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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
33/39

秘密

「じゃ、ボクがふーふーしてあげる」

「やめなさい」


 帝国からの呼び出しがないのをいいことに、俺は村への滞在を続けていた。

 ひとまずではあるが、襲撃の心配もなくなった。

 いまではカップ麺を食べるたびにこの騒ぎだ。


「なんで? やけどしちゃうよ?」

「しないんだよ。俺は大人だからな」

「えーっ」

 キュウ坊はおままごとでもしてるつもりなのか、やたら世話を焼いてくる。

 帝都で皇女として育てられ、その後は新興領主に嫁に出され、ほとんど心休まるときがなかったのであろう。

 過去を取り戻すかのように、村での生活を満喫しているように見える。


 アンナはこの光景を鬱陶しがって家にこもってしまったし、茨もうんざり顔でウチワを使っている。

「見せつけてくれるわね。ゲロアマで死にそうだわ」


 だが、この平和も永遠ではない。

 火種はそこら中にある。


「村長! 村長いるか!」

 見張りの男が駆け込んできた。

「ここだ!」

 俺は食べかけのカップ麺を置き、茨パレスを出た。


「ああ、いたいた。村長さん、帝国ってところから使いのヤツが来て、手紙あずかったぜ。急いで戻ってきて欲しいって」

「分かった。ありがとう」

 千年経っても文字は変化していない。

 おそらくこの世界では、なにかしらの調律が働いているのだろう。なぜか異なる言語の人間とも意思の疎通ができているし。


 俺は手紙を広げ、中身をあらためた。

 周辺の領主たちが反旗を翻し、帝都へ迫っているようだ。ついては防衛のため、いますぐ眷属たちを集めて戻ってくるように、と。

 皇帝の署名もあるが、本文は部下が書いたものだろう。


 さて、どうしたものか。

 個人的には、帝国が滅ぼうが知ったことじゃない。

 しかしいま帝国が滅べば、領主たちが覇を競い、群雄割拠の時代になってしまう。そんなときにジョシュア軍が攻めて来たら、今度こそ持ちこたえられない。

 それに、キュウ坊の親族もただでは済むまい。


 家へ戻ると、キュウ坊が駆け寄ってきた。

「どうしたの? 帝国から?」

 不安そうな顔だ。


 問題がややこしくて説明が難しい。

 帝都の危機を伝えるのも気が進まないし、もし彼女を帝都へ連れていって、誰かに正体を見破られたらと思うと……。


 いや、仲間にウソをつくべきではない。

「キュウ坊、できるだけ冷静に判断してくれ。いまから事情を説明する」

「う、うん」

 力強くうなずいてくれた。

 彼女だって帝国を治めていた側の人間だ。特別な教育を受けている。いざというときの覚悟も、心のどこかにはあるはずだ。いまはその資質を信じよう。


「前回の戦いでは、帝都を守ることができた。だが、今度は、周辺の領主たちが独立を宣言してな。帝都への攻撃を計画しているらしい」

「えっ」

「俺は行く。だが君が一緒に来るかどうかは任せる。言っておくが、帝都には君の知り合いもいるからな。バレたときどうなるかまで考えた上で返事してくれ」


 キュウ坊の表情が一変した。

 なにかを決意したような、強い目だ。

「ボク、ここで待つよ」

「いいのか?」

「だって村長さん、すぐ戻ってくるもん。だから信じて待ってる」

 あれだけゴネていたのがウソのようだ。

 いや、それだけに、あらゆる状況を考えた末での結論なのだろう。


「分かった。アンナは置いていくから、なにかあったら彼女を頼ってくれ」

「うん。気を付けてね。戦いよりも、体のほうが大事だよ」

「ああ」

 やはり資質はある。

 ただの少女ではない。


 *


 土偶で移動しつつ、俺は庭師に状況を確認した。

「帝都はもつと思うか?」

「いいえ。今回独立を宣言した領主は七名。北と南から挟撃してくるようです。一方、帝都は……もはやあらゆる機能を失っています。臨時のバリケードを築いていますが、ほとんど意味をなさないでしょう。食料も足りていませんし、兵の士気も高くありません」

