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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
15/39

 まるで土でできた巨人だ。


 森を出ると、そこには巨大な土偶があった。いわゆる遮光器土偶だ。いまは前傾姿勢だが、俺の背より全然高い。起き上がったら4メートルから5メートルほどになるだろうか。

 酒屋から回収したビールを後ろのハッチから放り込み、自分自身も乗り込んだ。


 見たところ操縦桿もパネルもない。

 いったいどうやって操作するのだろうか。

「意識を集中してください」

 庭師の声がした。

「おお、びっくりした。急に喋らないでくれ」

「まさかとは思いますが、飲みながら運転するつもりですか?」

「しないよ。そこまで傍若無人じゃない」

「この機械は、あなたの思念に反応して動きます。ハッチを閉じてみてください」

「うん」

 念じただけでハッチが閉じた。


「では身を起して」

「それはいいんだけど、こんなロボットで街に近づいたら大騒ぎになるんじゃ……」

「未使用時は、あなたの体内に取り込むことができます」

「どういうこと?」

「重さや大きさを気にせず持ち運べるということです」

「ほう……」

 あまりにも便利すぎるな。

 俺が頼んだこととはいえ、そんなものをポンと簡単に貸してしまっていいのだろうか。


 身を起すと、地面がかなり遠くなった。

 学校の二階のベランダから地面を見下ろしているような……。これは怖い。


「エーテルの推力で浮くこともできます。肉弾戦も可能ですが、エーテルをビームに変えて解き放てば街を焼き払うこともできるでしょう」

「いやいや、待ってくれ。強すぎる」

「あなたが望んだことです。戦争を止めるのにふさわしい暴力だと思いますが?」

 おっしゃる通りだ。

 俺が望んだことだし、戦争を止めるにはこれくらい圧倒的でないといけない。

「ひとつ確認したいんだが、神の眷属なら、誰でもこれを使えるのか?」

「はい。ただし、庭師が許可した場合だけ」

「そ、そう……。ありがとう……」

 つまり俺のバカみたいな願いを、彼女は承認してくれたということだ。

 あまりに便利だが、さすがに終わったら返却しないといけないだろう。


「使い方は一任します。世界の再建などとたいそうな理想を掲げたのですから、それにふさわしい行動を心掛けてくださいね」

「了解……」

 ヘタなことをしたら、あとで罰を受けそうだ。

 飲酒運転などもってのほかだ。


 *


 帝都の近くまで土偶で移動し、途中でしゅっと体内にしまいこんだ。

 当たり前かもしれないが、ビール瓶は体内に吸収されず、地面に落ちた。本当に土偶だけが消えた。


 まるでロボットの操縦士というか、いや変身ヒーローにでもなった気分だ。

 ひとりだけ衝撃波とかいうインチキで戦ってたと思ったら、もっととんでもないアイテムを手に入れてしまった。

 こんな能力があったら、調子に乗るなというほうが難しい。


 帝都に近づくと、衛兵が「おい」と声をかけてきた。

「先ほどそちらのほうで巨大な人影を確認したのだが、なにか見てないか?」

 俺です。

 さすがに周囲を確認してるか。

「いや、見てないですね」

「そうか。危険だから、しばらく街にいるように」

「はいはい」


 *


 宿には三人がそろっていた。

 せっかくの天気だというのに、出かけていないらしい。

「ね、村長さん。大丈夫だった? なんだかおっきなモンスターが出たって噂だけど」

「さあ」

 心配してくれているキュウ坊には悪いが、まだ言うわけにはいかない。


 静かに茶をすすっていた完蔵が、テーブル上の封筒をこちらへ滑らせた。

「柿藤がボロを出した」

「証拠をつかんだのか?」

 中には汚い絵があるだけ。

 まったくなにも読み取れない。

「物証はまだだが、計画の全貌が明らかになった。ヤツらは東征の最中、戦死に見せかけて陛下を亡きものにするつもりだったようだ」

「それで?」

「烏賊組に、柿藤と花田の暗殺命令がくだされた」

「は? 証拠もナシに?」

 さんざん証拠がないと動けないとか言っておいて、暗殺とは。


 完蔵も渋い表情だ。

「軍を動かすには証拠が必要だ。しかし暗殺なら証拠はいらない。今回は緊急事態でもあるしな」

「なんだよ。結局、最初に言った通りになったじゃねーか」

「それでも最低限の確証は必要だった」

「そうかよそうかよ。ま、終わったら報告してくれ。ビールでお祝いしなきゃならないからな」

 とはいえ、完蔵の言い分にも一理あるのだ。

 初対面の人間の情報を鵜呑みにして、そのつど人を殺してたらキリがない。


 ともあれ、キュウ坊の件はこれで終わりだ。

 あとは東征さえ止めれば。


 完蔵は、じっとこちらを見ていた。

「一緒にやらないのか?」

「そんな重要な仕事に、部外者の俺が勝手に混ざったらおかしいだろ。なんの契約もしてないし、給料が出るかも分からない。怪我をしたときの保証があるかどうかも怪しいしな」

「お前みたいのは、うちに向いてると思うんだがな」


 外では鳥が鳴いている。

 トビだろうか、ピーヒョロロと声がする。


 俺はビールの栓をあけ、瓶からそのまま飲み始めた。

「とにかく、俺は余計な仕事はしない。あんたが受けた仕事だろ。プロならプロの矜持ってのを見せてくれ」

「ま、お前にその気がないならいい。こっちは、恨みを晴らす機会を与えようと思っただけだ」

「恨み? なんのだよ……」

 俺の言葉に、完蔵は答えなかった。その代わり、すっと腰をあげ、腕章を取り外した。

「そろそろ現場へ向かう。勅命だからな。この腕章をもっておけ」

「報告はどこで受ければいい?」

「ここにいろ。一週間以内に戻る」

 一週間も?

