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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
32/39

里帰り

 茨パレスは意外と快適だった。

 風通しがよく、かなり涼しい。というか、壁が隙間だらけなのが逆に気になるくらいだ。


 地面は土のまま、木の壁をこしらえ、屋根をつけただけの簡素なものだ。ほぼ竪穴式たてあなしき住居だが。

 土間に藁を敷いてベッドにしてある。


 俺は床へ直接腰をおろした。

「はぁ、ついたらさっそくやることがなくなったな。これが平和ってやつか」

 しばらく戦闘に追い回されていたせいか、逆に落ち着かない。


 茨は、俺の荷物を勝手にあさり始めた。

「なにこれ? お土産? お酒は? え、ないの? なんで?」

「知ってるか、茨さんよ。酒ってのは飲むとなくっちまうんだ」

「え、飲んだの? 全部? うわぁ、引くわぁ……」

 ここへ来る前はちゃんとあった。

 それは間違いない。


 茨はやれやれと溜め息をついた。

「残りは食べ物ばっかり。いや、いいのよ? 食べ物って貴重だし。古代遺跡のカップ麺おいしいもんね? でもさぁ……」

「分かったよ。酒はまだ今度な」

「そうじゃなくて、お洋服は?」

「はぁ?」

 布きれ一枚でいるくせに、なにがお洋服だ。

 痴女だぞ。

 まあこの辺では、老いも若きも夏場は半裸だから、茨だけがおかしいというわけでもないが。


 茨はやれやれとばかりに肩をすくめた。

「あたしのことはいいの。でもキュウちゃんにはさ……」

「待てよ。俺が勝手に服を選んだら、けっこうアレなことになるぞ」

「いいのよアレでも。もらったっていう事実が大事なんだから」

「さっき見かけた感じだと、まともな浴衣を着てたがな」

 すると茨はガクリと肩を落とした。

 オーバーリアクションもいいところだ。

「行商人から買ったの!」

「行商人? そんなのが来たのか?」

「新規ルートを開拓してたみたいで、たまたま通りかかったのよ。ま、あたしらの罠にハマってボロボロだったけど……」

 それは気の毒だったな。

 二度と現れないだろう。


 キュウ坊が「ただいま」と帰ってきた。

「あ、来てたんだ。お水出すね」

 にこりと笑顔を見せてくれたが、なんだか冴えない。

 客じゃないんだから、気を遣うことはないのに。


 彼女は木のカップに水を入れて持ってきた。

「はいどうぞ! 暑かったでしょ? そのー、うん。飲んで?」

「ありがとう。ところで、お土産あるんだ。カップ麺で悪いけど。うまいって言ってたろ? いくつか持ってきたから、あとで食ってくれ」

「わぁ、すごい」

 ようやく嬉しそうな顔を見せてくれた。

 だけどキュウ坊は、すぐまたしゅんとして、座り直してしまった。


 空気が重たい。

 そう思っているのは俺だけだろうか。

 茨はなぜかニヤニヤしている。

 もしかして、原因はこいつか?


