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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
28/39

帝都防衛戦 一

 翌日、俺は帝都へ戻った。


 死者の群れはまだ天王山を越えてもいないらしく、兵たちは休むならいまのうちといった様子で気を抜いていた。

 上層部もまだああだこうだと議論をしていらしい。


 俺は都庁を訪れると、縄梯子をつかって移動要塞へあがった。

「で、下田は支援を送って来たのか?」

「いえ、まずは爵位を授与しろとごねておりまして」

「図々しい外様だ。支援が先だと伝えよ」

「はぁ」

 役人たちが折衝をしていた。

 彼らは俺の姿に気づいたようだが、辺境の成り上がりがここへなんのようだといった様子でチラと見るだけで、特に相手はしてくれなかった。


 もちろん俺のような身分の人間が、皇帝陛下に直接声をかけることはできない。

 総大将も参謀も、皇帝の周りで「この策なら我が軍が有利に運べますぞ」などと気の抜けたことを言っている。

 作戦のことで少し意見があったのだが、いま行ったらイヤな顔をされそうだ。


 すると、若い武将が近づいてきた。

「柴殿?」

 本当に若い。

 十代だろうか。まだ少年といってもいい外見だ。

 スーツ姿だから、貴族かもしれない。腰には刀を帯びている。

 初対面のはずだが、どこかで会ったような……。


「いま参謀殿はご多忙かな?」

 いや、たぶん参謀は忙しくない。だが皇帝のそばで自分の作戦を披露するのに忙しいのだろう。

 だからこれは皮肉だ。


 少年もほほえんだ。

「そのようです。あの、自己紹介しても構いませんか? 私は第七皇子ツルギです」

 キュウ坊の兄だ。言われてみれば面影がある。

「これは失礼しました、殿下。柴三郎です」

「いえ、そうかしこまらず。私はいまだ戦場に出た経験もない身。すでに各所で活躍した柴殿にはあこがれております」

「恐縮です」

 まあ戦場に出たのは事実だが、いまのところ負け続きだ。


 ツルギは少し近づいてきた。

「陛下になにか進言ですか? でしたら、私からお伝えしますが」

「はぁ。ではお願いが。敵の第二波はまだ天王山を越えておりませんが、それを追い抜いて第三波が来るかもしれません。なので、もう少し警備に力を入れたほうがよいのではと」

 すると彼はハッとした表情になった。

「たしかに! 柴殿、ありがとうございます! すぐにでも伝えます!」

「よろしく頼みます」


 *


 縄梯子で下へおりると、霧隠完蔵が待ち構えていた。

「柴三郎、許可なく上へあがられては困る」

「先にあんたのところに行ったんだ」

 烏賊組の居室は無人だった。

 だからみずから上へ乗り込んだのだ。


 完蔵は溜め息をついた。

「忙しくてな。どんな用だったんだ?」

「警備がゆるすぎるからな。苦情を入れにいった」

「ムリ言うな。休めるときに休むのも戦術のうちだ」

「まあそうだが……」

 分からなくはないのだ。

 もしこれは普通の戦争なら。

 しかしいま俺たちが相手にしているのは、常識の通じる相手じゃない。つまりは非常識な行動を、当然のようにとってくる。土偶に乗ってビームを撃つようなヤツがすぐそばにいるのだから、敵もそのレベルであると認識して欲しい。


「で、戦闘はいつごろあるという予想なんだ?」

 俺が尋ねると、完蔵は肩をすくめた。

「死者の群れが到着するのは、早くて三日後……あるいは四日後、もしくは五日後」

「第三波は?」

「まったく。どこをどう移動してるのか分からない。本当にいるのかさえ……」


 ガァンと金属を叩く音が響き渡った。

 警報だ。

 ピーッと強い笛の音。

 それが交互に激しく繰り返された。


 もう来てる!?


