スマイル・タウン 二
強盗と別れた俺たちは、道らしきものを歩きながら、柵に囲まれたスマイル・タウンを遠巻きに眺めていた。
かなりデカい。
どこまで歩いても柵が続いている。
「んー、せっかく街に入れると思ったのに……」
キュウ坊はふてくされている。
さっきの話を一緒に聞いていたはずなのだが。
「ヤバい街だって話だっただろ」
「ウソかもしれないじゃん」
「ウソ? そんなことして、彼らになんのメリットが」
「村長さんに負けて悔しかったから、ボクたちが街で楽しむのを妨害したかったのかも」
一理ある。
あくまで一理。
だがどうにもウソとは思えない。
「お買い物したかった!」
「金ないだろ」
「物々交換できるもん」
「なにを交換するんだ?」
俺がそう問い詰めると、キュウ坊はしゅんとしてしまった。
「なにか……道端で拾うかもだし……」
「……」
デカい街で買い物をするのは、きっと気分がいいだろう。
だが、俺たちにはなにもない。
じつは森と化したビル街には、意外と保存状態のいいモノが残っていたりするのだが……。
この時代の人間たちは、あそこのものに手を出したがらなかった。そもそも足を踏み入れようとさえしない。悪しきものが宿っていると信じられているからだ。悪しきものというのが具体的になんなのかは不明だが。
しかし確かに異常ではある。
ビル内部は、千年経過しているとは思えないほど保存状態がよかった。口にしたことはないが、食べられそうなものが残されていることもある。お気に入りのミリタリージャケットもそこで拾った。
あきらかに、なんらかの力が働いている。
特に害をこうむったことはないが、異様といえば異様だ。
神がなにかを意図したとしか思えない。
もし生きていれば、その真意を聞けたはずなのだが。
突如、グワーンと大きな音が鳴り響いた。
爆発音ではない。
デカい金属を叩いたような音。
寺の鐘ほどこもってはいないから、銅鑼の音かもしれない。しかし楽器にしては音が汚すぎる。もしかすると、ただ鉄板を殴打しただけかもしれない。
ただの事故ではなかったらしく、二度、三度と音が響いた。
スマイル・タウン内部からだ。
人々の歓声も聞こえる。
のみならず、物見櫓に立っていた警備員が、こちらに手を振っているのが見えた。
「やあ、旅の人! 噂を聞きつけて、スマイル・フェスティバルを見に来たのかな? いまならまだぜんぜん間に合うよ! ほら、入って入って! こんなチャンス滅多にないよ!」
俺たちが近づくと、警備員はニコニコ笑顔でそんなことを言ってきた。
しかしたしかに、顔の筋肉だけで作った笑顔といった感じだ。
目は笑っていない。
キュウ坊が飛び跳ねた。
「フェスティバル!? お祭りってこと?」
「ああ、今日だけはどんな旅人でも出入自由! ぜひ楽しんでいってくれ!」
「ね、村長さん、フェスティバルだって! 入ろうよ?」
こんなに無邪気にはしゃぐ姿を見せられては、さすがにノーとは言えない。
危なそうなら逃げればいいだけの話だ。
例の眷属と戦う必要はない。
「分かった。ちょっと見るだけだぞ」
「うん! 村長さん大好き!」
大好き、か。
だが機嫌を損ねると、すぐ大嫌いに変わる。
俺は詳しいのだ。
*
警備員の言う通り、俺たちは小さなゲートからノーチェックでタウン内へ入ることができた。
柵の内側はほとんどが畑だった。建物もあるが、あばら家というか、長屋というか、あまり立派な建物ではなかった。まあ俺の作った村も似たようなものだったが。
竪穴式住居からスタートしたことを考えれば、かなりの進歩と言えるだろう。
「んー、お祭りってどんなのだろう。ワクワクしちゃう」
情報も物資も乏しいせいか、ちょっとしたことが娯楽になる。
村にいたときも、シカがとれたとか、デカい野菜がとれたとか、どこかの子供が何歳になったとか、そんなことでみんな楽しんでいた。戦いさえなければ、いまでもそんな日常が続いていたはずなのだが……。
奥へ進むたび、グワーンという金属音が大きくなってきた。
歓声もすごい。
麻の服を着た人たちが、中央広場でなにかを囲んでいる。
イベントの司会らしき男が、声を張っていた。
「オーケー! オーケー! 久々に盛り上がっちゃおうぜ、この処刑パーリー! 今日のターゲットはお兄ちゃんを探して旅してきたこの女! チェケラ!」
チェケラではない。
なんなのだ処刑パーリーとは……。
キュウ坊も固まってしまっている。
ターゲットと言われた女は、柱に磔にされて見世物にされていた。
下に薪がくべられているから、火あぶりにでもされるのかもしれない。
「それじゃ、俺らを楽しませてくれる本日のヒロイン! ターゲットちゃんの最後の言葉、聞いてみちゃおう! チェケラ!」
チェケラではない。
聴衆が静まると、今度は女が喚きだした。
「あんたらクソよ! あたしはお兄ちゃんを探しに来ただけなの! なんで死ななきゃなんないの! あたしが死んだら、この世から美女がひとり減るんだから! こんなの世界の損失でしょ!」
ギャハハと観衆は大爆笑。
司会もノリノリで体をゆすって聞いている。
サイコパスの集会だな……。
女は身をよじってなんとか抜け出そうとしている。
「おにーちゃーん! 聞いてたら助けてくださーい! おにーちゃーん!」
「オーケー! オーケー! その願いがお兄ちゃんに届くといいね! でもそのお兄ちゃん、脳内のお兄ちゃんじゃないよね?」
ギャハハと大爆笑。
ついていけない。
「なあ、キュウ坊。もうじゅうぶん見たよな? そろそろ……」
俺がそう言いかけると、彼女はまっすぐな目でこちらを見てきた。
「ね、助けてあげようよ」
「は?」
「あの人、可哀相だよ。だってお兄ちゃん探してただけなんでしょ?」
「まあそう主張してはいるが……」
すると近くにいた年配の女性が、なんとか口元に笑顔を作ったまま、しかし消沈した様子でこう言ってきた。
「あんたら余所者かい? あんまり妙なこと言わないほうがいいよ。ここじゃあ、笑顔が義務付けられてるんだ。ネガティブなこと言ってるのがバレたら、あの子と同じ目にあうよ」
笑顔が義務?
