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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
31/39

虚しい勝利

 戦いは終わった。


 兵たちは立ち尽くし、燃え盛る都をただ見つめていた。

 移動要塞にいる貴族たちは、この惨状を、いったいどんな気持ちで眺めているだろうか。


 *


 夜、それでも周囲は炎で昼のように明るかった。


 ミゲルやロクサーヌは古代遺跡へ向かったが、俺は現場に残った。

 呆然とする兵士たちと一緒に、野原で寝た。


 夏の夜空には、星々が力強く輝いていた。

 きっとひとつひとつの星には名前がついているはずだが、俺には分からない。


 戦争には勝った。

 ジョシュア軍との戦いにおいて、初めての、そして決定的な勝利だ。

 なのに、誰も喜ばなかった。


 タコ野郎、デイジー、それに中野三千夫は、いまはアンナが用意した特別な部屋に監禁されている。

 あの家自体が神器だから、内部に入り込んだ人間を支配下におけるのだとか。まるで魔女の家だ。もしかするとアンナが一番危ない能力者かもしれない。


 ともあれ、ジョシュアが送り込んできた対アジア軍の精鋭は、すべて手中にある。

 このあと敵がどう出るかは分からない。

 対ヨーロッパ軍を差し向けてくるかもしれないし、対アメリカ軍を使うかもしれない。まさか北インドの本隊が来るということはないと思うが。


 *


 翌日、大地におりた移動要塞から、貴族たちがぞろぞろと戻ってきた。

 兵たちにねぎらいの言葉をかけようというのだ。

 だが、あまり歓迎ムードではなかった。


「臣民よ、よく戦った。こたびはおおいなる試練にさらされたが、我らは悪しき賊軍を撃ち破った。きっと神のご加護があったのだ。これよりは栄光の道がひらかれよう。帝都を再建し、ふたたびこの地に『おいでやす』の輪を広めようではないか」

 消沈した皇帝の代わりに、第三皇子が演説した。

 いちおう兵からは「おお」と声があがったが、みんな見るからに疲れ切っていた。


 あまりにも虚しい。

 どうせこのあと帝都の再建のため、市民には重税が課されるのだ。

 こんなにボロボロでは、いくらかかるか分かったものではない……。


 朝は涼しい。

 いや、今日は特に涼しい。

 あれだけの火災のあとなのに。


 俺がぼうっと朝日を見つめていると、黒装束の完蔵があきらめ顔で近づいてきた。

「悪いニュースだ。辺境諸国が、正式に独立を宣言した。第八皇女が輿入れした領地までもがな」

「第八皇女? キュウ坊のお姉さんか……」

「力を失ってしまえば、帝国は、もはや帝国ではいられなくなる。おそらく次の覇権を争って、小競り合いが始まるだろう。悠長に再建している余裕はなさそうだ」

 そして次の皇帝が現れる、というわけだ。


「あんたはどうするんだ?」

「俺の忠誠は烏賊組にある。組頭が陛下に従うなら、俺もそうするまでだ」

「律儀なヤツだな。俺はいちど村に戻るよ。みんなの様子を見たい」


 すぐ帰るつもりが、すでに一か月以上経ってしまった。

 みんなうまくやってくれているといいが。


 *


 少し村の様子を見たいと告げ、俺は帝都を発った。

 二度と戻らないつもりじゃない。

 すべきことはしたのだ。

 苦情を言われる筋合いはない。


 ひたすら東を目指し、見慣れた山道へ。

 じつは一人ではない。

 帝国に使われることにうんざりしたアンナが、一緒に来たいと言ってきた。だから俺は、いま家に乗って移動している。

 家はサイズを変えられるらしく、いまは一軒家ほどのサイズになっていた。


 アンナは優雅にティータイム。

「どんな村なの?」

「さあな。ただ生きるためにある村だ。特産品もない」

 質素だし、不便だし、夜はまっくら。

 だけど不思議と居心地はいい。

 争いさえなければ。


 山道を進んでいると、不意に「止まれ!」と声をかけられた。

 何者かが木の上に潜んでいるようだ。


 俺は窓から顔を出した。

「柴三郎だ。いったい何事だ?」

 するとそいつは驚いたように目を丸くした。

「村長!? その家はいったい……」

「ちょっとした乗り物だ。敵じゃない。あんた、清沢村の住民だな? なにをしている?」

 彼はほっと息を吐いた。

「いや、悪いこたしてないよ。茨さんの命令で、見張りをしてたんだ。この先、罠がしかけてあるから、そのまま通すわけにはいかなくて」

「ほう」


 俺の立てた作戦を忠実に実行したのか。

 なかなかやるな……。


 男はスルスルと木からおりてきた。

「案内するよ。危ないところは踏まないように」

「分かった」


 *


 案内役とは村の手前で別れた。

 俺たちは村人を驚かせないよう、家を停止させ、そこから徒歩で移動することにした。


 夏だからか、草がぼうぼうにのびている。

 小さな沢からは水が流れ、それが途中で小川と合流している。これが村の生命線だ。


 その川に少女の姿を見つけた。

 浴衣のような服を着た、ポニーテールの少女。裾をまくって川に入り込み、ごしごしと洗濯物を洗っている。

「え、村長さん……」

「ん?」

 もしかしてキュウ坊か?

