報復の完了
なにも考えず、デカい力で問題を解決したい。
生きていれば、そんな気持ちになることもあるだろう。
いまがそれだ。
俺は土偶に乗り込み、かなりのスピードで柿藤の住居を目指していた。
座席の後ろにキュウ坊を立たせて。
「ねえ、村長さん。これってなんなの……?」
「破壊兵器だとよ。詳しいことは俺も知らん。お願いしたらくれたんだ」
「そんな簡単に?」
「ああ、えらい簡単にな。庭師のヤツ、いったいなにを考えてんだかな……」
するとこの会話も監視していたらしく、その庭師から返事が来た。
「聞こえていますよ」
「なら質問に答えてくれ。なぜ俺にこいつを貸した?」
「貸したのではなく、差し上げました。理由は、ただあなたがそれを使うところを見たかったからです」
口調だけは丁寧だが、発言内容はかなり雑だ。
俺は思わず鼻で笑った。
「もし俺がこいつで塔を攻撃したらどうなる?」
「やってみないと分かりませんね」
「隠し事はナシだ。そっちだって、きっと凄いの持ってんだろ?」
「ええ、まあ。どうしてもというのなら、ここからでもあなたをつぶせますが……」
はい。
そんなことだろうと思いました。
「分かってる。ちょっと確認したかっただけだ。やるつもりはない。ホントに」
「構いませんよ。あなたに節度など期待していませんから。いえ、それはウソですが……。しかし、もしあなたが度しがたい愚か者であったとして、必ずしも私が反撃するとは限りませんよ」
「どういう意味だ?」
「あなたは私のことをなにも知らないでしょう? もしかすると、黙って殺されるのを待っている哀れな女かもしれません」
「そんなこと言うなよ……」
俺は下級クラスにされたから、塔の頂上への立入を禁止されていた。
つまり庭師となったこの女と、自由に面会できなかったのだ。ほぼ交流がない。千年前より、いまのほうが会話している。
「なにか手伝えることはないか?」
お節介とは思いながらも、俺はそんなことを尋ねた。
が、庭師はかすかに鼻で笑った。
「ありませんね。あるかもしれませんが……。それをあなたに頼むつもりはありません」
「分かった。言いたくなったらいつでも言ってくれ」
「さようなら」
一方的に通信を終えてしまった。
後ろからキュウ坊が寄りかかってきた。
「あの人、なんだか苦しそうだった」
「俺たちには分からない悩みがあるんだろう。だが、悩みなら俺たちにもあるぞ。まずはそれを解決しよう」
「うん」
*
徒歩だと数日かかるのに、ほんの数時間でついてしまった。
いや正確な時間は分からないが。まだ日は真上に来ていないから、昼にもなっていないはずだ。
バリケードで囲まれた領地。
街というよりは、要塞といった印象だ。
土偶を近づけると、ガァン、ガァンと警戒するように金属板を叩く音がした。
「なんだアレは! 化け物か?」
「弓兵、あれを射よ!」
「投石機を出せ!」
怒声が飛び交い、にわかにあわただしくなった。
ここに市民は生活しておらず、兵隊がいるのみのようだ。
柿藤という男、だいぶ用心しているようだな。
矢が飛来してきたが、土偶に刺さることなく弾かれた。
まあこれだけ強そうな装甲が、矢で射抜かれたりしたら俺だって困る。
しかし投石機はどうだろうな。場合によっては被害を受けるかも。
俺は人々に当たらないよう、建物のギリギリ上を狙い、目からビームを放った。
ギュゥンという鋭い音があり、一筋の閃光が大気を切り裂いた。
矢を射かけていた兵たちも、これには動きを止めた。
さきほどまで蜂の巣をつついたような騒ぎだったのに、にわかに静まり返った。
「無駄な抵抗はやめよ! 兵を殺すつもりはない! 柿藤を出せ!」
俺の言葉に、兵たちはふたたびざわつき出した。
戦った場合、どのような結果になるかは、誰の目にもあきらかであったろう。
妙な忠誠心を出さないでくれるといいのだが。
「退避! 退避!」
給料に見合った労働でないと判断したらしく、隊長の命令で、兵たちは一気に後退を始めた。
俺はせかしたりしない。
「慌てず撤退してくれ。怪我をさせたくはない。ただし柿藤、お前は逃げるなよ」
あらかた引いたところで、俺は屋敷を目指した。
キュウ坊に教えてもらうまでもなく、ひときわ豪奢なコンクリート製の建物が見つかった。
三階建て。
最上階はガラス張りになっており、大きなプールまで備えていた。危険な薬物で荒稼ぎしておいて、自分はこんな立派な家で豪遊とは。
柿藤とおぼしき男は、その最上階でキョロキョロしていた。周囲には半裸の女たち。お楽しみの最中だったようだ。
「お邪魔します」
俺は容赦なく土偶の手を突っ込ませ、柿藤を捕まえた。
「待て! 離してくれ! 誤解なんだ!」
「まだ用件も言っていないのに、どんな誤解が?」
