力
まるで土でできた巨人だ。
森を出ると、そこには巨大な土偶があった。いわゆる遮光器土偶だ。いまは前傾姿勢だが、俺の背より全然高い。起き上がったら4メートルから5メートルほどになるだろうか。
酒屋から回収したビールを後ろのハッチから放り込み、自分自身も乗り込んだ。
見たところ操縦桿もパネルもない。
いったいどうやって操作するのだろうか。
「意識を集中してください」
庭師の声がした。
「おお、びっくりした。急に喋らないでくれ」
「まさかとは思いますが、飲みながら運転するつもりですか?」
「しないよ。そこまで傍若無人じゃない」
「この機械は、あなたの思念に反応して動きます。ハッチを閉じてみてください」
「うん」
念じただけでハッチが閉じた。
「では身を起して」
「それはいいんだけど、こんなロボットで街に近づいたら大騒ぎになるんじゃ……」
「未使用時は、あなたの体内に取り込むことができます」
「どういうこと?」
「重さや大きさを気にせず持ち運べるということです」
「ほう……」
あまりにも便利すぎるな。
俺が頼んだこととはいえ、そんなものをポンと簡単に貸してしまっていいのだろうか。
身を起すと、地面がかなり遠くなった。
学校の二階のベランダから地面を見下ろしているような……。これは怖い。
「エーテルの推力で浮くこともできます。肉弾戦も可能ですが、エーテルをビームに変えて解き放てば街を焼き払うこともできるでしょう」
「いやいや、待ってくれ。強すぎる」
「あなたが望んだことです。戦争を止めるのにふさわしい暴力だと思いますが?」
おっしゃる通りだ。
俺が望んだことだし、戦争を止めるにはこれくらい圧倒的でないといけない。
「ひとつ確認したいんだが、神の眷属なら、誰でもこれを使えるのか?」
「はい。ただし、庭師が許可した場合だけ」
「そ、そう……。ありがとう……」
つまり俺のバカみたいな願いを、彼女は承認してくれたということだ。
あまりに便利だが、さすがに終わったら返却しないといけないだろう。
「使い方は一任します。世界の再建などとたいそうな理想を掲げたのですから、それにふさわしい行動を心掛けてくださいね」
「了解……」
ヘタなことをしたら、あとで罰を受けそうだ。
飲酒運転などもってのほかだ。
*
帝都の近くまで土偶で移動し、途中でしゅっと体内にしまいこんだ。
当たり前かもしれないが、ビール瓶は体内に吸収されず、地面に落ちた。本当に土偶だけが消えた。
まるでロボットの操縦士というか、いや変身ヒーローにでもなった気分だ。
ひとりだけ衝撃波とかいうインチキで戦ってたと思ったら、もっととんでもないアイテムを手に入れてしまった。
こんな能力があったら、調子に乗るなというほうが難しい。
帝都に近づくと、衛兵が「おい」と声をかけてきた。
「先ほどそちらのほうで巨大な人影を確認したのだが、なにか見てないか?」
俺です。
さすがに周囲を確認してるか。
「いや、見てないですね」
「そうか。危険だから、しばらく街にいるように」
「はいはい」
*
宿には三人がそろっていた。
せっかくの天気だというのに、出かけていないらしい。
「ね、村長さん。大丈夫だった? なんだかおっきなモンスターが出たって噂だけど」
「さあ」
心配してくれているキュウ坊には悪いが、まだ言うわけにはいかない。
静かに茶をすすっていた完蔵が、テーブル上の封筒をこちらへ滑らせた。
「柿藤がボロを出した」
「証拠をつかんだのか?」
中には汚い絵があるだけ。
まったくなにも読み取れない。
「物証はまだだが、計画の全貌が明らかになった。ヤツらは東征の最中、戦死に見せかけて陛下を亡きものにするつもりだったようだ」
「それで?」
「烏賊組に、柿藤と花田の暗殺命令がくだされた」
「は? 証拠もナシに?」
さんざん証拠がないと動けないとか言っておいて、暗殺とは。
完蔵も渋い表情だ。
「軍を動かすには証拠が必要だ。しかし暗殺なら証拠はいらない。今回は緊急事態でもあるしな」
「なんだよ。結局、最初に言った通りになったじゃねーか」
「それでも最低限の確証は必要だった」
「そうかよそうかよ。ま、終わったら報告してくれ。ビールでお祝いしなきゃならないからな」
とはいえ、完蔵の言い分にも一理あるのだ。
初対面の人間の情報を鵜呑みにして、そのつど人を殺してたらキリがない。
ともあれ、キュウ坊の件はこれで終わりだ。
あとは東征さえ止めれば。
完蔵は、じっとこちらを見ていた。
「一緒にやらないのか?」
「そんな重要な仕事に、部外者の俺が勝手に混ざったらおかしいだろ。なんの契約もしてないし、給料が出るかも分からない。怪我をしたときの保証があるかどうかも怪しいしな」
「お前みたいのは、うちに向いてると思うんだがな」
外では鳥が鳴いている。
トビだろうか、ピーヒョロロと声がする。
俺はビールの栓をあけ、瓶からそのまま飲み始めた。
「とにかく、俺は余計な仕事はしない。あんたが受けた仕事だろ。プロならプロの矜持ってのを見せてくれ」
「ま、お前にその気がないならいい。こっちは、恨みを晴らす機会を与えようと思っただけだ」
「恨み? なんのだよ……」
俺の言葉に、完蔵は答えなかった。その代わり、すっと腰をあげ、腕章を取り外した。
「そろそろ現場へ向かう。勅命だからな。この腕章をもっておけ」
「報告はどこで受ければいい?」
「ここにいろ。一週間以内に戻る」
一週間も?
