スマイル・タウン 三
忍者は覆面をしているから、目元しか見えない。
だが、どうにもひっかかる。あとほんの少しでも情報があれば、記憶の糸をたどれそうなのだが。
警備員が「代表、いかがしましょう?」などと焦れている。
もし彼らと戦えば、被害が増えるばかりだ。
ここは先手を打って仕掛けねば。
「おそらく初対面じゃない。塔で会ったはずだ」
「はっ?」
「ま、千年前の話だし、全員の顔をおぼえてるわけじゃないが」
「……」
すると忍者は、警備員に「皆さんは手を出さないように」などと告げた。
警備員たちは納得できない様子だったが、素直に引き下がった。
みんな笑顔のままなのは不気味だ。
「名前を聞いても構いませんか?」
忍者はそんなことを言ってきた。
先に名乗らないところが忍者らしい。
「柴三郎」
「苗字は?」
「柴ですね! 苗字が柴! 名前が三郎!」
だんだん記憶がよみがえってきた。
このやり取りも初めてじゃない。
忍者はクックックと不気味な笑いを漏らした。
「なるほど。思い出しましたよ。下級クラスの柴三郎さん……」
「そろそろそちらのお名前もお教えいただけませんかね」
「これはこれは申し遅れました。私は中級クラスの中野。中野三千夫と申します」
完全に思い出した。
金縛りを悪用し、塔で婦女を暴行していたクソ野郎だ。
人の心を読む女が地下に幽閉されたとき、俺は「代わりにこいつを幽閉しろ」と反論した。
その結果、対立関係となり、こいつは裏であることないこと吹聴し始めた。で、俺はマイケルに睨まれて下級クラス行き。
一方、こいつは俺の「悪行」を通報した貢献により、なんとか中級クラスになれた。
「中野さんよ、会いたかったぜ」
「私は会いたくありませんでしたね。下級に用はありませんから」
「あのクソみたいなヒエラルキーを、いまだに勲章にしてやがんのか? せめて上級なら分からないでもないが」
「下級のあなたがどんなに吠えたところで、痛くもかゆくもありませんよ」
「よくもそんなに堂々としていられるもんだな、性犯罪の常習者がよ……」
俺がそうつぶやいた瞬間、観衆たちの雰囲気がピリついたのが分かった。
地雷を踏み抜いたかもしれない。
警備員たちの槍の先端が、俺ではなく、中野三千夫へ、そっと向きを変えた。
もしかすると戦闘などせずとも、舌戦だけで倒せるかもしれない。
「お前はその金縛りの能力を使い、婦女暴行を繰り返していたな! 俺が会議でそう指弾して以来、お前はネチネチとウソをまき散らして俺をおとしいれた。あの日のことは忘れてないぞ」
「な、なぜそれをいま……! 証拠は! 証拠はあるのですかァ!」
取り乱しすぎだ。
証拠はないから安心しろ。
すると磔にされていた女も便乗してきた。
「あたしはそいつにケツを触られたわ! ケツ以外もね! 触ったぶん金払いなさいよ!」
観衆から小さな声で「私も」と声が上がると、「うちのもやられた」「うちの子も」などと声があがり始めた。
どうやら手あたり次第だったらしい。
中野三千夫は地団駄を踏み始めた。
「静かに! 命令! 命令でェす! 静かになさァい!」
「静かにしたら罪を自白するのか?」
「あなたは死刑! これは代表命令です! はい決定! 死刑っ! 死刑っ!」
言葉で理解しないのなら、力で分からせる必要があるな。
原始人みたいな方法は好きではないのだが、言語を放棄した相手にはそれしかない。
もっと賢い人間が、なにかいいアイデアを思いついてくれればいいのだが。
俺はエネルギーを圧縮させ、中野の腹に容赦なく叩き込んだ。
さいわい、彼のために道は開けられていたから、ぶっ飛ばされた彼に巻き込まれるものはいなかった。
「あれはカラテ!?」
誰かがそうつぶやくと、観衆たちも「カラテだ」「カラテよ」などと続いた。
あえて訂正しないが、これはカラテではない……。
俺は歩を進め、うずくまってうめいている中野に近づいた。
「中野さんよ。あんた、格下の俺のことなんておぼえてないかもしれないが、俺はあんたのことよくおぼえてるぜ」
「た、たしゅけて……」
「あんたの金縛りは、接触した相手にしか効果がない。だから隔離だけはしないでくれって、あんた会議のとき強弁してたよな?」
「見逃す! 見逃すから! ね?」
「見逃す? 誰が、誰を?」
この期に及んで、まだ自分に決定権があると思っているのか。
彼は言葉を発するのも苦しいのか、自分と俺とを交互に指さしてきた。
「厄介な能力だよな、金縛りって。動けなくなっちまうんだから。こっちは抑え込むこともできやしない」
「そ、そう。だから無益なことはやめましょう? ねっ?」
「いやいや、だからね、あとは殺すしかねぇって言ってるんですよ……」
「……」
イキリ倒して一千年。
こんな恫喝もすでに飽きているが、この手の人間には優しくすべきではないのだ。
「死にたくなかったら、自分から牢屋に入るんだな」
「はい?」
