神の名のもとに 一
村に留まって帝国と戦うか、あるいは支配を受け入れて降伏するか、どこかよそへ退避するか……。
投票の結果、僅差で戦うことに決まった。
割合はほぼ「4:2:4」といったところ。
数字だけ見ると、かなり好戦的にも思える。しかし彼らは帝国の強さを知らない。なおかつ俺があの土偶で簡単に蹴散らすと思っている。つまり圧勝だと思い込んでいる。
俺は余計なことは言わない。
決定には従う。そして村人にも従わせる。
「ここは山と山に挟まれていて道が狭い。だから敵が兵を展開するにしても、せいぜい二列か三列。その代わり、突破力が高くなるから、俺たちは正面から当たるべきじゃない。どこかに罠を仕掛けて、勢いをくじきながら引き込むのがいいと思うんだが。どうだろう? ほかにアイデアのあるものは?」
俺はそう尋ねたが、村人たちはみんなぼうっとしていた。
そんなの聞かれても分かんねーよといった顔だ。
さんざん二つの村で「戦争」をしていたというのに。まったく教訓というものが生じていない。彼らは数に任せて棒切れで叩くことしか知らなかった。
「分かった。自分で言うのもなんだが、この予想は完璧じゃない。たとえば敵がどこか山を越えて、斜面をくだって攻め込んでくる可能性がある。もしくは山を迂回して、東から攻め込んでくる可能性もある。いや、兵を分けて、すべてのルートから来る可能性さえある」
するとようやく、男のひとりが口を開いた。
「で、実際のところ、どれが正解なんです?」
「それが分からないから話し合ってるんだ。まあ東から攻めてくる可能性は低いだろう。あっちはあっちで別の街があるし。俺の予想では、主力を西から進軍させておいて、精鋭が山をこえて攻めてくるのでは、と見ている」
「あんたに分かんねぇんじゃ、俺らにも分かんねぇよ」
「頼む。考えてくれ。正確なところは俺にも分からないんだ。知恵を貸してくれ」
誰も彼も、ホントに攻めてくるのか怪しんでいる顔だ。
実際に目の前に来るまで、本気で考えないかもしれない。
そして手遅れになってから慌てるのだ。
べつにマウントを取ってるわけじゃない。
俺は運よく平和な時代に生まれた。
黙ってても学校に通えた。
歴史を学ぶ機会もあった。
とにかく「それ」が「起こる」と知っている。
千年のうちに、実際に体験もした。
一方、彼らはまず歴史を知らないし、外の世界も知らない。情報の入手経路も限られており、学習の機会さえない。いま俺が喋っていることは、すべて「寝耳に水」だろう。急にいろいろ言われたところで、点と点がつながらない。
だから正確には、彼らが悪いのではなく、環境が悪いのだ。
それでも、責めたい気持ちにはなる。
「じゃあ決めてくれ。俺は西から来る主力と戦うべきか? それとも山をこえてくる精鋭を警戒するべきか? どっちだ?」
ざわざわし始めた。
たぶんどっちも俺にやらせたいのだろう。
「村長さんはどうしたいんだ?」
そんな質問が飛んできた。
本当に希望を言っていいのだろうか。
正解は「ここを投げ出してよそへ行きたい」だ。
「まあ、そうだな。主力は必ず現れるが、精鋭は来るかどうか分からない。だから西からの攻撃を警戒しておけば間違いない気もする」
「じゃあそれで」
「はい」
じゃあそれで。
なつかしい気持ちになる。
俺はかつて、あえて戦いに参加せず、戦い方だけを教えて集団を勝利に導いたことがあった。
少なからず被害は出たが、劣勢をくつがえしての勝利だったから、かなりの手ごたえを感じた。
そのとき投げかけられた言葉は、いまでも記憶に残っている。
「最初からあんたがやってくれたら楽だったのにな」
素朴な感想だったのだろう。
彼らは仲間を失った。
しかし俺が先頭に立って戦ったら、仲間を失わずに済んだはず。
それは分かる。
分かるが、あんまりだと思った。
他人なんて助けるだけバカを見る。
だから助けなければいい。
なのに、なぜか俺は首を突っ込んでしまう。
きっと誰かに必要とされたいのだ。
承認欲求。
呪いのような感情――。
疲れて空を見上げると、すでに夜になっていた。
まっくらな夜に、星々が強く輝いている。
美しい。
この地上に、人間は必要なのだろうか……。
いや、もし必要じゃないとしても、俺たちは生きるしかない。死にたくないのだ。これも呪いだ。
*
翌日、来客があった。
西から早馬を飛ばし、単騎で乗り込んできたのは完蔵だった。
ただし戦うためじゃない。
もっと別の要件だ。
「はぁ、よかった。焼け落ちた村があったから、事故にでも巻き込まれたのかと思ったぞ」
「いろいろあってな」
彼はふところから取り出した封書をこちらへ押し付けると、中を確認する間もなくこう切り出した。
「西から大規模な軍勢が攻めてきた。ついてはこの村と同盟を結びたい」
「はい?」
西から? 大規模な軍勢が? 攻めてきた?
この村と同盟を? 結びたい?
