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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
27/39

ただの一日

 帝都の様子は一変していた。

 外周には臨時のバリケードが設置され、街の各所には兵隊だらけ。

 観光客は一人もおらず、店もすべて閉められている。

 ただの要塞だ。

 上空にはアンナの移動要塞もある。


 都庁では、役人たちがあわただしく走り回っていた。

 記憶をたどり、俺は烏賊組の部屋へ。

 開けっぱなしのドアから、ひょいと顔をのぞかせた。

「失礼します。柴です」

 すると資料をあさっていた完蔵が、こちらを二度見した。

「柴三郎……。生きていたのか!?」

「見ての通りだ。死霊術じゃないぞ」

「怒るなよ、情報が錯綜してるんだ。てっきり広島で撃ち落とされたものかと」

 おかしい。

 ミゲルを先に帰したんだから、その辺の事情は説明済みだと思っていたのだが。


 俺はソファに腰をおろした。

「組頭は?」

「上だ。移動要塞にいる」

「上? アンナになにかご用でも?」

「いや、そこに臨時の議会が設置されたのだ。陛下もそちらへお移りになられた」

 国の上層部が移動要塞に?

 それはつまり、いざとなったら帝都を放棄して逃げるってことじゃないか。

 いや、この程度のことは、過去に幾度も繰り返されて来た。驚くほうがバカバカしい。


 俺はあえて突っ込まず、溜め息をついた。

「敵の状況は把握してるか?」

死霊術師ネクロマンサーが、死者を操ってこちらへ迫っているようだな。できれば誤報であって欲しいが」

「残念ながら誤報じゃない。もっと悪いニュースもあるぞ。敵の第三波がすでに出動した。じき合流する」

「なんだって……」

 絶望的な気分だろうな。

 俺も数日前に同じ気持ちになったから分かる。


「敵は強いぞ。すべてを犠牲にして戦わなけりゃ、きっと勝てない。陛下にそのお覚悟があるのか?」

「言うな。諸将は覚悟を決めている」

「だがあの総大将だけは、即刻首をハネたほうがいい。兵士を置き去りにして逃げたんだからな」

「できると思うのか? 第三皇子だぞ?」

「……」

 戦争まで同族経営とは。

 いや、総大将は少しくらい愚かでもいい。だが、それなら歴戦の老将をサポートにつけるべきだ。現状、イエスマンしかいない。


「烏賊組はどう動く? 軍属じゃないんだろ?」

「いや、もともと傭兵だ。なんでもやる。ただし、いまは別の任務があって、戦闘には参加できない」

 なにやら渋い表情をしている。

 だが渋い気持ちはこちらも一緒だ。

「この戦い以上に重要なことがあるのか?」

「帝国からの独立を画策する領主が、複数いるという情報が入った。いまはその調査を進めている」

 まさに終わりの始まり。

 力で制圧してきたわけだから、もっとデカい力が出てきたら秩序は崩壊する。

 当然の道理だ。


「泥船から逃げ出す絶好のチャンスってわけだな。けど、バラバラになるより、まとまって戦ったほうがマシな気もするけどな。彼らは離反したあとどうするつもりなんだ? 独立してカルトと戦うのか? それとも降伏?」

