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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
30/39

帝都防衛戦 三

 移動要塞は帝都からさほど離れず、やや東側に留まっていた。

 とはいえ、本来なら都庁にいるはずなのだから、それに比べればだいぶ逃げ腰だ。


 兵たちにも動揺が広がっている。

 先日はたった一名の襲撃者に北門を突破された。その上、これから死者の群れが乗り込んでくる。


 俺は土偶を装着して南門の警備についた。

 襲撃ルートはいろいろ考えられるが、死者の軍勢に限って言えば、すぐ西の琵琶湖を迂回して、南から来るのは間違いなかった。

 上層部はこれを帝都に近づけたくないらしく、もっと南で戦えという指示も飛ばしてきたのだが……。俺は無視した。上から眺めているだけのヤツに、あれこれ言われるのはまっぴらだ。

 だいたい、まだろくな給料ももらっていない。完全にボランティアだと思われている。


 ピーッと笛の音が鳴った。

 これは読めない襲撃ではないから、兵たちも準備はできていた。


 熱でゆらめく景色の向こうから、人影が近づいてきた。

 九州で、広島で、あるいは通過点となった街や村で死んだ人間たちの群れ。

 腐敗そのものが、流体となって流れ込んでくるかのような恐怖。


 投石機が凄まじい音を立てて身を起こし、巨大な岩石を放った。

 それが夏の空を飛んで着弾し、ダーンと土砂を巻き上げる。

 脳をゆするような歓声。


 弓隊が一斉に矢を放つ。

 一瞬、空がまっくろになったようだった。

 矢は弧を描き、大地に降り注いだ。


 兵たちは、まだ歓声をあげている。

 自分たちを鼓舞するかのように。


「タイミングは合わせなくていい! 撃てるものから次々撃て!」

 現場の隊長がそう叫ぶと、矢が散発的に放たれた。


 一体でも多く倒すのだ。

 死者に急所はないから、とにかく動作を止めないといけない。そのためには足をつぶすことだ。あるいは脳天でもいい。それ以外のところにあたっても、ヤツらは進軍を止めない。


「おい、全然減ってないぞ……」

「近づいてくる……」

「神さま……神さま……」

 兵たちはガタガタ震えていた。


 おいでやす帝国は、おそらくかつては精強だったのであろう。

 しかし広島の王朝とは和平を結び、貿易まではじめた。強敵とは戦闘しなくなってしまったのだ。その代わり、弱そうな集落を数で圧倒し、ちびちびと版図を広げるセコい手段に出た。

