庭師の神器
ヤエは周囲を見渡した。
「さて、この場に、巨大な人型兵器の使い手はいますか? いたら前へ」
土偶のことだろう。
それなら俺だ。
「ここに」
前へ出ると、ヤエは整った眉をつりあげた。
「隠れもせず、丸腰で現れるとは……」
「ただの蛮勇ですよ、殿下」
俺は片膝をついた。
問題を起すためにここにいるわけではない。
相手が貴族なら、それなりの敬意を示すのに抵抗はない。こういうのは形式こそが重要なのだ。
たとえ法がなくとも、俺たちは服を着る。文明を失ったからといって、マナーまで失ったわけじゃない。
護衛たちはピリピリしていたが、ヤエは微笑だった。
近くで見ると、だいぶ若い。二十前後か。彼女はキュウ坊の姉であり、第七皇子ツルギの妹でもある。
和洋折衷デザインの甲冑をつけてはいるが、だいぶ軽装。武器はなく、指揮棒を手にしているのみだ。
「そうかしこまらないで。先ほども言った通り、あなたもすでに同胞です。強きものの存在は頼もしく思いますよ」
「じつは帝国の人間ではなく、臨時で雇われた身でして……」
「であれば、なお結構。私はたしかに帝国出身ですが、その心は違います。母は侵略された国からさらわれた身。いいえ、母だけではありません。今日ここに集った領主たちも、すべて帝国に侵略されたものたちです。強き戦士よ、私と手を組みましょう。力を合わせ、ここに理想郷を作るのです」
理想郷――。
本当であれば、とっくの昔に、俺たちの手で、そうなっていたはずであった。
なのに、いまだ成しえていない。
与えられた力の使い方も分からず、ただ争うことを望んでしまったから……。
「できる限り力を尽くしたいところですが……。しかし戦いが終われば、村へ戻ることになっております」
「村? それはどこに?」
「東に。山あいの清沢村です」
するとヤエはかすかに笑みを浮かべた。
「その様子では、待ち人があるようですね。構いませんよ。早く戻ってあげてください」
「おはからいに感謝いたします」
*
俺は土偶に乗り込み、村を目指した。
すでに日は落ちかけているが、そう遅くなる前に帰れるだろう。
「庭師、この結果をどう見る?」
まともに答えてくれるかは怪しいが、俺はしいてそう質問を投げた。
庭師はすぐに反応した。
「以前も言いましたが、人の世のことは、人が選択すべきです。いいも悪いもありません」
「ずいぶん冷淡だな。あんたのプランに影響はないのか?」
俺は思わず本音をぶつけてしまった。
気分が高ぶっていた。
彼女にあせった様子はなかった。
「ええ、特には」
「そろそろ教えてくれないか? あんた、俺になにをさせたいんだ? 目的があってこの神器を寄こしたんだろ?」
「私は傾きすぎた天秤を、水平にしているだけです」
あくまでシラを切るつもりか。
俺は意地悪してやろうと思い、こう切り出した。
「塔は語る、塔は語る。だがそれは悪魔の誘惑。甘言に乗ってはならぬ。口をふさぐべし、口をふさぐべし……」
「なつかしいですね」
「あいつの騒音には、だいぶ苦しめられただろう?」
「言葉の意味は分かりますか?」
意外な反応だ。
聞けば教えてくれるのだろうか?
「意味? 悪いが、俺はあの爺さんの言葉をひとつでも理解できた試しがない。あんたもだろ? 違うのか?」
「ヒントをあげましょう。じつはこの塔も神器です。庭師のためのね」
「は?」
いきなり?
真相を喋ったのか?
「この神器には、あらゆる能力が備わっています。世界の秩序を、根底からくつがえすことのできる能力が。私はこの塔を使い、ずっと世界を調律してきました」
「つまりいま、この世界は、あんたが支配してるってことだ」
怖い話になってきた。
世界の支配者が、いったい俺にどんな用なのだ。
彼女はしかし、ひとつ溜め息をついた。
「支配? おそらく可能ですが、いまはそうではありません」
「なにか足りないのか?」
「カギですよ。あなたもご存じ、ジョシュアが奪った例のカギです」
「地下牢のカギ? てことは、スジャータが問題になってるのか?」
俺の問いに、彼女はふっと笑った。
「いいえ。あれは地下牢専用のカギではなく、塔全体のマスターキーなのです」
「なるほど。だからジョシュア爺さんが持ち去ったのか。そして俺はアンナにせっつかれて、そのカギを取り返し、わざわざ塔まで届ける流れになっている。理想的な駒ってワケだ」
ジョシュア爺さんは、そこまで見通していたというわけか……。
庭師が塔の全機能を使えないよう、マスターキーを持ち去ったのだ。
ならば彼は、支離滅裂なデマをまき散らしていたのではなく、正しい情報を発信していた、ということになる。
俺はつい慌ててしまった。
「ちょっと待ってくれよ。あんた、そのカギが要るのか? もし手に入ったら、なにをするつもりなんだ?」
彼女の言葉を信じれば、きっとなんでもできるようになる。
おそらくは、かつての神と同等の存在に……。
庭師は、それでも平然としていた。
「目的ですか? もし塔まで来ることができたら、そのとき教えてあげましょう」
「それが世界最後の日になるかもな」
「いいえ。勝手に決めないでください。その予想は悲観が過ぎます」
「リスクを排除しておきたくてね」
もしかすると、庭師こそがジョシュア軍の黒幕なのでは?