「敵襲! 敵襲!」

 伝令が駆け込んできたかと思うと、俺たちを無視して縄梯子をあがっていった。

 まあこれだけの騒ぎになっている以上、上でも監視を始めただろう。


 だが都庁からは、どの方角でどのような衝突があったのか分からない。

 あの伝令が教えてくれればよかったのだが。


 などと思っていると、移動要塞の長い足が、ぎぃぎぃ音を立てながら動き出した。

 まさか、戦いもせず撤退する気か?

 いま、武将はすべて上にいる。

 下には指揮権をもつものがいない。

 もし逃げるなら、皇帝はみずから滅亡を選択したことになる。


 俺は土偶を展開し、エーテルで浮上した。

 要塞は高すぎるから、出力を最大にしても届かない。だから俺は足にしがみつき、そこから上へあがった。


「逃げるのか!?」

 俺が家にしがみついてそう尋ねると、総大将は忌々しげに怒鳴った。

「下郎が口を挟むな! 本陣を安全な場所へ移動させるだけだ! おぬしは敵に当たれ!」

 本陣を安全な場所へ移動させるだけ?

 それで広島を放棄した男がなにを言う……。


 しかし下郎とはな。

 貴族さまの本性が出た。


 俺は家から手を放し、姿勢を調整しながらゆっくりと着地した。

 完蔵はぽかーんと口をあけていた。

「完蔵さんよ、本陣を移動させるそうだ。俺には残って戦えとよ。ちょっと行ってくるぜ」

「あ、ああ……」

 まさか自分が置き去りにされるとは思っていなかったのかもしれない。

 可哀相だが、これが現実だ。


 ふたたび土偶を上昇させ、どこで戦闘が起きているのかを確認した。

 敵の姿は見えないが、帝都の北側の門で、兵たちがあわただしく動いている。ひとまずそこへ加勢したほうがよさそうだ。


 接近すると、槍を手にした兵たちが、一人の女を取り囲んでいるのが見えた。いや、囲んでいるのではなく、押しのけられている……のか?

 旋風が巻き起こると、兵士は血液をまき散らしながら崩れ落ちた。


 例の真空波の使い手ロクサーヌであろう。

「助太刀する! 道をあけてくれ!」

 俺が降下すると、兵たちはあわててスペースをあけた。


 神の眷属同士とはいえ、かたや神器でバキバキに強まった人間と、生身の人間。

 少々おとなげない気もするが。

 まあ戦争なのだ。手加減はできない。

 いちおう策略も用意していたのだが、出番はないようだ。


「ロクサーヌだな?」

 すると女は、ぐっと眉をひそめた。

「あんたかい、神の御意思に逆らうカラテのマスターってのは」

「カラテのマスターがこんな乗り物に乗ってるわけないだろ。柴三郎だ。塔にいた」

 緑の髪をモヒカンのように刈り上げたパンク女だ。服装は金属まみれで、ベルトまみれであった。古代遺跡から引っ張り出してきたのか、自作したのかは分からないが。


 女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「そのデカいのから出て、あたしの相手をしなよ。それともビビってる?」

「戦争ってのはな、可能な限り有利なポジションから仕掛けるものだ。これはスポーツじゃないんだ」

「いい声だね。顔を見せてくれてもいいだろ。あたしの好みだったらサービスしてやるからさ」

「お断りだ」

 とはいえ、ここでビームを放てば兵まで巻き込んでしまう。

 肉弾戦でいくしかない。


 だが、土偶が動かなくなった。

 なにかに捕まれている……?


 兵たちがどよめいている。

 見ると、突如として現れたオウムガイの触手が、土偶にからみついていた。


 中野三千夫――。

 こいつも俺と同じように、神器の収納や展開が自在にできる。

 兵士にまぎれこんで、俺が油断するのを見計らっていたか。


「いいこと言いますねぇ、柴三郎さん。戦争は、可能な限り有利なポジションから仕掛ける。まさにその通りです」

「クソ野郎が……」

 いまのところ麻痺しているのは土偶だけだ。

 しかし俺だけ動けても意味がない。

 触手はかなりの怪力らしく、土偶がミシミシと音を立てている。

 死ぬのか?


