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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
37/39

動き出すフロンティア 二

 ジョシュア軍はこのまま引きさがらないだろう。

 はじめはオマケの征服だったかもしれない。しかし対アジア軍を撃退したいま、話は変わってくる。こちらを脅威とみなし、より強大な軍で征服に来るはず。

 だから俺たちとしても、黙って攻撃を待つのはよろしくない。

 問題の根源を絶たなくては。


 そんな折、アメリカが動くという。

 彼らが西から乗り込んでくるタイミングで、俺たちは東から仕掛ければいい。


 この上ない好機。

 また同時に、庭師の望んだ状況。


「あくまでアメリカではなく、俺たちにカギを奪還させる理由を教えてくれ」

 俺が尋ねると、やや間をおき、庭師はこう答えた。

「彼らの目的はヨーロッパの征服です。東へは向かわないでしょう」

「あんたの言葉は御神託なんだろ? 命令したらどうだ?」

 これにはまず溜め息が返ってきた。

「彼らの国家は、民主主義の体裁をとっています。意思決定のたびに投票が実施され、その結果が尊重されます」

「御神託の出番はなさそうだが」

「しかし票数が拮抗し、規定の割合に満たなかった場合、眷属が古代遺跡にやってきて、私の判断を仰ぎます」


 民主主義なのか神権政治なのかハッキリしない制度だ。

 もしかすると、そうせねばならなかった歴史的背景があるのかもしれないが。

 いや、ありし日の日本でも、選挙の得票数が同じだった場合、クジ引きで当落を決めていた。すべてが人の意思だけで進行していたわけではない。


「なるほど。都合のいいときだけ呼び出されるコールセンターってわけだ」

「私の苦労を分かってもらえましたか?」

「涙ナシには聞けない話だな。おっと、だからって、俺たちを自由に操れると思ったら大間違いだぜ。もしあんたが危険人物だと分かったら、その時点で協力できなくなるからな」

 現時点でも、かなり怪しい。

 しかしジョシュア軍を倒すところまでは利害が一致している。

 カギを渡すか渡さないかは、そのとき判断させてもらおう。


 庭師は何度目かの溜め息をついた。

「それで構いませんが……。しかしあなたはなにも考えず、私にカギを渡したほうが幸せだと思いますよ」

「脅迫のつもりか?」

「いいえ。もし理由を知った上で選択した場合、その結果起こることについて、あなた自身が責を負う格好になるからです。ならばいっそのこと、なにも知らないままのほうが幸福でしょう」


 責を負う?

 天変地異でも起こるのか?


「この世界を滅ぼすつもりじゃないよな?」

「いいえ、違います」

「じゃあなにが起こるんだ?」

「言ったでしょう。塔へ来たときに教えると」

「誰かに危害を加えることになるのか、そうでないのか、それだけでも教えてくれ」


 俺は善人じゃないが、しかし好んで悪事を働きたいわけでもない。

 もし誰かが傷つくとしたら……。その「誰か」は「自分の大事な人かもしれない」と考える。

 あくまで「自分の」であって、全身類にまで拡大して考えることは難しいが。まあそういうのは思想家や宗教家に任せるとして。

 むやみに人を傷つけたいとは思えない。


 庭師はしかし冷淡だ。

「危害とは?」

「誰かが死ぬのか死なないのか、どっちなんだ」

「数名の心は傷つけるかもしれませんが……。それだけです。これ以上は言えません」

「なんだよそれ」


 数名――。

 心は傷つける――。


 たいしたことはなさそうに聞こえる。

 なら、言えばいい。

 言わないということは、そう簡単な話じゃないということだ。


「もうひとつだけ確認させてくれ。ジョシュアはあんたの計画を見抜いてるんだろ? 彼のほうが正しいという可能性は?」

「さあ。彼が本当にすべてを見通しているのか、そうでないのかは、じつは私にも分かりません。私の成そうとしていることは、彼の希望とも一致しているかもしれないのに……」

「どういう意味だ?」

「その答え合わせは、塔でしましょう。海を渡って大陸へ来てください」

 行くしかないのか。

 信じる気にはなれないが……。

 ヤエに言えば、いくらか兵を貸してくれるかもしれない。あるいはミゲルやロクサーヌも連れて行ったほうがいい。話に乗ってくれればいいが。


 *


 俺は一人で帝都を訪れた。


 ここはいまだ灰燼かいじんに帰したまま。

 激しく延焼したあとに、さらに戦闘まで起きたのだ。家屋はボロボロ。住民たちも逃げ出した。復興はだいぶ先になるだろう。


 しかも――。


「おや、柴殿。ちょうどいいところに来ましたね」

 都庁前の中央広場で、ヤエに呼び止められた。


 たくさんの兵が集められている。

 兵だけでなく、くたびれた老人と、疲れ切った若者まで。荷車には、山ほど積まれた調度品。よく見ると、老人は皇帝で、若者は第七皇子であった。あまりに質素な服を着ていたものだから、すぐには分からなかった。


