広島防衛戦 一
アンナからメンバーの名前を確認したが、誰が黒幕なのかを推定することはできなかった。
千年前の記憶しかないので、名前だけ聞いても、いったいどんなヤツだったのかサッパリに忘れている……。
のみならず、アンナがこちらについたからといって、第二波がなくなったわけでもなかった。
もしヨーロッパからアメリカへ軍隊を輸送するなら、大西洋を横断しなくてはならないが。
日本海を超えるだけなら、そこまで難しいことではないのだ。
総大将が部下を率いて戻ってきた。
「いちど帝都へ使いを出し、陛下の指示を待つ。それまでここに駐留することになるだろう」
すると参謀が表情を曇らせた。
「食料はどうします?」
「輜重隊の派遣を要請する」
輜重隊というのは、物資を運ぶための部隊だ。
現地調達では食料をまかなえなかったのだろう。きっとこの広島の都は、すでに空っぽだったのだ。
「ここにいた敵は、いまどこへ?」
俺がそう尋ねると、参謀は得意顔で応じた。
「私の推測によれば、九州ではないかと。もともとそこから上陸したようですし、なんらかの拠点もあるはず」
天王山の次は元寇か。
アンナの話では、日本の征服は簡単に済む予定だったらしい。
なんなら第一波で終わるはずだと。
完全にナメられていたわけだが、そのおかげで助かった。
参謀は神妙な表情で続けた。
「きっと敵は、本国に使者を送っているはず。第二波が到着する前に、九州まで攻め上がり、敵の橋頭保をすべて占拠すべきかと」
これに総大将も「よかろう」とうなずいた。
だが、それをするためにも食料が要る。
いくら移動が楽になったとはいえ、飲まず食わずでは兵も戦えない。
*
数日が経過したが、しかし本国の対応は渋かった。
散発的な補給はよこしてくるが、ただそれだけ。
食料の値段が高騰しており、広島に送る余裕はないというのだ。
なのに、九州を攻めろという催促だけが来る。
総大将はメシがなければ進めないと返す。
また申し訳程度に輜重隊が来る。
「なんなの? いったいいつまで待つの?」
アンナはすっかり壺に隠れてしまった。
ただでさえ毎日クソ暑いのに、総大将はイライラしっぱなしだし、参謀もゲッソリと痩せてきた。
兵士たちもこの状況にうんざりしている。
コンディションはよくない。
アンナの家が街全体を覆っているから、街は日陰になっている。
そして家そのものは高所にあるから、だいぶ風が吹き込んでくる。
だからいくらか暑さの対策にはなっている。
もしこれがなければ……。俺たちは干からびていたかもしれない。
ピーと遠くで音がした。
鳥の鳴き声だろうか。
いや、これは笛の音……。
机に伏せていた総大将が、がばと顔をあげた。
「敵襲か!?」
すると武将たちもあわただしく動き出した。
窓から望遠鏡を突き出し、西を見る。
「どうだ?」
「……」
「どうした! なにか報告しろ!」
総大将が怒鳴りつけるが、武将は望遠鏡を手にしたまま、息をのんで固まるばかりだった。
じれた総大将は「よこせ」と望遠鏡を奪い取り、窓の外を覗いた。
各所でピーピーと鳴り響く笛の音。
総大将はわなわなと身を震わせた。
「ふざけるな……。死体が歩いているぞ……」
第二波の死霊術師だ。
俺たちがぼやぼやしている間に、九州から上陸してきたのだ。
おそらく現地に保存していた死体を使ったのだろう。
総大将は深呼吸をし、仲間へ向き直った。
「急ぎ戦闘の支度をせよ」
すると望遠鏡を受け取った参謀が、必死に外の様子を確認した。
「街に引き込み、迎撃しましょう。苦戦するようであれば、街ごと焼き払うがよろしいかと」
「街を焼く? ここは今後の拠点にするのだぞ!?」
「しかし、あの数では……」
「敵の動きを見たのか? あんな動きなら、目をつぶってでも戦える。街は死守する。火は放つな」
この参謀、どうしても火を使いたいらしい。
効果的だとは思うが。
拠点として使いたいという帝国の計画とは相いれない。
「柴殿、出動できるか?」
「すぐに」
*
俺は移動要塞のドアから飛び出し、着地する前に土偶を展開。そのままエーテルを噴射して姿勢を立て直し、高度をあげた。
荒野を行く死体の集団は、武器を手に、のたのたと都を目指している。
夏場だからか、腐敗の具合がひどい。
コケて足を失い、そのまま立ち上がれなくなっているものもいる。
すでに命を失った人間をムリヤリ動かすなど、許されることではない。
俺はエーテルを収縮させ、一条のビームを放った。
できるだけ広範囲に、兵士の負担を減らすように。
しかし長時間の照射はできない。
連射も効かない。
ビームの当たった一帯はたしかに黒焦げになったのだが、白いノートにペンで直線を引いたようなものだった。威力の高い攻撃だが、大勢を相手するには向かない。
しばらくエーテルをチャージさせなくては……。
だが少なくとも、この必殺ビームで兵たちの士気をあげることはできただろう。