 それで安泰だと思っていた。


 俺は正解を知らない。

 ただひとつ言えるのは、強いなら強いで、弱いなら弱いで、認識を徹底すべきだったということだ。

 いまの帝国は、全盛期に比べて弱体化しているのに、最強の幻想を持ったまま、危機感の薄い対応をしてしまっている。

 迎撃も中途半端、逃げるのも中途半端、それでもなんとかできているつもりでいるから、敗因の分析さえ正確にできていない。

 組織として末期状態だ。


 十分に距離が近づいてきたので、俺は土偶を発進させた。

「柴三郎、出るぞ!」

 背後から兵たちの応援する声が聞こえる。

 期待に答えなくては。


 すると背後から光弾が飛来して、敵の前線をつぶし始めた。

 ミゲルの援護射撃だ。

 どこかのオウムガイと違って、じつに頼りになる。

 仲間にできてよかった。

 まあボランティアじゃないから、あとで金を払わないといけないが……。


 敵は以前にも増して腐敗していた。

 ほぼ人型の水風船かというほど液体化していた。

 それが体当たりのたび、びちゃびちゃと破裂する。

 さすがに吐きそうだ……。


 しばらく必死に死者をつぶしていると、ふと、本陣の騒がしいのに気づいた。

 ガンガンと金属板を打ち鳴らし、ひっきりなしに笛の音を響かせている。

 見ると、巨大なタコが帝都を襲っていた。

 例のクラーケンだ。

 いったいいつの間に……。


 庭師から通信が来た。

「数日前から琵琶湖に潜んでいたようですね」

「知ってたなら事前に教えて欲しかったな」

「……」

 返事はない。が、かすかに呼吸が荒くなったのは分かった。

 俺が口を滑らせたせいで、気分を害してしまったかもしれない。

「いや、悪かった。教えてくれてありがとう」

「いいえ。私の力が及ばないばかりに、ご迷惑をおかけしました。なにせこちらは、ほとんど寝る間もなく、百人近くの動向を一人で監視しているものですから……」

「ホントに悪いと思ってるよ。軽率だった。完全に俺のミスだ。正式に謝罪する」

「……」

 たぶん怒ってる。


 戦闘に集中せねばならんというのに。

 しがみついてきた死者を、俺は手で叩き潰した。

 どんなアクションをとっても、ビチャビチャに汚れる。


 庭師はひとつ呼吸をして、こう続けた。

「北からは炎の能力者も来ています」

「デイジーが? まさか連携してくるとは……」

「ロクサーヌが帰ってこなかったので、さすがにあせったのでしょう。しかし綿密な作戦があるわけではなく、死者の群れに便乗して、ついでに自分も、という感じのようです」

「了解! 情報に感謝する!」

 本当に感謝している。

 いずれジャパニーズ土下座とともにジャパニーズお中元を贈りつけて俺の誠意を伝えなければな。


 だが、まずは生き延びることだ。

 しかしどこから手を付ければ……。


 俺はビームの水平掃射で死者を焼き払い、体当たりで弾き飛ばしながら帝都へ戻った。


 街はすでにかなりの被害を受けていた。

 かつては都庁を中心とした整然たる街並みだったのに。

 いまやクラーケンが好き放題に這い回り、家々をつぶし、力強い触手でびたびたと兵たちを蹴散らしている。中野のオウムガイと違って、麻痺の能力はないようだが。

 キュウ坊と一緒に行ったファミレスも、劇場も、おそらく守れないだろう。


 北側では火の手もあがった。

 建物の大半は木造だから、このままだと一気に延焼してしまう。

 火災を止める消防隊も、この混乱では思うように活動できまい。


 いや、だがタコは……。

 たしかに巨大だし、重量だし、どうしようもないほどのフィジカルも感じる。だが、動きがあまりにも緩慢だ。

 もしかして暑さに弱い?

 しかも、火のほうをチラチラ警戒しているような。


 もしかするとこいつら、連携したほうが弱いのかもしれない。

 相性がよくないのだ。


 さすがに街へビームは撃ち込めないから、俺は手近な兵に告げた。

「おそらく弱点は火だ。火を放ったほうがいい」

「しかし帝都が……」

「判断は任せる。上に指示をあおいでくれ」

「はい!」


 しかし上といっても、上層部はホントに上空の移動要塞にいる。しかも少しずつ東へ避難している模様。

 この帝国はもう……。


 キュウ坊には悪いが、彼女の祖国は滅亡するかもしれない。

 せめて村だけは守ろう。

 約束したのだ。


 俺は方向を転換し、また死者の群れへ突撃した。

 すでにいくらか帝都に入られてしまっているが、後続は俺のほうでできる限り潰しておこう。みんながタコやデイジーに集中できるように。


 *


 戦闘開始は午前だったのに、とっくに昼を過ぎ、すでに日は傾きかけていた。

 食事も忘れて戦い続けた。

 そろそろ土偶のエネルギーも尽きそうだ。


 ふと、大きな歓声があがった。

 振り返ると、タコが激しく炎上していた。

 街も炎上しているが、このまま蹂躙されるよりはマシと判断したのだろう。

 全員ヤケクソになっている気もしなくはないが。


 帝都はなかば火の海だ。

 兵たちはたまらず野へ出てきた。

 すると死者の群れと戦うハメになる。

 他に行き場はない。


 死者と戦うのではなく、死霊術師ネクロマンサーをつぶさなければ、この大惨事は終わらない気がするな。

 だがどこにいる?

 さすがに視界に入らない場所から操っているとは思えないのだが……。


 俺は土偶を前進させ、死者を蹴散らし、奥へ奥へと突っ込んでいった。

 少しぶつかっただけで汚物まみれだ。

 しかし日の落ちる前になんとかしなくては。


 群れを突き抜けると、最後尾に出た。

 が、死者の姿しかない。

 後ろでふんぞり返っているタイプではなかったか。

 ではどこに?


「庭師、ヒントをくれ。死霊術師はどこだ?」

「私にも正確な位置は分かりません。なにせ死者にまぎれて行進していますから」

「えぇっ……」

 この中に、ゾンビのコスプレで紛れ込んでるってのか?

 それでも最前線には立ちたくないはず。

 となると後方。

 ビームで一気に焼くか。


 あまりエネルギーが残っていないから、これが本日最後のビームになるだろう。

 エーテルを凝縮させ、左から右へザーッとビームを照射する。

 すると、いきなり「ひっ」としゃがみ込み、光線をよけたヤツがいた。


「お前か!」

 俺は土偶の手でそいつを握り込んだ。

「こ、殺さないで! 僕は命令されただけなんだ!」

 青白い顔の小柄な少年。

 いやコスプレで青白くしてるだけか。

 死者にまぎれるため、ボロボロの服を着ている。


「お前はたくさん殺してるだろ。まずはこの死体を止めろ」

「止める! 止めるから!」

 するとのたのた歩いていた死体が、一斉に地面へ崩れ落ちた。

 とんでもない能力だ。

 おそらく数千……いや数万もの死体をたった一人でコントロールしていたのだ。


 さて、交渉タイムだ。

 こいつを仲間に引き入れるべきか否か。

 あくまで慎重に、冷静に……。

「えーと、まずは意思の確認をさせてくれ。君はジョシュアの思想に共感して参加してるのか? それとも単に待遇がいいから……」

「あがっ」

「えっ?」

「……」


 見間違いでなければ、彼の頭部には穴があけられた。

 狙撃されたのだ。

 弾丸は土偶にも命中し、貫通せず地面に落ちた。


 銀の弾丸――。

 もしその金属で命を落とせば、神の眷属は再生能力を奪い、二度とよみがえることはない。

 それがいま、死霊術師の頭部に撃ち込まれた。


 犯人の姿は確認できない。


「庭師、いまのは!?」

「不明です」

「なぜだ!」

「神の眷属ではありません。つまり、私の監視対象外です」

 雇われた暗殺者か。


 あたりは夕闇。

 日は、すでに没しようとしていた。


(続く)

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