世界情勢
誰かは凡人の策だとバカにしたが、帝国軍は陸路で西を目指した。
季節はもう夏。
容赦のない日差しが、大地を蒸し上げていた。
森を焼いたから、そのせいで余計に気温があがっているかもしれない。
土偶の中は、まあまあ過ごしやすい。
だがやはり暑さは感じる。
ピピー、ピピー、と、笛が鳴った。
停止の合図だ。
戦闘ではないみたいだが、いったいどうしたのだろうか。
先発隊がなにかを見つけた?
俺たちは進行を停止し、その場に待機した。
「柴殿! 柴殿ぉー!」
必死の形相で駆け込んできたのは、暑さで汗まみれになった伝令だった。
俺は土偶をゆっくりと着地させた。
「ここにいる」
「あなたにご用だという人物が現れました! 先頭までお越しくだされ!」
「了解」
俺をご指名とは……。
もしかしてミゲルが降伏してきたか?
それとも中野?
あとはアンナか、まずありえないが庭師の可能性もある。
*
先頭へ向かうと、小柄な少女が待っていた。
頭から赤いローブをかぶっている。覗ける顔は雪のように白く、頬には少しそばかすがある。
「あなたが柴三郎? その不細工な泥人形から出てきて顔を見せなさい」
彼女は落ち着いた口調でそう告げた。
俺は土偶を回収し、彼女の前に立った。
「もしかしてアンナか?」
「庭師を問い詰めたら、あなたの名前が出た。スジャータの無事を知らせてくれたことには感謝する。でも余計なお世話よ」
じつは彼女のことは記憶にない。
初期に塔を去ったメンバーなのだろう。
「でも君は戦いをやめたじゃないか?」
「そう。やめたの。あいつらに従う必要がなくなったから」
「で? ここへはどんなご用だ?」
すると彼女はイライラした様子で、いきなり地団太を踏み始めた。
「分からないの!? 仕返しよ! あいつら、いままで私をこき使ってきたんだから、仕返ししたいの!」
「協力してくれるのか?」
「そう言ってるでしょ! 私の家を用意するから、中に兵隊さんを入れて。あいつらのとこまで運ぶから」
あの移動要塞を貸してくれるのか?
これは勝てるのでは……。
*
街ひとつはあろうかという巨大な家が、無数の足で歩いている。
まったく仕組みは分からないが……。まあ考えないでおこう。だいたい土偶が空を飛んでる時点で意味が分からない。
足の動きはかなり繊細らしく、移動時の揺れはなかった。
「では今回の攻撃はあくまで第一波であって、このあと第二波、第三波とやってくるというのか?」
総大将が、アンナから事情を聞き出していた。
そのアンナは優雅にティータイムだ。
「そうよ。今回勝ったって終わらないんだから。でも安心していいわ。このアンナさまが力を貸してあげる」
たしかに彼女の力は強大だ。
たくさんの兵士をいちどに運べる。
のみならず、要塞にもなる。
だが、それだけだ。
木造だから、投石機で簡単に壁を破られるだろう。それに俺の土偶や、ミゲルの攻撃にも耐えられそうにない。
運用を誤らないようにしなければ。
俺は身を乗り出し、こう尋ねた。
「どんなメンバーがいるんだ?」
「全員は知らない。でも今回来てるのはミゲルね。あいつが使ってるのは、エーテルをエネルギー弾に変えて発射するハンドカノンよ。もともと高速移動できる能力の持ち主だから、あちこち移動してスナイパーみたいに戦ってるはず」
神器の性能と、固有の能力をうまく組み合わせて戦っていたというわけだ。
しかし防御力はゼロに等しい。
位置さえ特定できれば、俺のビームでもなんとかできるかもしれない。
「ほかには? ジョシュア爺さんの存在は把握してるんだが」
「三十人はいるけど……それ全部言えってこと?」
「いや、いい。ただ、気に留めておくべき人物がいれば教えて欲しいと思って」
「なら死霊術師がいるわね。あいつは嫌いよ」
「……」
かすかにおぼえている。
たしか、死んだ生き物を操っていた。
よからぬことにしか使い道がなさそうな能力だったが。
性格にも少し問題があった気がする。
いい印象はない。
*
広島が見えてきた。
もとは素晴らしい都だったのであろう。
背の高い移動要塞からは、碁盤の目のように整備された街が一望できた。ただし大部分が焼け落ちており、歩行者の姿も見当たらない。
前回の戦場を生き延びた参謀が、「ふむ」とうなった。
「どうやら敵は、おそれをなして逃げ出したようです」
街ひとつほどの大きさを誇る家が、長い足で歩いているのだ。
威圧感はかなりのものだろう。
砲撃が来ないということは、ミゲルも撤退したか。
俺はティータイム中のアンナに尋ねた。
「第二波ってのは、どんなのが来るんだ?」
「だから、例の死霊術師よ。第一波の攻撃で、たくさん人が死ぬでしょ? そしたら次は死霊術師の出番ってわけ。死んだヤツらが一斉に動き出して、進軍を始めるの」
クソみたいなプランだが、まあまあ合理的だ。
参謀はうなずき、総大将へ告げた。
「では広島におりて、遺体を火葬いたしましょう。敵に使われたら厄介です」
