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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
19/39

神の名のもとに 一

 村に留まって帝国と戦うか、あるいは支配を受け入れて降伏するか、どこかよそへ退避するか……。

 投票の結果、僅差で戦うことに決まった。

 割合はほぼ「4:2:4」といったところ。


 数字だけ見ると、かなり好戦的にも思える。しかし彼らは帝国の強さを知らない。なおかつ俺があの土偶で簡単に蹴散らすと思っている。つまり圧勝だと思い込んでいる。

 俺は余計なことは言わない。

 決定には従う。そして村人にも従わせる。


「ここは山と山に挟まれていて道が狭い。だから敵が兵を展開するにしても、せいぜい二列か三列。その代わり、突破力が高くなるから、俺たちは正面から当たるべきじゃない。どこかに罠を仕掛けて、勢いをくじきながら引き込むのがいいと思うんだが。どうだろう? ほかにアイデアのあるものは?」

 俺はそう尋ねたが、村人たちはみんなぼうっとしていた。

 そんなの聞かれても分かんねーよといった顔だ。

 さんざん二つの村で「戦争」をしていたというのに。まったく教訓というものが生じていない。彼らは数に任せて棒切れで叩くことしか知らなかった。


「分かった。自分で言うのもなんだが、この予想は完璧じゃない。たとえば敵がどこか山を越えて、斜面をくだって攻め込んでくる可能性がある。もしくは山を迂回して、東から攻め込んでくる可能性もある。いや、兵を分けて、すべてのルートから来る可能性さえある」

 するとようやく、男のひとりが口を開いた。

「で、実際のところ、どれが正解なんです?」

「それが分からないから話し合ってるんだ。まあ東から攻めてくる可能性は低いだろう。あっちはあっちで別の街があるし。俺の予想では、主力を西から進軍させておいて、精鋭が山をこえて攻めてくるのでは、と見ている」

「あんたに分かんねぇんじゃ、俺らにも分かんねぇよ」

「頼む。考えてくれ。正確なところは俺にも分からないんだ。知恵を貸してくれ」

 誰も彼も、ホントに攻めてくるのか怪しんでいる顔だ。


 実際に目の前に来るまで、本気で考えないかもしれない。

 そして手遅れになってから慌てるのだ。


 べつにマウントを取ってるわけじゃない。

 俺は運よく平和な時代に生まれた。

 黙ってても学校に通えた。

 歴史を学ぶ機会もあった。

 とにかく「それ」が「起こる」と知っている。

 千年のうちに、実際に体験もした。


 一方、彼らはまず歴史を知らないし、外の世界も知らない。情報の入手経路も限られており、学習の機会さえない。いま俺が喋っていることは、すべて「寝耳に水」だろう。急にいろいろ言われたところで、点と点がつながらない。

 だから正確には、彼らが悪いのではなく、環境が悪いのだ。


 それでも、責めたい気持ちにはなる。


「じゃあ決めてくれ。俺は西から来る主力と戦うべきか? それとも山をこえてくる精鋭を警戒するべきか? どっちだ?」

 ざわざわし始めた。

 たぶんどっちも俺にやらせたいのだろう。

「村長さんはどうしたいんだ?」

 そんな質問が飛んできた。

 本当に希望を言っていいのだろうか。

 正解は「ここを投げ出してよそへ行きたい」だ。


「まあ、そうだな。主力は必ず現れるが、精鋭は来るかどうか分からない。だから西からの攻撃を警戒しておけば間違いない気もする」

「じゃあそれで」

「はい」

 じゃあそれで。

 なつかしい気持ちになる。


 俺はかつて、あえて戦いに参加せず、戦い方だけを教えて集団を勝利に導いたことがあった。

 少なからず被害は出たが、劣勢をくつがえしての勝利だったから、かなりの手ごたえを感じた。

 そのとき投げかけられた言葉は、いまでも記憶に残っている。

「最初からあんたがやってくれたら楽だったのにな」

 素朴な感想だったのだろう。

 彼らは仲間を失った。

 しかし俺が先頭に立って戦ったら、仲間を失わずに済んだはず。

 それは分かる。

 分かるが、あんまりだと思った。


 他人なんて助けるだけバカを見る。

 だから助けなければいい。

 なのに、なぜか俺は首を突っ込んでしまう。

 きっと誰かに必要とされたいのだ。

 承認欲求。

 呪いのような感情――。


 疲れて空を見上げると、すでに夜になっていた。

 まっくらな夜に、星々が強く輝いている。

 美しい。

 この地上に、人間は必要なのだろうか……。

 いや、もし必要じゃないとしても、俺たちは生きるしかない。死にたくないのだ。これも呪いだ。


 *


 翌日、来客があった。

 西から早馬を飛ばし、単騎で乗り込んできたのは完蔵だった。

 ただし戦うためじゃない。

 もっと別の要件だ。


「はぁ、よかった。焼け落ちた村があったから、事故にでも巻き込まれたのかと思ったぞ」

「いろいろあってな」

 彼はふところから取り出した封書をこちらへ押し付けると、中を確認する間もなくこう切り出した。

「西から大規模な軍勢が攻めてきた。ついてはこの村と同盟を結びたい」

「はい?」


 西から? 大規模な軍勢が? 攻めてきた?

 この村と同盟を? 結びたい?


