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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
26/39

広島防衛戦 二

 ミゲルを仲間に引き込めた。

 きっと頼もしい戦力になってくれるだろう。


 未来は安泰。


 そう思いたかった。

 だが、仲間のほうを振り返ると、予想もしていなかった光景に直面した。


 移動要塞が、撤退を始めている。

 まだたくさんの兵士が地上で戦っているにもかかわらず!


 アンナの一存ではあるまい。

 死者の軍勢に恐れをなし、諸将が現場を放棄したのだ。


「あいつら……」

 このままだと、兵の士気も低下し、みんな逃げ出すことになる。

 だが撤退は簡単ではない。

 敵に背を見せることにならから、背後から一方的な攻撃にさらされる。

 さいわい死者どもは足が遅いから、逃げ切れるかもしれないが……。


 いや、問題はそれだけではない。

 敵には死霊術師ネクロマンサーがいる。

 そいつは倒れた兵たちを蘇生させ、さらに勢いを増して東へ攻め込んでくるだろう。だから一人でも倒れれば、味方が一人減るだけでなく、敵が一人増える。


 ミゲルが血を吐きながら笑った。

「おいおい、俺の雇い主はどこへ行っちまう気だ?」

「待ってくれ。あんたには俺が払う。だから敵にならないでくれ」

「あんたの部下になれっていうのか?」

「部下じゃない。上の代わりに、臨時で立て替えるだけだ」

 とはいえ不安だ。

 帝国からは、俺にもまったく支払いがない。「東国の統治」とかいう意味不明な約束でチャラにするつもりだろうか?


