飛んで火に入る夏の虫 二
それから三日が経過した。
が、茨は帰ってこない。
いや、こっそり偵察したから顛末は分かっている。
捕まったのだ。
どうやら色仕掛けで内部に入り込み、同士撃ちを誘う作戦らしかった。しかし初日に抑え込まれ、そのまま檻にぶち込まれてしまった。その後、泣いても喚いても脱出できず。
「では行ってくる」
まったく気乗りしなかったが、なんとなく責任を感じたので、俺は救出に向かうことにした。
キュウ坊は留守番だ。
「村長さん、ぜったい無事で帰ってきてね!」
「ああ、任せろ。信長さん、みんなのために、できるだけ湯を沸かしておいてくれ」
すると信長も「あいよ」と威勢のいい返事。
*
隣村は、じつはわりと遠い。
四キロほど離れているから、だらだら歩けば一時間はかかる。
しかし面倒だから土偶を使った。
エーテルを噴射して加速し、山の斜面を利用して跳躍し、柵を乗り越えて一気に村の中央に躍り出たのだ。
「うわああああああっ!」
「なんだこいつ!」
「バケモンだぁ!」
立ち向かってくる男はひとりもいなかった。
彼らは特に精強ではない。
うちの村より人数が多かったから、勢いに任せてオラオラしていただけだ。
「おにーちゃーん!」
茨は磔にされていた。
あと少しで処刑されるところだったらしい。
「慌てるな! 俺は隣村の元村長、柴三郎だ! 助けに来た!」
いままさに女に乱暴を働いているものもいた。
これだから法も秩序もない世界というのは……。
「あらゆる活動を停止せよ! その場から動くな! この村の村長を出せ!」
そう告げるも、村の男たちは互いに顔を見合わせるだけで、ひとつもまともに返事をしてくれなかった。
「村長だ! どこにいる!?」
村人たちは渋々といった様子で、ある小屋へ視線を向けた。
その中か。
「村長、聞こえてるだろう。出てこい。あまり待たせると、建物ごと破壊するぞ」
「ま、待て! へへ、これを見ろ……」
ガタいのいいヒゲづらの中年男性が、幼い少女に刃物をつきつけながら出てきた。
かわいそうに怯えているのは、まだ十歳にも満たない少女だ。
こんな少女を家に連れ込んで、このおっさんはいったいなにをしていたのだ……。
「さっきも名乗ったが、俺は柴三郎だ。あんたは?」
「俺か? ムサシだ」
名前だけは立派だな。
これまで彼らは何度も村へ乗り込んできたが、こいつ自身が顔を見せたことはなかった。きっと後ろでふんぞり返っていたのだろう。
「隣村から略奪したものを返却せよ。それと誘拐した女たちもだ」
「おめぇ、これが見えねぇのか? あ? こいつ殺すぞ!?」
少女は「お父さんやめて!」と叫んでいる。
お父さん?
まさか、娘を人質にしているのか……。
「そんなことしても誰も救われんぞ」
「そっちこそなんだ、バケモンがよ! 急に出てきやがって! それに、元村長だって? 追放されたはずだよな? なぜ戻ってきた? 約束が違うじゃねーかよ!」
まあそうだな。約束が違う。
「黙れ。ややこしくなるから説明しない。それに、先に約束を破ったのはお前たちだろ」
「はぁん? おめぇ、誓約書読んでねぇのか? こっちは約束破ってねぇぞ」
「はい?」
「困るんだよなぁ、文章も読まずに勝手にキレられちゃさぁ。ちゃんと書いてあったんだぜ? 誓約書を交わしてから三日は縄張りに立ち入らない。だがその後は自由とする、ってな」
そもそも俺は、どんな契約をしたのか知らない。
「紙はあるのか?」
「おい、タロ! 誓約書持ってこい」
ムサシが怒鳴ると、家の中から息子とおぼしき少年が紙切れを持ってきた。
ばっと広げたので、俺はズームしてその文章を読んだ。
縄張りに入らないことを約束する。ただし誓約から三日間だけ。その後は自由とする。
ごく小さな文字だ。
一方、村長の追放は「この先もずっと」。
セコい詐欺の手口だ。
彼らの主張が正しいようだ。もちろん略奪を許可するとまでは書かれていないが。
「なるほど。たしかに書かれている。だがこちらもひとつ釈明させてもらうぞ。俺は村長として戻ってきたわけじゃない。西から攻めてくる帝国を止めるために、一時的に立ち寄っただけだ」
「帝国ぅ? 妄想も大概にしろよ、デクの坊。ここらはもう俺サマの縄張りだ。おめぇの出る幕じゃねぇんだよ」
