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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
29/39

帝都防衛戦 二

 俺はいちおう、周囲を見回した。

 死者の群れはもちろんのこと、炎の能力者も、タコ野郎も来ていない。本当に彼女に自分の判断だけで乗り込んで来たようだった。

 いや中野とはうまく連携していたが、おそらく中野の入れ知恵であろう。


 俺は溜め息をついた。

「まずロクサーヌ。だまして悪かったな」

「悪いと思うなら離せよ!」

 歯をむき出しにして、すさまじい顔でじたばたしている。

 交渉の通じなさそうな相手だ。


「あんたに恨みはない。だからふたつの選択肢を与える。俺たちの味方になるか、この場で死ぬかだ」

「あぁ? 誰に言ってんだ? あたしは誰の命令も聞かないよ! あんたが手を離した瞬間、全員殺して国に帰るから」

「命令を聞かない? なら、なぜジョシュア爺さんの駒として働いてるんだ?」

 話が矛盾している。


 ロクサーヌの主張はこうだ。

「なんだっていいだろ! ぶっ殺すぞ!」

「もしかしてデイジーが関係してるのか?」

「な、なんでそれを!?」

 デイジーへの対抗意識で、組織に留まっているわけか?

 利用しない手はないな。


「こっちには特別な情報網があるんだよ。デイジーをどうしたい?」

「どうって……。手柄をあげないと、あたしはデイジーの上に立てないし、ボヤボヤしてたらあいつのほうがボスになっちまうから……」

 ライバル関係のメンバーを、組織内で競い合わせているのか。

 ここでも序列が利用されている。

「だがあんたは大事なことを忘れてるぞ。そもそも、そのクソみたいなルールはなんなんだ? 組織はあんたとデイジーを争わせて、タダで利益を得ようとしているぞ?」

「は?」

「怒りを煽れば、無料で働いてくれるんだからな。上からしてみりゃいい駒だ。それで? あんたは組織に縛られず、自分の意思で行動してるつもりだったのか?」

「……なんだそれ?」

 考えたこともなかったか。


 ジョシュア軍には、ずいぶん小ズルい策を考えるヤツがいるようだ。

 きっとそいつが黒幕のはずなのだが。

 現状、それが誰なのか、まったく特定できないでいる。もしかしたら偽名でも使っているのだろうか? あるいは根本的に俺の考えが間違っているか……。


「ロクサーヌ、選べ。味方になってクソ野郎どもをぶっ飛ばすか、タダで使われるか」

「待ちなよ。それって、あたしが騙されてたってこと?」

「少なくとも利用されてはいるな」

「クソ野郎が!」

 怒るのはいいが、土偶を切るつけるのはおやめいただきたい。

 そろそろ指がもげそうだ。


 俺はロクサーヌを地面に立たせた。

「考える時間をやる。俺が裏切り者を処分してる間に、答えを出してくれ」


 裏切り者――。

 中野はオウムガイの殻にこもったまま出てくる気配もない。


「中野さん、いいならそのままヤるぞ。急所からビームを突っ込んで蒸し焼きにしてやる」

「違う! 違うんですよ! 私は捕虜にされてたんです!」

 ちゃんと返事はできるようだ。

「捕虜?」

「あのとき、みんなと合流しようとしたんですよ? でもはぐれてしまって……」


 俺は小声で庭師に尋ねた。

「事実なのか?」

「いえ、虚偽の報告です。自分の意思で寝返りました」

「了解」


 まあ裏切りものといえば、アンナやミゲルもそうなのだ。

 いまロクサーヌも判断を迷っている。

 ここで残酷な選択をすれば、彼女の気分を害するかもしれない。


「中野三千夫、まずは武装を解除せよ」

「はい!」

 横倒しになっていたせいか、オウムガイが消え去ると、中野も横になって現れた。

「立って」

「はい!」

「戦争犯罪人として、行政府へ引き渡す。帝国の法に則って、あんたには適切な処罰がくだされるだろう。抵抗せず指示した場所へ移動せよ」

「はい!」

 とはいえ、一日経てばこいつのオウムガイも回復してしまうだろう。

 普通の牢にぶちこんでも脱出されるおそれがある。

 井戸に投げ込むくらいでないと。


 *


 俺は土偶のままロクサーヌをともない、中野を役人に引き渡した。

 改心するとは思えないから、永遠に閉じ込められることになるだろう。


 さて、しばらく待ったが、ロクサーヌはまだ迷っているようだった。

「答えは出ないか?」

「だって、もうすぐ死霊術師ネクロマンサーが来るんだろ? あたし、あいつの相手だけは絶対にイヤなんだ。この暑さだし、きっと最悪なことになってるはず」

「広島で戦ったが、たしかに最悪だった」

「でしょ?」


 するとミゲルが近づいてきた。

「まだモメてんのか?」

「ミゲル……」

 ロクサーヌは急に少女みたいな顔になった。

 さっきまで獣みたいな態度だったのに。


「迷うのは分かるぜ。こっちについたって、金払いはよくなさそうだからな」

「けど悔しいよ。あたしら、利用されてたんだ」

「じゃあ一緒に来いよ。いまさらジョシュアの言いなりになる義理もないだろ。長いことタダでこき使われてたんだ。そろそろ借りを返してもらわねぇとな」

「分かった」


 は?

 分かった?

 いままでの俺の説得はいったい……?


