった。

 ただ、茨が「いる!」「そこ!」とすぐに指さすので、黒い影のようなものを見つけることはできた。ただしサッと身を隠してしまうので、本当にシルエットだけだ。


「え、ウソでしょ? ホントに襲ってこない……。逆に怖いんだけど……」

 茨はやけにキョロキョロしていた。

 ジョークでもなんでもなく、本来は危険な場所ということか。

 つまり俺にとっては安全地帯ということになる。

 もしかすると神の眷属の特権なのかもしれない。もしそんな特権があるなら、事前に説明しておいて欲しかったところだが。


「あんたの着てるワンピースも、遺跡で手に入れたものじゃないのか?」

「これ? 分かんない。お兄ちゃんが行商人から買ってくれたやつだから」

 行商人――。

 この能力を利用して、行商人をやってるヤツもいるかもしれない。意外と安全に稼げそうだ。


 寝るのはどこでもいい。

 ビルには人がいないから、勝手に使っても怒られることはない。

「え、すごくない? もうここ住めちゃうじゃん……」

 あの百人の中には、そういう生活を送っているものもいるかもしれない。まあ世界は広いから、この日本で会うこともなかろうけれど。


 俺が塔を追い出されたとき、それでもまだ半数近くは残っていたはず。

 となると、外にいるのは約五十名。それが世界中に散っている。日本には俺と中野三千夫。帝国にもいるかもしれないが……。

 まあ、道でばったり会うことはないだろう。俺と中野が遭遇したのだって、信じられないほど低い確率だ。


「ねえ、キュウちゃんはさ、なんで男のカッコしてるの?」

「やめてよ! ボクは男なの!」

「いや、それで男はムリあるから。もっと髪短くするとかさ?」

「髪はいいの。これ以上短くしないから」

 この二人は永遠に分かり合えそうにないな。

 するとキュウ坊は、こちらに助けを求めてきた。

「村長さん、なんとかしてよ。ボク、頭おかしくなっちゃうよ」

 この子はあまえるのがウマいな。

 初めて会ったときは石を握りしめて「近づいたら殺すから!」などと殺気立っていたのに。


「茨さんよ、あんましキュウ坊をいじめるなよ。この子にはこの子の生き方があるんだからさ」

「なに? 保護者気取り? 手を出してないのは偉いと思うけど……。あ、もしかして……」

 なんだ? またセクハラか?

 いい加減にしないと追い出すぞ?


 俺は溜め息をついた。

「メシにしようぜ。キュウ坊、用意してくれ」

「うん」

 しかし食事といっても、ほとんどはキュウ坊のためにあるようなものだった。俺は食わなくても死なないのだ。

 火をおこし、湯を沸かし、そこに乾麺を投げ込んで食す。おかずは梅干しのみ。

 さっきの街でなにかもらってくればよかった。


「私のぶんもあるの?」

 茨が物欲しそうな目でじっとこちらを見つめてきた。

 正直、ない。

 いやある。

 キュウ坊が自分のぶんを差し出せば、だが。


 キュウ坊は気まずそうにチラと茨を見た。

「ボクのと同じのでよければ」

「お願い! なんでもするから!」

 いや、「なんでも」はやめておいたほうがいい。


 ともあれ、これも助け合いの精神だ。

 いまのところこちらが一方的に助けているだけで、茨はなにも助けてくれていないが。


 人間社会に競争は必要だと思う。しかし傷つけ合うほど苛烈に争うよりは、互いに助け合ったほうがのびるものだ。たとえば、ある国家とある国家が、戦争するよりも、貿易したほうが互いに豊かになるのと同じだ。

 互いに悪意がなければ、という前提はあるものの。


 しかし村から持ってきた食料も、遠からず底をつくだろう。

 どこかでまた調達しなければならない。

 たとえば、よからぬ薬物でしこたまもうけているであろうシンジケートから、少しばかり拝借するなどして。


 *


 俺、キュウ坊、茨の順に並んで寝たはずなのに、朝は俺が真ん中にいた。もしかすると茨が近づいてきて、キュウ坊は逃げたのかもしれない。


 旅の支度をしていると、茨が不審そうにこちらを見てきた。

「あのさぁ、村長さんってなに? あなた、どこかの村長なの?」

 いまさらそこに疑問を抱くとは。

「話すと長くなる」

「話してよ」

「元は村長だったんだ。けどワケあって俺とキュウ坊で旅に出ることにした」

「駆け落ち?」

「違う」

 キュウ坊も両手をぶんぶん振って抗議のジェスチャーをしている。

 茨は首をかしげるばかりだ。

「目的はなんなの?」

「特にない」

「なら行き先も決まってないんだよね?」

「まあな。だがその先は言わなくていい。お兄ちゃんを探してくれって言うんだろ?」

 すると彼女は、きょとんとした様子でこちらを見た。

「え、なに? 得意のカラテで心を読んだの?」

「まあそんなところだ」

「体で払うから! ね?」

「そういうことを言うんじゃない。少なくともキュウ坊の前ではな」

 すると後ろからかわいいパンチが叩き込まれたが、あえて反応せずにおこう。


 茨は「ふうん」と生返事をした。

「もしよかったらさ、帝国の首都まで一緒についてきてよ。もしお兄ちゃん見つけたら、お金払うから」

「まあ、どうせ帝国には寄ることになりそうだし、俺はいいけど。キュウ坊はどうだ?」

 振り返ると、彼女はなんとも言えない顔をしていた。

「ボクもいいよ。どうせそこ行くつもりだったし」

「なんだよキュウ坊、帝国に用だったのか? ていうかそもそも、おいでやす帝国のこと知ってたのかよ?」

「うん……」

 なんだか反応が薄いな。

 雰囲気に流されてるんでなければいいが。


(続く)

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