最悪の人権侵害だな。
だが俺は、あえて笑顔を作って見せた。たぶん歪んでいるとは思うが。
「彼女は、笑顔じゃなかったから火あぶりに?」
「それもあるけど、ここのやり方を批判したらしいんだ。笑顔は義務だし、みんなのためでもあるってのに」
「……」
とんでもないクソ思想だ。
それに比べれば、俺の村はもっと自由だった。村の創設者たる村長を追い出す自由さえあった。こういう義務でギチギチに統制してるのは好きになれない。
ま、かといって、俺は私的な正義のために我が身を危険にさらすほど愚かではないが。
「そういうわけだ、キュウ坊。そろそろ行こうじゃないか」
「村長さん、本気で言ってる?」
「本気だよ」
「その変態みたいな顔やめて!」
笑顔は義務なんだよ!
少なくともここにいる間はな……。
「君も笑顔になるんだよ」
「やだよ。そんな村長さん、大嫌い……」
地味にキツいんだよな、これ。
俺は咳払いをすると、顔をもとに戻し、杖をキュウ坊に押し付けた。
「分かった。じゃあ君の希望通り、彼女を助けてくる。言っとくが、そのあいだ君を守ることはできないから、笑顔を浮かべて地元住民に紛れているように」
「えっ?」
えっ、じゃないんだよ。
やれって言ったのは自分なんだから。
俺は半身になって片手を縦にし、「ちょっとすみません」と古式ゆかしいジャパニーズ・スタイルで群衆をかき分けていった。
「お楽しみの昇天タイムまであと三十分! ほかに言い残すことはあるかな?」
「おにーちゃーん!」
司会と女の噛み合わない会話は続いていた。
なにが楽しいのか群衆はずっと笑っている。
「ちょっと待ったーっ!」
俺は群衆から抜け出して、処刑場へ足を踏み入れた。
手製の槍をもった警備員たちが、にわかに取り囲んでくる。防具はつけていない。まあ防具など、あろうがなかろうが関係ないが。
「え、もしかしてお兄ちゃん?」
司会の男が尋ねると、女は凄まじい剣幕で拒否した。
「違う! そんなのお兄ちゃんじゃない!」
もちろんだ。
俺はまだ自分が誰なのか名乗ってさえいない。
「ああ、ご指摘の通り、お兄ちゃんじゃない。お兄ちゃんの関係者でもない」
すると司会の男は、さすがにスマイルをキープしつつも、ぽかーんとした様子でこう返してきた。
「え、なんで? じゃあなんで入ってきたの?」
「正義のヒーローみたいに振舞えっていうプレッシャーが……。まあとにかく、悲劇のヒロインを救出に来たんだ」
「お前、女にモテたいだけだろ!?」
「否定はしない。しかし彼女は、命を奪われるほどのことをしたのか? そこを考え直して欲しい」
「いや俺はただの司会で、決定したのは上の人間だから……」
「なら上の人間を出せぇい!」
どんな集落にも、集落なりのルールがある。個人的に気に食わなかったとしても、だ。
俺はいま、そのルールに土足で踏み込んでいる。
ただの侵略者だ。
そこだけは間違いない。
すると群衆が、にわかに道をあけた。
その奥から歩いてきたのは一人の男。
「ほほう、あなたですか、スマイル・フェスティバルに花を添えてくれる酔狂な旅人というのは……」
いかにも忍者という格好をしている。
俺は肩をすくめた。
「お会いできて光栄だね。顔を隠してるようだけど、ご自慢のスマイルは拝見できないのかな?」
「私の素顔を見れば死ぬことになります」
「残念だな。きっと腹の底から笑える顔だと思うんだが」
「……」
眷属は百人以上いたし、全員の顔をおぼえているわけじゃない。
ただ、こいつは……。
この感じ、記憶にあるような気がする。
(続く)