「あ、ボク、ちょっと畑の様子見てくるね!」

 キュウ坊はいきなり家を飛び出してしまった。

 哀しそうな顔に見えたが……。


 するとアンナが、消沈した様子で溜め息をついた。

「私のせいよ……。魔女が来たせいで、不安になってるんだわ」

「ていうと? 原因は、さっきの自己紹介か?」

「そうよ! 私は魔女よ! 北の大地からやってきた赤き魔女! でも仕方ないじゃない。神に選ばれてしまったんだから……」

 盛大な勘違いだと思うが。

 茨も「は? 魔女?」と顔をしかめている。


 ここで議論していてもラチがあかなそうだ。

「ちょっと様子を見てくる」

 俺は立ち上がり、茨パレスを出た。


 *


 キュウ坊はすぐに見つかった。

 棒きれを手にしゃがみ込み、小川を覗き込んでいたのだ。

「どうした、キュウ坊。茨さんとケンカでもしたのか?」

「なんで来るの!」

「心配だったから……」

 泣くというほどではないが、目に涙をためている。

 放っておけるわけがない。


 彼女がなにも言わないので、俺は隣に腰をおろした。

「もしかしてカップ麺、あんまり好きじゃなかったか?」

「ううん。ボクのために持ってきてくれたんだもん。嬉しいよ。でもさ……」

「でも?」

「みんなで一緒に食べたときのこと思い出したら、急に哀しい気持ちになっちゃって……」

 なんでだよ……。


 まあ確かに、俺だってわけもなくセンチメンタルになることはある。

 一人で酒を飲んでると特に。


 もしかしてキュウ坊は、帝都が燃えたことを知っているのではなかろうか。

 行商人から聞いたのかもしれない。

 彼女が生まれ育った都は、廃墟同然になってしまった。

 俺にもっと力があれば、違う結果を導き出せたかもしれないが……。


 キュウ坊は棒きれで地面をぐりぐり掘り始めた。

「ホントのこと言っていい?」

「もちろんだ」

「あ、でも……。じゃあ言えるとこだけ言うね?」

「ああ」

 キュウ坊はまっすぐにこちらを見た。

 子犬みたいに目がくりくりしている。

「あの子、村長さんとどういう関係なの?」

「は? アンナのことか?」

「魔女なんでしょ? 強いんでしょ?」

「いや、どうだろうな」

 魔女はただの自称だ。

 移動要塞が強力なのは間違いない。しかし本人には動物と仲良くなる能力しかないのだ。戦闘力も低いから、銀の武器を持ったキュウ坊でも簡単に勝てる。


 キュウ坊は鼻をすすった。

「ボクなんて、なんの力もないし。一緒に旅するとき、足手まといになるし」

「そんなこと言うなよ。大事な仲間だ」

「でも、なんにもできないもん」

 まあたしかに、彼女は普通の人間だ。神の眷属による意味不明な戦いに参加できるとは思えない。

 ここでウソをついても、彼女を危険にさらすだけだ。


 俺はひとつ呼吸をし、こう応じた。

「君には君のよさがあるだろう」

「どんなとこ?」

「えーと、それは……。一緒にいるだけで、寂しさがふっ飛ぶ。戦ってるときも、ずっと君のことを考えてたしな」

「そ、それって……」

 哀しい表情をやめて、なにかを期待するような顔になった。

 もしかすると、ずっと不安にさせていたのかもしれない。

 言葉が足りなかったようだ。

「家族みたいなものだ」

「う、うーん?」

 斜めにかたむいてしまった。

 もしかして嫌だったか……。


「と、とにかく、悪かったよ。すぐ戻ってくるつもりだったのに」

「いいけど。今後はあの子と旅するつもりなんでしょ?」

「なぜそうなる? 一時的に同行してるだけだ。帝都に置いといたら、彼女の能力はいいように使われてしまうからな」

 肉親を悪く言うつもりはないが。

 しかし事実なので仕方がない。


 キュウ坊はまたこちらを見つめてきた。

「じゃあ、次はボクのこと連れてってくれる?」

「危険だぞ?」

「ほら。やっぱりお留守番だもん」

「いや、それはさ……」

 すっかりすねてしまっている。

 まあ俺だって、置いていかれる立場だったら、かなりつらいとは思うが。

 これまでずっと旅をしてきたわけだし。


「分かった。一緒に行こう」

「えっ?」

「どうせ離れてても気になるんだ。一緒にいたほうがいい」

「ホント?」

 キュウ坊は少し跳ねた。

 元気になってくれたか。

「ホントだ」

「じゃあ決まり! ずっと一緒ね! 約束破ったら大嫌いになるから!」

「うん……」

 しかしずっと?

 いや、まさかな……。


 *


「は? もう仲直りしたの? つっまんないわね! もっとこじれなさいよ!」

 茨パレスに戻ると、家主の茨が大股開きでウチワを使っていた。

 こいつにはモラルってものがないのだろうか。


 キュウ坊は上機嫌だ。

「えへへ。もう約束しちゃったもん。ボクと村長さん、永遠に一緒だから」

 なんだか言い方が引っかかる……。


 ともあれ、問題解決だ。

 とっととカップ麺を受け取って欲しい。

 ほかにお土産はないんだからな!


 一方、アンナもすこぶるあきれ顔だった。

「はぁ、もっと楽しめると思ったんだけど」

 お前もかよ……。


 しかしそういうアンナにだって、会いたい人がいたはずだ。

「なあ、アンナ。スジャータのことはどうするんだ?」

「もちろん救出するわよ。けど私ひとりじゃムリだから、あなたも来るのよ?」

「は?」

「手を貸してあげたでしょ? インドまで遠征して、ジョシュアからカギを回収するの。長い旅になるわ」

「……」

 ついさっき、キュウ坊とずっと一緒にいると約束したばかりなのだが……。


 そのキュウ坊は、にこにこ笑顔のまま、黒いオーラを放っているように見えた。

 いやこれは……あくまで戦闘の延長であって……。


「ジョシュア爺さんは、なんでカギを持ち去ったんだ?」

「知らない。あの人、なに考えてるか分からないし」

 せめて常識の通じるヤツだったら、あれこれ推測できたのだが。


 千年前の記憶ではあるが、ジョシュアのヤバさについては記憶が残っている。

 神が世を去り、庭師が後継者に指名された直後のことだ。

「塔は語る! 塔は語る! だがそれは悪魔の誘惑! 甘言に乗ってはならぬ! 口をふさぐべし! 口をふさぐべし!」

 そういう演説を、ほぼ毎日、庭師の部屋の前で繰り返していた。

 いったい塔がなにを語るというのか。

 塔の壁は金属で、ギシギシ軋んでは音を立てていたが。どう頑張っても人の言葉には聞こえなかった。

 もっとも、爺さんは以前からそんな感じだったし、みんな苦い表情でやり過ごしていたが。

 彼の発言は、まともに理解できたことがない。


 なぜ地下牢のカギを盗んだのか、なぜ塔を出たのか、なぜ自分の帝国を作り上げたのか……。

 ジョシュアの目的は分からない。


 ともあれ、そんなヤツでも、いまや世界を牛耳る大帝国のリーダーだ。

 たとえ本人がボンクラだろうが、周囲を固めている人間たちは強い。

 今回撃退できただけでも奇跡的だというのに、俺とアンナだけでインドに攻め込むのはあまりに無謀だ。


「分かったよ。けど無計画に突っ込むのはナシだ。こちらから攻め込むなら、相応の作戦を立ててからじゃないとな」

 ちゃんとした作戦があるなら行く。

 ないなら行かない。

 これが条件。

 そしておそらくアンナは作戦を用意できないから、結局は「行かない」ということになるだろう。


 彼女はしかし平然としていた。

「作戦? ならちょうどよかった。あなた、そういうの考えるの得意でしょ? よろしく頼むわね」

「……」

 いや、いい。

 永遠に考えつかなければいいのだ。

 それなら遠征しなくて済む。


(続く)

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