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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
5/39

スマイル・タウン 三

 忍者は覆面をしているから、目元しか見えない。

 だが、どうにもひっかかる。あとほんの少しでも情報があれば、記憶の糸をたどれそうなのだが。


 警備員が「代表、いかがしましょう?」などと焦れている。

 もし彼らと戦えば、被害が増えるばかりだ。

 ここは先手を打って仕掛けねば。


「おそらく初対面じゃない。塔で会ったはずだ」

「はっ?」

「ま、千年前の話だし、全員の顔をおぼえてるわけじゃないが」

「……」


 すると忍者は、警備員に「皆さんは手を出さないように」などと告げた。

 警備員たちは納得できない様子だったが、素直に引き下がった。

 みんな笑顔のままなのは不気味だ。


「名前を聞いても構いませんか?」

 忍者はそんなことを言ってきた。

 先に名乗らないところが忍者らしい。

「柴三郎」

「苗字は?」

「柴ですね! 苗字が柴! 名前が三郎!」

 だんだん記憶がよみがえってきた。

 このやり取りも初めてじゃない。


 忍者はクックックと不気味な笑いを漏らした。

「なるほど。思い出しましたよ。下級クラスの柴三郎さん……」

「そろそろそちらのお名前もお教えいただけませんかね」

「これはこれは申し遅れました。私は中級クラスの中野。中野三千夫なかのみちおと申します」


 完全に思い出した。

 金縛りを悪用し、塔で婦女を暴行していたクソ野郎だ。

 人の心を読む女が地下に幽閉されたとき、俺は「代わりにこいつを幽閉しろ」と反論した。

 その結果、対立関係となり、こいつは裏であることないこと吹聴し始めた。で、俺はマイケルに睨まれて下級クラス行き。

 一方、こいつは俺の「悪行」を通報した貢献により、なんとか中級クラスになれた。


「中野さんよ、会いたかったぜ」

「私は会いたくありませんでしたね。下級に用はありませんから」

「あのクソみたいなヒエラルキーを、いまだに勲章にしてやがんのか? せめて上級なら分からないでもないが」

「下級のあなたがどんなに吠えたところで、痛くもかゆくもありませんよ」

「よくもそんなに堂々としていられるもんだな、性犯罪の常習者がよ……」

 俺がそうつぶやいた瞬間、観衆たちの雰囲気がピリついたのが分かった。

 地雷を踏み抜いたかもしれない。


 警備員たちの槍の先端が、俺ではなく、中野三千夫へ、そっと向きを変えた。

 もしかすると戦闘などせずとも、舌戦だけで倒せるかもしれない。


「お前はその金縛りの能力を使い、婦女暴行を繰り返していたな! 俺が会議でそう指弾して以来、お前はネチネチとウソをまき散らして俺をおとしいれた。あの日のことは忘れてないぞ」

