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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
17/39

飛んで火に入る夏の虫 一

 五日後、ようやく宿に完蔵が戻ってきた。

「ったくよぉ」

 作戦の成否を報告してくれるのかと思いきや、彼はこちらを見るなり溜め息をついた。

「どうだったんだ?」

「柿藤は、巨大な化け物に殺害された」

「もうひとりは?」

「危うく逃げられるところだったが、なんとか始末することができた。せっかくだから、化け物に殺されたことにさせてもらったが……」

 不審そうにこちらを見てくる。

 まあ正解だ。

 犯人はここにいる。


 俺は新たに確保したビールを一口やり、完蔵に腕章を返した。

「これからどうなる?」

「これから? よくのんきにそんなことが言える」

「もし皇帝陛下が東征なさるおつもりなら、きっとまたあの化け物が出てくるだろうぜ」

「ふん。陛下がその程度でひるむと思うな。烏賊組へ新たな勅命がくだされた。例の化け物を探し出し、殺すこと」

 あの土偶は、帝国の敵になったというわけか。


 俺は一口、二口とビールを飲み、かすかに息を吐いた。

「で、それはいつ実行されるんだ?」

「発見次第」

「そうか。ま、せいぜい頑張って見つけてくれ」

「……」

 返事はなかった。

 仕掛けてくる気だろうか?

 酔っていても衝撃波は出せる。

 問題は、威力の調整が難しいという点だけ。


 完蔵は盛大な溜め息をついた。

「お前はこれからどうするつもりだ? まだ観光を続けるのか?」

「いや、いったん村に戻ろうと思ってな」

「そうならないことを願っていたが、きっと止めてもムダだろうな」

「そんな顔するなよ。攻めてこなけりゃ、戦うこともないんだ」

 ウソじゃない。

 素直な気持ちだ。


 完蔵は「ふん」と茶を飲み干すと、腰をあげ、こちらに背を見せた。

「柴三郎、俺はそれでも約束だけは守る。殿下のことや、それ以外のことも報告せず、胸に秘めておく。だがもし戦場で敵として出会ったら容赦はしない。お前もそのつもりでいろ」

「分かった」

 かなりの覚悟で発言していることが分かる。

 完蔵はうなずくと、そのまま部屋を出て行ってしまった。


 *


 翌日、俺たちは帝都を出た。

 来た道を引き返し、東の村を目指す。

 きっといい顔はされないと思うが……。


「いいのかい、茨さんよ。帝都に残らなくて」

 後ろからついてくる茨に、俺はそう尋ねた。

 せっかく目的地についたのに、彼女は東の村まで同行するという。

「あと三十年も会えないのよ? 帝都にいたってしょうがないし。それに、あんたにはあたしが必要でしょ?」

「いや、特には……」

「聞こえない!」

 ポジティブなところは見習いたい。


 しばらく歩いていると、キュウ坊が近づいてきた。

「村長さん……」

「うん?」

「いろいろありがとね。ボクのために……」

 キャップを深くかぶっているから、表情は見えない。

 ムリしているのでなければいいが。

「いや、俺が勝手にやったことだ。むしろ迷惑じゃなかったらいいんだが」

「違うの。本当に感謝してる。でもボク、自分ではなんの力もないのに、ぜんぶ村長さんにやらせちゃったから。なんだか情けなくて……」

 気にしていたのはそこか。

 俺は思わずふっと笑った。

「自分ではなんの力もない? そりゃ俺も同じだ。たまたま神に選ばれて、意味不明な力をもらって、それをいいことに好き放題やってるだけだからな。感謝なら俺じゃなく、神さまにでもしてやってくれ。まあ神はもう死んでるから、庭師かな」

 ここで感謝しておけば、庭師も少しは報われるだろう。


 キュウ坊は顔をあげ、じっとこちらを見つめてきた。

「村長さんがやってくれたんだよ? だってさ、力を持ってても、助けてくれない人いっぱいいるじゃない? それどころか、人を苦しめることに力を使うヤツだっているし」

「それは一理あるな」

 一理ある。

 だが、そうは言ったものの、人を苦しめることに力を使うヤツと、自分の違いが、そんなに大きなものだとは思えなかった。

 気に食わないからぶっ飛ばす。

 お互い、それだけだ。


「だから村長さん、ボク、ホントに感謝してるんだから。あんまり暗い顔しないでね? 村長さんみたいな人が、世界にいっぱいいたらいいなって思うの」

「いや、それはどうかな……。まあ、ありがとな。俺も元気出すよ」

 自分みたいなヤツだらけだったら、きっとイラついて街になんて住めない。

 どいつもこいつも屁理屈ばかりで……。


 だがまあ、キュウ坊がこれだけ賞賛してくれているのだ。

 それは誇りとして持っておこう。

 俺が落ち込んでたら、彼女まで哀しませてしまう。


 *


 さて、少し道に迷ったものの、二週間ほどでなつかしい山道に入ることができた。

 このまま進めば村につくはずだ。

 俺がつくった村。


 最初にあったのは小さな沢だけだった。

 近くに畑を作り、イモを植え、蕎麦や茶の栽培を始めた。

 旅人が住みつくようになり、人が増えていった。

 俺は村長となり、あれこれを仕切るようになった。

 最終的にどうなったのかは、あまり思い出したくないが。


 しばらく進むと煙が見えた。

 炊事の煙……にしては大仰だ。なにかを盛大に燃やしているような……。


「ひぃっ」

 小川のあたりで声があがった。

 見ると、ボロボロの服を着た男がひっくり返っているのが見えた。

 たしか村にいた「信長」だ。どじょうひげが特徴的だったからよくおぼえている。


「信長さんか。驚かなくていい。俺だよ。あんたらに追い出された元村長だ」

「へっ? 村長さん? 助けに来てくれたのか!?」

「まあ、いちおう、そういうことになるかな……」

 まだ東征が始まってもいないのに、助けを求めてくるとは。

 隣村にこっぴどくやられたようだな。


 信長は足にすがりついてきた。

「うわあん! やっぱ俺たちの村長さんはあんただけだよ! あいつらひどいんだ! 約束破って縄張りに入ってきただけでなく、村にまで来て一切合切持ってっちまって。もう食うモンもねぇんだ」