俺は思わずふっと鼻で笑った。
「なるほど。俺たちを東征しようとしてたら、自分たちが東征されそうになったってことか」
「笑いごとじゃない。すでに広島が落ちた。あそこにも巨大な王朝があったのだが、ほんの数日ともたず壊滅させられたそうだ」
「へえ」
特にコメントはない。
戦国時代みたいなものだ。どこから誰が攻め込んできてもおかしくはない。
だが完蔵は、憔悴の中にも怒りをにじませていた。
「こっちは真剣に言ってるんだ! 敵は神の軍勢を名乗っているぞ!」
「は?」
「大陸から海を越えて攻め込んで来たんだ! 俺たちだけじゃ難しい。恥を忍んでお願いする。力を貸してくれ! 頼む!」
戦国時代ではなく、世界大戦ってわけか。
それも大陸から……。
仕掛けてきたのは中国だろうか?
いや、神を名乗るとなると、もっと西……。
そこには塔がある。
なんの力も持たない人間が相手なら、俺の衝撃波でもなんとかできたろう。
大規模であったとして、土偶を使えばなんとかなったはず。
だが、もし神の眷属が相手なら……。
俺はいま、久々に「死」を想像した。
「ちょっと考える時間をくれ」
「考える? なにをだ!?」
「そんなすぐ答えを出せるわけないだろ」
「悩んでる間に攻め込まれるぞ。頼む。すぐ動いてくれ」
選択の余地はない。
なのに、体が動かない。
本能が、悪い冗談だと思いたがっている。
もしこれがウソなら、余計な問題を抱えなくて済むのだ。
だから俺は、完蔵が「ウソだ」と言うのを待っていた気がする。
なぜなら……。
仮に報告内容が事実なら、いままで俺が体験してきた「人間は過ちを繰り返す」みたいな話では済まなくなるからだ。
災害規模の被害が出る。
「いちど、庭師と相談させてくれ」
「いまから古代遺跡に行くのか?」
「いや、土偶で通信できる。ああ、土偶ってのはあんたらが化け物って呼んでたアレだ。すぐ済む。待っててくれ」
「ああ……」
俺は村の中心から駈け出して、ひとけのない場所へ移動した。
べつに村の中でやってもよかったのだが、なぜだか彼らから距離をとりたかった。
土偶を展開し、俺は座席に腰をおろした。
「庭師! 話がしたい!」
「ええ……」
返事は早かったが、気乗りしないといった態度も露骨だ。
「西から神の軍勢が攻めてきたってのは本当か?」
俺もいつの間にか必死になっていた。
これが本当の本当に本当なら、なにをおいても優先すべき事件だからだ。
だが、庭師はひとつも慌てた様子もなく、事務的にこう応じた。
「答える気になれませんね」
「頼む!」
「考えてみてください。たとえばあなたがなにか策を練っているときに、敵対する陣営からそのことを聞かれて、私が素直に喋ったらどうなります?」
「どういう意味だ?」
「私を監視衛星のように使わないで欲しいということです。庭師という立場は、あくまで世界の調律のために存在しているのであって、誰か個人の利益のために存在しているのではありません」
ごもっともだ。
あまりにも正しい。
「だけどなにか……。助けて欲しいんだ……」
「なにを弱気になっているのです? いつもの上から目線はどうしました? なんでも分かっているような顔で、人間たちを無知だとあざけっていたではありませんか? あの調子でやったらいかがです?」
「ぐうの音もでねぇな! 分かったよ! 己の愚かさを認める! だからこの愚かな男に、なにかヒントを与えてくれないか?」
だが、これにも庭師は応じてくれなかった。
「柴三郎さん。私はね、いいんです。誰が死のうが生きようが。べつに。もしあなたを救えば、あなたの敵を殺すことになりますし。結局、全員を救うことはできないのですから」
「軍を指揮してるのは誰だ? マイケルか?」
「通信を終えますよ」
「頼む……頼むから……」
情けない。
予想はしていたのに!
心のどこかで、そんなことはないと思い込んでいた。
あるとしても、まだ先なのだと。
実際に迫ってくるまで、考えないようにしていた。
俺は製鉄技術も確立できず、電力さえ生み出せず、ただ衝撃波で一般人を成敗して調子に乗っていた。
その隙に、誰かは巨大な軍隊を組織して、海を越えて攻め込んで来た。
いつの間にか俺は、時間に置き去りにされていたのだ。
塔を追放された時点で、すでに差をつけられていたのかもしれない。
もっと言えば、下級クラスに分類された時点で。
そもそもマイケルと対立した時点で。
いや、あの檻に閉じ込められた時点で。
つまり生まれたときから、その後のすべての選択に至るまで、すべて。
俺は斜に構えていた。
浮いたっていい。
俺は俺だ、と。
周囲の連中がなにを考えて生きているのか、ロクに見ていなかった。彼らをパターンに当てはめて、きっとこの程度だろうとタカをくくっていた。
もしかしたらそいつは、千年前の時点で、こうなることを画策していたかもしれないのに。
俺の負けだ。
そう。
負けたのだ。
誰かも分からない人物に。
俺がいままで歩いてきた道は、すべて蹂躙され、破壊される。
千年という月日を過ごしたこの景色は、永遠に奪われる。
仲間たちの命さえ。
あの「塔」から来る軍勢というのは、そういう性質のものだ。
(続く)