「な、なぜそれをいま……! 証拠は! 証拠はあるのですかァ!」

 取り乱しすぎだ。

 証拠はないから安心しろ。


 すると磔にされていた女も便乗してきた。

「あたしはそいつにケツを触られたわ! ケツ以外もね! 触ったぶん金払いなさいよ!」

 観衆から小さな声で「私も」と声が上がると、「うちのもやられた」「うちの子も」などと声があがり始めた。

 どうやら手あたり次第だったらしい。


 中野三千夫は地団駄を踏み始めた。

「静かに! 命令! 命令でェす! 静かになさァい!」

「静かにしたら罪を自白するのか?」

「あなたは死刑! これは代表命令です! はい決定! 死刑っ! 死刑っ!」

 言葉で理解しないのなら、力で分からせる必要があるな。

 原始人みたいな方法は好きではないのだが、言語を放棄した相手にはそれしかない。

 もっと賢い人間が、なにかいいアイデアを思いついてくれればいいのだが。


 俺はエネルギーを圧縮させ、中野の腹に容赦なく叩き込んだ。

 さいわい、彼のために道は開けられていたから、ぶっ飛ばされた彼に巻き込まれるものはいなかった。

「あれはカラテ!?」

 誰かがそうつぶやくと、観衆たちも「カラテだ」「カラテよ」などと続いた。

 あえて訂正しないが、これはカラテではない……。


 俺は歩を進め、うずくまってうめいている中野に近づいた。

「中野さんよ。あんた、格下の俺のことなんておぼえてないかもしれないが、俺はあんたのことよくおぼえてるぜ」

「た、たしゅけて……」

「あんたの金縛りは、接触した相手にしか効果がない。だから隔離だけはしないでくれって、あんた会議のとき強弁してたよな?」

「見逃す! 見逃すから! ね?」

「見逃す? 誰が、誰を?」

 この期に及んで、まだ自分に決定権があると思っているのか。

 彼は言葉を発するのも苦しいのか、自分と俺とを交互に指さしてきた。


「厄介な能力だよな、金縛りって。動けなくなっちまうんだから。こっちは抑え込むこともできやしない」

「そ、そう。だから無益なことはやめましょう? ねっ?」

「いやいや、だからね、あとは殺すしかねぇって言ってるんですよ……」

「……」

 イキリ倒して一千年。

 こんな恫喝もすでに飽きているが、この手の人間には優しくすべきではないのだ。

「死にたくなかったら、自分から牢屋に入るんだな」

「はい?」

「あんたはここの代表をおりるんだよ。死ぬ以外だと、その選択肢しかないぞ」

「入る! 入ります! だから助けて!」

 いまこいつをぶっ殺したって、なんらの呵責もないはずなのだが……。

 なぜかこういうヌルい手段をとってしまう。


 俺は溜め息を噛み殺し、こう告げた。

「では警備員の皆さん、先導お願いします」


 *


 中野を地下牢にぶち込み、地上へ戻った。

 そこで少なからず喝采を浴びるはずだったのだが……。


 観衆は笑顔をキープしたまま、一様に不安そうな態度を見せていた。

「えーと、なぜこんな雰囲気に……」

 俺が誰にともなく尋ねると、磔から降ろされた女が近づいてきた。

「なんでも、定期的にここのブツを出荷しないといけない相手がいるんだって」

「すればいいじゃないか。俺はここの『産業』にまで口出しする気はないぜ」

「お気楽なんだから。ここらに薬物のシンジケートがあって、それが西の『おいでやす帝国』とつながってるから問題なの」

「なに? おいでやす……なに?」

 聞き間違いであってくれ。

 もしそれが正式な国名なら、あまりにダサすぎる。


 女は真顔でこう繰り返した。

「おいでやす帝国」

「ダサい……」

「ダサいの? 『おいでやす』はすべてを受け入れる寛大な言葉だって聞いたけど」

「まあ、千年も経てばそうなるか……」

 少なくとも、帝国主義の国家が冠していい名前ではなかろう。


 女は不審そうにこちらを見つめてきた。

「え、ていうか、おいでやす帝国知らなかったの?」

「初めて聞いたね」

「どこの田舎から出てきたの……」

「うるさい。俺は世俗のことに干渉しない主義なんだよ」


 すると警備隊の隊長らしき男が、いかにも筋肉でつくった笑顔で近づいてきた。

「じつはそのシンジケートとのやり取りは、いま投獄された元代表が一人でやってまして」

「代表が変更したことを伝えては?」

「そもそもこの集落自体が、シンジケートの出資でつくられたものでして……」

 ひとつ問題に首を突っ込むと、次の問題に巻き込まれる。

 人助けなんてするもんじゃないということが、この一件からもよく分かる。


 俺は深く呼吸をした。

「分かった。で、どの程度の戦力なんです?」

「はい?」

「シンジケートですよ。そこにも中野さんみたいな能力者がいるんじゃないの?」

「いえ、シンジケートには、そこまで特別なのは……。でも刀で武装してて厄介ですよ」

 刀なら衝撃波で制圧できる。


 隊長は笑顔のままであったものの、しかしいわく言いがたい態度でかぶりを振った。

「ですがシンジケートをつぶせば、次は帝国が乗り出してくるでしょう。ハッキリとは分かりませんが、帝国にも不思議な能力の使い手がいると聞きます」

 お先真っ暗といった様子だ。

 ま、普通は落胆するだろう。

 帝国をつぶせる「個人」がいるわけがないからだ。

 もし可能であったとして、途中でトンズラしないとも限らない。命を危険にさらして戦うメリットもないわけだし。


「ひとまずそのシンジケートとやらに挨拶してくるんで、場所だけ教えてください」

「はい?」

「話せば分かるって言うでしょ?」

 いや、これは会話が通じないときのセリフだったか。

 まあいい。

 どちらにせよ、平和な話し合いになるとは思えない。


 *


 やがて杖を抱えたキュウ坊が、奇妙な半笑いで近づいてきた。

「そ、村長さん、この笑顔、どうかな?」

「苦しそうだな。もう戻していいぞ」

「もーっ! 急に置いていくからぁ!」

「君がやれって言ったんだぞ」

 俺は杖を回収し、頭をわしわしなでてやった。

 キュウ坊はその髪型を手で直し始める。

「でも、ちょっとカッコよかったかな」

「はいはい……」

 たまたま異様な能力を備えてたからなんとかなったが、そうじゃなかったら手も足も出なかったところだ。


 すると磔の女が、急にニヤニヤし始めた。

「ははーん、二人はそういう関係? ま、でもあたしを助けてくれたんだから、なにかお返ししなくちゃね。欲しいのはお金? それともあたし?」

 謎のセクシーポーズ。

 キュウ坊は目を丸くしたかと思うと、顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れてしまった。

 たしかに彼女は長くて艶のある黒髪の、涼しげな目をした美人だ。スタイルもいい。どこで入手したのか不明だがワンピースも似合っている。だが、セクハラはよろしくない。

「言えば金をくれるのか?」

「はぁ? 見て分からないの? 無一文よ!」

「なら体しかないじゃないか」

「そっちならいくらでも」

「おい、キュウ坊、行くぞ。こんなのに構ってたらロクなことにならん」

 するとキュウ坊も「うん」とついてきた。


 戦力にならない人間を連れていても、俺の仕事が増えるだけだ。

 しかし彼女は「ちょっと待ちなさいよ」と怒りながらついてきた。


 この流れはマズい。

 もしシンジケートと帝国の問題を片付けても、彼女のお兄ちゃんとやらを探すハメになるだろう。そうに決まっている。


(続く)

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