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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
2/39

ろくに言葉もなかった

 千年も前の出来事だから、記憶に曖昧なところがあるかもしれない。


 もともと、俺はありふれた日本人の一人だった。

 歳は二十代だったような気がするが、もしかすると三十に達していたかもしれない。

 少しでも人より特別な存在になりたいと思っていたものの、特別になれないまま、日々を送っていた。せめて自分だけは、自分を特別だと思っていたかった。悶々とした毎日だった。


 ある日、目を覚ますと、俺は鋼鉄の檻に閉じ込められていた。

 トイレと流し台、ベッドがあるだけの、四角形の部屋。

 小さな格子窓から見えたのは、錆びついた鉄柵と、吹き抜けの闇だけだった。


 音は聞こえた。

 壁や床をドンドン叩く音、「出してくれ」「助けてくれ」という怒号と絶叫、そしてすすり泣き。

 自分以外にも、たくさんの人間が閉じ込められているのが分かった。


 食事を運んでくるのは、髪をまとめた白衣の女。

 つめたい目をしていた。


 当時はまだ知る由もなかったが、その時点で、すでに俺たちの世界は機能を停止していた。「破壊」とは違うかもしれないが、とにかく機能不全に追い込まれていた。文明が消滅したのだ。

 神の御手によって。


 そう。

 すべては、たったひとりの神の仕業であった。


 のちに知ることになるが、神は世界を滅ぼした上で、俺たち人類を檻で管理し、自分の眷属にできそうなものを選別していた。

 人々は順に檻から連れ出され、神と面会し、なんらかの言葉を交わした。

 檻に戻ってきたものの中には、「あんなの神じゃない」と叫ぶものもいた。


 やがて俺にも、神と対話する機会が訪れた。

 檻から出され、白衣の女に連れられて、鉄骨だけの工業用エレベーターで塔の頂上へ向かった。


 背後にずらりと眷属を並べ、立派な玉座に腰をおろしていたのは神――少年だった。

 微笑のような、無表情のような、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。


 長いこと薄暗い部屋にいたこともあり、俺は空の眩しさに目を細めた。

 すべてが輝いて見えた。


 空なんて、以前なら顔をあげればいくらでも見ることができたはずなのに。いまさらその眩しさを知ることになろうとは。きっと俺は、そのときまでロクに空を見たことがなかったのだ。


 とんでもなく高い塔だった。

 上には銀幕のような空。

 下には鬱蒼とした緑の大地。

 それ以外には、俺たちの立つ円形の床しか存在しなかった。


 水道管からあふれた水が、水路をなして大地へ降り注いでいた。

 錆びた床には植物のツタが這い回っていた。きっと地上の植物が、塔の頂上にまでツタを伸ばしてきたのだろう。清冽な水を求めたのかもしれない。


 正直な話、最初はカルト宗教にしか見えなかったが……。

 しかし地上の様子を眺める限りでは、もう、そんなことを言っていられないと思った。

 人類がかつて好き放題に削り取っていた大地は、緑によってすっかり再征服されていたのだ。この時点で、俺の知る時代からすでに何百年も経過していたのだろう。


 ああ、だが。

 俺は気がつくべきだった。

 もっと根本的な世界の異常さに。


 神は俺に、ひざまずくよう告げた。

 しかし俺はせめてもの抵抗に、なぜかと尋ねた。

 彼の回答はこうだ。


「力を授けたい。だけどこのままでは、君の頭に手が届かない」


 みんな笑っていた。

 ありふれたやり取りだったのかもしれない。


 かくして俺は力を授かり、神の眷属となった。

 檻に戻された人間たちとは違う、特別な存在。

 肉体は老いることがなく、特別な事情がなければ死ぬこともない。固有の能力として、物質を破壊する衝撃波を得た。

 ただの人間ではない。

 だが、俺は思った。

 この力で、なにをせよと?


 俺以外の眷属にも、さまざまな力が与えられていた。

 嵐を呼ぶ能力、火を起こす能力、傷を再生させる能力、千里眼の能力、心を読む能力、ほかにもなんだか分からない能力。


 ともあれ、神の名のもとに、眷属たちは力を合わせ、世界をリデザインすることになった。

 いや、そもそも神は、自分でなにもかも奪っておいて、またイチから作り直せというのだから、ずいぶん妙な話なのだが。


 そうは言っても相手は神だ。俺たちに拒否権などない。仮に拒否したところで、この大自然を受け入れるしかない。

 それどころか、力を授けてくれた神に心酔し、絶対視するものまで現れた。つまり、神の御言葉に反論するなどもってのほかで、疑問さえ抱くなという考えだ。

 俺たち人間「ごとき」には分からないお考えをお持ちなのだから、人間「ごとき」が考えるだけムダなのだそうだ。それにしても一回くらいは説明を求めておくべきだったと思うのだが。


