帝都防衛戦 三
移動要塞は帝都からさほど離れず、やや東側に留まっていた。
とはいえ、本来なら都庁にいるはずなのだから、それに比べればだいぶ逃げ腰だ。
兵たちにも動揺が広がっている。
先日はたった一名の襲撃者に北門を突破された。その上、これから死者の群れが乗り込んでくる。
俺は土偶を装着して南門の警備についた。
襲撃ルートはいろいろ考えられるが、死者の軍勢に限って言えば、すぐ西の琵琶湖を迂回して、南から来るのは間違いなかった。
上層部はこれを帝都に近づけたくないらしく、もっと南で戦えという指示も飛ばしてきたのだが……。俺は無視した。上から眺めているだけのヤツに、あれこれ言われるのはまっぴらだ。
だいたい、まだろくな給料ももらっていない。完全にボランティアだと思われている。
ピーッと笛の音が鳴った。
これは読めない襲撃ではないから、兵たちも準備はできていた。
熱でゆらめく景色の向こうから、人影が近づいてきた。
九州で、広島で、あるいは通過点となった街や村で死んだ人間たちの群れ。
腐敗そのものが、流体となって流れ込んでくるかのような恐怖。
投石機が凄まじい音を立てて身を起こし、巨大な岩石を放った。
それが夏の空を飛んで着弾し、ダーンと土砂を巻き上げる。
脳をゆするような歓声。
弓隊が一斉に矢を放つ。
一瞬、空がまっくろになったようだった。
矢は弧を描き、大地に降り注いだ。
兵たちは、まだ歓声をあげている。
自分たちを鼓舞するかのように。
「タイミングは合わせなくていい! 撃てるものから次々撃て!」
現場の隊長がそう叫ぶと、矢が散発的に放たれた。
一体でも多く倒すのだ。
死者に急所はないから、とにかく動作を止めないといけない。そのためには足をつぶすことだ。あるいは脳天でもいい。それ以外のところにあたっても、ヤツらは進軍を止めない。
「おい、全然減ってないぞ……」
「近づいてくる……」
「神さま……神さま……」
兵たちはガタガタ震えていた。
おいでやす帝国は、おそらくかつては精強だったのであろう。
しかし広島の王朝とは和平を結び、貿易まではじめた。強敵とは戦闘しなくなってしまったのだ。その代わり、弱そうな集落を数で圧倒し、ちびちびと版図を広げるセコい手段に出た。
それで安泰だと思っていた。
俺は正解を知らない。
ただひとつ言えるのは、強いなら強いで、弱いなら弱いで、認識を徹底すべきだったということだ。
いまの帝国は、全盛期に比べて弱体化しているのに、最強の幻想を持ったまま、危機感の薄い対応をしてしまっている。
迎撃も中途半端、逃げるのも中途半端、それでもなんとかできているつもりでいるから、敗因の分析さえ正確にできていない。
組織として末期状態だ。
十分に距離が近づいてきたので、俺は土偶を発進させた。
「柴三郎、出るぞ!」
背後から兵たちの応援する声が聞こえる。
期待に答えなくては。
すると背後から光弾が飛来して、敵の前線をつぶし始めた。
ミゲルの援護射撃だ。
どこかのオウムガイと違って、じつに頼りになる。
仲間にできてよかった。
まあボランティアじゃないから、あとで金を払わないといけないが……。
敵は以前にも増して腐敗していた。
ほぼ人型の水風船かというほど液体化していた。
それが体当たりのたび、びちゃびちゃと破裂する。
さすがに吐きそうだ……。
しばらく必死に死者をつぶしていると、ふと、本陣の騒がしいのに気づいた。
ガンガンと金属板を打ち鳴らし、ひっきりなしに笛の音を響かせている。
見ると、巨大なタコが帝都を襲っていた。
例のクラーケンだ。
いったいいつの間に……。
庭師から通信が来た。
「数日前から琵琶湖に潜んでいたようですね」
「知ってたなら事前に教えて欲しかったな」
「……」
返事はない。が、かすかに呼吸が荒くなったのは分かった。
俺が口を滑らせたせいで、気分を害してしまったかもしれない。
「いや、悪かった。教えてくれてありがとう」
「いいえ。私の力が及ばないばかりに、ご迷惑をおかけしました。なにせこちらは、ほとんど寝る間もなく、百人近くの動向を一人で監視しているものですから……」
「ホントに悪いと思ってるよ。軽率だった。完全に俺のミスだ。正式に謝罪する」
「……」
たぶん怒ってる。
戦闘に集中せねばならんというのに。
しがみついてきた死者を、俺は手で叩き潰した。
どんなアクションをとっても、ビチャビチャに汚れる。
庭師はひとつ呼吸をして、こう続けた。
「北からは炎の能力者も来ています」
「デイジーが? まさか連携してくるとは……」
「ロクサーヌが帰ってこなかったので、さすがにあせったのでしょう。しかし綿密な作戦があるわけではなく、死者の群れに便乗して、ついでに自分も、という感じのようです」
「了解! 情報に感謝する!」
本当に感謝している。
いずれジャパニーズ土下座とともにジャパニーズお中元を贈りつけて俺の誠意を伝えなければな。
だが、まずは生き延びることだ。
しかしどこから手を付ければ……。
俺はビームの水平掃射で死者を焼き払い、体当たりで弾き飛ばしながら帝都へ戻った。
街はすでにかなりの被害を受けていた。
かつては都庁を中心とした整然たる街並みだったのに。
いまやクラーケンが好き放題に這い回り、家々をつぶし、力強い触手でびたびたと兵たちを蹴散らしている。中野のオウムガイと違って、麻痺の能力はないようだが。
キュウ坊と一緒に行ったファミレスも、劇場も、おそらく守れないだろう。
北側では火の手もあがった。
建物の大半は木造だから、このままだと一気に延焼してしまう。
火災を止める消防隊も、この混乱では思うように活動できまい。
いや、だがタコは……。
たしかに巨大だし、重量だし、どうしようもないほどのフィジカルも感じる。だが、動きがあまりにも緩慢だ。
もしかして暑さに弱い?
