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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
36/39

動き出すフロンティア 一

 村へつくと、中央広場で何人かがスイカを食べていた。

 キュウ坊だけでなく、村の子供も一緒だ。ムサシの子供たちもいる。


「ただいま」

「わあ、村長さん! お帰りなさい! 早かったね! スイカあるよ? 一緒に食べよ?」

 キュウ坊は駆け寄ってきた。

 だがテンションが高いのは彼女だけで、他の子供たちはスイカを食べるのに必死だ。

「ありがとう。でも俺はいいよ。みんなで食べてくれ」

「そうなの? うん。じゃあそうするけど……」

 しゅんとしてしまった。

 悪いが、一回座りたい。


 俺は茨パレスに入り、かめの水を飲んだ。

「帰るなり、いきなりお水なんて。あたしのことはどうでもいいワケ?」

「ただいま」

 鬱陶しいとは思いつつ、俺は茨にそう応じた。

 彼女は今日も薄着だ。肉付きのいい足をさらして、ウチワでパタパタあおいでいる。


「お帰りなさい。お兄ちゃんには会った?」

「会ったが……。まあ元気だったな。もっとやる気を出してくれたらよかったんだが」

「え、ウソ? 負けたの?」

「ああ」


 おいでやす帝国は滅亡した。

 第三皇子も死亡。

 その後、皇帝と第七皇子がどうなったかは知らない。どうせ俺には選択肢もない。それに、もし悪い結果が出たとして、それをキュウ坊に伝える気にもなれなかった。

 俺の知らないところで、勝手にやっていて欲しい。


「キュウちゃんには言ったの?」

「まだだ」

「そう……」


 あの感じだと、ヤエは連邦国家をつくる様子だった。

 参加した領主たちは、各自の領地で、独自の政治をおこなう。その上に一人の代表が置かれる。支配は支配だが、一方的な支配というより、領主たちの同盟といった性質のものとなるだろう。

 うまくいくかどうかは知らない。

 もちろん政体は重要だ。しかし政体よりも、参加する人間の質のほうがはるかに重要だ。仮に民主主義の国家であっても、なぜか自分たちの選択で主権を手放すことがある。人はしばしば、みずから滅ぼうとするものなのだ。


「お酒はないの?」

 茨がぐっと近づいてきた。

 もちろんない。

「そういえばそうだな。持ってくるんだった」

「残念ね。こういうときは、飲んで寝るに限るのに」

「同感だ」


 横になると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 ぬるい空気の中で、ぷかぷか浮いている気さえする。