 兵たちはおびえていて、まったく手を貸してくれる気配もない。


「待て! 話がある!」

 交渉、ウソ、命乞い、こびへつらい、なんでもいい。

 とにかく喋るしかない。


 中野はしかし力をゆるめない。

 自分の力で俺を制圧していることに、ある種の興奮をおぼえているようだ。

 かつて仕返しというわけだな。


 俺は構わず告げた。

「ロクサーヌ! 俺はあんたに伝言があって来たんだ!」

 彼女はサディスティックな笑みを浮かべている。

「ヒャア! 命乞い? 言ってみなよ? 笑ってやるから」

「ミゲルから伝言だ! あんたに好意を抱いてる! だから仲間にならないかって……」

「あ?」

 もちろんウソだ。

 乗ってくるかも分からない。

 ただ、ほかに策がなかった。


 すると真空波が巻き起こり、オウムガイの触手がスパッと切断された。

「ひぎぃっ! なんで!?」

「いつまで絡みついてんだよ、この変態。いま話してる最中だろ」

「いやいやいや、あきらかに罠でしょ!?」

「黙りな!」


 土偶の麻痺はとけた。

 俺はほっと息を吐き、こう続けた。

「たしかにミゲルはこっちについた。でもずっとあんたのことを心配してたんだ。あんたとは戦いたくないから、なんとか協力できないかって」

「へ、へえ。あいつが? ふーん。ま、なんとなくそんな気はしてたけどね。詳しく聞かせなよ?」

 いや、これ以上詳しくは……。

 どう言えばいいんだ。

「あいつ、口下手だろ? だから直接言えないみたいでな。そしたらあんたが来たから、どうしても伝えなきゃって……」

 庭師から小声で「最低ですね」とつっこみが入ったが、もちろん無視だ。

 あのままだったら死んでいたのだ。

 能力で殺されたら蘇生もできない。


 するとダーンと光弾が撃ち込まれ、オウムガイがひっくり返った。

 ミゲルの狙撃だ。

 異変に気付いて参戦してくれたらしい。

 遠方からの攻撃だから、いまの会話は聞こえていないはずだ。


 なお衝撃で兵たちも吹き飛ばされたが、もうやむをえないと思うことにした。

 自分たちの身は自分たちで守ってくれ。

 もちろん生き残った連中はわーっと逃げ出した。


 ロクサーヌの表情が明るくなった。

「ミゲル! いるのか!? あたしはここだよ! ミゲル!」

 どこにいるかも分からないミゲルに対して、ぶんぶんと手を振った。

 純真な恋心を利用するのは心が痛むな。


 俺はまずビームで、転倒したオウムガイの触手を照射した。陽炎の立ち上るほどの焦熱。派手に焼けて、身が縮こまった。

 それからロクサーヌをつかみ、やや強めにしぼり上げた。

「あぐッ!? なにすんだい!?」

「騙して悪いが、さっきの話はウソだ」

「はぁ?」

「じつはな、俺はミゲルの恋愛事情なんてひとつも知らないんだ。なにせ、いまのところ金の話しかしてないからな。あんたのことも知らない。さっきの話は忘れてくれていいぞ」

 本当に金の話しかしてない。


 ロクサーヌはめちゃくちゃに真空波を巻き起こすが、さすがに土偶の装甲は破壊できないようだった。いや、ピキピキとかなりイヤな音はしているが。

「抵抗するな。潰すぞ」

「クソ野郎! 地獄に落ちろ!」

 地獄、か。

 いったいどこにあるというんだか。


「中野さん、あんたも覚悟してもらうぜ。ただの犯罪ならともかく、戦場で、敵として会っちまったんだからな」

「……」

 返事はない。

 だが、ビビって息をのんでいるのは分かった。


(続く)

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