しかも、火のほうをチラチラ警戒しているような。
もしかするとこいつら、連携したほうが弱いのかもしれない。
相性がよくないのだ。
さすがに街へビームは撃ち込めないから、俺は手近な兵に告げた。
「おそらく弱点は火だ。火を放ったほうがいい」
「しかし帝都が……」
「判断は任せる。上に指示をあおいでくれ」
「はい!」
しかし上といっても、上層部はホントに上空の移動要塞にいる。しかも少しずつ東へ避難している模様。
この帝国はもう……。
キュウ坊には悪いが、彼女の祖国は滅亡するかもしれない。
せめて村だけは守ろう。
約束したのだ。
俺は方向を転換し、また死者の群れへ突撃した。
すでにいくらか帝都に入られてしまっているが、後続は俺のほうでできる限り潰しておこう。みんながタコやデイジーに集中できるように。
*
戦闘開始は午前だったのに、とっくに昼を過ぎ、すでに日は傾きかけていた。
食事も忘れて戦い続けた。
そろそろ土偶のエネルギーも尽きそうだ。
ふと、大きな歓声があがった。
振り返ると、タコが激しく炎上していた。
街も炎上しているが、このまま蹂躙されるよりはマシと判断したのだろう。
全員ヤケクソになっている気もしなくはないが。
帝都はなかば火の海だ。
兵たちはたまらず野へ出てきた。
すると死者の群れと戦うハメになる。
他に行き場はない。
死者と戦うのではなく、死霊術師をつぶさなければ、この大惨事は終わらない気がするな。
だがどこにいる?
さすがに視界に入らない場所から操っているとは思えないのだが……。
俺は土偶を前進させ、死者を蹴散らし、奥へ奥へと突っ込んでいった。
少しぶつかっただけで汚物まみれだ。
しかし日の落ちる前になんとかしなくては。
群れを突き抜けると、最後尾に出た。
が、死者の姿しかない。
後ろでふんぞり返っているタイプではなかったか。
ではどこに?
「庭師、ヒントをくれ。死霊術師はどこだ?」
「私にも正確な位置は分かりません。なにせ死者にまぎれて行進していますから」
「えぇっ……」
この中に、ゾンビのコスプレで紛れ込んでるってのか?
それでも最前線には立ちたくないはず。
となると後方。
ビームで一気に焼くか。
あまりエネルギーが残っていないから、これが本日最後のビームになるだろう。
エーテルを凝縮させ、左から右へザーッとビームを照射する。
すると、いきなり「ひっ」としゃがみ込み、光線をよけたヤツがいた。
「お前か!」
俺は土偶の手でそいつを握り込んだ。
「こ、殺さないで! 僕は命令されただけなんだ!」
青白い顔の小柄な少年。
いやコスプレで青白くしてるだけか。
死者にまぎれるため、ボロボロの服を着ている。
「お前はたくさん殺してるだろ。まずはこの死体を止めろ」
「止める! 止めるから!」
するとのたのた歩いていた死体が、一斉に地面へ崩れ落ちた。
とんでもない能力だ。
おそらく数千……いや数万もの死体をたった一人でコントロールしていたのだ。
さて、交渉タイムだ。
こいつを仲間に引き入れるべきか否か。
あくまで慎重に、冷静に……。
「えーと、まずは意思の確認をさせてくれ。君はジョシュアの思想に共感して参加してるのか? それとも単に待遇がいいから……」
「あがっ」
「えっ?」
「……」
見間違いでなければ、彼の頭部には穴があけられた。
狙撃されたのだ。
弾丸は土偶にも命中し、貫通せず地面に落ちた。
銀の弾丸――。
もしその金属で命を落とせば、神の眷属は再生能力を奪い、二度とよみがえることはない。
それがいま、死霊術師の頭部に撃ち込まれた。
犯人の姿は確認できない。
「庭師、いまのは!?」
「不明です」
「なぜだ!」
「神の眷属ではありません。つまり、私の監視対象外です」
雇われた暗殺者か。
あたりは夕闇。
日は、すでに没しようとしていた。
(続く)