 かすかに蚊取り線香のにおい。きっとどこかで除虫菊でも摘んできたのだろう。


 茨がウチワであおいでくれた。


 *


 いつの間にか朝になっていた。

 汗だくだ。

 左右には睡眠中のキュウ坊と茨。

 俺は二人を起こさないよう、そっと茨パレスを出た。


 広場では村人が「おはようございます」と挨拶してくれた。

 こちらも同じように返す。


 桶をもって川へ行き、水を汲んでくるのがここでの日課だ。

 せっかくだから、俺もそうしよう。


 こんなことなら、いっそ水道を引いたほうがいい気もする……。

 水車で水を持ち上げれば、あとは位置エネルギーで村まで流れてくれるはず。

 あまった水は、また川へ戻せばいい。


 そのアイデアを村人に提案すると、かなりやる気になってくれた。

 木を切ったり加工したりするのは、俺には難しい。しかし普段からやっているものに頼めば、品質は保証される。

 彼らが水車を作っている間に、俺は水路の用意だ。石を見つけてきて積み上げる。力仕事は土偶でやればいい。


 *


 みんなで協力して作業をするのは楽しい。

 俺は普段からコミュニケーションを楽しむタイプではないが、それでも否定しきれない充実感がある。


 ひとりですべてをうまく進めるのは難しい。

 だが、苦手な部分を人に頼めば、うまくいったりする。

 俺は俺にできる作業を進める。

 互いに互いを必要とする。

 遠くへ行くならみんなで、だ。


 水道は、二週間ほどで完成した。

 清い水が常に村へ流れてきて、中央にたまり、そしてまた川へ戻ってゆく。

 飲み水をくむのも、野菜を洗うのも、格段に楽になった。


「はぁ、やりきった……」

 広場ではしゃぐ子供たちを眺めながら、俺はどっと腰をおろした。

 ふたつの村がひとつになってから、初めて村長らしい仕事をできた。


「なんなの? 村の運営ごっこ?」

 いつからそこにいたのか、アンナが皮肉を飛ばしてきた。

 焼きトウモロコシをかじっている。

「いいだろ?」

「いいけど……。例の約束、忘れてないわよね?」

「約束?」

「ジョシュアからカギを取り返すってこと」

「ああ、あれか……」

 完全に忘れていた。

 いや、「積極的に忘れようとしていた」が正しいか。

 しかも忘れることに成功していたのに、アンナのせいで現実に引き戻された。


「なあ、アンナ。やっぱり難しいぜ、俺たちだけでジョシュア軍に挑むのはさ」

「ちゃんと考えてる?」

「考えてるよ。その余裕があるときにはな」

 すると彼女も、俺のとなりに腰をおろした。

「庭師と話をしたわ。北インドに行くなら、なるべく南側から中国に入って、そのあと西を目指すのがいいって」

「なにが『いい』んだ? それは誰の妨害もなければ、いずれ目的地につけるってだけだよな?」

「怖いの? あなたの泥人形と私の家があれば、ジョシュア軍なんて蹴散らせるわよ」

「……」


 そうだ。

 怖い。


 中国には狐がいる。そいつは男からエネルギーを吸い取って生きている。

 変化へんげの能力も有しているから、大人から子供まで自在に姿を変えられる。これでたいていの男は落とされる。

 いまの俺はだいぶ落ち着いているから、千年前のように翻弄されることはないとは思うが。

 それでも過去のことを蒸し返されるのは困る。

 キュウ坊はそういうのにうるさいだろうし。


 もちろんジョシュア軍に勝てる見込みもない。

 彼らは対アメリカ軍と対ヨーロッパ軍を保持している。首都には防衛のための精鋭も置いているだろう。

 規模が違いすぎる。彼らに戦いを挑むのは、人類の半数を敵に回すのと同じだ。


 アンナはしばらくトウモロコシをむしゃむしゃやっていたかと思うと、急に動きを止め、こちらを見た。

「そろそろアメリカも動くって」

「えっ?」

「まだ確定した情報じゃないけど」

「動く? なにが起こるんだ?」

「戦争よ」

 ほかになにがあるんだ、といった顔。


 いや、待って欲しい。

 アメリカが乗り込んでくる?

 もし事実なら、ジョシュアは対アメリカ軍を投入するだろう。あるいは対ヨーロッパ軍も。すると北インドの守備は手薄になる。

 こちらにとって、かなりのチャンスだ。

 アメリカの人たちが自発的に動いたのか、庭師に先導されたのかは分からないが。


「アメリカは、大西洋を渡る船を持ってるのか?」

「たぶんね」

 返事がぬるい。

 だが、来るからにはもちろんイエスだ。船もナシに攻めては来るまい。


 問題は、アメリカと俺たちが連携できるのか、ということだ。

 もしかするとアメリカは、俺たちのことも攻撃してくるかもしれない。そもそも攻めてくるということは、利益を奪うつもりだからだ。わざわざ遠方からやってきて、俺たちと山分けする気もないだろう。


「分かった。いったん君の家に行こう。庭師も交えて話す必要がある」

「ええ、もちろん」


 *


 この家は、いつ見ても鳥のような足をしている。

 いまのサイズは一軒家ほど。


「フゥー! ほら踊ろうよ! 人生は一回キリなんだ! 楽しまなきゃ!」

 牢からは陽気な声。

 デイジーだ。

 思えば彼女は、むかしからとにかくお祭り好きで、テンションが高かった。

 塔ではムードメーカーだったし、誰にでも明るく話しかけた。それだけに、塔を厳かな雰囲気にしようとしていたマイケルとはソリが合わず、下級クラスにされてしまった。いい人なのだが。


 リビングのテーブルにつくや、アンナはいきなりティータイムに入った。

「そろそろ茶葉も補給したいわね」

「古代遺跡にあるだろ?」

「インドのがいいわ」

 こいつ、まさかそれが目的では……。


「庭師、アメリカについて詳しく教えてくれ」

 俺がそう告げると、庭師はどこか勝ち誇った様子で応じた。

「やる気になったようですね」

「状況を把握しておきたいだけだ」

 強いヤツを放置しておくとロクなことがない。

 もしかするとアメリカは、ジョシュア軍を撃破したあと、日本へも攻めてくるかもしれないのだ。


 庭師は事務的な態度でこう告げた。

「彼らはヨーロッパを目指しています」

「それから?」

「話がこじれれば北インドへも攻め込むでしょう」

 こじれなければ攻め込まない。

 つまり彼らは、ヨーロッパを手に入れたいだけで、ジョシュア軍を滅ぼしたいわけではないのだ。


「そもそも、なぜヨーロッパを目指すんだ? なにかあるのか?」

「ジョシュアに追われた人々が、アメリカに助けを求めたからです」

「亡命ってことか? 大西洋を横断できたのか?」

「いいえ。グリーンランドを経由しました」

 なるほど。少人数でアメリカへ渡るなら、そのほうが楽だろう。

 コロンブスがアメリカを「発見」する五百年前、グリーンランドのヴァイキングがアメリカへ渡っている。

「つまりは再征服レコンキスタだな。分かった。問題は、それがいつ起こるかってことだ」

 きちんとタイミングを合わせなければ、敵の全軍と戦うハメになる。


 すると庭師は、もはや己の野望を隠す気もないのか、こう言ってのけた。

「いつでも構いませんよ。あなたの都合のいいタイミングで乗り込ませます」

「なんでも思いのままってわけか? だったら、カギの回収もアメリカに頼んだらどうだ?」

「誤解しないでください。私の策でこうなっているのではありません。彼らが勝手に私を神聖視して、私の言葉を神託だと思い込んでいるだけです」

 どうせ神のように振る舞った結果だろう。

 アメリカの人たちも、気の毒なことだ。


(続く)

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