隠密作戦
帝都には不穏な空気が満ちていた。
天王山から戻ってきたと思われる兵士たち、ヒソヒソとウワサ話をする住民たち、大荷物をまとめて逃げ出そうとする人々、盗みでもしたのか衛兵に袋叩きにされている人。
観光の姿はなく、店も大半が休業していた。
都庁に入ると、俺を探していたらしい役人が部屋へ案内してくれた。
書類まみれのデスクには初老の男。かたわらには完蔵もいた。
「よく戻ったな。かけてくれ。組頭、こちらが例の柴三郎です」
完蔵がそう紹介すると、初老の男が顔をあげた。
「東国の英雄殿か。お初にお目にかかる。それがしは烏賊組の組頭をしている喰代と申す」
「初めまして、柴です」
現代的な庁舎で、忍者の格好をした男たちと会話するのはなかなか違和感がある。
彼は皇帝から直接命令を受けている人物。
いったいなんの用だろうか。
「天王山では苦労したようだな。敵は単騎でゲリラ戦を仕掛けてきたとか」
「能力者でしたよ。俺や中野氏の同類でしょう」
「あの一帯は広島との緩衝地帯でな。あえて手を入れず、森の茂るに任せておったのだ。それがアダとなった」
「烏賊組の皆さんは、ああいう場所は得意なのでは?」
俺の勝手なイメージだが、ゲリラ戦術なら忍者の出番だろう。
喰代はしわだらけの顔で苦笑した。
「手を貸したいのは山々だが、陛下のご命令がなくてはな」
「それで、ご用というのは?」
なかなか本題に入らないので、こちらからせかした。
「じつはうちの新入りが、おぬしを作戦に使いたいと言っておるのだ」
「新入り?」
「少々変わり者だが、発想が面白い。聞くだけ聞いてやってみてくれんか」
「はぁ」
*
完蔵に先導され、別室へやってきた。
刑事ドラマで見る取調室のような狭い部屋に、書類が積まれている。そこに若者が一人。
完蔵が渋い表情を浮かべた。
「棘、連れてきたぞ」
「ふぁっ!?」
猛烈な勢いで手元の紙になにかを書いていた男は、血走った目でこちらを見た。
あまり寝ていないらしく、目元にクマができている。
「こ、この人が東国から来たっていう? ほうほう。見た目は普通……あまりに平凡すぎる。だがもし本物なら、小生の作戦には必要になる!」
茨の兄だ。
よく見ると、彼の手元の紙には少女が描かれていた。例の尋ね人のチラシに似ている。キュウ坊のことでも描いていたのだろうか。
すると完蔵が小声でこう伝えてきた。
「お前も会いたかったろ。だが、あいつは妹のことも、殿下のことも、なにも知らん。だから余計なことは言うな。作戦の話だけしろ」
「はいはい」
秘密を守ってくれたことには感謝する。
だが言ってることは勝手なことばかりだ。
こちらは作戦を受けるとも言っていないのに。
俺は椅子へ勝手に腰をおろした。
「初めまして。柴三郎だ」
「小生は棘。いずれ帝国の大軍師になる人間だ。よろしく頼むよ」
「それは凄いな。さっそく作戦とやらを教えてくれ」
話が長くなりそうだったので、俺はとっとと本題に入った。
棘はやや不服そうだったが、描いていた絵をそっと引き出しへしまい、代わりに地図を広げた。
「この地図を見よ。ここが岐阜、ここが広島だ。いま敵はここに布陣していて、小生たちはここ。で、ここが先日戦闘のあった山崎。んー、そうだな。まずは小手調べといこう。貴兄ならどう攻める?」
自信があるらしく、だいぶ上から目線で話してくる。
シンジケートに門前払いされたのもうなずけようというものだ。
「俺には秘策があるから、普通の攻め方はしない」
「というと?」
「あの移動要塞は、俺たちの使ってる神器と同じものでな。たったひとりの人間に依存している。で、俺にはその人間を引き込む策がある」
「すでに敵の内情を把握しているだと? どうやって?」
「専用のコールセンターがあるんだよ。それはともかく、直截会って話せば説得できるかもしれないんだ。そのために、広島へ乗り込む必要がある」
だが、どうやって乗り込むかは、完全に未定だ。
たぶん土偶を使って強行突破することになると思うが。
棘は口をへの字にして、虚空を見つめていた。かと思うと、いきなり身を乗り出した。
「小生の作戦はこうだ。凡人は陸路で攻め込もうとする。だが広島には海があるな? そこを使うのだ」
「そんなデカい船がどこかにあるのか?」
「商船を徴発する」
民間の船をぶんどるということだ。
それでは戦闘に勝てたとしても、あまりいい結果にならないと思うが。
彼は意気揚々と言葉を続けた。
「古代には制海権という概念があった。まず海を制す。さすれば戦場の半分は掌握したも同然」
「船なんて出しても、あのエネルギー弾で海に沈められるだけでは?」
「そう! そこで貴兄の出番だ! ウワサでは、貴兄の神器はあの攻撃に耐えられると聞く。となれば、盾になる資格はじゅうぶん」
「俺よりカタいのがいるだろ。あいつは使わないのか?」
