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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
34/39

電撃戦

 帝都はひどいありさまだった。

 ただの廃墟をバリケードで囲っているだけ。

 到底まともな防衛機能を有しているとは思えない。


「柴殿! 柴殿がご到着なさったぞ!」

 土偶で近づくと、兵たちが少しだけ元気になってくれた。

「都庁へおこしください! 陛下がお待ちです!」


 俺は土偶を回収し、徒歩で街に入った。

 家々はどれもまっくろに焼け落ちている。まともな消防活動もできず、一日中燃えていたのだから仕方がない。

 いくらか無事なのは、都庁の周辺のみ。

 愛国者たちが、命と引き換えに守り切ったのかもしれない。


 都庁に入ると、俺はこれまで通されたこともない豪華な広間に案内された。

 高い天井。

 キラキラ輝く豪奢なシャンデリア。

 威厳のある玉座。

 落ち着いた赤の絨毯。

 王にふさわしい一室だ。


 だが皇帝陛下はいなかった。

 代わりに玉座に腰をおろしていたのは、いつか見た第三皇子の姿。


「遅参だったな。まあよい。ひとりか? 手勢はどうした?」

 歳は四十代前半、または三十代半ば。

 スーツ姿で足を組み、玉座にふんぞり返っている。


 俺は膝をつき、ついでに溜め息もついた。

「殿下、彼らは私の手勢ではありません」

「細かいことはいい。なぜここにいない? 私の命令を断ったのか?」

「いいえ」

「ではどうした? なぜ来ていない? 説明せよ!」

 あせっているのか、態度には余裕がなかった。

 周囲の役人たちも目を泳がせている。


「彼らは報酬を得ていません。これ以上、タダで働かせるのは難しいかと」

「なんだと? 辺境の下郎が生意気な! 褒美なら勝利ののちにいくらでもくれてやる! いますぐ連れてこい!」

「分かりました。では説得に数日いただきます」

「待て! 数日?」

 本気で動けば二日でこなせるかもしれない。

 アンナは村にいるし、ミゲルやロクサーヌは近くの古代遺跡にいる。土偶を使えば難しい作業ではない。移動するだけなら。


 俺が答えずにいると、第三皇子はイライラした様子で肘掛けを叩いた。

「分かった分かった。この件の追及はのちほどだ。おぬしは南門の警備にあたれ。話は以上。もうさがれ」

「はい」


 *


 廊下を歩いていると、忍装束の完蔵に呼び止められた。

「災難だったな。まあ入れ」


 烏賊組の居室は、以前にも増して資料であふれていた。

 ソファに座ることはできるが、テーブルは使えそうにない。

 組頭は留守。


「しばらく見ないうち、国家元首の顔が変わったようだな」

 俺が皮肉を飛ばすと、完蔵は肩をすくめた。

「陛下は容体が思わしくないのだ。公務は第三皇子に一任された」

「なぜあの男なんだ? 第一と第二はどこでなにをしている?」

「すでにあの世だ」

 人材不足はこんなところまで……。


 お茶のカップを手渡されたので、俺は受け取って一口すすった。置く場所もないのに。

「もっとマシな人間はいないのか?」

「戦争のたびに減ってゆく。つい先日も天王山で第四皇子が……。お前もその場にいたよな?」

「あのときの……」

 ミゲルに本陣を落とされたとき、亡くなった総大将が第四皇子だったようだ。

 少なくとも第三皇子よりはマシな人物だったのだが。

「第五、第六はずいぶん前に病没。第七皇子はご存命だが、国務を担うには若すぎる」

「第八は?」

「皇女だ。皮肉な話だよ。数年前、とある領主の家へ嫁いだ。それが今回攻めてくる」

 つまり帝国には、あの偉そうな第三皇子と、まだ若い第七皇子しか残されていないというわけだ。第九皇女はいまだ「行方不明」だしな。


「なあ、完蔵さんよ。この戦い、どうなると思う?」

 完蔵はデスクに寄りかかり、渋い表情を見せている。

「難しいな。組頭は、おどろに策を練らせているが……」

「役に立つのか?」

「さあ。ずっと部屋にこもったままだ。だが、前回の防衛戦で、琵琶湖からの奇襲を言い当てた。あれはあれで成長しているのかもしれん。実際役に立つ日が来るかは分からんがな」

