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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
35/39

庭師の神器

 ヤエは周囲を見渡した。

「さて、この場に、巨大な人型兵器の使い手はいますか? いたら前へ」

 土偶のことだろう。

 それなら俺だ。


「ここに」

 前へ出ると、ヤエは整った眉をつりあげた。

「隠れもせず、丸腰で現れるとは……」

「ただの蛮勇ですよ、殿下」

 俺は片膝をついた。

 問題を起すためにここにいるわけではない。

 相手が貴族なら、それなりの敬意を示すのに抵抗はない。こういうのは形式こそが重要なのだ。

 たとえ法がなくとも、俺たちは服を着る。文明を失ったからといって、マナーまで失ったわけじゃない。


 護衛たちはピリピリしていたが、ヤエは微笑だった。

 近くで見ると、だいぶ若い。二十前後か。彼女はキュウ坊の姉であり、第七皇子ツルギの妹でもある。

 和洋折衷デザインの甲冑をつけてはいるが、だいぶ軽装。武器はなく、指揮棒を手にしているのみだ。


「そうかしこまらないで。先ほども言った通り、あなたもすでに同胞です。強きものの存在は頼もしく思いますよ」

「じつは帝国の人間ではなく、臨時で雇われた身でして……」

「であれば、なお結構。私はたしかに帝国出身ですが、その心は違います。母は侵略された国からさらわれた身。いいえ、母だけではありません。今日ここに集った領主たちも、すべて帝国に侵略されたものたちです。強き戦士よ、私と手を組みましょう。力を合わせ、ここに理想郷を作るのです」


 理想郷――。

 本当であれば、とっくの昔に、俺たちの手で、そうなっていたはずであった。

 なのに、いまだ成しえていない。

 与えられた力の使い方も分からず、ただ争うことを望んでしまったから……。


「できる限り力を尽くしたいところですが……。しかし戦いが終われば、村へ戻ることになっております」

「村? それはどこに?」

「東に。山あいの清沢村です」

 するとヤエはかすかに笑みを浮かべた。

「その様子では、待ち人があるようですね。構いませんよ。早く戻ってあげてください」

「おはからいに感謝いたします」


 *


 俺は土偶に乗り込み、村を目指した。

 すでに日は落ちかけているが、そう遅くなる前に帰れるだろう。


「庭師、この結果をどう見る?」

 まともに答えてくれるかは怪しいが、俺はしいてそう質問を投げた。

 庭師はすぐに反応した。

「以前も言いましたが、人の世のことは、人が選択すべきです。いいも悪いもありません」

「ずいぶん冷淡だな。あんたのプランに影響はないのか?」

 俺は思わず本音をぶつけてしまった。

 気分が高ぶっていた。


 彼女にあせった様子はなかった。

「ええ、特には」

「そろそろ教えてくれないか? あんた、俺になにをさせたいんだ? 目的があってこの神器を寄こしたんだろ?」

「私は傾きすぎた天秤を、水平にしているだけです」

 あくまでシラを切るつもりか。


 俺は意地悪してやろうと思い、こう切り出した。

「塔は語る、塔は語る。だがそれは悪魔の誘惑。甘言に乗ってはならぬ。口をふさぐべし、口をふさぐべし……」

「なつかしいですね」

「あいつの騒音には、だいぶ苦しめられただろう?」

「言葉の意味は分かりますか?」

 意外な反応だ。

 聞けば教えてくれるのだろうか?


「意味? 悪いが、俺はあの爺さんの言葉をひとつでも理解できた試しがない。あんたもだろ? 違うのか?」

「ヒントをあげましょう。じつはこの塔も神器です。庭師のためのね」

「は?」

 いきなり?

 真相を喋ったのか?

「この神器には、あらゆる能力が備わっています。世界の秩序を、根底からくつがえすことのできる能力が。私はこの塔を使い、ずっと世界を調律してきました」

「つまりいま、この世界は、あんたが支配してるってことだ」

 怖い話になってきた。

 世界の支配者が、いったい俺にどんな用なのだ。


 彼女はしかし、ひとつ溜め息をついた。

「支配? おそらく可能ですが、いまはそうではありません」

「なにか足りないのか?」

「カギですよ。あなたもご存じ、ジョシュアが奪った例のカギです」

「地下牢のカギ? てことは、スジャータが問題になってるのか?」

 俺の問いに、彼女はふっと笑った。

「いいえ。あれは地下牢専用のカギではなく、塔全体のマスターキーなのです」

「なるほど。だからジョシュア爺さんが持ち去ったのか。そして俺はアンナにせっつかれて、そのカギを取り返し、わざわざ塔まで届ける流れになっている。理想的な駒ってワケだ」


 ジョシュア爺さんは、そこまで見通していたというわけか……。

 庭師が塔の全機能を使えないよう、マスターキーを持ち去ったのだ。

 ならば彼は、支離滅裂なデマをまき散らしていたのではなく、正しい情報を発信していた、ということになる。


 俺はつい慌ててしまった。

「ちょっと待ってくれよ。あんた、そのカギが要るのか? もし手に入ったら、なにをするつもりなんだ?」

 彼女の言葉を信じれば、きっとなんでもできるようになる。

 おそらくは、かつての神と同等の存在に……。


 庭師は、それでも平然としていた。

「目的ですか? もし塔まで来ることができたら、そのとき教えてあげましょう」

「それが世界最後の日になるかもな」

「いいえ。勝手に決めないでください。その予想は悲観が過ぎます」

「リスクを排除しておきたくてね」


 もしかすると、庭師こそがジョシュア軍の黒幕なのでは?

