動き出すフロンティア 二
ジョシュア軍はこのまま引きさがらないだろう。
はじめはオマケの征服だったかもしれない。しかし対アジア軍を撃退したいま、話は変わってくる。こちらを脅威とみなし、より強大な軍で征服に来るはず。
だから俺たちとしても、黙って攻撃を待つのはよろしくない。
問題の根源を絶たなくては。
そんな折、アメリカが動くという。
彼らが西から乗り込んでくるタイミングで、俺たちは東から仕掛ければいい。
この上ない好機。
また同時に、庭師の望んだ状況。
「あくまでアメリカではなく、俺たちにカギを奪還させる理由を教えてくれ」
俺が尋ねると、やや間をおき、庭師はこう答えた。
「彼らの目的はヨーロッパの征服です。東へは向かわないでしょう」
「あんたの言葉は御神託なんだろ? 命令したらどうだ?」
これにはまず溜め息が返ってきた。
「彼らの国家は、民主主義の体裁をとっています。意思決定のたびに投票が実施され、その結果が尊重されます」
「御神託の出番はなさそうだが」
「しかし票数が拮抗し、規定の割合に満たなかった場合、眷属が古代遺跡にやってきて、私の判断を仰ぎます」
民主主義なのか神権政治なのかハッキリしない制度だ。
もしかすると、そうせねばならなかった歴史的背景があるのかもしれないが。
いや、ありし日の日本でも、選挙の得票数が同じだった場合、クジ引きで当落を決めていた。すべてが人の意思だけで進行していたわけではない。
「なるほど。都合のいいときだけ呼び出されるコールセンターってわけだ」
「私の苦労を分かってもらえましたか?」
「涙ナシには聞けない話だな。おっと、だからって、俺たちを自由に操れると思ったら大間違いだぜ。もしあんたが危険人物だと分かったら、その時点で協力できなくなるからな」
現時点でも、かなり怪しい。
しかしジョシュア軍を倒すところまでは利害が一致している。
カギを渡すか渡さないかは、そのとき判断させてもらおう。
庭師は何度目かの溜め息をついた。
「それで構いませんが……。しかしあなたはなにも考えず、私にカギを渡したほうが幸せだと思いますよ」
「脅迫のつもりか?」
「いいえ。もし理由を知った上で選択した場合、その結果起こることについて、あなた自身が責を負う格好になるからです。ならばいっそのこと、なにも知らないままのほうが幸福でしょう」
責を負う?
天変地異でも起こるのか?
「この世界を滅ぼすつもりじゃないよな?」
「いいえ、違います」
「じゃあなにが起こるんだ?」
「言ったでしょう。塔へ来たときに教えると」
「誰かに危害を加えることになるのか、そうでないのか、それだけでも教えてくれ」
俺は善人じゃないが、しかし好んで悪事を働きたいわけでもない。
もし誰かが傷つくとしたら……。その「誰か」は「自分の大事な人かもしれない」と考える。
あくまで「自分の」であって、全身類にまで拡大して考えることは難しいが。まあそういうのは思想家や宗教家に任せるとして。
むやみに人を傷つけたいとは思えない。
庭師はしかし冷淡だ。
「危害とは?」
「誰かが死ぬのか死なないのか、どっちなんだ」
「数名の心は傷つけるかもしれませんが……。それだけです。これ以上は言えません」
「なんだよそれ」
数名――。
心は傷つける――。
たいしたことはなさそうに聞こえる。
なら、言えばいい。
言わないということは、そう簡単な話じゃないということだ。
「もうひとつだけ確認させてくれ。ジョシュアはあんたの計画を見抜いてるんだろ? 彼のほうが正しいという可能性は?」
「さあ。彼が本当にすべてを見通しているのか、そうでないのかは、じつは私にも分かりません。私の成そうとしていることは、彼の希望とも一致しているかもしれないのに……」
「どういう意味だ?」
「その答え合わせは、塔でしましょう。海を渡って大陸へ来てください」
行くしかないのか。
信じる気にはなれないが……。
ヤエに言えば、いくらか兵を貸してくれるかもしれない。あるいはミゲルやロクサーヌも連れて行ったほうがいい。話に乗ってくれればいいが。
*
俺は一人で帝都を訪れた。
ここはいまだ灰燼に帰したまま。
激しく延焼したあとに、さらに戦闘まで起きたのだ。家屋はボロボロ。住民たちも逃げ出した。復興はだいぶ先になるだろう。
しかも――。
「おや、柴殿。ちょうどいいところに来ましたね」
都庁前の中央広場で、ヤエに呼び止められた。
たくさんの兵が集められている。
兵だけでなく、くたびれた老人と、疲れ切った若者まで。荷車には、山ほど積まれた調度品。よく見ると、老人は皇帝で、若者は第七皇子であった。あまりに質素な服を着ていたものだから、すぐには分からなかった。
