天王山の戦い 一
ドーンと地響きなような音とともに、その一日は始まった。
場所は山崎の天王山。
のんきに熟睡していた俺たちは、突然の爆音で叩き起こされた。
もう夜ではない。
だが朝というには早すぎた。
日は、ようやくのぼろうとしているところ。
「敵襲! 敵襲だ! 戦闘準備! ほら起きろ!」
分隊長らしき男が怒鳴り散らすと、兵たちがあわただしく準備を始めた。
敵陣から数名の兵が出てきたという報告は聞いた。
だからといって、こんな大規模な攻撃を、しかも本陣に直接しかけてくるとは……。
甲冑のまま寝ていた総大将は「おお、攻撃か」などと悠長な感想をつぶやいた。
パニックを起こさないだけマシだが、もう少し危機感を持ったほうがいいような気もする。
伝令が駆け込んできた。
「山田隊、壊滅! 投石機も被害を受けた模様!」
山田隊の規模は不明だが、出所不明の攻撃で一部隊が壊滅というのは、にわかには信じられない情報だ。
参謀が眉をひそめた。
「急ぎ位置を特定させよ」
「ハッ!」
見晴らしがいいのは結構だが、山の上に堂々と陣を構えているのだから、攻撃の的にされてもおかしくはない。
ともあれ俺も、敵に先手を打たれるとは思わなかったが。
俺は総大将へ告げた。
「出動します」
「許可する。ほれ、オウムガイ殿も行け」
すると疲れた顔の中年男性、中野三千夫が「はい」と不服そうに応じた。
俺は神器「土偶」を展開した。
全長4メートル強。
いわゆる巨大なロボットのようなものだ。
念じるだけで操作できる。
中野もオウムガイを展開した。
これは頑丈なのはいいが、とにかく足が遅すぎる。触手でズルズルと地面を這わねばならない。
敵は二発目を撃ってこない。
まさかただの挨拶ということはないだろうが。
*
世界が原野に戻され、新たに仕切り直されたとき、一基の塔がその出発点となった。
とにかく高い塔だった。
たくさんの人間が檻に押し込まれていた。
神は、そこから眷属を選んでいたのだ。
俺も中野もそのとき選ばれたメンバーだった。
ところが、いざこれから世界を再建するというとき、肝心の神が死んでしまった。
動揺が広がった。
眷属の多くは塔から離れた。
俺は追放された。
地上に解き放たれた人間たちは、千年の歳月をかけて、ゆっくりと、世代交代をしながら、自分たちのペースで村や街を作っていった。
そして先日、この日本へ、西から大規模な軍勢がやってきた。
彼らは「神の軍勢」を自称していた。
*
土偶型神器は、エーテルを放出して数メートルほど浮遊することができる。
目立ってしまうが、高所から状況を確認したいときは便利だ。
だが、ダーンと信じられない衝撃があり、機体が大きくかたむいた。ギリギリで墜落を回避できたものの、極端に姿勢が不安定になった。どこか壊されたかもしれない。
「攻撃を受けた!」
「そんなに目立つからですよ……」
オウムガイから皮肉が飛んできた。
期間限定とはいえ、いまは仲間だということを思い出して欲しいな。
木々が多いせいで、どこから撃たれたか分からなかった。
味方の観測手が位置を割り出してくれたらいいのだが。
俺はやむをえず着地し、身をかがめた。
脚部をやられたかもしれない。
「庭師、いま話せるか?」
「ええ」
帝国はいまだ無線技術を有していないが、この機体を使えば塔にいる庭師と通信がつながる。
「こいつが壊れたら、どうやって修理するんだ?」
「心配しないでください。あなたのエネルギーを使って、自動的に修復されます」
「俺のエネルギー?」
「大丈夫。あなたが死なない限り、すぐに回復しますから。その破壊兵器の動力も同じです」
「ありがとう。質問は以上だ」
俺は後方からのそのそ張ってくるオウムガイを見た。
「中野さん、悪いが盾になってくれないか?」
「はい? 正気ですか?」
「そっちのほうが頑丈なんだから。頼むよ」
「お断りです」
まあ盾になれというのはひどい提案だが。
しかしこれじゃ連携しようがない。
敵の位置を確認したいが、飛ぶのは危険だ。
派手に動けば撃たれる。
いったいどんな攻撃だったのだろうか?
砲弾の欠片が見当たらないところを見ると、なんらかのエネルギーによる攻撃だろうか?
