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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
24/39

世界情勢

 誰かは凡人の策だとバカにしたが、帝国軍は陸路で西を目指した。

 季節はもう夏。

 容赦のない日差しが、大地を蒸し上げていた。

 森を焼いたから、そのせいで余計に気温があがっているかもしれない。


 土偶の中は、まあまあ過ごしやすい。

 だがやはり暑さは感じる。


 ピピー、ピピー、と、笛が鳴った。

 停止の合図だ。


 戦闘ではないみたいだが、いったいどうしたのだろうか。

 先発隊がなにかを見つけた?

 俺たちは進行を停止し、その場に待機した。


「柴殿! 柴殿ぉー!」

 必死の形相で駆け込んできたのは、暑さで汗まみれになった伝令だった。

 俺は土偶をゆっくりと着地させた。

「ここにいる」

「あなたにご用だという人物が現れました! 先頭までお越しくだされ!」

「了解」


 俺をご指名とは……。

 もしかしてミゲルが降伏してきたか?

 それとも中野?

 あとはアンナか、まずありえないが庭師の可能性もある。


 *


 先頭へ向かうと、小柄な少女が待っていた。

 頭から赤いローブをかぶっている。覗ける顔は雪のように白く、頬には少しそばかすがある。

「あなたが柴三郎? その不細工な泥人形から出てきて顔を見せなさい」

 彼女は落ち着いた口調でそう告げた。


 俺は土偶を回収し、彼女の前に立った。

「もしかしてアンナか?」

「庭師を問い詰めたら、あなたの名前が出た。スジャータの無事を知らせてくれたことには感謝する。でも余計なお世話よ」


 じつは彼女のことは記憶にない。

 初期に塔を去ったメンバーなのだろう。


「でも君は戦いをやめたじゃないか?」

「そう。やめたの。あいつらに従う必要がなくなったから」

「で? ここへはどんなご用だ?」

 すると彼女はイライラした様子で、いきなり地団太を踏み始めた。

「分からないの!? 仕返しよ! あいつら、いままで私をこき使ってきたんだから、仕返ししたいの!」

「協力してくれるのか?」

「そう言ってるでしょ! 私の家を用意するから、中に兵隊さんを入れて。あいつらのとこまで運ぶから」

 あの移動要塞を貸してくれるのか?

 これは勝てるのでは……。


 *


 街ひとつはあろうかという巨大な家が、無数の足で歩いている。

 まったく仕組みは分からないが……。まあ考えないでおこう。だいたい土偶が空を飛んでる時点で意味が分からない。

 足の動きはかなり繊細らしく、移動時の揺れはなかった。


「では今回の攻撃はあくまで第一波であって、このあと第二波、第三波とやってくるというのか?」

 総大将が、アンナから事情を聞き出していた。

 そのアンナは優雅にティータイムだ。

「そうよ。今回勝ったって終わらないんだから。でも安心していいわ。このアンナさまが力を貸してあげる」


 たしかに彼女の力は強大だ。

 たくさんの兵士をいちどに運べる。

 のみならず、要塞にもなる。

 だが、それだけだ。

 木造だから、投石機で簡単に壁を破られるだろう。それに俺の土偶や、ミゲルの攻撃にも耐えられそうにない。

 運用を誤らないようにしなければ。


 俺は身を乗り出し、こう尋ねた。

「どんなメンバーがいるんだ?」

「全員は知らない。でも今回来てるのはミゲルね。あいつが使ってるのは、エーテルをエネルギー弾に変えて発射するハンドカノンよ。もともと高速移動できる能力の持ち主だから、あちこち移動してスナイパーみたいに戦ってるはず」