「いったいなにが……」
「こちらの指示に従ったため、父と兄は助命することにしました。その代わり、帝位を剥奪し、両者を帝都から追放します」
「追放!? どちらへ?」
まさかとは思うが、荒野にほっぽりだす気では……。
俺の慌てぶりがおかしかったのか、ヤエは苦笑を浮かべた。
「東のスマイル・タウンという街です。あの辺りはいま直轄領となっていますから、監視もつけやすい」
かつて領主だった柿藤は、俺が始末してしまった。
それで領主不在となり、帝国の直轄領とされたのであろう。
ヤエは指揮棒を振り、号令をかけた。
「出発なさい」
「ハッ!」
応じたのは武装した兵たち。
いちおう護衛はつけてやるらしい。いや護衛ではなく、監視役かもしれないが。
特に言葉を交わす余裕もなく、皇帝も第七皇子も行ってしまった。
彼らがかつてここらを支配していた者たちなのかと思うと、少し寂しいような気もするが……。
「まったく……」
ずっと気を張っていたヤエが、かすかに溜め息をついた。
こうなるのは、彼女にとっても本意ではないのかもしれない。
「ジョシュア軍さえ来なければよかったのですが」
俺がつい余計なことを口走ると、ヤエは顔をしかめてしまった。
「外敵など来ずとも、いずれこうなっていましたよ。傘下の領主を食い物にして、帝都ばかりを肥えさせて……。ところで柴殿、なにかご用だったのでは? それとも、誰かに呼び出されましたか?」
「あ、いえ、じつは……」
はるか西の大陸でアメリカが動き出したこと。
ジョシュア軍を攻撃するなら絶好の機会であること。
ついては攻撃を仕掛けたいので、兵を貸して欲しいこと。
これらを告げた。
ヤエはすこぶる渋い表情だ。
「なるほど。しかし見ての通り、外をつついている余裕がありません……。たび重なる戦闘で、各領地の資源も乏しくなっている状況。いまはそれどころでは……」
まったくだ。
作業員たちは瓦礫の撤去のために行ったり来たりしている。
これにも金はかかるはずだし、メシだって必要だ。
ただでさえ戦争でボロボロなのに。
「分かりました。ではお気持ちだけありがたく頂戴します」
俺が頭をさげると、彼女は不審そうな目でこちらを見た。
「柴殿、本当に?」
「えっ?」
「兵も連れず、大陸へ向かうと?」
「そのつもりです」
「足がお悪いのでは?」
俺が杖を手にしているのを見て、彼女はそんなことを言った。
「いえ、これは旅のお供でして。頑丈なので、歩くのに便利なのです」
「そうですか……。なにも餞別は渡せませんが、どうか息災で」
「はい」
気の毒というか、愚かなチャレンジャーを見るような目であった。
きっと、帝都をメチャクチャにした敵の本拠地へ、単騎で挑むドン・キホーテに見えたのであろう。鬼が島に挑む桃太郎のほうがマシなレベルだ。
だが、勝算はいくらかある。
庭師だって協力してくれるのだ。
*
俺はわずかな期待を胸に、古代遺跡へも立ち寄った。
もしかするとミゲルとロクサーヌも協力してくれるかもしれない。
これまでのところ、1ポイントの報酬も与えていないわけだけど……。
夏まっさかりだ。
外に比べて、森には濃い陰が落ちていた。
セミも鳴いている。
「ひとりで来たのか? じゃあ戻ってアンナを連れて来い。こっちはとっくに準備できてるからな」
ミゲルがバーから出てきたかと思うと、いきなりそんなことを言い出した。
俺が来ることを知っていた?
しかも準備とは?
俺がきょとんとしていると、彼は肩をすくめた。
「庭師から聞いてないのか? インドの宮殿には、しこたま金が集められてるんだとよ。俺たちも行くつもりだから、置いていくなよ? これまでの借りを返してもらうからな」
ニヤリと不敵な笑みの赤髭。
「一緒に来てくれるのか?」
「そう言ってるだろ。俺はいいヤツだから、黄金は山分けにしてやるよ。仲間同士で奪い合うのはみっともないからな」
「それはいいんだが……。いや、分かった。急いでアンナを連れてくる」
もう話はついているのだ。議論の余地はない。
庭師のやつ、意外とやるな。
まあ純粋な善意ではなく、彼女自身の目的のためではあるにせよ。
きっと激しい戦いになる。
全員が生きて帰れる保証はない。
それでも行かなくては。
もちろん戦い以外にも目的はある。
俺は知りたいのだ。
ジョシュアになにが見えているのか。
最終的になにを目指しているのか。
黄金はどうでもいい。
いや、どうでもはよくない。
だが秘密の価値は、ときとして黄金に匹敵する。
(続く)