 俺は土偶でミゲルを抱え、兵たちのもとへ戻った。

「おお! 柴殿だ!」

「生きていたぞ!」

 土偶は見た目にもデカいから、少しはやる気を取り戻してくれたかもしれない。


 俺は大きく声を張った。

「総員、退避せよ! しんがりは俺がつとめる!」

「おお!」

 ここで兵を死なせるわけにはいかない。

 一人でも多く生還させる。


 俺は手近な兵にミゲルを託した。

「すまないが、この男を頼む」

「誰です?」

「大事な仲間だ。帝都まで運んでやって欲しい」

「お任せあれ!」


 さて、あとは戦うだけだ。


 死者どもは、単体ではたいして強くない。

 ろくに相手も見ずに、遠心力で剣を振り回すだけ。ただし数が多いから、乱戦では誰かに当たる。死者には急所がないから、少し傷ついたくらいでは倒れない。

 ただただ厄介な相手だ。


 だが、土偶なら体当たりで一掃できる。

 それに、ここはかつて都だった場所。

 だいぶ破壊されてはいるが、木材は転がっている。

 火をつければ燃える。


「よし、行くぞ!」

 俺は土偶を急発進させ、死者の群れへ突入した。

 ガン、ガン、と、ぶつかる音がして、体液がびちゃびちゃと飛散する。

 精神衛生上、非常によろしくない体験だ。


 味方が逃げやすいよう、なるべく手前から削ってゆく。

 土偶のエネルギーは無尽蔵ではないから、いずれ動けなくなるだろう。だが、動けるうちはこれでいく。


 死者どもは、うつろな表情で剣をぶんぶん振っている。しかし、かつてはごく普通に暮らしていた人間たちだったのであろう。

 自分の意思とは無関係に、戦いに駆り出されている。

 いや、すでに意思さえないのに、体だけ使われている。


 移動要塞はすでに広島を去ったから、都は炎天下にさらされている。

 陽炎のせいで遠方がゆらめいて見える。

 兵が逃げる。

 死者が散る。

 いまやここは死都ネクロポリスと呼ぶにふさわしい。


 大部分の兵が都を脱したところで、俺も敷地外へ出た。

 死者はのたのたと追ってくる。

 そろそろこちらもガス欠だが、撤退する前にやることがある。


 太陽はやや傾いている。


 千年以上前、まだ自分が小学生だったころ、このくらいの時間に放課後を迎えていた。

 あるいは夏休みを満喫していたか。

 家で絵を描いたり、ゲームをしたり、友達とプールに行ったり、冷蔵庫のジュースを飲んだり、あとは宿題をしたり……。本当に無邪気だった。

 家には電気が来ていて、電化製品に囲まれて、未来はもっと便利になるんだろうなぁと信じていた。


 エーテルを凝縮させ、狙いをつける。

 標的は都。

 エネルギーを解き放つと、熱線は大気を焼き、死者を焼き、街をも焼いた。

 おそらく熱の影響だろう、光が消えたあと、風が巻き起こった。

 そして火の手があがり、一帯はすぐさま火の海と化した。


 帝国には悪いが、ここでヤツらを焼いておかないと、きっと帝都へ乗り込んでくる。死者は兵だろうと市民だろうと無関係に襲いかかるだろう。

 この選択が正しかったかは分からない。

 もし正しくないのであれば、のちの歴史が裁くだろう。


 エネルギーを使い果たしたので、俺は土偶を回収した。

 表面の汚れはまあ……多分その辺に落ちたことだろう。


 さて、ここからは徒歩だ。

 撤退した兵士たちに追いつかなくては。

 いちおう仕込み杖はあるが、防具がない。


 *


 ほぼ手つかずの原野だから、歩きづらい。

 虫もいる。

 俺の足では、一日で岐阜まで帰れるがもない。


 というわけで、手近な古代遺跡に入った。

 わりとどこにでもあるから助かる。

 自分だけ便利なサービスを受けている気がしてならないが。


 木陰になっているおかげで、とても涼しかった。風も吹き込んでくる。湿度だけは鬱陶しいが、それでも外よりは断然マシだ。

 道路で大の字になっていると、黒い影が近づいてきた。

「いちおうお伝えしておきますが、アンナはあなたを裏切ったわけではありません。総大将に脅されて撤退しただけです」

「分かってるよ」

 気を遣ってくれているらしい。


「ところで、あの土偶はどれくらいで動けるようになるんだ?」

「きっと明日になれば回復しますよ。あなたがちゃんと栄養をとって、ぐっすり眠れば」

「なるほど。じゃあ酒を控える必要はなさそうだ」

「あきれますね……」

 そうは言うものの、彼女はあきらかに協力的だ。

 いや、きっと、最初から俺に協力するつもりだったのだろう。だからポンと簡単に土偶を寄こした。西からジョシュア軍が攻めてくると知っていたから。


「庭師、いろいろありがとう。ホントに助かってるよ」

「……」

 黒い影は、困惑したようにそわそわし始めた。

 顔は見えないが、照れているのかもしれない。

「あんたが手を回してくれなかったら、きっと俺は大事な仲間さえ守れず、いまごろ自己嫌悪で森にこもっていたところだ」

「何十年もこもっていたことがありましたね」

「見てたのかよ……」


 あのときは飲まず食わずで、動けないくらい衰弱していた。

 そういえば酒屋に入って酒を飲んで、吐いた気がする。

 だから、ここの食べ物は手をつけちゃダメなんだと思い込んでいた。実のところ、俺の体調が悪かっただけだったみたいだが。


「庭師、このあとどうすればいい?」

「分かりません。本音を言えば、第一波さえしのげないと思っていました。ところが、あなたはやり遂げた。事態はすでに私の予想をこえています」

「状況を変えたのは俺じゃない。あんたの意思だ」

「私の……」

 釈然としない様子だ。

 彼女は、自分の力を信じていないのだろうか。

 神の後継者に指名されたときも、泣き崩れていた気がする。


「前も話したと思うが、たしかに俺だけが戦っても勝てない。だがあんたのおかげで、いまのところなんとかなってる。アンナもミゲルも仲間になった。勝機はあるぜ」

「私はもう、中立的な立場とは言えませんね……」

「その理念は尊重する。ただ、いまだけは目をつむってくれ。俺はあんたほどの情報を持ってないから、正しいことを言ってるか分からないが……」

 まあ分からないが、それは庭師が情報を伏せているせいなので、正しく理解して欲しいなら情報をよこせということでもあるが。


 庭師はかすかに笑った。

「いえ、いいのです。すでに天秤が傾いている以上、私が重心を動かすことこそ、中立的な態度と言えなくもありません」

「いい発想だ」

「ではひとつ情報を提供しましょう。いいニュースとは言えませんが」

「なんだ?」

 たとえ悪いニュースでもいい。

 事前に知らなければ準備さえできない。


 庭師はいちど呼吸をし、静かにこう告げた。

「すでに敵の第三波が動き始めました」

「えっ? 早くも全面戦争に……」

「いいえ、そういうわけではりません。ジョシュア軍は、部隊を三つに分けています。対ヨーロッパ、対アジア、そして対アメリカ。今回来るのは、あくまで対アジア軍の第三波です」

 そんなに多方面へ展開して、しかも勝利を続けているとは。さすがの規模だ。

 うんざりする。


「じゃあ、主力が攻めてくるわけじゃないんだな?」

「そもそもジョシュア軍の興味はアメリカに向けられていますから。すでに東アジアの大部分は征服済みですし、この日本はあくまでオマケですので」

「ナメられてんな。で、どのくらいの規模なんだ?」

「三名です」

 ナメられてんな!

 まあ、きっと神の眷属だから、とんでもなく強いんだろうけど。


「どんなヤツらなんだ?」

「特徴だけ簡単に言えば、真空波、炎、それにクラーケンです」

「クラーケン? タコか?」

 焼きダコが食えそうだな。

 いや、正しく警戒すべきだ。日本は海洋に囲まれている。タコならどこから攻め込んできてもおかしくはない。


「クラーケンは能力ではなく神器ですが。かなり強大ですよ」

「この島国を攻めるのにはうってつけの逸材だな。最後まで出し渋ってた理由は?」

「第一波でカタがつくはずでしたから。それに、三名は高い身分を与えられているので、あくまで征服の最終段階にならないと登場しないのです」

 高い身分、か。

 結局、上位や下位の身分を設けているらしい。だから第一波には、非協力的なアンナや、報酬目当てのミゲルが使われた。


 次の攻撃に、おいでやすの連中は耐えられるだろうか?

 敵が強すぎるというのもあるが、これまでの戦いを見る限り、ほとんど安心できる要素がない。

 人材だけでなく、物資まで不足している。


 本音を言えば、帝都がどうなろうと知ったことじゃない。

 しかし帝都を守れなければ、キュウ坊たちを危険にさらすことになる。

 絶対に止めなくては。


(続く)

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