 神器の性能と、固有の能力をうまく組み合わせて戦っていたというわけだ。

 しかし防御力はゼロに等しい。

 位置さえ特定できれば、俺のビームでもなんとかできるかもしれない。


「ほかには? ジョシュア爺さんの存在は把握してるんだが」

「三十人はいるけど……それ全部言えってこと?」

「いや、いい。ただ、気に留めておくべき人物がいれば教えて欲しいと思って」

「なら死霊術師ネクロマンサーがいるわね。あいつは嫌いよ」

「……」


 かすかにおぼえている。

 たしか、死んだ生き物を操っていた。

 よからぬことにしか使い道がなさそうな能力だったが。

 性格にも少し問題があった気がする。

 いい印象はない。


 *


 広島が見えてきた。

 もとは素晴らしい都だったのであろう。

 背の高い移動要塞からは、碁盤の目のように整備された街が一望できた。ただし大部分が焼け落ちており、歩行者の姿も見当たらない。


 前回の戦場を生き延びた参謀が、「ふむ」とうなった。

「どうやら敵は、おそれをなして逃げ出したようです」

 街ひとつほどの大きさを誇る家が、長い足で歩いているのだ。

 威圧感はかなりのものだろう。

 砲撃が来ないということは、ミゲルも撤退したか。


 俺はティータイム中のアンナに尋ねた。

「第二波ってのは、どんなのが来るんだ?」

「だから、例の死霊術師よ。第一波の攻撃で、たくさん人が死ぬでしょ? そしたら次は死霊術師の出番ってわけ。死んだヤツらが一斉に動き出して、進軍を始めるの」

 クソみたいなプランだが、まあまあ合理的だ。


 参謀はうなずき、総大将へ告げた。

「では広島におりて、遺体を火葬いたしましょう。敵に使われたら厄介です」

「よかろう。では兵に命じる。死体を見つけ次第火葬せよ。略奪はほどほどに。建物は壊すなよ。ここを再建して、帝国の拠点にするからな」

 ひどい命令だ。

 しかし戦争に倫理を求めるほうがどうかしているのかもしれない。

 そもそも異常な状態なのだ。平和なときの理屈は、あくまで理想論としてしか機能しなくなる。一番いいのは、一刻も早く戦争を終えることだ。


 *


 兵たちは出払ったが、俺は家に残った。

 戦闘はないから、俺の出番もない。


 アンナは大きな壺に隠れて丸まっていた。

「なにをしてるんだ? なにかの儀式か?」

「こうすると落ち着くのよ」

 奇妙な趣味だ。

 みんなから忌避されていたスジャータとも仲がよかったようだし、アンナも変わり者なのかもしれない。

「そういえば君の能力を聞いてなかった」

「動物と仲良くなれる」

「は?」

「動物と仲良くなれるの。なんで聞き直したの? 悪い?」

「いや、悪くない」

 じつに平和な能力だ。

 世界の再建には必要かもしれない。

 こんな神器の所有者じゃなかったら、戦争に巻き込まれることもなかったろう。


「スジャータについて教えてくれないか?」

 俺がそう尋ねると、アンナはにわかに表情を険しくした。

「知ってるでしょ? あなたたちが閉じ込めたのよ」

「俺は反対したよ。そのせいでマイケルに嫌われて下級クラスにされたんだ」

 すると彼女は、しばし不審そうにこちらを眺めていたが、やがて渋々といった様子で溜め息をついた。

「下級クラス。私もそうだった。ふざけてるわよね。マイケルと仲良しなら上位になれて、そうじゃなきゃ下位なんて。あんなヤツ、罰を受けて当然だわ」


 罰?

 それは願望か?

 あるいは……。


「なあ、アンナ。俺は塔を追い出されてからずっとこっちにいたから、状況を把握してないんだが……。マイケルはその後、どうなったんだ?」

「知らないの?」

 彼女は壺から顔を出して、目をパチクリさせた。

 そう。

 知らないのだ。

「教えてくれないか?」

「いいけど……。私たちにいろいろ言ってきて、それで戦いになったのよ」

「殺したのか?」

「ううん。わざと殺さないようにして、土に埋めたの。けっこう深かったから、いまも埋まったままだと思うわ」

 生き埋めとは。

 マイケルは死ぬたびに蘇生し、いまなお苦しみ続けていることだろう。


「場所は?」

「サマルカンドよ。知ってる? むかしウズベキスタンがあったところ」

「だいぶ西だな」

「けど、場所なんて聞いてどうするつもり? まさか助けるの?」

「いや……」


 ジョシュアたちと全面戦争するなら、マイケルの力は必要になるかもしれない。

 あいつは天候を操作できる。

 特に稲妻は強力だ。

 とはいえ、問題はあの性格だ。仲間になれそうもない。


「ええと、連中は……なんて呼べばいい? 国に名前はついてないのか?」

「神聖パンゲア帝国。大袈裟よね。なにが神聖なのか分からないし」

「それでもウェルカム・エンパイアよりはマシだな。彼らはもう、ほとんどのエリアを制圧してるのか?」

 この問いに、アンナは肩をすくめた。

「全然。特に西のほうはちっとも行けてないみたい」

「ヨーロッパ? それともアフリカか?」

「アメリカよ!」


 すっかり忘れていた。

 あんなに巨大な大陸の存在を。


「なぜアメリカに行けないんだ?」

「船がないからよ。ま、この家なら渡れるけど。私はこっちに来ちゃったし」

「この家で海を渡ったのか?」

 そう尋ねると、彼女は表情を渋くした。

「そうよ。逆に、どうやって渡ってきたと思ったの?」

 もちろん船だ。

 その肝心の船がなかったのは予想外だったが。

 さすがに小舟くらいはあるはず。しかし外洋に出られるほどの大型船はまだ作れないということだ。


 アメリカは、はるか西にある。

 そしてこの大地は、たぶん平らだから、黒船が日本に直接やって来る可能性は低い。


「ジョシュアの爺さんは、結局のところ、なにがしたいんだ?」

「知らない。あの人、たぶん自分でもなに言ってるか分かってないと思う」

「はい?」

 分かってない?

 そんなヤツの指導で、こんな巨大な軍勢が世界を蹂躙しているのか?


 アンナはティーカップを置いた。

「あの人、自分には神の声が聞こえるって言ってるの。それによると、『世界をひとつにせよ』ってことみたい」

「世界をひとつに?」

「真面目に考えてる? 曖昧な言葉は、いくらでも解釈のしようがあるものよ。それで上層部は、世界征服を始めてしまった。バカみたいだけど、同機はそれだけ」


 この話を聞いて、俺はイヤな予感をおぼえた。

 たぶんジョシュアは黒幕じゃない。あの爺さんは、ごく純粋な、頭のイカレたカルトだ。実際なんらかの言葉が聞こえているのかもしれないが、それは神の言葉ではあるまい。

 重要なのは、彼の言葉を「世界征服」だと解釈し、推し進めたヤツだ。

 ジョシュアを矢面に立たせ、自分は陰に隠れたまま仲間を誘導し、人々を支配し、奴隷扱いし、満足感を得ているヤツだ。


「アンナ。悪いんだが、やっぱり全メンバーの名前を教えてくれないか」

「えーっ?」

 大事なことだ。

 その中に犯人がいる。


(続く)

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