「俺たちは選ばれた人間だ。神の名のもとに、誇りをもって世界を再建しよう」


 マイケルという名の、声のデカい屈強な男が、リーダーのように振る舞っていた。

 内心どう思っていたのかは不明だが、神は彼を止めなかった。


 神、眷属、その他の有象無象、というヒエラルキーが造られた。

 俺たちは、べつに立派だから力を与えられたわけじゃない。そもそも言葉で理由を聞かされていない。神が「力を授ける」と言っただけだ。

 それなのに、眷属の大半は、自分が他の人間より偉くなったと錯覚し始めた。

 もしかすると少年が「神」でなく「悪魔」であった可能性もあるというのに。


 物言わぬ神に代わって、神の眷属が人類を指導し、地上の再興を始めた。

 だがこれは、思ったほど成功しなかった。

 理由は簡単だ。

 たとえばパンチングマシーンをぶん殴って、デカい数字を出したヤツから順に政治家にしたような状態だ。暴力的には優れているだろう。しかし、指導者として優れているとは限らない。


 マイケルは特に憤慨していた。

 プロジェクトが思うように進まないのは、愚かで無知な人間どもが、自分の指示通りに動かないからだと言い出した。自分の指導がおかしいということなどまったく考えもせずに。


 ほかにも事件はあった。

 心を読む能力をもった女が、議会の決定で幽閉されることになったのだ。

 彼女の前では、どんな考えも読まれてしまう。

 神に選ばれた眷属とて、しょせんは俗な人間だとバレてしまうのだ。

 それに、もし彼女が虚偽の情報で誰かを攻撃した場合、俺たちには身の潔白を証明する手段がなかった。

 だからみんな、彼女の存在を恐れた。

 結果、彼女は塔の最下層に幽閉されることになった。


 もっと露骨な対立もあった。

 無口でゴツいミハエルという男が、ある日、マイケルをぶん殴るという事件が起きた。

 どうやら女を巡ってのケンカらしかった。

 はじめはただの殴り合いだったのだが、すぐに能力を使った戦闘に発展し、稲妻に打たれたミハエルが死亡した。


 そう。

 眷属は基本的に不老不死なのだが、同じ眷属の攻撃を受けた場合、蘇生できず絶命してしまうのだ。


 この件でマイケルは罰を受けなかった。

 神がなんらの意思も示さなかったからだ。

 調子に乗ったマイケルは「これこそが神の御意思だ」と主張し始めた。

 だが、きっと神にとってはどうでもよかったのだろう。人々が能力に狂わされて仲間を殺し始めるのは、間違いなく想定内であったはず。どう考えても自明だし、こうならないほうがおかしい。もしこの程度の想定もせず無邪気に能力を与えていたのだとしたら、神の看板をおろして欲しいくらいだ。


 おかげでマイケルはさらに増長した。

 議会の決定で、眷属の中にも階級がもうけられたのだ。上級、中級、下級の三クラス。もちろんマイケルとその取り巻きは上級クラス。マイケルの意見に反対票ばかり投じていた俺は下級にされた。


 下級クラスは会議に参加する権利さえ失い、ただ上からの命令を待つ身となった。

 頂上への立入も禁じられ、神との面会さえ許可されなくなった。神に会うという行為すら、一部メンバーの特権と化したのだ。


 だがある夕刻、立入禁止のはずの頂上へ、なぜか呼び出されることになった。

 俺だけでなく、地下に幽閉されていた女もいた。

 百名はいただろうか。


「神が直々に皆を招集した。御言葉をくだされるそうだ。心して聞くように」

 まるで代理人のような態度のマイケルが、誇らしげにそう告げた。

 いつも神の態度に助けられていたから、次に出てくる言葉も、きっと自分にとって都合のいいものになると思い込んでいたのだろう。


「世界の庭師たる僕の後継者を指名したいと思う」


 神の言葉に、場は一瞬ざわつき、すぐにしんと静まり返った。

 後継者――。神が、誰かに役割を譲るということだ。しかし本当に? 役割だけを神以外の誰かに譲ったとして、それで神と同等の存在になれるのか?


「日が没すれば僕の力は尽き、死ぬことになるだろう。だから、僕の代わりとなる庭師を指名する。そのものの名は……」


 神の口から発せられたのは、俺の名ではなかった。

 マイケルでもない。

 下級クラスの、目立たない地味な女。

 全員の視線がそちらへ向けられ、彼女は膝から崩れ落ちた。

 マイケルも口をパクパクさせていた。


 まもなく日が没し、神は絶命した。

 庭師とはなんなのか、それがどういう役割なのかを説明せぬまま。

 皆、わけも分からぬまま、神の死だけを目撃させられた。


 その後の分裂はあっという間だった。

 みんなはもともと神に心酔していただけで、マイケルを好意的には思っていなかった。だから神がいなくなると、塔を去るものが出始めた。上級クラスに入れなかったものたちの離反は特に早かった。

 マイケルは塔に残り、庭師を玉座へ座らせた。だが、あくまで形式的な措置であり、実権は自分が握り続けた。

 上級クラスは、あいも変わらずバカげたプランを出し続けた。まださしたる土木技術も確立されていないのに、神の遺体を祀る巨大神殿を、数十年がかりで建造すると言い出したのだ。

 そんなものに翻弄される市民たちが気の毒だったから、俺は彼らの橋渡し役として塔に残った。


 だが結局、俺は追放された。

 何度も市民側に立って活動したため、上級クラスに対して反逆の意思があるとみなされたのだ。

 特に荷物もなく、手ぶらで塔を追い出された。

 命を奪われなかっただけマシかもしれないが。


 その後、塔がどうなったのかは知らない。

 長い歳月をかけて、日本と思しき場所へ到達した。

 必死で生きているうち、千年が経過した。


(続く)

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