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人造神話  作者: 不覚たん
灰燼編
22/39

天王山の戦い 二

 本陣に戻ると、すでに壊滅状態であった。

 絶命した総大将が地べたに転がされており、陣地を固めていた精鋭も全滅。

 代わりに、見知らぬ男が椅子に腰をおろしていた。

「おい、あんた。武装を解除してこっちに来い。お前たちのボスは討ち取った」

 燃えるような赤髭の男。海賊にしか見えない服装をしている。


 俺は素直に武装解除し、男の前に立った。

「あんたがやったのか?」

「ミゲルだ。同じ下級クラスだったろ? 記憶にないか?」

「なんだか記憶が曖昧でな。柴三郎だ」

 握手はしなかったが、敵意がないことだけは確認できた。


 ミゲル――。

 その名は思い出せない。

 神に選ばれた人間は約百名。分裂騒動ののち、一緒に残ったメンバーはわりと記憶にあるのだが、先に出て行ったメンバーのことはほとんど印象にない。

 もしかするとこのミゲルは、初期に出て行った人間かもしれない。

 しかし出て行ったのなら、なぜ神の軍勢を名乗っているのだろうか?

 塔から来たのではないのか?


 ミゲルはシャープな顔立ちでフッと笑った。

「お前の武装、なかなか興味深いな。仲間になれよ。きっと楽しめるぜ」

「裏切れと?」

「そう深刻に受け止めるな。転職だよ。ま、こっちの上層部はイカレたカルトだが、気にすることはねぇ。こうして敵をぶっ飛ばしてりゃウマい思いができる。お前の泥人形も役に立つはずだ」

 またカルトか。

 うんざりだな。

 だが、ここでキッパリ断るのはもったいない。

 情報収集のチャンスだ。


 俺はできるだけ悩んでいるようなそぶりを見せて、こう尋ねた。

「興味深い話だが、その『カルト』ってのが気になるな。指導してるのは誰なんだ?」

「トップはジョシュア。完全にイカレちまってるが、神の代弁者ってことになってる」

「そいつならおぼえてる」


 ジョシュアは中級クラスにいたスキンヘッドの老人だ。

 難しい顔で、いつも意味不明なことを言っていた。

 神が死んだあと、何人かを連れてまっさきに塔から出て行った。分裂はそこから始まったのだ。


 ミゲルは肩をすくめた。

「べつにいいんだぜ。教義なんて無視したって。神の眷属であれば、好きなように生きられる」

「神の眷属でなければ?」

「市民か? あいつらは自由を奪われる。神の教義を徹底的に叩き込まれて、朝から晩まですべての行動を管理されるんだ。まあクソだな。俺たちは運がよかった」

「奴隷みたいにこき使って上前をハネるのか?」

「そう言うなよ。可哀相に思えてくるだろ」

 小バカにしたような笑みで返されてしまった。


 とんでもないクソ集団だ。

 一秒でも早く滅んだほうがいい。


「悪いが、参加する気になれないな」

「だがお前たちのボスは死んだぞ?」

「もっと上のボスがいる」

「そうか。残念だな、話の分かるヤツだと思ってたのに」

 交渉は決裂。

 で、どうする?

 仕掛けてくる気か?


 ミゲルは立ち上がると、軽く両手をあげた。

「おっと勘違いするなよ。お前とは戦わない。俺は隠れてコソコソやる主義だからな」

「帰るのか?」

「ああ。ただの偵察だからな」

 偵察のついでに部隊を壊滅させたのか。

 とんでもない戦力だ。

 きっと裏に、もっとヤバいのがいっぱい控えているんだろう。


 *


 街は、撤退した兵士であふれかえっていた。

 おかげで宿は満室。

 炊事の煙は、街の外にもあがっていた。かわいそうに、畑は荒らされてしまった。兵士たちが、ついでとばかりに野菜を引っこ抜いているのだ。


 負傷者はほとんどいないなかった。

 直撃すれば死ぬが、巻き込まれなければ無傷で済む。

 運だけで明暗が分かれた。


 俺は街を離れ、古代遺跡に入った。

 日が暮れてきた。


 とんでもない一日だった。

 たった一人の人間に、部隊を壊滅させられた。

 どんな攻撃だったのか、いまだに分からない。分かっているのは、巨大なエネルギーの塊が飛んできて、直撃されればなにもかもがふっ飛ぶということだけだ。


 俺は無人のバーに入り、勝手に酒を拝借した。

 例の移動要塞はまだ広島にあるから、岐阜の帝都へはしばらく攻め込んでこないだろう。しかしいずれ来る。来て、すべてを破壊する。


 赤ワインの栓を抜き、瓶から直接飲んだ。

 銘柄は、ラベルを見てもよく分からない。

 俺に区別できるのは、赤か白かだけ。

 酔えればなんでもいい。


 黒い人影が近づいてきて、俺の隣に腰をおろした。

「もしかすると、ミゲルの誘いに乗るのではないかと思っていました」

 庭師だ。

 あのやり取りも監視していたらしい。

「カルトは好きじゃない」

「けれども、彼らはとても強い。あなたが勝てるとは思えません」

「俺もそう思う。ただし、それは一人で戦った場合の話だ。仲間がいれば状況も変わる」

「仲間とは?」

「たとえばあんたとか」

 酒に酔っていなければ、こんな言葉は出てこなかったかもしれない。


 庭師はしかし笑わなかった。

「私?」

「あんたが中立的な立場を貫こうとしてるのは、なんとなく分かる。だがあいつらはどうだ? 世界を征服し、すべてをコントロールしようとしてるぞ。それでもいいのか?」

「それでもなお、私が確固たる意思によって、干渉を拒んでいるのだとしたら?」

 象牙の塔にでもこもっているつもりか?