「いったいなにが……」

「こちらの指示に従ったため、父と兄は助命することにしました。その代わり、帝位を剥奪し、両者を帝都から追放します」

「追放!? どちらへ?」

 まさかとは思うが、荒野にほっぽりだす気では……。


 俺の慌てぶりがおかしかったのか、ヤエは苦笑を浮かべた。

「東のスマイル・タウンという街です。あの辺りはいま直轄領となっていますから、監視もつけやすい」

 かつて領主だった柿藤は、俺が始末してしまった。

 それで領主不在となり、帝国の直轄領とされたのであろう。


 ヤエは指揮棒を振り、号令をかけた。

「出発なさい」

「ハッ!」

 応じたのは武装した兵たち。

 いちおう護衛はつけてやるらしい。いや護衛ではなく、監視役かもしれないが。


 特に言葉を交わす余裕もなく、皇帝も第七皇子も行ってしまった。

 彼らがかつてここらを支配していた者たちなのかと思うと、少し寂しいような気もするが……。


「まったく……」

 ずっと気を張っていたヤエが、かすかに溜め息をついた。

 こうなるのは、彼女にとっても本意ではないのかもしれない。


「ジョシュア軍さえ来なければよかったのですが」

 俺がつい余計なことを口走ると、ヤエは顔をしかめてしまった。

「外敵など来ずとも、いずれこうなっていましたよ。傘下の領主を食い物にして、帝都ばかりを肥えさせて……。ところで柴殿、なにかご用だったのでは? それとも、誰かに呼び出されましたか?」

「あ、いえ、じつは……」


 はるか西の大陸でアメリカが動き出したこと。

 ジョシュア軍を攻撃するなら絶好の機会であること。

 ついては攻撃を仕掛けたいので、兵を貸して欲しいこと。

 これらを告げた。


 ヤエはすこぶる渋い表情だ。

「なるほど。しかし見ての通り、外をつついている余裕がありません……。たび重なる戦闘で、各領地の資源も乏しくなっている状況。いまはそれどころでは……」

 まったくだ。

 作業員たちは瓦礫の撤去のために行ったり来たりしている。

 これにも金はかかるはずだし、メシだって必要だ。

 ただでさえ戦争でボロボロなのに。


「分かりました。ではお気持ちだけありがたく頂戴します」

 俺が頭をさげると、彼女は不審そうな目でこちらを見た。

「柴殿、本当に?」

「えっ?」

「兵も連れず、大陸へ向かうと?」

「そのつもりです」

「足がお悪いのでは?」

 俺が杖を手にしているのを見て、彼女はそんなことを言った。

「いえ、これは旅のお供でして。頑丈なので、歩くのに便利なのです」

「そうですか……。なにも餞別は渡せませんが、どうか息災で」

「はい」


 気の毒というか、愚かなチャレンジャーを見るような目であった。

 きっと、帝都をメチャクチャにした敵の本拠地へ、単騎で挑むドン・キホーテに見えたのであろう。鬼が島に挑む桃太郎のほうがマシなレベルだ。

 だが、勝算はいくらかある。

 庭師だって協力してくれるのだ。


 *


 俺はわずかな期待を胸に、古代遺跡へも立ち寄った。

 もしかするとミゲルとロクサーヌも協力してくれるかもしれない。

 これまでのところ、1ポイントの報酬も与えていないわけだけど……。


 夏まっさかりだ。

 外に比べて、森には濃い陰が落ちていた。

 セミも鳴いている。


「ひとりで来たのか? じゃあ戻ってアンナを連れて来い。こっちはとっくに準備できてるからな」

 ミゲルがバーから出てきたかと思うと、いきなりそんなことを言い出した。

 俺が来ることを知っていた?

 しかも準備とは?


 俺がきょとんとしていると、彼は肩をすくめた。

「庭師から聞いてないのか? インドの宮殿には、しこたま金が集められてるんだとよ。俺たちも行くつもりだから、置いていくなよ? これまでの借りを返してもらうからな」

 ニヤリと不敵な笑みの赤髭。

「一緒に来てくれるのか?」

「そう言ってるだろ。俺はいいヤツだから、黄金は山分けにしてやるよ。仲間同士で奪い合うのはみっともないからな」

「それはいいんだが……。いや、分かった。急いでアンナを連れてくる」

 もう話はついているのだ。議論の余地はない。

 庭師のやつ、意外とやるな。

 まあ純粋な善意ではなく、彼女自身の目的のためではあるにせよ。


 きっと激しい戦いになる。

 全員が生きて帰れる保証はない。

 それでも行かなくては。


 もちろん戦い以外にも目的はある。

 俺は知りたいのだ。

 ジョシュアになにが見えているのか。

 最終的になにを目指しているのか。


 黄金はどうでもいい。

 いや、どうでもはよくない。

 だが秘密の価値は、ときとして黄金に匹敵する。


(続く)

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