 いやいや、そうだとすると話の辻褄が合わない。

 ジョシュアはカギを返したくないのだ。もし庭師が黒幕ならば、とっくに返却させていないとおかしい。なにか問題があるのかもしれないが……。それにしては時間がかかりすぎている。

 やはり別のヤツがいて、そいつがジョシュア軍を動かしているのだろう。

 しかもそいつは、庭師と対立している。

 世界を救うためか、ただ相手のツラが気に食わないだけかは分からないが。


「なあ、庭師。俺以外にも、使い勝手のいい駒はいるのか?」

「いいえ」

 本当か?

 じつはこっそり動かしてるんじゃないのか?

「全部で百人近くいただろう?」

「いまは八十名弱ですね。すでに二十名ほどがこの世にいません。蘇生しない方法で命を落としました」

「原因は?」

「眷属同士のトラブルによる死亡が五名。ジョシュア軍の征服に関連した死亡が七名。残りは人間の恨みを買い、銀の武器でトドメを刺されました」


 そう。

 能力のない人間でも、神の眷属を殺すことができる。あまり偉そうにしていると、寝ている間に消される可能性があるのだ。

 俺も用心のため、杖に銀の刃を仕込んでいる。いまのところ出番はないが。


「生存者のうち、約三十人がジョシュア軍だ」

「そのうち一名が死亡、四名が離反。残りは二十数名といったところです」

 意外と削ることができたな。

「残りの五十名弱は、どこでなにをしてるんだ?」

「ここに一人。地下牢に一人。あとはそれぞれ暮らしています」


 サマルカンドにはマイケルが埋められている。

 戦国武将のジョン・グッドマンもいる。

 いま把握しているのは以上だ。

 記憶をたどれば、もっと思い出せるかもしれないが。きっかけがないと難しい。


「意外と人材不足なのか?」

「ジョン・グッドマンのように、話をまったく聞いてくれないものもいます。あるいは協力的であっても、ジョシュアを倒せそうにないものもいます」

「俺ならジョシュアを倒せると?」

「正直なところ、勝算はありませんでした。しかし私の予想を裏切り、期待以上の成果をあげています」

 さすがは俺だ。

 自分でもビックリしている。


 しかし妙なことだ。

 やらないならやらないで、俺も話を打ち切ればいいのに。

 好奇心が先行して、つい話に乗ってしまう。


「なあ、庭師。もし俺がジョシュア軍を追撃するなら、どんなプランが考えられる?」

「それはやめておきましょう。あなたのプランよりいいものを提供できる気がしませんから。ただ、今後待ち構えている困難については、いくつか提示できます」

「困難って?」

 敵が強いのは分かり切っている。

 ほかに注意点があるとは思えないが。


 庭師の返事はこうだ。

「例の狐が中国をうろうろしていますよ。もし大陸に足を踏み入れれば、彼女と接触する可能性が高いでしょう」

「狐……」

 嫌な記憶だ。


 能力を授かったのは、人間だけではなかった。

 なぜか神は、ある牝狐めぎつねに人の姿を与え、能力まで授け、眷属としていた。しかも元が獣だからか、倫理観というものが著しく低かった。発情期は特に。

 狐を世話していた女もいたのだが……。そいつは性格に難があり、ほとんど狐を放置していた。

 おかげで塔内のモラルは、原始時代レベルにまで退化していた。


「あいつは塔で飼ってたんじゃないのか?」

「出て行きましたよ。モラルの低い人たちと一緒に」

「管理者の責任を問いたいところだな」

「地下牢に閉じ込めておくべきだと? なら、カギが必要ですね」

「とにかく、これでハッキリしたよ。俺がジョシュアを追撃するメリットは薄い。むしろデメリットのほうが大きい。カギが欲しいなら、ほかのヤツを当たってくれ」

「ええ」

 返事は簡潔だった。


 承諾して平気なのか?

 本当に?

 俺じゃなくてもいいと?


 庭師が喋らなくなってしまったので、俺も黙々と土偶を前進させた。

 そろそろ村につく。


 未来が見えない。

 この先いったいどう転がってゆくのか……。


 夏の夕闇には、輝く満月が浮いていた。


(続く)

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