すると後ろから、完蔵がこう補足した。
「中野のことなら現在行方不明だ」
「はい?」
「敵の捕虜になったか、それとも戦死したのかは不明だが……」
戦闘中行方不明。いわゆる「MIA」というやつだ。
あのクソ野郎は、野放しにしていい存在ではないのだが。
とはいえ、本陣を壊滅させられて、俺たちはただ敗走せざるをえなかった。
兵の管理をしている猶予はなかった。
棘はバンと机を叩いた。
「とにかく! 海路を使う! さすれば敵は不意を突かれ、雪崩を打って壊走するであろう」
「理想的な展開はそうかもしれないが……。連中がその程度でビビるとは思えない」
「そこをビビらせるのが貴兄の役目!」
そりゃ広島には行きたい。
だがこの方法では、船を沈められて全滅するリスクがある上、結局は通常の戦闘になる。
俺は戦闘を回避したいから、こっそり接近したいのに。
すると完蔵が「そこまでだ」と割って入った。
「棘、お前の作戦はじゅうぶん柴殿に伝わった。あとはこちらで内容を吟味して、その後、どうするか伝える。ご苦労だったな」
「えっ? まだ話の途中……」
棘が抗議したが、俺は完蔵に連れ出された。
*
廊下に併設された休憩所で茶を供された。
茶の入ったポットが置かれており、自由に飲んでいいらしい。
「お察しの通り、あいつの作戦は欠陥だらけだ」
完蔵が溜め息をついたので、俺もつられて溜め息をついた。
「分かってたなら聞かせるなよ」
「だが組頭は、あの小僧をいっぱしの軍師に育てるつもりらしくてな。経験を積ませたいらしい」
「彼に才はあるのか? 自分に都合のいい展開しか考えてないぞ。もしあんなのが参謀になったら、その作戦に命を捧げるのは兵士なんだ。上には賢いのを置くべきだと思うが」
「同感だな……」
完蔵はすこぶる渋い表情を見せた。
わりと大きな帝国に見えたが、人材不足なのかもしれない。
よくこれで発展できたものだ。
完蔵は茶を飲み干すと、まっすぐこちらを見た。
「ところで、移動要塞の主を引き込めると言っていたな?」
「そうだ。そいつは人質をとられて、やむをえず協力しているだけらしい。だから人質が無事だという情報さえ伝えれば、戦いをやめる」
アンナという少女は、スジャータの身を案じている。
だが誰もスジャータには近づけない。
なんならいまこの世界でもっとも安全な状態かもしれない。
すると完蔵は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「その情報、お前が直接伝える必要があるのか? もし誰でもいいなら、俺が引き受けてもいい」
「えっ?」
「隠密行動は得意なんだ。広島に行って、そいつに情報を届ければいいんだろ? 俺に任せてくれ」
思わず震えた。
神の眷属でなくとも、優秀な人間はいる。
むしろ謎の能力に頼っていないぶん、その才能には信頼がおけるかもしれない。
「頼めるか? もし成功すれば、ぐんと被害をおさえられる」
「結果をご覧あれ。烏賊組の真価を見せてやる」
*
一週間後、移動要塞が消失した。
アンナが神器を解き、戦線を離脱したのだ。
ミゲルをはじめとする敵軍は広島に放置され、そのまま動きが見られなくなった。
俺はその一報を、宿の一室で、ビール瓶片手に聞いた。
「いいご身分だな、柴殿。人が命がけで潜入してきたってのに」
完蔵の愚痴もごもっともだ。
しかし休養も仕事の一部。
「まあそう言うなよ。どうせ出番もなかったんだし」
「そのビール、また古代遺跡から拝借してきたのか?」
「ああ。味はともかく、値段がいい。なにせタダだからな」
いま、帝都の物価は高騰していた。
交易相手であった広島の王朝が壊滅し、商業ルートも機能不全になったせいだ。とにかくモノが入ってこないから、物価だけが上がり続けている。
しかも物資は優先的に軍へ流されるから、市場には出回らない。それでまた値が上がる。
市民も商人も逃げ出して商売が成立していない。で、金額がハネ上がる。
少し前まで賑わっていた帝都も、いまはしんと静まり返ってしまった。
戦争なんかしたって、いいことはひとつもないのだ。
完蔵は茶をすすり、溜め息をついた。
「また天王山に陣を敷くらしい」
「前回の悲劇を繰り返すつもりか?」
「参謀殿の献策だ。今度は森を焼き払うらしい」
そういえば、あの参謀殿の死体は見当たらなかった。
生き延びて、また前線に出るつもりか。
今度は挽回してくれるといいが。
「完蔵さんよ、あんたも飲まないか?」
「遠慮しておくよ。思考が濁るからな」
「そうかい」
それならそれでいい。俺の飲む分が減らずに済む。
ともあれ、完璧にお膳立てしてもらった以上、次は俺たちが結果を出す番だ。
早く片付けて村に帰らなくては。
そろそろキュウ坊の顔が見たくなってきた。
(続く)