宿代、足りるのか?
*
窓から街の様子を眺めながら、俺はビールを飲んでいた。
静かだ。
いや、通りは賑わっている。
室内だけが、ひっそりとしていた。
茨が立ち上がり、「少し散歩してくるわ」と行ってしまった。
まあ茨はいいだろう。特に誰からも追われていない。
ややするとキュウ坊が、俺の近くに来た。
「ねえ、村長さん」
「なんだ? ビールはダメだぞ。ハタチになってからだ」
「お話し、聞いてくれる?」
「ああ」
神妙な顔をしている。
座布団を持ってきて、俺のすぐ隣に座った。
「初めて会った日のこと、おぼえてる?」
「ああ。散歩してたら草むらにうずくまってて、ちょっとびっくりしたな」
「あのとき、悪いヤツだったら殺してやろうと思ってた」
「確かにそんな顔をしてたな……」
*
あの朝は、いまにも雨が降り出しそうだった。
俺は散歩を兼ねたパトロールで、街の外に出ていた。イノシシが出ると村人が言うので、見かけたら追っ払ってやろうと思ったのだ。
川の近くの草むらへ行くと、ガサゴソと動くものに気づいた。杖で草をかきわけると、石を握りしめたキュウ坊がいきなり立ち上がった。
「来ないで! 近づいたら殺すから!」
それが第一声だった。
あまりにみすぼらしかったから、俺は団子をくれてやった。
彼女は警戒していたが、よほど腹が減っていたらしく、石を放り投げて団子を食い始めた。
「近くに村がある。もっと食いたかったらいつでも来てくれ。歓迎する」
そう告げると、彼女は遠巻きながらもついてきた。
俺は村のおばさんに、彼女の世話をするよう頼んだ。
キュウ坊はすぐになじんだ。
*
「あの前ね、いろいろあったの。望まない相手と結婚させられて、毎晩……体をまさぐられて……。ボク、イヤだっていったのに……。でも我慢してたんだ。お父さまの面子をつぶすことになっちゃうから。でもあいつ、そのお父さまを殺そうとしてた……」
「……」
返事さえできなかった。
おそらくそういう流れだろうとは思っていたが、あらためて本人の口から聞かされると、かける言葉さえ思い浮かばなかった。
ビールを飲む手も止まった。
「だからボク、もうそこにはいられないと思って……。なにも持たずに屋敷を飛び出したんだ。でも、どこに行ったらいいかも分からなくて……。とりあえず山に入ったんだ。そしたら悪い人たちに捕まっちゃった」
「えっ?」
「そこでもひどい目にあって……。自分が女ってだけで、こんなことになるんだって思ったら、ボク、もうイヤになって……。でもね、同じく捕まってた女の人が助けてくれて。ボク、夜中のうちに逃げ出したんだ。それで、山の中で石を拾って、なんとか割って刃物にして、髪を切ったの……。そしたら自分が誰だか分からなくなっちゃって……」
俺はこれまで、彼女がどこでなにをしていたのか、あえて聞かなかった。
聞けるような雰囲気じゃなかった。
初めて会ったときの彼女は、狂犬のようだった。
どんな人間も信じられないといった顔をしていた。
「ボクね、なんで生きてるのかも分からなくなってた。本当につらくて、もうどうでもいいやって。でも、不思議だよね。お腹がすくと死にたくないって思っちゃう。それで、おっきな蛇とか捕まえて食べたりしてた。そしたら村長さんに会って……。あのときのお団子、おいしかったな……」
じつは蛇は意外とウマい。
臭みのない肉というのは、それだけで貴重だ。しかもデカいのは身がプリプリしている。かなりのごちそうだ。
いやそんなことはいい。
俺は飲みかけのビールを一気に流し込んだ。
「なあ、キュウ坊。せめて一発ぶん殴りにいくか? その、柿藤って野郎をよ」
「えっ?」
「アルコールってのは、やっぱダメだな。思考が短絡的になる。だけどまあ、こんな法も秩序もないような場所にはお似合いだ。法が裁かないなら、自分たちでやるしかない」
キュウ坊は困惑していた。
「な、なに言ってるの? ごめんね、ボクが急に変な話したから」
「変じゃない。おかしいだろ、キュウ坊がそんな目にあってんのに、その柿藤って野郎はまだのうのうと領主の座におさまって」
「仕方ないよ。それに、もうすぐ暗殺されちゃうし……」
気に食わんな、なにもかも。
俺は瓶を置いた。
「飲酒運転になっちまうから、今日は寝る。だが明日だ。朝イチで出るぞ。ついさっき、いいのを手に入れたんだ。烏賊組より先に仕掛けるぞ」
「村長さん、もうビールやめたら?」
「俺は正気だよ。あとビールはやめない。こいつは神の恵みだからな」
「う、うん……?」
好きなだけ首をかしげているがいい。
インチキだろうがなんだろうが、とにかくなんでも使ってぶっ飛ばしてやる。
これも世界の再建だ。
(続く)




