飛んで火に入る夏の虫 一
五日後、ようやく宿に完蔵が戻ってきた。
「ったくよぉ」
作戦の成否を報告してくれるのかと思いきや、彼はこちらを見るなり溜め息をついた。
「どうだったんだ?」
「柿藤は、巨大な化け物に殺害された」
「もうひとりは?」
「危うく逃げられるところだったが、なんとか始末することができた。せっかくだから、化け物に殺されたことにさせてもらったが……」
不審そうにこちらを見てくる。
まあ正解だ。
犯人はここにいる。
俺は新たに確保したビールを一口やり、完蔵に腕章を返した。
「これからどうなる?」
「これから? よくのんきにそんなことが言える」
「もし皇帝陛下が東征なさるおつもりなら、きっとまたあの化け物が出てくるだろうぜ」
「ふん。陛下がその程度でひるむと思うな。烏賊組へ新たな勅命がくだされた。例の化け物を探し出し、殺すこと」
あの土偶は、帝国の敵になったというわけか。
俺は一口、二口とビールを飲み、かすかに息を吐いた。
「で、それはいつ実行されるんだ?」
「発見次第」
「そうか。ま、せいぜい頑張って見つけてくれ」
「……」
返事はなかった。
仕掛けてくる気だろうか?
酔っていても衝撃波は出せる。
問題は、威力の調整が難しいという点だけ。
完蔵は盛大な溜め息をついた。
「お前はこれからどうするつもりだ? まだ観光を続けるのか?」
「いや、いったん村に戻ろうと思ってな」
「そうならないことを願っていたが、きっと止めてもムダだろうな」
「そんな顔するなよ。攻めてこなけりゃ、戦うこともないんだ」
ウソじゃない。
素直な気持ちだ。
完蔵は「ふん」と茶を飲み干すと、腰をあげ、こちらに背を見せた。
「柴三郎、俺はそれでも約束だけは守る。殿下のことや、それ以外のことも報告せず、胸に秘めておく。だがもし戦場で敵として出会ったら容赦はしない。お前もそのつもりでいろ」
「分かった」
かなりの覚悟で発言していることが分かる。
完蔵はうなずくと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
*
翌日、俺たちは帝都を出た。
来た道を引き返し、東の村を目指す。
きっといい顔はされないと思うが……。
「いいのかい、茨さんよ。帝都に残らなくて」
後ろからついてくる茨に、俺はそう尋ねた。
せっかく目的地についたのに、彼女は東の村まで同行するという。
「あと三十年も会えないのよ? 帝都にいたってしょうがないし。それに、あんたにはあたしが必要でしょ?」
「いや、特には……」
「聞こえない!」
ポジティブなところは見習いたい。
しばらく歩いていると、キュウ坊が近づいてきた。
「村長さん……」
「うん?」
「いろいろありがとね。ボクのために……」
キャップを深くかぶっているから、表情は見えない。
ムリしているのでなければいいが。
「いや、俺が勝手にやったことだ。むしろ迷惑じゃなかったらいいんだが」
「違うの。本当に感謝してる。でもボク、自分ではなんの力もないのに、ぜんぶ村長さんにやらせちゃったから。なんだか情けなくて……」
気にしていたのはそこか。
俺は思わずふっと笑った。
「自分ではなんの力もない? そりゃ俺も同じだ。たまたま神に選ばれて、意味不明な力をもらって、それをいいことに好き放題やってるだけだからな。感謝なら俺じゃなく、神さまにでもしてやってくれ。まあ神はもう死んでるから、庭師かな」
ここで感謝しておけば、庭師も少しは報われるだろう。
キュウ坊は顔をあげ、じっとこちらを見つめてきた。
「村長さんがやってくれたんだよ? だってさ、力を持ってても、助けてくれない人いっぱいいるじゃない? それどころか、人を苦しめることに力を使うヤツだっているし」
「それは一理あるな」
一理ある。
だが、そうは言ったものの、人を苦しめることに力を使うヤツと、自分の違いが、そんなに大きなものだとは思えなかった。
気に食わないからぶっ飛ばす。
お互い、それだけだ。
「だから村長さん、ボク、ホントに感謝してるんだから。あんまり暗い顔しないでね? 村長さんみたいな人が、世界にいっぱいいたらいいなって思うの」
「いや、それはどうかな……。まあ、ありがとな。俺も元気出すよ」
自分みたいなヤツだらけだったら、きっとイラついて街になんて住めない。
どいつもこいつも屁理屈ばかりで……。
だがまあ、キュウ坊がこれだけ賞賛してくれているのだ。
それは誇りとして持っておこう。
俺が落ち込んでたら、彼女まで哀しませてしまう。
*
さて、少し道に迷ったものの、二週間ほどでなつかしい山道に入ることができた。
このまま進めば村につくはずだ。
俺がつくった村。
最初にあったのは小さな沢だけだった。
近くに畑を作り、イモを植え、蕎麦や茶の栽培を始めた。
旅人が住みつくようになり、人が増えていった。
俺は村長となり、あれこれを仕切るようになった。
最終的にどうなったのかは、あまり思い出したくないが。
しばらく進むと煙が見えた。
炊事の煙……にしては大仰だ。なにかを盛大に燃やしているような……。
「ひぃっ」
小川のあたりで声があがった。
見ると、ボロボロの服を着た男がひっくり返っているのが見えた。