だとしたら神の眷属かもしれない。
「中野さん、なにか策は?」
「敵を探すんでしょう?」
「いったん退避して、状況を報告したほうがいいかも」
「ここまで来たのに?」
ここまでとはいうが、特に行きたい場所があって前進したわけではない。
動きののろいオウムガイで移動するのが億劫なのは分かるが。
「なら残る? 俺は報告して来るけど」
「あなたねぇ」
「そっちこそ、自分の役割を思い出して欲しいもんだな。非協力的なら、いつでも檻の中に戻ってもらうぜ」
「……」
中野はこの戦いのために恩赦された身だ。もっと協力する意思を見せるべきだ。
*
うるさいオウムガイを押しながら本陣へ戻った。
総大将は地図を見ながら、参謀となにやら検討中。
「おう、柴殿。派手に被弾したようだな」
「おそらくエネルギー攻撃ですね。俺たちのような破壊兵器を有してるかも」
「厄介だな。観測手がおおよその位置を算出したが、たぶんもう移動してるはずだ。連中、動きが速いぞ」
機動力を使った一撃離脱戦法か。
しかもその一撃が重い。
参謀が目を細めた。
「森ごと焼き払いましょう」
「は?」
「位置を特定できない以上、他に選択肢はありません」
総大将は顔をしかめた。
「けど参謀殿よ、すでにだいぶ兵を展開している。引かせるまで時間がかかるぞ」
「兵ごと焼きます」
「おいおい……」
「見たところ、あの攻撃は常に単発。つまり希少なエースによるものと推定できます。雑兵と引き換えに敵エースをつぶせれば、我が国にとって大きな貢献となりましょう」
こいつ、被害を数字でしか見ないタイプか。
名前は確認してないが、まさか茨の兄じゃないだろうな。
総大将はこの上なく渋い顔だ。
「ダメだダメだ。必要な犠牲ならいくらでも払うが、これは認められん。他の戦術を考案しろ」
「かしこまりました」
参謀はビジネススーツのような、学校の制服のような、なんとも言えない服装をしている。
敵と直接戦うわけではないから、こういう格好で戦場に立っていられるのだろう。
俺はその参謀殿に尋ねた。
「こちらへも、なにかアドバイスは?」
「敵の砲撃を引き付けてくれると助かりますね。兵が死なずにすみますので」
「了解」
ムカつくが、兵が助かるなら引き受けてもいい。
飛べばいつでも標的になれる。
ごく簡単な仕事だ。
「中野さん、あんたは勝手にやってくれ。俺は一人で行く」
「ご勝手に」
*
エーテルを噴射し、俺は森の上空を飛び回った。
まだ姿勢が不安定だが、あと二、三発は耐えられそうな気がする。もし墜落したら、どこかに隠れるしかない。
ダーンと音がして、また機体がかたむいた。
やや後方。
あわや地面に激突しそうになったが、なんとか身をサバいて軟着陸した。この重量でフリーフォールしたら、きっと致命的なダメージを受けるだろう。
しかしちょっと飛んだだけでこれだ。
兵の盾になるのはいいが、そう何回ももたないぞ。
土偶をかがませ、俺はしばらく様子を見た。
特に動きはない。
向こうも俺のことは警戒しているはずだから、乱射して来ない。きっとまたこの森を移動していることだろう。
このバカデカい身体は、ゲリラ戦には不向きだ。
「庭師、またいいか?」
「はい?」
暇つぶしに語り掛けると、彼女はやや迷惑そうに返事をしてきた。
いつも悪いな……。
「敵も神器を持ってるんだよな?」
「敵というのが誰のことかは分かりませんが、神の眷属であれば、誰でも所有する機会があります」
「小型のもあるのか?」
「はい。個人の資質に応じて提供されますから。中には通常サイズの剣や鎧ということもあります」
剣や鎧か。
いかにも英雄にふさわしい「神器」だ。
しかし個人の資質とはなんだろう?
庭師のイメージでは、俺は土偶を乗り回したそうなヤツってことか?
まあ気分よく乗り回していたのは否定しないが。
「悪いな。用はそれだけだ」
「まるでコールセンターですね」
その皮肉を最後に、通信は終了した。
実際、コールセンターだろう。
それ以外の用途が思いつかない。
世間話を楽しめそうなタイプとも思えないしな。
ともあれ、敵が小型の神器で戦っているのだとしたら、探すのは大変だ。
上空から見えるわけがない。
人海戦術で森を捜索するしかないわけだから、結果論ではあるが、総大将の戦術は正解だったということだ。
まあ参謀殿の作戦でも「あぶり出す」ことはできたかもしれない。
本陣からピーと笛の音がした。
伝令も駆け回っているらしく、各所からピーピー音がした。
撤収の合図だ。
なにか進展でもあったのだろうか。
(続く)