 少し髪が伸びて、だいぶ女の子らしくなっていた。


「わあ、村長さん! 帰ってきた……んだ……」

 ぱっと明るい顔で近づいてきたかと思うと、なぜか途中で表情を曇らせてしまった。

「ただいま、キュウ坊。だいぶ伸びたな」

「え、髪? うん……。そっちの子は?」

「アンナだ。途中で合流してな。一緒に来たいっていうから連れてきた」

「一緒に……」

 なんだろう。

 まさか、たった一人の客人も養えないほど村は困窮しているのか?

 夏は食べ物が育つ時期のはずだが……。


 アンナはふんと鼻を鳴らした。

「私は北の大地からやってきた赤き魔女アンナ。世話になるわ、人間」

 いきなり妙なキャラ付けを始めた。

 なんなのだ赤き魔女とは。

 たしかに最初は赤いローブをまとっていた。しかしいまは暑くて脱いでいるから、ただの少女だ。


 キュウ坊はしゅんとしている。

「あ、あの……。うん。よろしくね。ええと、ボク、洗濯しなくちゃだから……。またね!」

 行ってしまった。


「おい、アンナ。もっとフレンドリーにしてくれなきゃ困るぜ。これから世話になるんだから」

「少しからかいたくなってしまったわ」

 真顔だ。

 「なってしまったわ」じゃないんだよ。

 キュウ坊はけっこう繊細なんだから。


 *


 集落はすぐに見えた。

 特に変わり映えしていない。

 茨もはりつけにあっていない。


「おお、村長だ!」

「村長さん!」

 住民たちは歓迎してくれた。


 茨も作りかけのゴザを手に、こちらへ近づいてきた。

「あら、帰ってきたの? そっちの子は誰? まさか戦争のどさくさにまぎれて、誘拐したんじゃないでしょうね?」

 かなりの薄着だ。

 いくら暑いからって、布切れ一枚巻いただけってのは……。


 アンナがまた「私は北の大地から……」などと言い出したので、俺は横からつっこみをいれた。

「古い知り合いだ。しばらく村に置く」

「私というものがありながら……」

「誤解を生む表現はやめろ。それより、問題はないか?」

 質素な小屋に「茨パレス」なる看板がかかっているのは気になったが、あえて見なかったことにした。


 茨はふふんと胸をはった。

「見て! 茨パレス! みんなに作ってもらったの!」

「見ないフリしてたのに」

「あと、あんたの作戦をパクって西の道に罠を仕掛けたわ。すごい? 褒めたい?」

「褒めるよ。立派だ」

 兄の才能は怪しかったが、あれに比べれば妹はまあまあマシかもしれない。


 どじょう髭の信長がやってきた。

「で、どうだったんです? 敵とかいうのは追っ払えたんで?」

「ああ、いちおうな。いろいろあったが……。ひとまず安心してくれ」

 本当に「ひとまず」の安心でしかないが。


 しかし肩の荷は降りた。

 村の運営も問題はなさそうだ。

 茨はよくやっている。


 ふと、アンナに袖を引っ張られた。

「ねえ、柴三郎。あなた、自分の村のちびっこに嫌われてるの?」

「えっ?」

 物陰に隠れた幼い少女が、かなり険しい表情でこちらを睨んでいた。

 ムサシの娘だ。

 俺がやったわけではないが、俺がきっかけで父を失ったわけだから、少なからぬ恨みを抱いているのだろう。


 俺は茨に尋ねた。

「彼女たちのケアは?」

「してる。けどまだ心の整理がつかないんでしょ? 時間が解決するのを待つしかないわ。お兄ちゃんのほうは分かってくれてるんだけどね」

 あんな暴君でも、彼女にとっては父親だった。


「そういやお兄ちゃんで思い出したが、君のお兄さんにも会ったぞ」

「は?」

「帝都の庁舎で働いてた。まあ……それなりにやってる様子だったな」

「ホントに? お兄ちゃん元気だった? あたしのことなんて言ってた? あたしってかわいい?」

 なんだこいつは。

 磔にするぞ。


「いや、君の話はできなかったよ。その手の会話はNGだったからな」

「なにそれぇ。でもいいわ。ちゃんと働いてるんだもの。あ、ところでキュウちゃんには会った? 川で洗濯してるはずだけど」

「ああ、会ったよ。でも元気なかったな。なんかあったのか?」

「えっ? 特になにも……。あ、いや、そういうこと? はいはい。ぜんぶ分かったわ」

 茨はムカつく半笑いを浮かべた。

 なにが分かったんだよ。


「分かったなら教えてくれ」

「お断りよ! まあ教えてもいいけど、面白いからしばらく黙ってるわ」

「はぁ?」

 せっかくお土産に古代遺跡の食べ物を持ってきたのに。

 なんだか渡しづらいじゃないか。


(続く)

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