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人造神話  作者: 不覚たん
西遊編
39/39

 夢を見た。

 千年前、塔へ連れてこられたときの夢――。


 かつての俺は、特に言うこともない人生を送っていた。

 誰でも行けるような学校を出て、相応の会社に就職しただけ。

 成果もなく、誇れるものもなく、ただ一日をこなす。給料は渋く、車や時計を買う余裕さえなかった。アパートに帰ってコンビニ弁当を食う。自由時間は目的もなくネット。しかしネットを眺めても、楽しいことより、イライラすることのほうが多かった。

 そこでは常に、誰かが、誰かにマウントしていた。俺も巻き込まれてマウントされた。

 俺にはなにもなかった。女にもモテなかった。友達は数名いたはずだが、長いこと会えていなかった。社会に対する希望も持てなかった。

 なのに、まわりの人間たちは、少なくとも俺よりは楽しそうに見えた。


 わけが分からなかった。

 ただまっとうに生きていただけなのに、どこで選択肢を間違えたのだろうか。いや、間違えてさえいないのに、こんなことになったのか。

 メシは食えている。だから贅沢を言うなと言われる。努力が足りないと言われる。たぶん誰かに言われたか、ネットの書き込みを見たのだと思う。不満さえ言いづらかった。


 俺はこのまま歳をとり、最後は一人で死ぬんじゃないだろうかと、漠然とした不安を抱き始めた。

 なにかで一発逆転したかった。

 なにか……なんでもいいから、とにかく、なにかが起きて……。俺は人から一目置かれる人間になりたかった。


 ふと気がついたとき、俺は檻の中にいた。

 長方形をした鋼鉄の檻。

 洗面台、トイレ、ベッド、そしてテーブルがあるだけ。


 どこかで誰かが怒鳴っていた。

 あるいはすすり泣いていた。

 檻に閉じ込められた人間が、俺以外にもいっぱいいた。


 金属の軋む音。

 水道管を水が流れる音。


 途中の記憶はなかった。

 だが、きっと自分はなにかよからぬことをやらかして、警察に逮捕されたのだと思った。というより、それ以外に解釈のしようがなかった。


 女がやってきた。

 髪をまとめた白衣の女だ。冷たい目をしていた。

「二〇三号。あなたには今日からここで暮らしてもらいます。さあ、食事です。残さないように」

 格子窓の下の細長いスロットから、パンとスープの乗せられたトレイが差し込まれた。

 残すもなにも、ほとんど量がなかった。


 女は檻から檻へ移動しながら、みんなに食事を与えているようだった。

 鋼鉄の床を踏む足音が遠ざかる。

 ボソボソと会話の声。


「キャハハ」

 そこが警察の施設でないことはすぐに分かった。

 なぜなら少女が、楽しそうに通路を駆け回っていたからだ。

 見開いたまるい目で檻の中を覗き込んでは、一人で笑いながらダッシュする。たまに戻ってきてまた檻を覗き込む。

 まるで動物園を楽しむ子供のようだった。

 警察ではなく、マッドサイエンティストかカルト教団につかまったのだと思った。


 あとで分かったことだが、彼女は狐だった。神に能力を与えられ、人の姿となった眷属。名は玉藻たまもという。知能はあまり高くなく、理性よりも本能が優先される。

 白衣の女が世話をしていたはずなのだが、基本的に放し飼いになっていた。


 施設の中央は吹き抜けになっており、檻は壁側に並べられていた。対面は暗くて見えない。上や下からも声がした。ビルのような構造だと思った。

「神などいない!」

「うるさい!」

「やめて……」

「誰か助けて!」

 意味不明な言葉を叫ぶもの、口論するもの、泣くもの、救いを求めるもの……。いろいろな人間がいて、いろいろなことを喋っていた。


 たまに白衣の女が、檻から人を連れ出すことがあった。

 しばらくすると戻ってくる。

 ごくまれに戻ってこないこともある。

「あんなの神じゃない! 悪魔だ!」

 そんなことを叫ぶものもいた。


 ある日、白衣の女が食事のついでに手紙をよこしてきた。

 手紙というより、小さな紙切れだったが。

 冷淡そうな女ではあったが、顔立ちは嫌いじゃなかった。だから俺は、わずかな期待とともに手紙をひらいた。

 そこにはこう殴り書きされていた。


下等生物


 主語も述語もなく、ただ名詞が記述されているだけ。

 だからこれは、脱出の手がかりとなる暗号かもしれない。などとポジティブにとらえようとしたが……。いや、まあ、普通に考えて、俺はバカにされたのだ。


 この白衣の女は……いまいちよく分からない存在だった。

 眷属と人間の中間のようなポジションとでもいうのか。

 いちおう不老不死ではあったが、特別な能力は有しておらず、神の指示で塔の世話をしていた。会議に出たこともない。

 人間たちに対して、たまに小さな意地悪をしていたようだ。


 玉藻が通路を駆けまわっていたので、俺はその手紙をくれてやった。