そう思って地上を見ると、兵士たちの一部が逃走しているのを見かけた。
死んだ人間が腐敗しながら近づいてくる。
それは恐怖そのものだ。
俺みたいに安全圏から撃ってるぶんにはいいが、肉迫して戦う兵士にとっては簡単な話ではない。
生きている人間が、死んだ人間に押されている。
するといきなりガーンと衝撃が来た。
ミゲルの砲撃だ。
俺は墜落しそうになるのをなんとか立て直し、そのまま都へ軟着陸した。
あの野郎、この死体の群れに混じって攻めてくるとは……。
「柴殿が撃墜されたぞ!」
「こんなのムリだ!」
俺が墜落したと思い込んだ兵士たちが、またしても逃げ始めた。
ミゲルの砲撃は、続いてアンナの家をも攻撃し始めた。
木の家だから、一発被弾しただけで派手に損傷してしまう。きっと犠牲も出たことだろう。
いや、まだだ。
ここは森じゃない。
家々が立ち並んでいるものの、視界はそれほど悪くない。
いざとなればビームで薙ぎ払うのみだ。
俺は土偶の身を起こし、地表すれすれを低空飛行で前進した。
そのまま死者の群れに突入し、全速力で弾き飛ばす。
ドチャドチャと気味の悪い音とともにいろいろ飛び散っているが、気にしてはいられない。
倒木を拾い、遠心力で叩きつける。
俺は土偶の中にいるからいいが、きっととんでもない臭気だろう。
吐いている兵士もいる。
ミゲルはどうやら家への攻撃に夢中になっているらしく、同じ場所から発砲を続けていた。
もしかすると俺を撃破したと思っているのかもしれない。
俺は低空のまま土偶をターンさせ、ミゲルのいると思われる場所へ猛スピードで前進した。
死者が散ってゆく。
地獄絵図だ。
このあと土偶を体内に回収することを考えると……。
いや、いまは戦いに集中しよう。
敵をかき分けて移動していると、アンナの家を狙っているミゲルを発見した。
向こうも俺に気づいたらしく、抱えていた大砲をこちらへ向けてきた。
至近距離で直撃を受けたら、装甲をぶち抜かれるかもしれない。
だが、いま退いたら二度目はない。
俺は速度をあげた。
光の弾丸の放たれるのが見えた。
俺はさらに突っ込む。
凄まじい衝撃。
俺は慣性に任せて土偶を進ませながら、勘だけで手を動かした。
なにかをつかんだ。
姿勢を崩して地面を転がり続け、岩場に衝突して停止。
目が回る。
頭がくらくらして上も下も分からない。
状況はどうなっているだろう?
なんとか手を見ると、ミゲルを握り込んでいた。
かなり強く握ったせいか、彼は口から泡を吹いていた。死んだかもしれない。しかしこの死に方なら、きっと生き返るはず。
「勝負あったな」
「ぐッ……クソがッ……」
ミゲルは口から大量の血を吐いた。
俺は手を放し、ミゲルを地面へ転がした。
「なあ、ミゲル。俺たちの仲間にならないか?」
「ンだと? バカ言うな……。なんで俺が……」
こいつに忠誠心がないことは分かっている。
待遇がいいから働いているだけだ。
相応の条件を提示すれば、寝返るかもしれない。
「こっちも帝国だ。報酬は出せるぞ」
肝心の俺がたいした報酬を受け取っていないわけだが。
そこは目をつむろう。
ミゲルも顔をしかめた。
「うるせぇ……。こっちはアメリカを丸ごと手に入れる予定なんだ……。こんなシケた島国なんていらねぇんだよ……」
アメリカを?
丸ごと?
すると庭師が、勝手に会話に参加してきた。
「そんなウソを信じているのですか?」
「だ、誰だ? その泥人形が喋ったのか?」
「庭師です。神器を経由して話しかけています」
呼んでもないのにコールセンターから連絡が来るとは。
出血多量のミゲルは、苦しそうに目を細めた。
「庭師……。塔の後継者か……。あんたにはなにが見えてるんだ? 言ってみろ……」
庭師は「ええ」と言葉を続けた。
「アメリカ大陸の統治を任せる。そんな密約をしているのは、あなただけではありません。例の死霊術師も、それに大陸で控えているお仲間たちも、同じような話を吹き込まれています」
「……」
庭師は中立を破り、あきらかにこちらに味方してくれている。
ミゲルは大きく息を吐いた。
「クソが……。ま、そんなこったろうと思ったぜ……。メンバーはほかにもいるのに、俺だけアメリカってのは話がデカすぎるからな……」
「私からは以上です」
以上、通信終わり、だ。
俺も思わず溜め息をついた。
「ジョシュア爺さんを盾にして、この戦争を推し進めてるヤツがいるだろう? 誰なんだ?」
さすがに少しくらい喋る気になったろう。
だがミゲルは、不敵に笑っただけだった。
「知るかよ……。俺は話がウマそうだったから乗っただけだ……」
興味があるのは金だけ、か。
「これからどうするんだ?」
「くだらねぇ……。金を払うヤツにつくだけだ……。だからトドメは刺さなくていい……」
「もちろんだ。敵じゃないなら歓迎するよ、赤髭」
(続く)




