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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
23/39

隠密作戦

 帝都には不穏な空気が満ちていた。


 天王山から戻ってきたと思われる兵士たち、ヒソヒソとウワサ話をする住民たち、大荷物をまとめて逃げ出そうとする人々、盗みでもしたのか衛兵に袋叩きにされている人。

 観光の姿はなく、店も大半が休業していた。


 都庁に入ると、俺を探していたらしい役人が部屋へ案内してくれた。

 書類まみれのデスクには初老の男。かたわらには完蔵もいた。

「よく戻ったな。かけてくれ。組頭、こちらが例の柴三郎です」

 完蔵がそう紹介すると、初老の男が顔をあげた。

「東国の英雄殿か。お初にお目にかかる。それがしは烏賊組の組頭をしている喰代ほおじろと申す」

「初めまして、柴です」

 現代的な庁舎で、忍者の格好をした男たちと会話するのはなかなか違和感がある。

 彼は皇帝から直接命令を受けている人物。

 いったいなんの用だろうか。


「天王山では苦労したようだな。敵は単騎でゲリラ戦を仕掛けてきたとか」

「能力者でしたよ。俺や中野氏の同類でしょう」

「あの一帯は広島との緩衝地帯でな。あえて手を入れず、森の茂るに任せておったのだ。それがアダとなった」

「烏賊組の皆さんは、ああいう場所は得意なのでは?」

 俺の勝手なイメージだが、ゲリラ戦術なら忍者の出番だろう。


 喰代はしわだらけの顔で苦笑した。

「手を貸したいのは山々だが、陛下のご命令がなくてはな」

「それで、ご用というのは?」

 なかなか本題に入らないので、こちらからせかした。


「じつはうちの新入りが、おぬしを作戦に使いたいと言っておるのだ」

「新入り?」

「少々変わり者だが、発想が面白い。聞くだけ聞いてやってみてくれんか」

「はぁ」


 *


 完蔵に先導され、別室へやってきた。

 刑事ドラマで見る取調室のような狭い部屋に、書類が積まれている。そこに若者が一人。


 完蔵が渋い表情を浮かべた。

おどろ、連れてきたぞ」

「ふぁっ!?」

 猛烈な勢いで手元の紙になにかを書いていた男は、血走った目でこちらを見た。

 あまり寝ていないらしく、目元にクマができている。


「こ、この人が東国から来たっていう? ほうほう。見た目は普通……あまりに平凡すぎる。だがもし本物なら、小生の作戦には必要になる!」

 茨の兄だ。

 よく見ると、彼の手元の紙には少女が描かれていた。例の尋ね人のチラシに似ている。キュウ坊のことでも描いていたのだろうか。


 すると完蔵が小声でこう伝えてきた。

「お前も会いたかったろ。だが、あいつは妹のことも、殿下のことも、なにも知らん。だから余計なことは言うな。作戦の話だけしろ」

「はいはい」

 秘密を守ってくれたことには感謝する。

 だが言ってることは勝手なことばかりだ。

 こちらは作戦を受けるとも言っていないのに。


 俺は椅子へ勝手に腰をおろした。

「初めまして。柴三郎だ」

「小生は棘。いずれ帝国の大軍師になる人間だ。よろしく頼むよ」

「それは凄いな。さっそく作戦とやらを教えてくれ」

 話が長くなりそうだったので、俺はとっとと本題に入った。


 棘はやや不服そうだったが、描いていた絵をそっと引き出しへしまい、代わりに地図を広げた。

「この地図を見よ。ここが岐阜、ここが広島だ。いま敵はここに布陣していて、小生たちはここ。で、ここが先日戦闘のあった山崎。んー、そうだな。まずは小手調べといこう。貴兄ならどう攻める?」