 琵琶湖、か。


 戦国時代、琵琶湖の周辺にはいくつか城が築かれた。

 立地がいいのだろう。

 幾度も合戦があったはずだから、調べればヒントを得ることができるかもしれない。しかし最大の問題は、そんな資料も時間もないということだ。こんなときにインターネットがあれば……。


 いや、待てよ。

 琵琶湖だ。

 俺には土偶があるのだから、琵琶湖上を経由して敵の背後に回り込めば、挟撃できるのではなかろうか。

 一方、敵は地上を移動するしかないから、侵攻ルートも限られてくる。


 もっとも、俺は南門の警護を命じられているから、勝手に動いたら命令違反になるが。


「棘に会うことは?」

「それは構わんが……。たいしたヒントは得られんと思うぞ」

「いや、俺がヒントを与えるんだ。それで勝てるとは断言できないが、少しは有利に運べるかもしれない」

 持ち場を離れたら怒られる。

 だが棘がこの策を組頭に献策し、そこから第三皇子へ伝わってくれれば、より能動的に作戦を展開できるかもしれない。


 *


 策を棘に伝えた俺は、命令通り南門にやってきた。

 門というよりは、ほとんど炭だが。

 兵たちはまだトンカチ片手にバリケードを増設している。おそらく敵は近くまで迫っているはずなのだが。


 この国は、滅ぶべくして滅ぶ気がする。

 そしてこれまで王でなかったものが、新たな王となるのだ。

 まるで動物の毛が生え変わるように。


 遠方から、ほら貝の音が響いた。

 かと思うと、雨あられのごとく矢が降り注ぎ、兵たちを貫き始めた。


「敵襲! 敵襲!」

「逃げるな! 戦え!」

「弓隊! 応戦せよ!」

 自陣はいきなりパニックになってしまった。


 両陣営から、無数の矢が飛んだ。

 空一面を覆うほどのアーチ。

 それが交差して、着弾と同時に人の命を奪う。


 天高く打ちあがった矢は、鉄板くらいなら簡単に貫いてしまう。

 並の装甲では防げない。


 ドドドと大地をゆするような音が響いた。

 姿を現したのは騎馬隊だ。


「わあああ!」

「来るぞ!」

「神さま助けて!」

 槍を手にした兵たちは、完全に腰が引けていた。

 だが、一面にはバリケードがある。

 まさか敵も、馬で突っ込んでくる気ではあるまい。


 俺の見間違いでなければ、敵はハンドカノンだか大筒だかを抱えていた。馬を止め、砲を斜め上へ構え、ドーンと発射。

 それらは否応なく陣地に着弾し、ダーン、ダーンと炸裂。周囲に破片を飛び散らせ、あらゆるものを無茶苦茶に引き裂いた。

 ただの鉄球ではない。榴弾だ。


 敵は火薬を使いこなしている。

 つまり、勝算があって攻めてきたのだ。


 榴弾はバリケードの内側に撃ち込まれたため、自陣にかなりの損害が出た。

 兵たちは誰もがふっ飛ばされて血まみれになっている。


 呆然と眺めている場合ではない。

 応戦しなければ。

 なんの恨みもない相手ではあるが、こちらとしても守るべきものを守らねばならない。


 エーテルを凝縮させ、ビームを水平に掃射する。

 焼かれた騎馬隊が、無残に崩れ落ちてゆく。

 しかし連射はできない。エネルギーの消耗も激しい。使うタイミングは厳選しなければ。


 矢が撃ち込まれ、榴弾が撃ち込まれ、バリケードもあらかた破壊されたところで、槍を手にした歩兵が「わー」と突入して来た。


 その群れへ、こちらは土偶を前進させてぶつけ、押しとどめようとする。だが、数が多過ぎた。こちらが数名を弾き飛ばしたところで、脇からすり抜けられてしまう。