いやいや、そうだとすると話の辻褄が合わない。
ジョシュアはカギを返したくないのだ。もし庭師が黒幕ならば、とっくに返却させていないとおかしい。なにか問題があるのかもしれないが……。それにしては時間がかかりすぎている。
やはり別のヤツがいて、そいつがジョシュア軍を動かしているのだろう。
しかもそいつは、庭師と対立している。
世界を救うためか、ただ相手のツラが気に食わないだけかは分からないが。
「なあ、庭師。俺以外にも、使い勝手のいい駒はいるのか?」
「いいえ」
本当か?
じつはこっそり動かしてるんじゃないのか?
「全部で百人近くいただろう?」
「いまは八十名弱ですね。すでに二十名ほどがこの世にいません。蘇生しない方法で命を落としました」
「原因は?」
「眷属同士のトラブルによる死亡が五名。ジョシュア軍の征服に関連した死亡が七名。残りは人間の恨みを買い、銀の武器でトドメを刺されました」
そう。
能力のない人間でも、神の眷属を殺すことができる。あまり偉そうにしていると、寝ている間に消される可能性があるのだ。
俺も用心のため、杖に銀の刃を仕込んでいる。いまのところ出番はないが。
「生存者のうち、約三十人がジョシュア軍だ」
「そのうち一名が死亡、四名が離反。残りは二十数名といったところです」
意外と削ることができたな。
「残りの五十名弱は、どこでなにをしてるんだ?」
「ここに一人。地下牢に一人。あとはそれぞれ暮らしています」
サマルカンドにはマイケルが埋められている。
戦国武将のジョン・グッドマンもいる。
いま把握しているのは以上だ。
記憶をたどれば、もっと思い出せるかもしれないが。きっかけがないと難しい。
「意外と人材不足なのか?」
「ジョン・グッドマンのように、話をまったく聞いてくれないものもいます。あるいは協力的であっても、ジョシュアを倒せそうにないものもいます」
「俺ならジョシュアを倒せると?」
「正直なところ、勝算はありませんでした。しかし私の予想を裏切り、期待以上の成果をあげています」
さすがは俺だ。
自分でもビックリしている。
しかし妙なことだ。
やらないならやらないで、俺も話を打ち切ればいいのに。
好奇心が先行して、つい話に乗ってしまう。
「なあ、庭師。もし俺がジョシュア軍を追撃するなら、どんなプランが考えられる?」
「それはやめておきましょう。あなたのプランよりいいものを提供できる気がしませんから。ただ、今後待ち構えている困難については、いくつか提示できます」
「困難って?」
敵が強いのは分かり切っている。
ほかに注意点があるとは思えないが。
庭師の返事はこうだ。
「例の狐が中国をうろうろしていますよ。もし大陸に足を踏み入れれば、彼女と接触する可能性が高いでしょう」
「狐……」
嫌な記憶だ。
能力を授かったのは、人間だけではなかった。
なぜか神は、ある牝狐に人の姿を与え、能力まで授け、眷属としていた。しかも元が獣だからか、倫理観というものが著しく低かった。発情期は特に。
狐を世話していた女もいたのだが……。そいつは性格に難があり、ほとんど狐を放置していた。
おかげで塔内のモラルは、原始時代レベルにまで退化していた。
「あいつは塔で飼ってたんじゃないのか?」
「出て行きましたよ。モラルの低い人たちと一緒に」
「管理者の責任を問いたいところだな」
「地下牢に閉じ込めておくべきだと? なら、カギが必要ですね」
「とにかく、これでハッキリしたよ。俺がジョシュアを追撃するメリットは薄い。むしろデメリットのほうが大きい。カギが欲しいなら、ほかのヤツを当たってくれ」
「ええ」
返事は簡潔だった。
承諾して平気なのか?
本当に?
俺じゃなくてもいいと?
庭師が喋らなくなってしまったので、俺も黙々と土偶を前進させた。
そろそろ村につく。
未来が見えない。
この先いったいどう転がってゆくのか……。
夏の夕闇には、輝く満月が浮いていた。
(続く)