 俺は思わずふっと鼻で笑った。

「なるほど。俺たちを東征しようとしてたら、自分たちが東征されそうになったってことか」

「笑いごとじゃない。すでに広島が落ちた。あそこにも巨大な王朝があったのだが、ほんの数日ともたず壊滅させられたそうだ」

「へえ」

 特にコメントはない。

 戦国時代みたいなものだ。どこから誰が攻め込んできてもおかしくはない。


 だが完蔵は、憔悴の中にも怒りをにじませていた。

「こっちは真剣に言ってるんだ! 敵は神の軍勢を名乗っているぞ!」

「は?」

「大陸から海を越えて攻め込んで来たんだ! 俺たちだけじゃ難しい。恥を忍んでお願いする。力を貸してくれ! 頼む!」


 戦国時代ではなく、世界大戦ってわけか。

 それも大陸から……。


 仕掛けてきたのは中国だろうか?

 いや、神を名乗るとなると、もっと西……。

 そこには塔がある。


 なんの力も持たない人間が相手なら、俺の衝撃波でもなんとかできたろう。

 大規模であったとして、土偶を使えばなんとかなったはず。

 だが、もし神の眷属が相手なら……。


 俺はいま、久々に「死」を想像した。


「ちょっと考える時間をくれ」

「考える? なにをだ!?」

「そんなすぐ答えを出せるわけないだろ」

「悩んでる間に攻め込まれるぞ。頼む。すぐ動いてくれ」

 選択の余地はない。

 なのに、体が動かない。


 本能が、悪い冗談だと思いたがっている。

 もしこれがウソなら、余計な問題を抱えなくて済むのだ。

 だから俺は、完蔵が「ウソだ」と言うのを待っていた気がする。


 なぜなら……。


 仮に報告内容が事実なら、いままで俺が体験してきた「人間は過ちを繰り返す」みたいな話では済まなくなるからだ。

 災害規模の被害が出る。


「いちど、庭師と相談させてくれ」

「いまから古代遺跡に行くのか?」

「いや、土偶で通信できる。ああ、土偶ってのはあんたらが化け物って呼んでたアレだ。すぐ済む。待っててくれ」

「ああ……」


 俺は村の中心から駈け出して、ひとけのない場所へ移動した。

 べつに村の中でやってもよかったのだが、なぜだか彼らから距離をとりたかった。


 土偶を展開し、俺は座席に腰をおろした。

「庭師! 話がしたい!」

「ええ……」

 返事は早かったが、気乗りしないといった態度も露骨だ。

「西から神の軍勢が攻めてきたってのは本当か?」

 俺もいつの間にか必死になっていた。

 これが本当の本当に本当なら、なにをおいても優先すべき事件だからだ。


 だが、庭師はひとつも慌てた様子もなく、事務的にこう応じた。

「答える気になれませんね」

「頼む!」

「考えてみてください。たとえばあなたがなにか策を練っているときに、敵対する陣営からそのことを聞かれて、私が素直に喋ったらどうなります?」

「どういう意味だ?」

「私を監視衛星のように使わないで欲しいということです。庭師という立場は、あくまで世界の調律のために存在しているのであって、誰か個人の利益のために存在しているのではありません」

 ごもっともだ。

 あまりにも正しい。


「だけどなにか……。助けて欲しいんだ……」

「なにを弱気になっているのです? いつもの上から目線はどうしました? なんでも分かっているような顔で、人間たちを無知だとあざけっていたではありませんか? あの調子でやったらいかがです?」

「ぐうの音もでねぇな! 分かったよ! 己の愚かさを認める! だからこの愚かな男に、なにかヒントを与えてくれないか?」

 だが、これにも庭師は応じてくれなかった。

「柴三郎さん。私はね、いいんです。誰が死のうが生きようが。べつに。もしあなたを救えば、あなたの敵を殺すことになりますし。結局、全員を救うことはできないのですから」

「軍を指揮してるのは誰だ? マイケルか?」

「通信を終えますよ」

「頼む……頼むから……」


 情けない。

 予想はしていたのに!

 心のどこかで、そんなことはないと思い込んでいた。

 あるとしても、まだ先なのだと。

 実際に迫ってくるまで、考えないようにしていた。


 俺は製鉄技術も確立できず、電力さえ生み出せず、ただ衝撃波で一般人を成敗して調子に乗っていた。

 その隙に、誰かは巨大な軍隊を組織して、海を越えて攻め込んで来た。


 いつの間にか俺は、時間に置き去りにされていたのだ。

 塔を追放された時点で、すでに差をつけられていたのかもしれない。

 もっと言えば、下級クラスに分類された時点で。

 そもそもマイケルと対立した時点で。

 いや、あの檻に閉じ込められた時点で。

 つまり生まれたときから、その後のすべての選択に至るまで、すべて。


 俺は斜に構えていた。

 浮いたっていい。

 俺は俺だ、と。

 周囲の連中がなにを考えて生きているのか、ロクに見ていなかった。彼らをパターンに当てはめて、きっとこの程度だろうとタカをくくっていた。


 もしかしたらそいつは、千年前の時点で、こうなることを画策していたかもしれないのに。

 俺の負けだ。

 そう。

 負けたのだ。

 誰かも分からない人物に。


 俺がいままで歩いてきた道は、すべて蹂躙され、破壊される。

 千年という月日を過ごしたこの景色は、永遠に奪われる。

 仲間たちの命さえ。


 あの「塔」から来る軍勢というのは、そういう性質のものだ。


(続く)

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