 敵兵の大半は、あっという間に南門を突破してしまった。


 これほど入り込まれてしまっては、もはや挟撃作戦はとれない。

 上層部はいったいなにをやっている……。


 ひときわ甲高い笛が鳴った。

 ピーッ、ピーッ、と、庁舎のほうからだ。


「戦闘中止! 戦闘中止!」

 旗を持った伝令が、叫びながら駆けてきた。

 しかし大乱戦のさなかだ。

 兵たちは、そんなすぐに戦闘をやめられない。特に、みずからの手で槍を握り、命をやり取りしている兵たちは。自分が手を止めた瞬間、敵に殺されるかもしれないのだ。

 長い槍で、互いにバチバチと頭を叩き合い、命を散らし続けている。

 前の人間が倒れたら自分が前へ出て、同じことを繰り返す。


「道をあけなさい!」

 外から女の声がした。

 かと思うと、白馬に乗った鎧武者が、バーンと跳ねて都へ入り込んできた。

 旗をつけているから、伝令だろうか。いや、あの様子はまさか総大将……。


 *


 やがて戦闘は休止となり、両陣営の代表が中央広場で対峙することとなった。

 あまりの攻撃力に驚いた帝国側が、慌てて交渉を持ち掛けた格好だ。


 反乱軍の総大将は、白馬で乗り込んで来た第八皇女ヤエ。目鼻立ちのハッキリとした気の強そうな女性だ。

 帝国側からは第三皇子が出た。


「貴様、どういうつもりだ……」

「すべては書状に記した通り。古い帝国には滅びてもらいます。兵を引き、帝都を明け渡してください」

「妾腹めが。継承権がないのを恨みに思い、帝都まで攻めてきたか」

「うんざりですね。その傲慢が、かくのごとき事態を招いたのです。さあ、選択なさい。撤退か、さもなくば死か」

 骨肉の争いというわけだ。

 衆人環視の中、たくさんの命を巻き込んでやったことが、兄妹のケンカだったとは。


 ヤエはふんと鼻息を吹いた。

「兄上のやり方は、すでに時代遅れなのですよ。古い因習にしがみつき、いつまでも『おいでやす』などと。だから外敵に都を焼かれるのです」

「黙れ! 我らはあの攻撃を退けた! お前たちでは不可能だったろう!」

「それを精神論ではなく、科学的に証明できますか?」

「証明? いくら妹だとて、無礼にもほどがあるぞ! ここで兵を引けば、島流しで済ましてやろうというものを……」

「まるで立場を理解していない。時間のムダです」

 パチンと指が鳴らされた。

 かと思うと、パーンと炸裂音がして、第三皇子が崩れ落ちた。


 狙撃だ。

 第三皇子は頭から大量の血液を流し、ピクピクと痙攣を始めた。


「静まりなさい! 終結! 終結です! いまこのときをもって、帝国は役目を終えました! どの兵も敵ではなく、我らが同胞とみなします! 全員武器をおさめ、こちらの指示に従うこと!」

 よく通る声だ。

 ざわめき始めていた兵たちが、一気に黙り込んだ。

「そう。私は争いを望んでいるのではない。世界をよりよくしたいだけ」


 じつに崇高なお考えだ。

 とはいえ、誰でも始めはそう言える。

 真に困難なのは、それを貫徹すること。

 飢えを感じた瞬間、人はすぐさま獣になる。あるいは自分ひとりが高潔でも、仲間たちまで同じとは限らない。いつか必ず誰かが飢える。

 安易な正解はない。ただ長い道があるだけだ。

 その道を行く覚悟が、彼女にあるだろうか……。


(続く)

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