「よかろう。では兵に命じる。死体を見つけ次第火葬せよ。略奪はほどほどに。建物は壊すなよ。ここを再建して、帝国の拠点にするからな」
ひどい命令だ。
しかし戦争に倫理を求めるほうがどうかしているのかもしれない。
そもそも異常な状態なのだ。平和なときの理屈は、あくまで理想論としてしか機能しなくなる。一番いいのは、一刻も早く戦争を終えることだ。
*
兵たちは出払ったが、俺は家に残った。
戦闘はないから、俺の出番もない。
アンナは大きな壺に隠れて丸まっていた。
「なにをしてるんだ? なにかの儀式か?」
「こうすると落ち着くのよ」
奇妙な趣味だ。
みんなから忌避されていたスジャータとも仲がよかったようだし、アンナも変わり者なのかもしれない。
「そういえば君の能力を聞いてなかった」
「動物と仲良くなれる」
「は?」
「動物と仲良くなれるの。なんで聞き直したの? 悪い?」
「いや、悪くない」
じつに平和な能力だ。
世界の再建には必要かもしれない。
こんな神器の所有者じゃなかったら、戦争に巻き込まれることもなかったろう。
「スジャータについて教えてくれないか?」
俺がそう尋ねると、アンナはにわかに表情を険しくした。
「知ってるでしょ? あなたたちが閉じ込めたのよ」
「俺は反対したよ。そのせいでマイケルに嫌われて下級クラスにされたんだ」
すると彼女は、しばし不審そうにこちらを眺めていたが、やがて渋々といった様子で溜め息をついた。
「下級クラス。私もそうだった。ふざけてるわよね。マイケルと仲良しなら上位になれて、そうじゃなきゃ下位なんて。あんなヤツ、罰を受けて当然だわ」
罰?
それは願望か?
あるいは……。
「なあ、アンナ。俺は塔を追い出されてからずっとこっちにいたから、状況を把握してないんだが……。マイケルはその後、どうなったんだ?」
「知らないの?」
彼女は壺から顔を出して、目をパチクリさせた。
そう。
知らないのだ。
「教えてくれないか?」
「いいけど……。私たちにいろいろ言ってきて、それで戦いになったのよ」
「殺したのか?」
「ううん。わざと殺さないようにして、土に埋めたの。けっこう深かったから、いまも埋まったままだと思うわ」
生き埋めとは。
マイケルは死ぬたびに蘇生し、いまなお苦しみ続けていることだろう。
「場所は?」
「サマルカンドよ。知ってる? むかしウズベキスタンがあったところ」
「だいぶ西だな」
「けど、場所なんて聞いてどうするつもり? まさか助けるの?」
「いや……」
ジョシュアたちと全面戦争するなら、マイケルの力は必要になるかもしれない。
あいつは天候を操作できる。
特に稲妻は強力だ。
とはいえ、問題はあの性格だ。仲間になれそうもない。
「ええと、連中は……なんて呼べばいい? 国に名前はついてないのか?」
「神聖パンゲア帝国。大袈裟よね。なにが神聖なのか分からないし」
「それでもウェルカム・エンパイアよりはマシだな。彼らはもう、ほとんどのエリアを制圧してるのか?」
この問いに、アンナは肩をすくめた。
「全然。特に西のほうはちっとも行けてないみたい」
「ヨーロッパ? それともアフリカか?」
「アメリカよ!」
すっかり忘れていた。
あんなに巨大な大陸の存在を。
「なぜアメリカに行けないんだ?」
「船がないからよ。ま、この家なら渡れるけど。私はこっちに来ちゃったし」
「この家で海を渡ったのか?」
そう尋ねると、彼女は表情を渋くした。
「そうよ。逆に、どうやって渡ってきたと思ったの?」
もちろん船だ。
その肝心の船がなかったのは予想外だったが。
さすがに小舟くらいはあるはず。しかし外洋に出られるほどの大型船はまだ作れないということだ。
アメリカは、はるか西にある。
そしてこの大地は、たぶん平らだから、黒船が日本に直接やって来る可能性は低い。
「ジョシュアの爺さんは、結局のところ、なにがしたいんだ?」
「知らない。あの人、たぶん自分でもなに言ってるか分かってないと思う」
「はい?」
分かってない?
そんなヤツの指導で、こんな巨大な軍勢が世界を蹂躙しているのか?
アンナはティーカップを置いた。
「あの人、自分には神の声が聞こえるって言ってるの。それによると、『世界をひとつにせよ』ってことみたい」
「世界をひとつに?」
「真面目に考えてる? 曖昧な言葉は、いくらでも解釈のしようがあるものよ。それで上層部は、世界征服を始めてしまった。バカみたいだけど、同機はそれだけ」
この話を聞いて、俺はイヤな予感をおぼえた。
たぶんジョシュアは黒幕じゃない。あの爺さんは、ごく純粋な、頭のイカレたカルトだ。実際なんらかの言葉が聞こえているのかもしれないが、それは神の言葉ではあるまい。
重要なのは、彼の言葉を「世界征服」だと解釈し、推し進めたヤツだ。
ジョシュアを矢面に立たせ、自分は陰に隠れたまま仲間を誘導し、人々を支配し、奴隷扱いし、満足感を得ているヤツだ。
「アンナ。悪いんだが、やっぱり全メンバーの名前を教えてくれないか」
「えーっ?」
大事なことだ。
その中に犯人がいる。
(続く)