 ロクサーヌは不敵な笑みを浮かべ、こちらへ向き直った。

「そういうわけだから、よろしく頼むよ。あたしは強いから、頼りにして?」

「あ、ああ。よろしく……」

 結果オーライとはいえ、いまいち釈然とせんな……。

 俺も野性味あふれるイケメンに生まれたかった。


 *


 さて、今回は敵のチームワークのなさに救われた。

 彼らはいままで、よくこんなやり方で他の地域を制圧できたと思うが……。まあ能力や神器の相性もあるのだろう。俺は運がよかった。いや、運ではなく、庭師の気分かもしれない。


 その晩、まだ古代遺跡で過ごすことになった。

 みんなでバーに入ったのだが、ロクサーヌはずっとミゲルに付きまとっていた。ミゲルもまんざらではなさそうだ。

 俺の相手は……またリモート参加の庭師のみ。


「庭師、思ったんだが……。いや、最初からあんたに聞いておけばよかったな。ジョシュア軍の黒幕は誰なんだ?」

 アンナに尋ねても不明、ミゲルに尋ねても不明。

 だが肝心の庭師に聞いていなかった。

 すべてを見ている庭師に。


 彼女は黒い人影を操っているから、顔は見えない。だが、困惑しているのは分かった。

「その答えを知ろうと知るまいと、なすべきことに変わりはないと思いますが」

「答えたくないなら素直にそう言ってくれ。なすべきことに変わりはなくとも、とるべき戦術が変わってくるんだ。俺にとっては大事なことでな」

 結局、言うか言わないかは彼女次第なのだ。

 面倒な駆け引きをする気はない。


 庭師は溜め息をついた。

「では言いません」

「機嫌を損ねたなら謝るよ」

「そういうわけではありませんが……」

 本当に困っている様子だ。

 俺はもう少し、他者に対する気づかいというものを学んだほうがいいかもしれない。

「いや、反省するのは俺のほうだ。あまりにもあんたを便利に使ってる。もし塔に行くことがあったら一杯おごらせてくれ」

「お酒は……」

「なら代わりにウマいものを見つけて持っていくよ」

「はい……」

 妙にしおらしいな。


 だがいま隣では、濃厚な……いやなかなか情熱的なコミュニケーションが繰り広げられている。

「三郎、俺たちは先に出るぜ。あんたは庭師とゆっくりやってくれ」

「ああ」

 するとロクサーヌも「バイ」と行ってしまった。

 このあと二人でナニをするつもりやら。


 俺はカウンターに突っ伏した。

「ったく、もう千年も生きてるってのに、まだ飽きないのか」

「あなたは飽きたのですか?」

 庭師が空気も読まずそんな質問を投げてきた。


 *


 飽きた、というより、後悔があるのだ。

 俺もかつては人並みに恋をした。

 というより、とんでもない能力を有しているために、いささか英雄視されたこともあるし、そのおかげでモテたこともある。

 ある女性と結ばれて家庭をもった。

 だが、理想的な結婚生活とは言えなかった。


 俺は千年前の常識を引きずっている。

 妻は原始的な価値観しかない。

 衝突は何度もあった。

 しかも寿命の問題で、彼女だけが老いていった。

 子供が大きくなって子供を作り、世代交代してゆく。

 神から授かった能力は遺伝しないから、俺だけが取り残された。


 やがて集落には、俺の血を引いていると思われるのだが、まったく面識のない人間が増えた。

 身内なら身内らしく接してくれてもいいはずだが、まるで「なかなか卒業しない先輩」のような目で見られるようになった。

 俺はなかば村の守り神のような扱いで隔離され、他者と気軽に接する機会もなくなった。

 みんなは広場で楽しそうにしている。


 能力があるわけだから、もし俺が出しゃばれば、ずっと俺だけが中心となることもできるだろう。だが、それだと村人はうんざりする。

 しかし身を引けば、俺だけが孤独になる。


 ある日、俺はひっそりと村を出た。

 役目を終えたということにして。


 もし滅んでいなければ、おそらくまだどこかに残っているはずだ。

 俺の子孫たち。

 ちゃんと俺のことを祀り続けているだろうか。

 いや、いっそ忘れてくれたほうが楽だが。


 *


 俺は身を起こし、庭師へ告げた。

「俺たち神の眷属はさ、きっと人並の幸福なんてものを期待するべきじゃないんだよ」

「そんな……。神は、きっとその言葉に哀しむでしょう……」

 神?

 その神が俺たちをこうしたんじゃないか。


「庭師、神について詳しいのか? 彼はいったいなぜ人類から文明を奪った? なぜ俺たちに再建させようとした?」

 この問いに、彼女はゆっくりとかぶりを振った。

「考えるだけムダですよ。神がなにも語らなかった以上、私たちは知らなくていいのですから」

「お断りだ。俺はあきらめない。必ず事実を突き止める」

 なぜなら、その事件が原因となって、いまの世界があるのだ。

 神話で言えば1ページ目。

 すべての起源。


 庭師は表情も見えぬ顔で、じっとこちらを見つめてきた。

「もしかすると、塔へ攻め込んでくるのは、あなたのような人物なのかもしれませんね」

 好奇心は猫をも殺す。

 だが神は俺を殺す前に、すでに絶命した。

 もし阻むものがいるとすれば、それは同じ人間だけだ。


(続く)

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