 彼女は意味が分かっているのかいないのか、けたけた笑いながらどこかへ行った。


 しばらくしたある日、食事の時間でもないのに白衣の女が来た。

「二〇三号、出なさい。あるじが面会するそうです」

 ついに来た。

 主とかいうサイコ野郎に、苦情を言える唯一の機会だ。


 工場にあるような、鉄骨だけのエレベーターに乗った。

 二人きり。

 会話もない。

 ただゴウンゴウンと機械の立てる音を聞きながら、上昇するリフトに身をゆだねた。


 やがて光が見えた。

 特別な光じゃない。ありふれた太陽の光だ。いや、かつてはありふれていたが、しばらくの間まったく触れることのできなかったもの。


 最上階から見えたのは、この世のものとは思えないほどの絶景だった。

 輝くような白い空。

 そして一面の森。

 優しい風。

 ただそれだけなのに、世界の広さと美しさをを存分に体感できた。


 もちろんテレビなどで見てなんとなく分かってはいたのだが、上空からの景色はなぜかいつでも素晴らしく見えたものだ。

 人間が映っていないおかげかもしれないが……。


 玉座には表情のない少年。

 彼の背後には、神の眷属が並んでいた。

 当時は眷属だと分からなかったが。古代ギリシャみたいな格好をしていたから、なんらかの宗教団体には見えた。


「こちらへ」

 まだ目が慣れていないのに、白衣の女はそう促した。

 サディストとしか思えない。


 そこは円形のフロア。

 錆びた鋼鉄の塔の頂上。

 壁はエレベーター側にしかなく、残りは吹きさらしになっていた。

 庭園のつもりなのか、わずかな壁からは水が湧き出し、細い水の道をつくり、惜しげもなく下界へと流れ出していた。

 植物のツタが一面を這い回っており、おかげで古代遺跡のような雰囲気があった。


「今日はいったいなんの集まりで?」

 俺は精一杯強がって尋ねた。

 頭のおかしなカルトにしか見えなかったが、それだけに、抵抗するだけムダだということも理解できた。こんな大掛かりなものを作るのだから、きっとただものではない。


 少年は無表情のまま、かすかに目を細めた。

「力を授与する」

 どことなく硬質な声。

 周囲からはどよめきが起きた。


 白衣の女は、その場にひざまずいた。

「お話しは、なさらないのですか?」

「うん。彼の場合、きっとそのほうがいい」


 力を授与――。

 てっきり銃かミサイルでもくれるのかと思った。

 あるいはカルトらしく体をサバいて、意味不明な石でも埋め込むつもりなのかと……。


 白衣の女がこちらを見た。

「二〇三号、前へ」

「気が進まないな」

「これは大変な栄誉です。さあ、前へ」

 カルトの栄誉が、俺のような常識人にとっても栄誉になるのだろうか?

 しかしこちらには選択肢がなかった。


 俺が玉座の前へ進むと、少年はじっとこちらを見つめてきた。

「ひざまずいて」

「忠誠を誓えと?」

 そう尋ねたとき、彼は初めて笑みのようなものを浮かべた。

「力を授けたい。だけどこのままでは、君の頭に手が届かない」

 カルト特有のジョークなのだろうか、周囲の者たちは控えめに笑った。

 よく見ると、そこには玉藻もいた。もちろんだが、彼女もこのクソみたいなサークルのメンバーだったのだ。


 俺がひざまずくと、少年が手をかざしてきた。

「神の名において、このものに力を授与する」


 *


 かくして俺は能力を得た。

 なぜ選ばれたのかは、いまだに分からない。

 そして俺以外のメンバーを思い返すと、もっとよく分からなくなる。


 あの塔には、一千万ほどの人間が集められていたらしい。

 人格者ならほかにいたはずだ。

 英雄的な人間だっていただろう。

 なのに、なぜ俺なのだろうか? あるいはなぜ中野なのか? なぜジョシュアなのか? 真に英雄たる人物はひとりもおらず、どいつもこいつもなにかが足りなかった。


 人類の痕跡はすべて緑に覆われ、あらゆる文明が滅びた世界。

 全員で一からやり直すことになった。


 なのに、神が死んだ。

 マイケルとミハエルが争い、死者が出た。

 メンバーは上級、中級、下級に分けられた。

 ジョシュアたちが塔を去った。

 能力を与えられなかった人間たちも、いつの間にか各地へ散った。

 俺は追放された。


 一人になった俺が目指したのは東の地。

 こんな世界になっても、故郷が恋しかったのだ。

 何名かの人間たちと協力し、船で日本へ渡った。


 塔のことは忘れるつもりだった。

 関わることは二度とないし、勝手にやってくれればいいと思っていた。


 かくして千年が経ち、勝手にやっていたジョシュアたちに土地を征服されそうになった。

 いま、俺たちは西を目指している。

 そのジョシュア軍を壊滅させるために。


 世界はまだ平和ではない。


(続く)

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