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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
18/39

飛んで火に入る夏の虫 二

 それから三日が経過した。

 が、茨は帰ってこない。


 いや、こっそり偵察したから顛末は分かっている。

 捕まったのだ。


 どうやら色仕掛けで内部に入り込み、同士撃ちを誘う作戦らしかった。しかし初日に抑え込まれ、そのまま檻にぶち込まれてしまった。その後、泣いても喚いても脱出できず。


「では行ってくる」

 まったく気乗りしなかったが、なんとなく責任を感じたので、俺は救出に向かうことにした。

 キュウ坊は留守番だ。

「村長さん、ぜったい無事で帰ってきてね!」

「ああ、任せろ。信長さん、みんなのために、できるだけ湯を沸かしておいてくれ」

 すると信長も「あいよ」と威勢のいい返事。


 *


 隣村は、じつはわりと遠い。

 四キロほど離れているから、だらだら歩けば一時間はかかる。

 しかし面倒だから土偶を使った。

 エーテルを噴射して加速し、山の斜面を利用して跳躍し、柵を乗り越えて一気に村の中央に躍り出たのだ。


「うわああああああっ!」

「なんだこいつ!」

「バケモンだぁ!」

 立ち向かってくる男はひとりもいなかった。

 彼らは特に精強ではない。

 うちの村より人数が多かったから、勢いに任せてオラオラしていただけだ。


「おにーちゃーん!」

 茨ははりつけにされていた。

 あと少しで処刑されるところだったらしい。


「慌てるな! 俺は隣村の元村長、柴三郎だ! 助けに来た!」

 いままさに女に乱暴を働いているものもいた。

 これだから法も秩序もない世界というのは……。

「あらゆる活動を停止せよ! その場から動くな! この村の村長を出せ!」

 そう告げるも、村の男たちは互いに顔を見合わせるだけで、ひとつもまともに返事をしてくれなかった。

「村長だ! どこにいる!?」

 村人たちは渋々といった様子で、ある小屋へ視線を向けた。

 その中か。


「村長、聞こえてるだろう。出てこい。あまり待たせると、建物ごと破壊するぞ」

「ま、待て! へへ、これを見ろ……」

 ガタいのいいヒゲづらの中年男性が、幼い少女に刃物をつきつけながら出てきた。

 かわいそうに怯えているのは、まだ十歳にも満たない少女だ。

 こんな少女を家に連れ込んで、このおっさんはいったいなにをしていたのだ……。


「さっきも名乗ったが、俺は柴三郎だ。あんたは?」

「俺か? ムサシだ」

 名前だけは立派だな。

 これまで彼らは何度も村へ乗り込んできたが、こいつ自身が顔を見せたことはなかった。きっと後ろでふんぞり返っていたのだろう。

「隣村から略奪したものを返却せよ。それと誘拐した女たちもだ」

「おめぇ、これが見えねぇのか? あ? こいつ殺すぞ!?」

 少女は「お父さんやめて!」と叫んでいる。

 お父さん?

 まさか、娘を人質にしているのか……。


「そんなことしても誰も救われんぞ」

「そっちこそなんだ、バケモンがよ! 急に出てきやがって! それに、元村長だって? 追放されたはずだよな? なぜ戻ってきた? 約束が違うじゃねーかよ!」

 まあそうだな。約束が違う。

「黙れ。ややこしくなるから説明しない。それに、先に約束を破ったのはお前たちだろ」

「はぁん? おめぇ、誓約書読んでねぇのか? こっちは約束破ってねぇぞ」

「はい?」

「困るんだよなぁ、文章も読まずに勝手にキレられちゃさぁ。ちゃんと書いてあったんだぜ? 誓約書を交わしてから三日は縄張りに立ち入らない。だがその後は自由とする、ってな」

 そもそも俺は、どんな契約をしたのか知らない。

「紙はあるのか?」

「おい、タロ! 誓約書持ってこい」

 ムサシが怒鳴ると、家の中から息子とおぼしき少年が紙切れを持ってきた。

 ばっと広げたので、俺はズームしてその文章を読んだ。


 縄張りに入らないことを約束する。ただし誓約から三日間だけ。その後は自由とする。

 ごく小さな文字だ。

 一方、村長の追放は「この先もずっと」。

 セコい詐欺の手口だ。


 彼らの主張が正しいようだ。もちろん略奪を許可するとまでは書かれていないが。

「なるほど。たしかに書かれている。だがこちらもひとつ釈明させてもらうぞ。俺は村長として戻ってきたわけじゃない。西から攻めてくる帝国を止めるために、一時的に立ち寄っただけだ」