 自信があるらしく、だいぶ上から目線で話してくる。

 シンジケートに門前払いされたのもうなずけようというものだ。


「俺には秘策があるから、普通の攻め方はしない」

「というと?」

「あの移動要塞は、俺たちの使ってる神器と同じものでな。たったひとりの人間に依存している。で、俺にはその人間を引き込む策がある」

「すでに敵の内情を把握しているだと? どうやって?」

「専用のコールセンターがあるんだよ。それはともかく、直截会って話せば説得できるかもしれないんだ。そのために、広島へ乗り込む必要がある」

 だが、どうやって乗り込むかは、完全に未定だ。

 たぶん土偶を使って強行突破することになると思うが。


 棘は口をへの字にして、虚空を見つめていた。かと思うと、いきなり身を乗り出した。

「小生の作戦はこうだ。凡人は陸路で攻め込もうとする。だが広島には海があるな? そこを使うのだ」

「そんなデカい船がどこかにあるのか?」

「商船を徴発する」

 民間の船をぶんどるということだ。

 それでは戦闘に勝てたとしても、あまりいい結果にならないと思うが。


 彼は意気揚々と言葉を続けた。

「古代には制海権という概念があった。まず海を制す。さすれば戦場の半分は掌握したも同然」

「船なんて出しても、あのエネルギー弾で海に沈められるだけでは?」

「そう! そこで貴兄の出番だ! ウワサでは、貴兄の神器はあの攻撃に耐えられると聞く。となれば、盾になる資格はじゅうぶん」

「俺よりカタいのがいるだろ。あいつは使わないのか?」


 すると後ろから、完蔵がこう補足した。

「中野のことなら現在行方不明だ」

「はい?」

「敵の捕虜になったか、それとも戦死したのかは不明だが……」

 戦闘中行方不明ミッシング・イン・アクション。いわゆる「MIA」というやつだ。

 あのクソ野郎は、野放しにしていい存在ではないのだが。


 とはいえ、本陣を壊滅させられて、俺たちはただ敗走せざるをえなかった。

 兵の管理をしている猶予はなかった。


 棘はバンと机を叩いた。

「とにかく! 海路を使う! さすれば敵は不意を突かれ、雪崩を打って壊走するであろう」

「理想的な展開はそうかもしれないが……。連中がその程度でビビるとは思えない」

「そこをビビらせるのが貴兄の役目!」

 そりゃ広島には行きたい。

 だがこの方法では、船を沈められて全滅するリスクがある上、結局は通常の戦闘になる。

 俺は戦闘を回避したいから、こっそり接近したいのに。


 すると完蔵が「そこまでだ」と割って入った。

「棘、お前の作戦はじゅうぶん柴殿に伝わった。あとはこちらで内容を吟味して、その後、どうするか伝える。ご苦労だったな」

「えっ? まだ話の途中……」

 棘が抗議したが、俺は完蔵に連れ出された。


 *


 廊下に併設された休憩所で茶を供された。

 茶の入ったポットが置かれており、自由に飲んでいいらしい。


「お察しの通り、あいつの作戦は欠陥だらけだ」

 完蔵が溜め息をついたので、俺もつられて溜め息をついた。

「分かってたなら聞かせるなよ」

「だが組頭は、あの小僧をいっぱしの軍師に育てるつもりらしくてな。経験を積ませたいらしい」

「彼に才はあるのか? 自分に都合のいい展開しか考えてないぞ。もしあんなのが参謀になったら、その作戦に命を捧げるのは兵士なんだ。上には賢いのを置くべきだと思うが」

「同感だな……」

 完蔵はすこぶる渋い表情を見せた。


 わりと大きな帝国に見えたが、人材不足なのかもしれない。

 よくこれで発展できたものだ。


 完蔵は茶を飲み干すと、まっすぐこちらを見た。

「ところで、移動要塞の主を引き込めると言っていたな?」

「そうだ。そいつは人質をとられて、やむをえず協力しているだけらしい。だから人質が無事だという情報さえ伝えれば、戦いをやめる」

 アンナという少女は、スジャータの身を案じている。

 だが誰もスジャータには近づけない。

 なんならいまこの世界でもっとも安全な状態かもしれない。


 すると完蔵は、ニヤリと笑みを浮かべた。

「その情報、お前が直接伝える必要があるのか? もし誰でもいいなら、俺が引き受けてもいい」

「えっ?」

「隠密行動は得意なんだ。広島に行って、そいつに情報を届ければいいんだろ? 俺に任せてくれ」


 思わず震えた。

 神の眷属でなくとも、優秀な人間はいる。

 むしろ謎の能力に頼っていないぶん、その才能には信頼がおけるかもしれない。


「頼めるか? もし成功すれば、ぐんと被害をおさえられる」

「結果をご覧あれ。烏賊組の真価を見せてやる」


 *


 一週間後、移動要塞が消失した。

 アンナが神器を解き、戦線を離脱したのだ。

 ミゲルをはじめとする敵軍は広島に放置され、そのまま動きが見られなくなった。


 俺はその一報を、宿の一室で、ビール瓶片手に聞いた。

「いいご身分だな、柴殿。人が命がけで潜入してきたってのに」

 完蔵の愚痴もごもっともだ。

 しかし休養も仕事の一部。

「まあそう言うなよ。どうせ出番もなかったんだし」

「そのビール、また古代遺跡から拝借してきたのか?」

「ああ。味はともかく、値段がいい。なにせタダだからな」


 いま、帝都の物価は高騰していた。

 交易相手であった広島の王朝が壊滅し、商業ルートも機能不全になったせいだ。とにかくモノが入ってこないから、物価だけが上がり続けている。

 しかも物資は優先的に軍へ流されるから、市場には出回らない。それでまた値が上がる。

 市民も商人も逃げ出して商売が成立していない。で、金額がハネ上がる。


 少し前まで賑わっていた帝都も、いまはしんと静まり返ってしまった。

 戦争なんかしたって、いいことはひとつもないのだ。


 完蔵は茶をすすり、溜め息をついた。

「また天王山に陣を敷くらしい」

「前回の悲劇を繰り返すつもりか?」

「参謀殿の献策だ。今度は森を焼き払うらしい」

 そういえば、あの参謀殿の死体は見当たらなかった。

 生き延びて、また前線に出るつもりか。

 今度は挽回してくれるといいが。


「完蔵さんよ、あんたも飲まないか?」

「遠慮しておくよ。思考が濁るからな」

「そうかい」

 それならそれでいい。俺の飲む分が減らずに済む。


 ともあれ、完璧にお膳立てしてもらった以上、次は俺たちが結果を出す番だ。

 早く片付けて村に帰らなくては。

 そろそろキュウ坊の顔が見たくなってきた。


(続く)

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