「次はお前たちが略奪にさらされるぞ」
「言ってろボケ。俺ぁ信じねぇぞ」
こんなヤツ、はたして救う価値があるのだろうか……。
「せめて子供は離せ」
「命令すんな。俺のガキだ。俺の好きなように使う」
体長4メートルを超える土偶を相手に、なかなか肝の据わった男だ。
俺が逆の立場だったらとっくに逃げ出してる。
「分かった。ならばお望み通り、一族まとめてあの世に送ってやる」
「は?」
「お前たちは畑を荒らしたな? 畑は命だ。それを荒らすということは、殺人と同罪。お前には命でつぐなってもらう」
「待て! 本気か?」
俺はエーテルを凝縮させ、目からビームを放った。
もちろん誰にも当てないように。
灼熱の光線はムサシの脇を通り抜け、命中した柵を炭化させ、そして消えた。
誰も傷つけない予定だったが、うまくいったか……。
ムサシは腰をおとし、口をパクパクさせている。
娘もその場に固まってしまっている。
「おっと、外しちまった。この体は小回りが利かなくて困る。動くなよ、次は当てる」
「バ、バカだろ……」
「そうだ。バカなんだ。こんな力があるとな、自制するほうが難しい」
「待て! 分かった! 食料は返す! 女もだ!」
まあそれはいいのだが、村にいたはずの男たちはどうなったのだ?
まさか、信長以外、みんな殺された?
俺は土偶を収納し、素の状態へ戻った。
「ムサシさんよ、まだなんか隠してるよな?」
「言う言う! 言うから命だげばっ」
話してる途中、いきなり絶命した。
横から飛んできた矢が、首を貫いたのだ。
射手はこちらへも矢を向けてきたので、俺は先んじて衝撃波を叩き込んだ。
「ぐぎぃっ」
「あんたが黒幕だったのか、長太郎さんよ……」
二代目村長の長太郎。
少しやせ型。
特に目立った風貌ではないが、やや目つきがギラついていた。
以前からかなり好戦的で、率先してこの村との戦いに出かけていった。勝手な誓約をしたのもこいつだ。
俺が近づくと、長太郎は横たわったまま、険しい表情で睨みつけてきた。
「あんたが悪いんだ」
「聞こう」
「そうやって物分かりのいいフリばっかして、結局なんの役にも立たなかった。山は俺たちの財産だ。そこに部外者が入り込んできたってのに、ロクに対処もしねぇで、ただぼうっとしやがって……」
「なぜ寝返った?」
「うんざりなんだよ! あんたは平和ボケ。敵は容赦がねぇ。一方的に奪われ続けて……。だったら奪う側に回ってやる! それのなにが悪い!?」
悪いさ。
思想はともかく、やり方は最悪だ。
仲間を苦しめたんだからな。
俺は返事の代わりに強めの衝撃波を放ち、長太郎の身体を爆散させた。
おびただしい量の血液が周囲に飛び散り、むっとした血のにおいが充満した。
みずからの利益のために仲間を死においやったのだ。
救うことはできない。
おそらく長太郎は、誓約書の不正にも気づいていたのだろう。なのに署名した。あの時点で、彼はムサシに寝返っていたのだ。
「慌てるな。ほかに誰も傷つけるつもりはない。悪いが、一時的に俺がここを仕切らせてもらう。時間がない」
こんな野蛮な方法でしか、言うことを聞かせることができない。
彼らはしかし先天的に愚かなのではない。そもそもまともな教育を受けていないのだ。受ける機会さえなかった。平和な世界を知らない。だからつい線をこえてしまう。
「先ほども言ったように、帝国がこちらへ攻め込もうとしている。抵抗すれば、村は蹂躙されるだろう。選択肢はふたつある。徹底抗戦するか、彼らの支配を受け入れるか、だ。多数決で決めるぞ。のちほど投票をやる」
読み書きできないものもいる。
だから一人ずつ意見を聞き取らないといけない。
だが合計で百名いるかいないかだ。一日で終わる。
「また、二つの村を合併し、ここを新たな本拠地とする。きれいな沢の発見から始まったことだし、清沢村とでもしておくか。これからは対立するのではなく、協力して暮らすように。奪い合いは厳禁だ」
ふと、頭上から声がした。
「めでたしめでたしね。ところで、私のことはいつおろしてくれるのかしら?」
磔にされた茨だ。
すっかり忘れていた。
「いまおろす」
(続く)