「交渉で中立を保つつもりらしい。自分たちは無害ですってな」

「その交渉が成功することを願うよ」

 しかし相手はカルトだ。連中は、こちらが憎いから攻めてきたのではない。すべてを征服するため海を越えてきた。理屈など通じまい。


 *


 宿がいっぱいだったので、俺は古代遺跡へ向かった。

 酒を求めてバーに入ると、ミゲルがカウンターで飲んでいた。

「おっと、ここにいたのか。体の具合はもういいのか?」

「まだ少し痛む。泥人形に握りつぶされたからな」

「加減が難しかったんだ。けど、ミンチにはしてないよな?」

「飲めよ」

 ボトルを放ってきたので、俺はあわててキャッチした。

 ウイスキーだ。

 さすがにストレートで飲む気にはなれない。


 ミゲルはやれやれといった様子で顔を掻いた。

「俺の雇用主は大丈夫なのか? もう逃げる準備をしてるみたいだが」

「たぶんダメだな。給料は払えそうにない」

 海賊帽を置いているから、伸び放題の赤い髪が目立っている。


 俺はウイスキーを置き、代わりに白ワインのボトルをあけた。

「もう第三波が出てるらしい」

「庭師から聞いた。だがビビるこたねぇ。俺のほうが強ぇからな」

「まだ手を貸してくれるのか?」

「ああ。だがあとで必ず払えよ? 戦うからには理由が必要だからな」

 こいつは暴力が好きで戦っているわけではないようだ。

 そこは安心できた。


「真空波と、炎と、クラーケンだと」

 俺がつぶやくと、ミゲルは顔をしかめた。

「ああ、よく知ってる。特にタコ野郎はな。あいつが俺の船をぶっ壊さなけりゃ、いまごろアメリカで成功してたはずなのによ」

「アメリカ? なにかあるのか?」

「知るかよ。成功って言ったらアメリカなんだ。いいだろ、べつに」

 安直すぎる。

 すべてがリセットされたというのに、いまだアメリカに幻想を抱いているとは。

 まあ理由もなく日本に来た俺に言われたくはないか。


「敵はどんな作戦で来るんだ?」

「作戦? あるかよ、そんなもん。あいつら、他人と協力できるタイプじゃないからな。みんなバラバラに来る。まあまあ厄介な能力ではあるが……。もしあんたが盾になってくれるなら、俺が全員ぶち抜いてやる」

「ああ、引き受けよう」

 盾役なんて地味なだけで危ないし、本当はイヤだが、戦闘に勝利するためなら仕方がない。


 まだ死霊術師さえ攻略できていないというのに、さらに三人増えるのだ。

 完璧に連携しなければ勝てないだろう。


 するとバーカウンターに黒い人影がやってきた。

「彼女たちは互いに仲がよくないようですから、うまくやれば分断できるかもしれませんね」

 庭師だ。

 酒も飲めないのに、付き合いのいいことだ。


 俺はワインの瓶を置いた。

「聞かせてくれ」

「炎の能力者デイジーと、真空波の能力者ロクサーヌは、ほとんど対立関係にあります」

「原因は?」

「恋愛関係のもつれです。互いに同じ男性を好きになり、そこから亀裂が生じました。男性はすでに亡くなっていますが、その後も両者は同じような対立を繰り返して……」

 溜め息が出た。

 そんな理由で……。いや、しかし当人たちにとっては重要なことなんだろう。思い返せば、どこの神話でも、たいてい男女関係でケンカしている。


「どうやって切り込む? そんなに仲が悪いのに、同じ部隊に属してるってことは、いちおうは休戦できてるってことだよな? つまり対立よりも、組織の規律が優先されてる。そこを崩すのは難しくないか?」

 巨大な組織がタガとなり、感情に抑制をかけている。

 たとえば、もし原因となった男が生きているなら利用できるかもしれないが、すでに故人では使いようがない。

 え、まさかここで死霊術を?


 庭師は静かにこう応じた。

「いえ、どんな一押しでも、対立を深めることは可能です。こちらへ引き込むのは難しいと思いますが、敵陣を混乱させることは可能でしょう」

「ま、どちらかが退場してくれるだけでも、俺たちはだいぶ楽になるが。けど一押しってのは? なにか策があるのか?」

「いえ」

 ない。

 ならこの作戦は実行できない。

 あるひとつの方法を除いては。


 俺は白ワインをあおり、ほっと息を吐いた。

 フルーティーな風味と味わい。

 なのにしっかりアルコールが染みる。

 一日の疲れがふっ飛ぶようだ。いや、あくまで「ようだ」であって、実際どうだか分からないが。


「分かった。つまりウソの情報を流して、対立を煽ればいいんだな?」

 ほかに思いつかない。

 ミゲルはケタケタ笑い出したが、庭師はだいぶ引いているようだった。

「本気ですか?」

「こっちは生きるか死ぬかの戦いをしてるんだ。ウソで命を救えるなら悪くない選択だろ。もしダメならあとでちゃんと怒られるよ。だがまず、いまを生きないといけない」

 我ながらよくも正当化できるものだと思うが。命のやり取りが始まってしまった以上、この程度はかわいいものだろう。


 庭師は溜め息をついた。

「じつはどちらも神器を有していないため、こちらから語り掛けることはできません。どんなウソをつくにせよ、情報の伝達はそちらでおこなってください」

「ああ」

 また烏賊組を突っ込ませてもいいし、あるいは俺が直接言いに行ってもいい。

 どうせ戦場で会うだろう。


 ミゲルは空になったボトルを置くと、海賊帽をかぶって立ち上がった。

「ま、頭脳戦はあんたに任せるよ。だが、失敗したら言ってくれ。俺が全員ぶちのめしてやる」

「頼りにしてるよ」

 この男なら、安心して背中を任せられる。

 味方に引き込めてよかった。


 それにしても、もともと俺の相棒になるはずだった中野はどこへ行ったのだろう。

 ホントに死んだのか?

 それとも逃げた?

 敵陣に寝返っていたら最悪だ。もしそうなら、躊躇なく攻撃できるとはいえ。


 おそらく数日以内に戦闘になる。

 なんなら死者の群れを追い抜いて、後発の三名が先に攻めてくるかもしれない。奇襲には用心しなければ。


(続く)

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