 略奪か……。

 まあ、初めての経験じゃない。こんなことは過去に何度もあった。飽きるほど。そう。彼らはなぜか毎回、何度も何度も同じことを繰り返す。


「村はどうなってる?」

「家を焼かれてよ。若い女は連れてかれたし。あんたの代わりに村長やってた長太郎は逃げちまうしよ。どうしたらいいんだ?」

「それはあとで考えよう。まずは村に入る」


 言いたいことは山ほどあったが、あえて黙っていた。なにか言ったところで、まず期待した答えが返ってくることはない。「だって」「しょうがなかった」それだけだ。素直に頭をさげることができるのは、二十人に一人といったところか。


 *


 村はズタボロだった。

 どの建物も焼け落ちて、畑も荒らされていた。

 ここまでするということは、もう、この村を滅ぼすつもりだったということだ。つまり隣村の連中は、この村の代わりに、あたり一帯を支配したつもりになっているはず。


「ひどいありさまだな。無事な家がひとつもない」

「だろ? はぁ、もっと早く来てくれたらよ……」

 信長はそんなことを言った。

 自分たちで追い出しておいてこれだ。

 まあ予想はできていた。こんなことでいちいち腹を立てていては、村など作れない。


 むしろ俺は、これで肩の荷がおりた気がした。

 もう村は滅んでいるのだから、東征から守る必要もなくなったのだ。


 沢の水を飲んでから、近くの岩に腰をおろした。

「信長さんよ、ここの西に帝国があるの知ってるか?」

「帝国? なんだそれ?」

「こういう村の、もっとクソデカいヤツだ。とんでもない数の人間がいる」

「村長さん、そこに行ってきたのか?」

「ああ。それで、そいつらが言うには、近々こっちのほうに乗り込んできて、なんでもかんでもぶんどっちまおうってことらしいんだ」

「えぇっ!?」

 軍隊を使って村を支配下におさめ、自分たちのものにしてしまう。

 かくして帝国は拡大する。


 ふと目をやると、小川で水車が回っていた。

 特になんの役にも立たず、ただ回っているだけの小さな水車。

 あんなのでも完成したときは嬉しかったものだ。


「だからどっちにしろ、ここらは安全じゃない。信長さんも、どこかに行ったほうがいい」

「どこかって、どこに? 村長さん、俺たちを助けてくれるんじゃなかったのか?」

「助けたいが、難しい。そこに鶏がいるだろう。あれを連れて、どこかに行くんだ」

「そんな……。俺たちのもの、隣村から取り返してきてくれよ」

「悪いな」

 注文ばかりだ。

 だが怒らないのには理由がある。

 当時、農業は彼らに任せ、俺はその上前をハネて暮らしていた。ハネているからには守る義務がある。行政と市民の関係だ。


 隣村を壊滅させるのは簡単だ。

 土偶を使えば東征だって阻止できる。

 しかし、それはなにかを後回しにしているだけだ。無意味とは言わないし、後回しにするのも時には大事だが。

 真の問題は、俺のやる気が湧かないということだ。

 信長にしたって、もっと効率的に俺をおだてればいいのに。きっと根が素直だから、そんなこと思いつきもしないのだろう。


 茨がケタケタ笑い出した。

「なんか面白いわね。村長っていうからどんなものかと思ったら、パシリじゃないの」

 これになぜか信長がムキになって反論しそうだったので、俺は手で制して代わりに応じた。

「農業は農業のプロがやる。統治は統治のプロがやる。そういうもんだ。まあ統治の手腕はごらんのありさまだったが」

 すると茨は不敵な笑みを浮かべ、こう切り出した。

「ねえ、信長さん。あたしに依頼しなよ。隣村に乗り込んで、あんたらのもの取り戻してあげる」

「はっ? 本当か?」

 いやいやいや、本当かじゃないんだよ。

 ムリに決まってるだろ。


 俺は横から口を挟んだ。

「危ないことはやめてくれ」

「策はあるわ」

「どんな?」

「それは結果をごらんあれよ。きっと魔法にでもかかったように、元通りにしてみせるから」

 いやムリだろ。

 死にたいのかこいつ……。


 だが信長は真に受けてしまっている。

「どこのどなたか知んねぇが、ぜひ頼むよ! なんならあんたが新しい村長になってくれ!」

「ふふん」

 茨は勝ち誇った顔だ。


 彼女は近づいてきたかと思うと、ぽんぽんと俺の肩を叩いた。

「なにその顔? あたし、あのお兄ちゃんの妹なのよ? 心配いらないわ。もし三日経って戻らなかったら助けに来て。その必要はないと思うけど」

「どのお兄ちゃんだよ。勝算はあるんだろうな?」

「ええ、もちろん」

 なんでこんな強者みたいな顔ができるのだ……。

 本当に大丈夫なのか?

 本当の本当に?


(続く)

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