 彼女がそう言うならそうなんだろう。

 帝都は守れない。


「なにか奇跡でも起きて、一発逆転の可能性はないかな?」

 ムチャを承知で、俺はそう尋ねた。

 あったらとっくに教えてくれているとは思うが。

 庭師はかすかに溜め息をつき、こう応じた。

「じつはあるのです」

「ある? 牢にぶち込んでる連中を使うのは勘弁してくれよ……」

 デイジーやタコ野郎はともかく、中野は二度と娑婆シャバに出したくない。

「じつはもう一人、日本に神の眷属がいます」

「えっ?」

「ただ、自分のことを、ゲームに出てくる戦国武将だと思い込んでいますから……。敵味方問わず攻撃してしまうので、もし勝てたとして、被害は甚大になるかと……」

 どう考えても危なそうだ。


「スペックを教えてくれ」

「ジョン・グッドマン。能力は怪力。神器は馬……というか麒麟きりんです。これにまたがって、とにかく暴れ回るのが彼の戦法になります」


 ジョン・グッドマン。

 記憶にある名前だ。

 塔にいたころ、白人の大男から急に話しかけられたことがある。

「お前、日本人だな? サムライって知ってるか?」

 だから俺は侍について教えてやった。

 武士階級のうち、仕官してるヤツが「侍」で、仕官してないヤツは「浪人」なのだと。だが、まった聞いていなかったどころか、とにかく刀を振り回すのがサムライだと固く信じていた。


「彼はたしかアメリカ人だった気がするが、なぜ日本に?」

「日本を観光してから、東へ向かってアメリカへ渡るつもりだったようです。しかし残念ながら……」

「この大地は球体じゃなかった、というわけか。なあ、庭師。どういうことなんだ? ここは俺たちのいた世界とは別物なのか?」

 球体だったものを平らにしたら、いろいろ不整合が起こるはず。

 庭師は「さあ」とそっけない。

「それよりいまは優先すべきことがあるのでは?」

「そりゃそうだが……。庭師、確認したいんだが、俺たちは協力関係にあるんだよな?」

「一時的にそうなっています」

「一時的? つまりあんたがその気になれば、俺のことなんて簡単に捨てちまうってことか」


 庭師は謎の能力を有している。

 こちらにポンと土偶をよこしたくらいだ、かなりの自信があるんだろう。


 彼女はしかし溜め息とともにこう応じた。

「そちらが私を切り捨て可能性もあるのでは?」

「いまのところ、そうする理由は見当たらないが」

「未来のことは誰にも分かりませんよ。それがたとえ神であっても……」

「ウソつけ。神なら分かるだろ」

 俺はジョークで返しつつも、やや警戒をおぼえていた。


 庭師はあきらかになにかを隠している。

 その秘密は――もしかすると、彼女を信頼できなくなるほどの内容かもしれない。


 少し前、庭師は気前よく土偶をよこしてきた。

 問題解決の手段にしては、やや大袈裟ではないかと感じていたが。

 そこへジョシュアが攻め込んできた。


 ただの偶然だろうか?

 だが、もし……もしすべてが彼女の思惑通りだとしたら?


 庭師はこの世界を俯瞰しているのだから、おおまかな流れを把握しているはず。もっと言えば、人々が、どんな状況に追い込まれれば、どんな要求をしてくるのかさえ理解している。


 警戒が必要だ。


 自分がいま、どんな流れにいるのかを、俺は把握しておくべきだろう。

 ジョシュア軍が攻めてきた。俺は力で追い払った。次は? 帝都を守る? それとも帝都は守れない? もしジョン・グッドマンを参加させれば、状況はさらにグチャグチャとなる……。そのあとは?

 いや、分からない。

 予想を立てるにしても、情報が少なすぎる。


 俺は大きく息を吐き、こう尋ねた。

「庭師、塔の景色はどうだ?」

「いつも通りですね」

「そんな高い場所にいたら、さぞかしいろんなものが見えるんだろうな」

「ええ。見えますよ、いろんなものが」

 声からは心境を読み取れない。

 むしろこの会話は、俺の警戒感を暴露しただけかもしれない。

 ならいっそ、開き直るか……。


「あんたはさ、この世界にどうなって欲しいんだ?」

「はい?」

「平和になって欲しいとか、もっと発展して欲しいとか、いろいろあるだろ」

 もしくは「なにかを巡って争って欲しい」とかな。

 庭師の返事はこうだ。

「それは世界を生きる人間たちが選択すべきことです」

「そうかい」

 平然とウソをつかれた。

 もし流れに任せるつもりなら、今回だって介入していないはずなのに。


 庭師は、ジョシュアに対してなんらかの感情を抱いている。

 地下牢のカギを返して欲しいだけ?

 塔でうるさく騒がれたから、その報復?

 いや、そんなことではあるまい。

 きっと誰にも言えない秘密があるのだ。


「庭師、ジョン・グッドマンは引き込まなくていい。今回は俺だけで対応する」

「分かりました。くれぐれもお気をつけて」

「ありがとう」

 そしておいでやす帝国は滅亡するだろう。

 あくまで俺の印象だが、それでも庭師は気にしないといった様子だった。彼女の中では、すでに次のフェイズに入っているのかもしれない。


 確実に「なにか」がある。

 なのに、まったく読めない。

 不安だけがつのる。


(続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想欄で別作品の人物に触れるのはナンセンスかもしれませんが、祝祭のジョン・グッドマンがバーサーカーと化している場面を想像してクスッとなりました。 不覚たんさんの作品は、主人公がスーパーマ…
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