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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
3/39

スマイル・タウン 一

「あ、見て見て! 街があるみたい!」

 キュウ坊が飛び跳ねた。


 森を抜けた俺たちは、アテもなく歩き回っていた。

 いや、アテがないというのは厳密には正しくない。俺にはアテがなかったが、キュウ坊にはあるようだった。


「街か……」

 俺は思わず溜め息をついた。

 どこの集落でも同じだが、素直に歓迎されたためしがない。だいたいの集落は旅人を嫌う。外から問題を持ち込まれたくないのだ。歓迎されるのはすぐにいなくなる行商人だけ。

 それに、もしこちらが問題を抱えていないとして、街側が問題を抱えている場合もある。

 だから旅などせず、定住するのが一番だ。


 キュウ坊が駆け寄ってきて、顔を覗き込んできた。

「えー、村長さん、なんでそんなに元気ないの? 街だよ、街!」

「どうせロクなことが起きない」

「わー、マイナス思考。そんなんじゃモテないよ?」

「うるさい」

 よく考えたら、とんでもない特殊能力を持っているはずなのに、思ったほどモテなかったな……。

 いや、モテたことはあるのだ。能力を使って人々の戦闘に加担していたときは、供物として女を捧げられたこともあった。戦神として祀られるのとセットだったが。

 この世界の人権意識は、かなり後退している。


「おい待てよ。誰の許可もらってここ通ってんだ」

 いきなり声をかけられた。

 特に屈強そうではないが、手に刃物を持った男が三人。刃物というか、農業用の鎌だ。街に近づく人間を待ち伏せしていたらしい。


 俺は溜め息をついた。

 不老不死だとして、斬られればのたうち回るほど痛い。だからできれば戦いは避けたい。

「急に驚くだろ。どこから出てきたんだ?」

「どこでもいいだろ。持ってるモン全部よこせ」

 体じゅう草まみれだから、茂みに身を伏せて、俺たちが近づくのをじっと待っていたに違いない。


 この手の悪党を殺すのに躊躇はないが、人がミンチになる瞬間をキュウ坊に見せるのはイヤだった。彼女は怯えて俺の後ろに隠れ、服をぎゅっとつかんでいる。盾にしているような気もするが。