 宿代、足りるのか?


 *


 窓から街の様子を眺めながら、俺はビールを飲んでいた。

 静かだ。

 いや、通りは賑わっている。

 室内だけが、ひっそりとしていた。


 茨が立ち上がり、「少し散歩してくるわ」と行ってしまった。

 まあ茨はいいだろう。特に誰からも追われていない。


 ややするとキュウ坊が、俺の近くに来た。

「ねえ、村長さん」

「なんだ? ビールはダメだぞ。ハタチになってからだ」

「お話し、聞いてくれる?」

「ああ」

 神妙な顔をしている。

 座布団を持ってきて、俺のすぐ隣に座った。


「初めて会った日のこと、おぼえてる?」

「ああ。散歩してたら草むらにうずくまってて、ちょっとびっくりしたな」

「あのとき、悪いヤツだったら殺してやろうと思ってた」

「確かにそんな顔をしてたな……」


 *


 あの朝は、いまにも雨が降り出しそうだった。

 俺は散歩を兼ねたパトロールで、街の外に出ていた。イノシシが出ると村人が言うので、見かけたら追っ払ってやろうと思ったのだ。

 川の近くの草むらへ行くと、ガサゴソと動くものに気づいた。杖で草をかきわけると、石を握りしめたキュウ坊がいきなり立ち上がった。


「来ないで! 近づいたら殺すから!」

 それが第一声だった。


 あまりにみすぼらしかったから、俺は団子をくれてやった。

 彼女は警戒していたが、よほど腹が減っていたらしく、石を放り投げて団子を食い始めた。

「近くに村がある。もっと食いたかったらいつでも来てくれ。歓迎する」

 そう告げると、彼女は遠巻きながらもついてきた。

 俺は村のおばさんに、彼女の世話をするよう頼んだ。

 キュウ坊はすぐになじんだ。


 *


「あの前ね、いろいろあったの。望まない相手と結婚させられて、毎晩……体をまさぐられて……。ボク、イヤだっていったのに……。でも我慢してたんだ。お父さまの面子をつぶすことになっちゃうから。でもあいつ、そのお父さまを殺そうとしてた……」

「……」


 返事さえできなかった。

 おそらくそういう流れだろうとは思っていたが、あらためて本人の口から聞かされると、かける言葉さえ思い浮かばなかった。

 ビールを飲む手も止まった。


「だからボク、もうそこにはいられないと思って……。なにも持たずに屋敷を飛び出したんだ。でも、どこに行ったらいいかも分からなくて……。とりあえず山に入ったんだ。そしたら悪い人たちに捕まっちゃった」

「えっ?」

「そこでもひどい目にあって……。自分が女ってだけで、こんなことになるんだって思ったら、ボク、もうイヤになって……。でもね、同じく捕まってた女の人が助けてくれて。ボク、夜中のうちに逃げ出したんだ。それで、山の中で石を拾って、なんとか割って刃物にして、髪を切ったの……。そしたら自分が誰だか分からなくなっちゃって……」


 俺はこれまで、彼女がどこでなにをしていたのか、あえて聞かなかった。

 聞けるような雰囲気じゃなかった。

 初めて会ったときの彼女は、狂犬のようだった。

 どんな人間も信じられないといった顔をしていた。


「ボクね、なんで生きてるのかも分からなくなってた。本当につらくて、もうどうでもいいやって。でも、不思議だよね。お腹がすくと死にたくないって思っちゃう。それで、おっきな蛇とか捕まえて食べたりしてた。そしたら村長さんに会って……。あのときのお団子、おいしかったな……」


 じつは蛇は意外とウマい。

 臭みのない肉というのは、それだけで貴重だ。しかもデカいのは身がプリプリしている。かなりのごちそうだ。

 いやそんなことはいい。


 俺は飲みかけのビールを一気に流し込んだ。

「なあ、キュウ坊。せめて一発ぶん殴りにいくか? その、柿藤って野郎をよ」

「えっ?」

「アルコールってのは、やっぱダメだな。思考が短絡的になる。だけどまあ、こんな法も秩序もないような場所にはお似合いだ。法が裁かないなら、自分たちでやるしかない」

 キュウ坊は困惑していた。

「な、なに言ってるの? ごめんね、ボクが急に変な話したから」

「変じゃない。おかしいだろ、キュウ坊がそんな目にあってんのに、その柿藤って野郎はまだのうのうと領主の座におさまって」

「仕方ないよ。それに、もうすぐ暗殺されちゃうし……」

 気に食わんな、なにもかも。


 俺は瓶を置いた。

「飲酒運転になっちまうから、今日は寝る。だが明日だ。朝イチで出るぞ。ついさっき、いいのを手に入れたんだ。烏賊組より先に仕掛けるぞ」

「村長さん、もうビールやめたら?」

「俺は正気だよ。あとビールはやめない。こいつは神の恵みだからな」

「う、うん……?」

 好きなだけ首をかしげているがいい。

 インチキだろうがなんだろうが、とにかくなんでも使ってぶっ飛ばしてやる。

 これも世界の再建だ。


(続く)

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