「あんた、山の神かなんかだろ? 俺は山を掘ったりしてねぇ! もしそうなら、たぶんほかのヤツだ!」
小汚いおじさんかと思いきや、意外と若い。小ズルそうな顔立ちではあるが、髪型をツーブロックにして、オシャレには気をつかっているようだ。
俺はぐっと顔の前に持ってきて、柿藤に尋ねた。
「山の神じゃない。これはただの兵器で、操縦してるのはただの人間だ」
「そ、そうなのか? じゃあ……ええと、どこの組織の……」
「どこだと思う?」
「えーと、スマイルの連中かな? 待ってくれ。給料をあげるよう指示しておく! だがこっちもシンジケートをつぶされて大変なんだ! 分かってくれ!」
安い給料でこき使ってたのか。
俺は溜め息をついた。
「違うな。まあいい。片っ端から己の罪を懺悔してみろ。そのうちのどれかが当たるかもしれない」
「そんな……」
「当たったら許す気になるかもしれない。謝罪の気持ちがあるならな」
「分かった! 待ってくれよ。いま言うから。ええと……」
助かるためなら、彼も必死になるだろう。
もしキュウ坊のことを謝罪してくれて、キュウ坊自身も許す気になったなら、俺は手を引いてもいい。
もっとも、俺たちが許したところで、このあと暗殺部隊が命を奪いに来るわけだが。
「あ、あのぅ、それって陛下に関係した話だったりします?」
「関係? ゼロではないな。しかし少なくとも陛下のご意思ではない」
「じゃあ……。分かった! シンジケートがトラブった烏賊組だ! けど、こっちだって被害者なんですよ? 立入禁止エリアに入って来たのはあいつらなんですから!」
「それじゃない」
「じゃあ、中野! あいつをスマイル・タウンの責任者にしたこと! あいつ、手癖悪いでしょ? それで怒ったんだ! 違う?」
「違う」
第九皇女のことは、ちっとも頭にないのだろうか。
すると柿藤は、はっと目を見開いた。
「分かった! ココノエか? あいつのファンが、俺をねたんで攻撃してきたんだ! 違うか?」
「……」
そこでなぜココノエ本人だと思えないのだ?
ファンに嫉妬されている?
そういう人間もいるかもしれないが。茨の兄もファンだったようだし。
柿藤は天を仰いだ。
「あ、違うか。じゃあ……えーと、飲み屋で蹴散らした街のザコ? それとも料金を踏み倒した女? どっちも数が多すぎて絞り切れねぇ。な、ヒントくれよ! ヒント! そしたら当てるから!」
「自分が傷つけてきた人間を、片っ端から思い浮かべてみろ」
「いやいやいや、勘弁してくださいよ。有象無象の感情なんていちいち考えてたら、領主なんてできねぇよ。いろんな人間をまとめねぇといけねぇんだから。難しい立場なんすよ?」
一理ある。
だが、それで恨まれるのもまた因果応報だろう。
だからこんなことになっている。
俺は屋敷の最上階を見た。女たちはすでに避難したようだ。
手を伸ばし、水のたまったプールの中に柿藤を戻してやる。
「た、助けてくれるのか!?」
「いや、そういうわけじゃない」
「じゃあどういう……」
「死んでもらう」
「はっ?」
エーテルを凝縮させ、至近距離からビームを放った。
プールの水が一瞬で蒸発し、柿藤本人も水分を失った。
人の形をした消し炭だけが、その場に残された。
「悪いなキュウ坊、残酷なものを見せちまって」
「うん……」
どういう感情かは分からない。
彼女は、俺の後ろで座席にしがみついたまま、じっとその光景を見つめていた。
*
帰路は、晴れがましい気分ではなかった。
復讐を果たしたのは間違いない。
だが、キュウ坊を複雑な気持ちにさせてしまった。
俺がしたかったのは、本当にこんなことだったのだろうか……。
帝都の手前で土偶をしまい、俺たちは徒歩で街へ向かった。
今回はかなり距離をとって武装解除したから、誰にも見られていないはずだ。
宿につくと、茨がだらしなく飲んだくれていた。
「ずいぶん早かったわね」
「すべて終わった」
「そのわりには浮かない顔だけど?」
「ま、なんだかな……」
腰をおろし、中身の入ってそうな瓶を探すが、どれも空だった。
俺の置いていったビールを、あらかた空にしてしまったようだ。
キュウ坊は壁際にいき、膝を抱えて座り込んでしまった。
まだ日は高い。
街の賑わいも伝わってくる。
なのに俺たちは、後味の悪い思いをいつまでも抱えていた。
俺だけならまだいいが、キュウ坊まで。
トラブルというのは、起きる前に対処するのが一番だ。
人が傷ついてからでは遅い。
もしあとからできることがあるとすれば、それ以上、傷つく人間が増えないようにすることだけ。
しかし俺は、己の行為を正当化するつもりはない。
それを社会のためにやったわけではないからだ。
仲間を傷つけた人間に、苦しんで欲しかっただけだった。
(続く)