 俺は手をかざし、止まるようジェスチャーした。

「それ以上近づくな。怪我するぞ」

「は? おいおい、状況分かってンの? お前、武器は? その棒切れで殴るのか?」

 棒切れ――。

 杖だ。中に刃を仕込んである。しかし一般人を切り刻むための武器ではないから、いま抜くつもりはない。


 男は愉快そうに鎌を見せびらかしてきた。

「素直に言うこと聞いてくれりゃ命まで取らねーつもりだったけど、気が変わっちゃうなぁ」

「先にひとつ確認しておきたい。もしお前が死んだとき、哀しむ人間はいるのか?」

「あ? ンだそれ? 関係あんのかよ?」

 いなさそうだな。


 男は無警戒に近づいてきた。

「とりあえず、足、ヤるわ。そのあと後ろの女もヤるから」

 キュウ坊はせっかく男装しているのに、女だとバレている。

 まあ気づかないほうがどうかしてるレベルだが。


 男が鎌を振り上げようとしたので、俺は先手を打って能力を使った。

 もし余裕ぶって手を斬られたら痛い。


 空気が凝縮して風が巻き起こり、その力が爆ぜると同時に、男の身体が数メートルほど吹っ飛んだ。

「はばっ」

 謎の奇声。

 だいぶ手加減したためか、彼はミンチにならなかっただけでなく、おそらく骨折さえしていない様子だった。ただ驚かせただけだ。人道的にも程がある。


「お、おい、アニキ! なに遊んでんだよ!」

「遊んでねーよ! 急に押されたんだ!」

「まさかいまの、カラテってヤツじゃねぇ?」

「カラテ!? そんなの実在するワケが……」

 ありし日から千年も経過しているのだ。彼らの知識がこの程度なのも仕方がない。


 俺は静かに息を吐いた。

「残念だが、いまのがそのカラテだ」

 使えるものはなんでも使う。

 それがこの時代の処世術だ。


「わ、悪かったよ! あんたがカラテ使いだなんて知らなかったんだ! 許してくれ!」

 三人は揃って土下座して見せた。

 この悪しき文化がまだ残っているとは……。

「んー、しかしどうかな。俺は暴力は嫌いだが、自分を殺しに来たヤツは殺すことに決めてるんだ」

「お、大袈裟だぜ。ちょっと脅かしただけだろ!?」

「例外としてポリシーを曲げてやってもいい。だが、そのためには少しばかり献身が必要だ」

「ケンシン?」

 こいつらが「献身」という言葉を知らないとして、驚くようなことじゃない。


 俺は咳払いをし、こう応じた。

「まず、鎌を献上せよ。三人ともだ」

「待ってくれ! これは仕事道具なんだ!」

「その仕事道具で俺を殺そうとしたよな? ん? もし自発的によこさないなら、お前たちの死体から回収してもいいんだぞ?」

 これじゃあ、どちらが被害者か分かったもんじゃない。

 ただ、こいつらにこの鎌を持たせておいたら、また同じ犯罪が起こるだろう。


 三つの鎌が献上された。

 俺はひとまず満足してうなずくと、衝撃波で彼らのそばの地面を深くえぐった。

「ひいっ」

「気を抜くなよ。まだ終わってない」

「待ってくれ。これ以上、なにを差し出せって言うんだよ……」

「あんたら、地元民なんだろう? この辺の事情には詳しいはずだ。あの街がどんなところか教えてくれないか?」

 本当はこっちの話がメインだ。

 そのために生かしておいたようなものだ。


 男は不快そうに顔をしかめた。

「あの街か……。スマイル・タウンってんだ。どいつもこいつも顔だけはニコニコ笑ってやがるが、どうにもいけすかねぇ連中でよ。幻覚作用のある植物を育てて、よそで売っぱらってるらしいぜ」

 とんでもなく危ない街のようだな。

 俺は鎌をひとつ、男の前に放った。

「ひっ」

「情報の礼としてそれを返す」

「え、いいのか?」

「もっと教えてくれたら、俺の気前もよくなるかもしれない」

「ああ、なんでも聞いてくれ! 俺もあいつらの横暴には苦しめられてたんだ! だいたい、ここらはぜんぶ俺らの土地だったってのによ、あとから来てデカいツラしやがって」


 あるコミュニティに、あとから誰かが乗り込んでくると、衝突が起きる。

 これはいつどの時代でも変わらない。


 俺は肩をすくめた。

「だからあの街に用のある人間を捕まえて、鎌で脅してモノをぶんどってたってワケか?」

「もう二度としねぇよ……」

 その言葉を信じる気はなかったが、俺はあえて追求しないことにした。

「彼らはどこから来たんだ?」

「西だよ」

「西にはなにがある?」

「そこまでは知らねぇよ。あーでも待ってくれ。どっかから追い出されて来たって話は聞いたな。きっと、もっとデカい街でもあるんだろ。けど、俺らもここから離れたことねぇし、詳しいことは知んねぇよ」

 テレビもラジオもないのだ。

 たまに入ってくる情報は、行商人の噂話くらい。


 世界の再建が始まってから約千年が経つ。

 しかし歴史年表で見る西暦1000年と比較してはいけない。

 たとえば、学校で習う四大クソデカ文明は、だいたい紀元前3000年くらいに成立している。西暦1000年というのは、クソデカ文明から見ても四千年ほど経過した時代ということになる。

 そのクソデカ文明ですら、無からいきなり発生したワケではなく、以前から続く長い蓄積の末に発展してきた。

 文明の進化は意外と遅い。

 手つかずの大自然に放たれた人類が、千年でできることなどタカが知れているのだ。


 俺はふたつ目の鎌を返却した。

「つまりあんたらは、もとはここらでまっとうに農業を営んでただけの善良な市民だったってことか?」

「そうそう! そういうことだ!」

「もしあの街がなくなれば、農業に専念できるのか?」

 俺がそう尋ねると、三人とも不思議そうな顔になった。

「ま、まあ話の上ではそうなるけどよ……。兄さん、なんかアテでもあんのかよ? 言いたかないけど、たぶん、さっきのカラテでも勝てないぜ?」

「なぜ?」

 すると三人は顔を見合わせた。

「いや、噂なんだけどよ。いるんだよ。カラテよりもっと強いのが。ニンジツって言ったっけ? 相手を金縛りにして、一方的にぶっ殺しちまうんだと」

「……」


 神の眷属――。

 もし戦えば、どちらか一方が命を落とす。


 俺はふっと笑い飛ばして、三つ目の鎌を返した。

「もしこの街を迂回したら、ほかに休めそうな場所はあるか?」

「いや、こんだけ聞いといて入らねぇのかよ……。まあ、いまの話聞いて乗り込んでったら正真正銘のバカだけどな。でも、知らねぇぜ。さっきも言った通り、俺らここ離れたことねぇからよ」

「そうだった」


 しかし疑問だな。

 衝撃波を放ったり、金縛りにしたり、人間にそんな能力を与えておいて、神はいったいどう世界を再建させるつもりだったのだろうか。

 本当は、人類の争う姿が見たかっただけなのでは?

 となるとやはり、アレは神ではなかったのか……。


(続く)

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