 俺は思わず鼻で笑った。

「さっきあいつと話してみて分かったんだが、たぶん塔から来てるんじゃないよな? マイケルとも組んでない。ジョシュア爺さんがどういうつもりかは分からないが。あの調子だと、いずれ塔も手に入れようとするんじゃないのか?」


 いま俺たちと組まないと、自分も被害に遭うかもしれないぞ、という揺さぶりだ。

 まあたぶん通じないとは思うが。


 庭師は数秒考えてから、こう応じた。

「それもまた自然の摂理。結局のところ、人は神に従うのではなく、神の名のもとに自分の意思を押し通そうとするだけ。千年前の世界を知っているあなたにはお分かりでしょう?」

「仮にそれが事実だとして、受け入れるかどうかはまた別の話だ。俺はあんなヤツらに、この世界を支配して欲しくない。あんたはどうなんだ?」

「私の希望など……」

 もともとこういう性格なのか?

 あるいは、なにか理由があって意見を言えないのか?


 俺は肩をすくめ、ワインを一口やった。

「悪いな、俺ばっかり飲んで」

「いえ」

「なあ、あんたまだ塔にいるんだよな? どんな景色だ? きっといい眺めなんだろうな」

「はい。とても美しいですよ。哀しいくらいに」


 本当に眩しかった。

 そして確かに美しかった。


 錆びた金属の床。

 流れ落ちる清冽な水。

 空と森。

 太陽。


 玉座には神がいた。


 あのとき俺は、新たな世界の始まりに胸おどらせた。

 きっと理想的な世界にするんだと思っていた。


 だが結局は、些細なことで意見を対立させ、他者へのマウントを始め、序列をつけ、支配と被支配の関係を確立し、すぐさま窮屈になった。

 しかもあの小さな集団で起きたいざこざが、そのまま世界にまき散らされてしまった。


 世界は、俺の知る千年前よりひどくなった。

 インフラも文明もないから、教育もなかった。

 俺が常識だと思っていることでさえ、人々は「努力」して「発見」しなければならなかった。


 あのとき俺たちは、イヤでも力を合わせて文明を築くべきだったのだ。

 なのに妥協できず、バラバラになってしまった。


「なあ、庭師よ。あんた、ホントにあいつらを肯定できるのか? あいつらの支配する世界を、塔から眺めていたいと思うのか? もし違うと思うなら、俺たちに手を貸してくれないか? 立場上、難しいのは理解するが……」

 すると彼女は、かすかに溜め息をついた。

「大規模な軍勢ですが、ほとんどが一般市民です。能力者はミゲルとアンナだけ。そしてアンナは、人質をとられてやむをえず協力している」

「ほう。ならその人質ってのを救出できれば、アンナは自由になるんだな?」

「ですがその人質というのが……」


 彼女はうつむいたまま、黙り込んでしまった。

 言いたくないのか?

 それとも通信障害か?


「誰なんだ?」

「スジャータです」

「はい? どういう経緯で?」

 スジャータ。人の心を読む女。

 塔の地下に幽閉されていたはず。


「まだ塔の地下にいます」

「おいおい。ならあんたの管轄だろ?」

「カギはジョシュアが持ち去りました」

「壊せないのか?」

「塔の機構は、人がどうにかできるものではありません」

 あきれた。

 つまり庭師は、千年もの間、自宅の地下に住む女を助けられないでいるということだ。


「で、そのジョシュア爺さんはどこにいるんだ?」

「インド北部の神殿に」

「分かってるとは思うが、俺がそこへ行って戻ってくる間に、なにもかもが終わるぞ」

「策はあります。いま塔は閉鎖状態ですので、ジョシュアが侵入することはできません」

「閉鎖?」

 俺が疑問を投げかけたが、彼女は無視した。

「ですので、スジャータの身に危険が及ぶことはありません。その事実を伝えれば、アンナは考えを変えるでしょう」

「あんたが伝えてくれたら楽なんだが」

 すると彼女は、遠慮もなく大きな溜め息をついた。

「知らないのですか? 私は彼女に嫌われているのです。いつまでもスジャータを閉じ込めている悪人だと……」

「分かった。悪かった。俺が伝える。協力に感謝するよ。本当に助かった」


 どいつもこいつも関係がこじれ過ぎている。

 いや、打開策が手に入っただけでもよしとしなくては。

 問題は、どうやってそのアンナとやらに会うか、だが……。


(続く)

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