たしか村にいた「信長」だ。どじょうひげが特徴的だったからよくおぼえている。
「信長さんか。驚かなくていい。俺だよ。あんたらに追い出された元村長だ」
「へっ? 村長さん? 助けに来てくれたのか!?」
「まあ、いちおう、そういうことになるかな……」
まだ東征が始まってもいないのに、助けを求めてくるとは。
隣村にこっぴどくやられたようだな。
信長は足にすがりついてきた。
「うわあん! やっぱ俺たちの村長さんはあんただけだよ! あいつらひどいんだ! 約束破って縄張りに入ってきただけでなく、村にまで来て一切合切持ってっちまって。もう食うモンもねぇんだ」
略奪か……。
まあ、初めての経験じゃない。こんなことは過去に何度もあった。飽きるほど。そう。彼らはなぜか毎回、何度も何度も同じことを繰り返す。
「村はどうなってる?」
「家を焼かれてよ。若い女は連れてかれたし。あんたの代わりに村長やってた長太郎は逃げちまうしよ。どうしたらいいんだ?」
「それはあとで考えよう。まずは村に入る」
言いたいことは山ほどあったが、あえて黙っていた。なにか言ったところで、まず期待した答えが返ってくることはない。「だって」「しょうがなかった」それだけだ。素直に頭をさげることができるのは、二十人に一人といったところか。
*
村はズタボロだった。
どの建物も焼け落ちて、畑も荒らされていた。
ここまでするということは、もう、この村を滅ぼすつもりだったということだ。つまり隣村の連中は、この村の代わりに、あたり一帯を支配したつもりになっているはず。
「ひどいありさまだな。無事な家がひとつもない」
「だろ? はぁ、もっと早く来てくれたらよ……」
信長はそんなことを言った。
自分たちで追い出しておいてこれだ。
まあ予想はできていた。こんなことでいちいち腹を立てていては、村など作れない。
むしろ俺は、これで肩の荷がおりた気がした。
もう村は滅んでいるのだから、東征から守る必要もなくなったのだ。
沢の水を飲んでから、近くの岩に腰をおろした。
「信長さんよ、ここの西に帝国があるの知ってるか?」
「帝国? なんだそれ?」
「こういう村の、もっとクソデカいヤツだ。とんでもない数の人間がいる」
「村長さん、そこに行ってきたのか?」
「ああ。それで、そいつらが言うには、近々こっちのほうに乗り込んできて、なんでもかんでもぶんどっちまおうってことらしいんだ」
「えぇっ!?」
軍隊を使って村を支配下におさめ、自分たちのものにしてしまう。
かくして帝国は拡大する。
ふと目をやると、小川で水車が回っていた。
特になんの役にも立たず、ただ回っているだけの小さな水車。
あんなのでも完成したときは嬉しかったものだ。
「だからどっちにしろ、ここらは安全じゃない。信長さんも、どこかに行ったほうがいい」
「どこかって、どこに? 村長さん、俺たちを助けてくれるんじゃなかったのか?」
「助けたいが、難しい。そこに鶏がいるだろう。あれを連れて、どこかに行くんだ」
「そんな……。俺たちのもの、隣村から取り返してきてくれよ」
「悪いな」
注文ばかりだ。
だが怒らないのには理由がある。
当時、農業は彼らに任せ、俺はその上前をハネて暮らしていた。ハネているからには守る義務がある。行政と市民の関係だ。
隣村を壊滅させるのは簡単だ。
土偶を使えば東征だって阻止できる。
しかし、それはなにかを後回しにしているだけだ。無意味とは言わないし、後回しにするのも時には大事だが。
真の問題は、俺のやる気が湧かないということだ。
信長にしたって、もっと効率的に俺をおだてればいいのに。きっと根が素直だから、そんなこと思いつきもしないのだろう。
茨がケタケタ笑い出した。
「なんか面白いわね。村長っていうからどんなものかと思ったら、パシリじゃないの」
これになぜか信長がムキになって反論しそうだったので、俺は手で制して代わりに応じた。
「農業は農業のプロがやる。統治は統治のプロがやる。そういうもんだ。まあ統治の手腕はごらんのありさまだったが」
すると茨は不敵な笑みを浮かべ、こう切り出した。
「ねえ、信長さん。あたしに依頼しなよ。隣村に乗り込んで、あんたらのもの取り戻してあげる」
「はっ? 本当か?」
いやいやいや、本当かじゃないんだよ。
ムリに決まってるだろ。
俺は横から口を挟んだ。
「危ないことはやめてくれ」
「策はあるわ」
「どんな?」
「それは結果をごらんあれよ。きっと魔法にでもかかったように、元通りにしてみせるから」
いやムリだろ。
死にたいのかこいつ……。
だが信長は真に受けてしまっている。
「どこのどなたか知んねぇが、ぜひ頼むよ! なんならあんたが新しい村長になってくれ!」
「ふふん」
茨は勝ち誇った顔だ。
彼女は近づいてきたかと思うと、ぽんぽんと俺の肩を叩いた。
「なにその顔? あたし、あのお兄ちゃんの妹なのよ? 心配いらないわ。もし三日経って戻らなかったら助けに来て。その必要はないと思うけど」
「どのお兄ちゃんだよ。勝算はあるんだろうな?」
「ええ、もちろん」
なんでこんな強者みたいな顔ができるのだ……。
本当に大丈夫なのか?
本当の本当に?
(続く)