「あんたはここの代表をおりるんだよ。死ぬ以外だと、その選択肢しかないぞ」
「入る! 入ります! だから助けて!」
いまこいつをぶっ殺したって、なんらの呵責もないはずなのだが……。
なぜかこういうヌルい手段をとってしまう。
俺は溜め息を噛み殺し、こう告げた。
「では警備員の皆さん、先導お願いします」
*
中野を地下牢にぶち込み、地上へ戻った。
そこで少なからず喝采を浴びるはずだったのだが……。
観衆は笑顔をキープしたまま、一様に不安そうな態度を見せていた。
「えーと、なぜこんな雰囲気に……」
俺が誰にともなく尋ねると、磔から降ろされた女が近づいてきた。
「なんでも、定期的にここのブツを出荷しないといけない相手がいるんだって」
「すればいいじゃないか。俺はここの『産業』にまで口出しする気はないぜ」
「お気楽なんだから。ここらに薬物のシンジケートがあって、それが西の『おいでやす帝国』とつながってるから問題なの」
「なに? おいでやす……なに?」
聞き間違いであってくれ。
もしそれが正式な国名なら、あまりにダサすぎる。
女は真顔でこう繰り返した。
「おいでやす帝国」
「ダサい……」
「ダサいの? 『おいでやす』はすべてを受け入れる寛大な言葉だって聞いたけど」
「まあ、千年も経てばそうなるか……」
少なくとも、帝国主義の国家が冠していい名前ではなかろう。
女は不審そうにこちらを見つめてきた。
「え、ていうか、おいでやす帝国知らなかったの?」
「初めて聞いたね」
「どこの田舎から出てきたの……」
「うるさい。俺は世俗のことに干渉しない主義なんだよ」
すると警備隊の隊長らしき男が、いかにも筋肉でつくった笑顔で近づいてきた。
「じつはそのシンジケートとのやり取りは、いま投獄された元代表が一人でやってまして」
「代表が変更したことを伝えては?」
「そもそもこの集落自体が、シンジケートの出資でつくられたものでして……」
ひとつ問題に首を突っ込むと、次の問題に巻き込まれる。
人助けなんてするもんじゃないということが、この一件からもよく分かる。
俺は深く呼吸をした。
「分かった。で、どの程度の戦力なんです?」
「はい?」
「シンジケートですよ。そこにも中野さんみたいな能力者がいるんじゃないの?」
「いえ、シンジケートには、そこまで特別なのは……。でも刀で武装してて厄介ですよ」
刀なら衝撃波で制圧できる。
隊長は笑顔のままであったものの、しかしいわく言いがたい態度でかぶりを振った。
「ですがシンジケートをつぶせば、次は帝国が乗り出してくるでしょう。ハッキリとは分かりませんが、帝国にも不思議な能力の使い手がいると聞きます」
お先真っ暗といった様子だ。
ま、普通は落胆するだろう。
帝国をつぶせる「個人」がいるわけがないからだ。
もし可能であったとして、途中でトンズラしないとも限らない。命を危険にさらして戦うメリットもないわけだし。
「ひとまずそのシンジケートとやらに挨拶してくるんで、場所だけ教えてください」
「はい?」
「話せば分かるって言うでしょ?」
いや、これは会話が通じないときのセリフだったか。
まあいい。
どちらにせよ、平和な話し合いになるとは思えない。
*
やがて杖を抱えたキュウ坊が、奇妙な半笑いで近づいてきた。
「そ、村長さん、この笑顔、どうかな?」
「苦しそうだな。もう戻していいぞ」
「もーっ! 急に置いていくからぁ!」
「君がやれって言ったんだぞ」
俺は杖を回収し、頭をわしわしなでてやった。
キュウ坊はその髪型を手で直し始める。
「でも、ちょっとカッコよかったかな」
「はいはい……」
たまたま異様な能力を備えてたからなんとかなったが、そうじゃなかったら手も足も出なかったところだ。
すると磔の女が、急にニヤニヤし始めた。
「ははーん、二人はそういう関係? ま、でもあたしを助けてくれたんだから、なにかお返ししなくちゃね。欲しいのはお金? それともあたし?」
謎のセクシーポーズ。
キュウ坊は目を丸くしたかと思うと、顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れてしまった。
たしかに彼女は長くて艶のある黒髪の、涼しげな目をした美人だ。スタイルもいい。どこで入手したのか不明だがワンピースも似合っている。だが、セクハラはよろしくない。
「言えば金をくれるのか?」
「はぁ? 見て分からないの? 無一文よ!」
「なら体しかないじゃないか」
「そっちならいくらでも」
「おい、キュウ坊、行くぞ。こんなのに構ってたらロクなことにならん」
するとキュウ坊も「うん」とついてきた。
戦力にならない人間を連れていても、俺の仕事が増えるだけだ。
しかし彼女は「ちょっと待ちなさいよ」と怒りながらついてきた。
この流れはマズい。
もしシンジケートと帝国の問題を片付けても、彼女のお兄ちゃんとやらを探すハメになるだろう。そうに決まっている。
(続く)