「帝国ぅ? 妄想も大概にしろよ、デクの坊。ここらはもう俺サマの縄張りだ。おめぇの出る幕じゃねぇんだよ」

「次はお前たちが略奪にさらされるぞ」

「言ってろボケ。俺ぁ信じねぇぞ」

 こんなヤツ、はたして救う価値があるのだろうか……。


「せめて子供は離せ」

「命令すんな。俺のガキだ。俺の好きなように使う」

 体長4メートルを超える土偶を相手に、なかなか肝の据わった男だ。

 俺が逆の立場だったらとっくに逃げ出してる。

「分かった。ならばお望み通り、一族まとめてあの世に送ってやる」

「は?」

「お前たちは畑を荒らしたな? 畑は命だ。それを荒らすということは、殺人と同罪。お前には命でつぐなってもらう」

「待て! 本気か?」

 俺はエーテルを凝縮させ、目からビームを放った。

 もちろん誰にも当てないように。

 灼熱の光線はムサシの脇を通り抜け、命中した柵を炭化させ、そして消えた。

 誰も傷つけない予定だったが、うまくいったか……。


 ムサシは腰をおとし、口をパクパクさせている。

 娘もその場に固まってしまっている。


「おっと、外しちまった。この体は小回りが利かなくて困る。動くなよ、次は当てる」

「バ、バカだろ……」

「そうだ。バカなんだ。こんな力があるとな、自制するほうが難しい」

「待て! 分かった! 食料は返す! 女もだ!」

 まあそれはいいのだが、村にいたはずの男たちはどうなったのだ?

 まさか、信長以外、みんな殺された?


 俺は土偶を収納し、素の状態へ戻った。

「ムサシさんよ、まだなんか隠してるよな?」

「言う言う! 言うから命だげばっ」

 話してる途中、いきなり絶命した。

 横から飛んできた矢が、首を貫いたのだ。


 射手はこちらへも矢を向けてきたので、俺は先んじて衝撃波を叩き込んだ。

「ぐぎぃっ」

「あんたが黒幕だったのか、長太郎さんよ……」

 二代目村長の長太郎。

 少しやせ型。

 特に目立った風貌ではないが、やや目つきがギラついていた。

 以前からかなり好戦的で、率先してこの村との戦いに出かけていった。勝手な誓約をしたのもこいつだ。


 俺が近づくと、長太郎は横たわったまま、険しい表情で睨みつけてきた。

「あんたが悪いんだ」

「聞こう」

「そうやって物分かりのいいフリばっかして、結局なんの役にも立たなかった。山は俺たちの財産だ。そこに部外者が入り込んできたってのに、ロクに対処もしねぇで、ただぼうっとしやがって……」

「なぜ寝返った?」

「うんざりなんだよ! あんたは平和ボケ。敵は容赦がねぇ。一方的に奪われ続けて……。だったら奪う側に回ってやる! それのなにが悪い!?」

 悪いさ。

 思想はともかく、やり方は最悪だ。

 仲間を苦しめたんだからな。


 俺は返事の代わりに強めの衝撃波を放ち、長太郎の身体を爆散させた。

 おびただしい量の血液が周囲に飛び散り、むっとした血のにおいが充満した。


 みずからの利益のために仲間を死においやったのだ。

 救うことはできない。

 おそらく長太郎は、誓約書の不正にも気づいていたのだろう。なのに署名した。あの時点で、彼はムサシに寝返っていたのだ。


「慌てるな。ほかに誰も傷つけるつもりはない。悪いが、一時的に俺がここを仕切らせてもらう。時間がない」

 こんな野蛮な方法でしか、言うことを聞かせることができない。

 彼らはしかし先天的に愚かなのではない。そもそもまともな教育を受けていないのだ。受ける機会さえなかった。平和な世界を知らない。だからつい線をこえてしまう。

「先ほども言ったように、帝国がこちらへ攻め込もうとしている。抵抗すれば、村は蹂躙されるだろう。選択肢はふたつある。徹底抗戦するか、彼らの支配を受け入れるか、だ。多数決で決めるぞ。のちほど投票をやる」

 読み書きできないものもいる。

 だから一人ずつ意見を聞き取らないといけない。

 だが合計で百名いるかいないかだ。一日で終わる。


「また、二つの村を合併し、ここを新たな本拠地とする。きれいな沢の発見から始まったことだし、清沢村とでもしておくか。これからは対立するのではなく、協力して暮らすように。奪い合いは厳禁だ」


 ふと、頭上から声がした。

「めでたしめでたしね。ところで、私のことはいつおろしてくれるのかしら?」

 磔にされた茨だ。

 すっかり忘れていた。

「いまおろす」


(続く)

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